社畜OLが学園系乙女ゲームの世界に転生したらモブでした。

星名柚花

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49:大っ嫌い!!

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 ◆   ◆

 駅の改札を出ると、本格的に雨が降り始めていた。

 前方でぽん、ぽん、と連続して傘が開く。
 サラリーマンが開いた黒い傘と、OLらしき女性が開いた赤い傘。

 二人はそれぞれ傘を手に、違う方向へ歩いていく。

 セーラー服を着た二人の女子生徒が鞄を頭の上に掲げ、なんだか楽しそうに騒ぎながら駅前のコンビニへ走って行った。

 私はその様子をぼんやり眺め、左手に下げていた花柄の傘を広げた。
 左肩にかけた鞄を持ち直し、雨の中へ踏み出す。

 車が行き交う駅前の大通りに沿って歩く。
 大通りといっても繁華街のような人通りはない。私の地元は田舎だ。
 五分ほど歩いて足のつま先の向きを変え、こうして大通りを外れれば、歩行者も外灯もまばらになり、全体的に視界が暗くなる。

 今日は雨だから、なおさら視界が悪い。
 角のたばこ屋の横に立つ外灯に照らされ、銀色の線がいくつもいくつも視界を上から下へ流れていく。

 まるで誰かが泣いてるような雨だ――そう考えて、ため息が漏れた。

 雨、涙、と連想していって、最後に浮かんだのは悠理ちゃん。

 涙ぐむ姿なら見たことがあるけれど、実際に泣いた姿を見たことはない。

 でも多分、彼女は泣いていると思う。

 おかしくなったのは、一週間前の月曜日、一色さんが転入してきてからだ。
 なんと彼女は転入初日で黒瀬くんと付き合い始めた。

 悠理ちゃんからそう聞いたときは驚いた――いや、そんな表現では生温い。私は心底驚愕した。

 黒瀬くんは悠理ちゃんのことが好きなんだと思っていた。
 井田先輩から付きまとわれて怯える私に、黒瀬くんは悠理ちゃんのことを色々話してくれた。

 本人は慰めのつもりだったんだろうけれど、あれは完全に惚気としか受け取れず、微笑ましかった。

 ストーカー事件が解決した後も、黒瀬くんは悠理ちゃんとよく喋っていた。
 それこそ一色さんが転入してくるその前日まで、二人は楽しそうに笑っていた。

 悠理ちゃんは付き合っていないと言い張ったけど、二人が好き合っているのは傍から見ても確実だった。

 それなのに黒瀬くんは一色さんと付き合い始め、その翌日から悠理ちゃんを無視するようになった。

 百万歩くらい譲って、黒瀬くんが一色さんを好きになり、一色さんへの配慮として悠理ちゃんを無視するようになったことを認めたとしても、だ。

 一色さんが黒瀬くんだけじゃなく、緑地くんや赤嶺先輩、挙句の果てには白石先輩とまで同時に交際するようになったことは、全く理解できない。

 何より理解しがたいことに、この異常事態を誰もが受け入れている!
 四股をかけられている黒瀬くんたち当人はもちろんのこと、一色さんを悪く言う人が誰もいない!
 白石先輩の大勢のファンクラブ会員も、黒瀬くんや緑地くんのファンの子も、誰一人!

「一色さんなら許せるよね」と、悠理ちゃんをあれだけ目の敵にしていた吉住さんまで言うのだから、みんなどうかしてしまったとしか思えない。

 周囲の説得は諦め、勇気を出して一色さん本人に直接「四股は酷いと思う」と苦言を呈しても、「拓馬たちが了承してるんだから部外者に口出しされる筋合いはない」とのこと。

 悪びれもしない彼女に私は苛立ち、本当にこれでいいのかと悠理ちゃんに問い質そうとした。
 でも。

「止めて」

 たった三文字。一言だった。
 悠理ちゃんは私と目を合わせようともせず、俯いたまま、はっきりとそう言った。
 悠理ちゃんがこれだけ強く私を拒絶したのは初めてだった。

「拓馬のことは言わないで。聞きたくない」

 悠理ちゃんは無表情だった。
 感情がないわけじゃない、むしろその逆。
 あれは、溢れ出そうとする感情を無理やり殺したが故の――泣き出す寸前の無表情だった。

 言葉を失って立ち尽くした私に、悠理ちゃんは笑った。
 笑顔のまま、速やかに話題を変えた。

 あれから一週間、悠理ちゃんは普段通りに過ごしているように見える。
 怒るべきときに怒り、笑うべきときに笑っている。

 そして、たまに、魂が抜けたような顔をする。
 心だけが遠い遠い場所をさまよっているような。
 迷子になった子どものような、途方に暮れたような……見ている私が辛くなるような、切なくて、寂しい顔を。

 胸が痛み、私は傘の柄を握る手に力を込めた。

「…………」
 しとしとと降る雨の中。
 シャッターの下りた、とうに潰れた小さな本屋の前で、私は足を止めた。

 視界内には誰もいない。足音も聞こえない。
 ただ雨音と、通りを走る車の音が聞こえるばかり。

「……私」
 雨音に消えるような、微かな声で呟く。
 150センチもない身長のせいか、皆からはおとなしくて気弱だと思われているし、私もそうだとばかり思っていたけれど、違うことは自覚しつつある。
 ストーカー事件が良くも悪くも私を変えた。

「一色さんが」
 足元に転がる小石を見下ろして、息を吸う。

「大っ嫌いっ!!」

 全力で蹴っ飛ばした小石は彼方へと飛んでいき、あっという間に闇夜に消えた。
 ほんのちょっとだけ気分がすっとし、左肩にかけた鞄を持ち直していると。

「奇遇だな。オイラもだ」

「っ!?」
 どこからともなく聞こえてきた声に、私は飛び上がった。
 不意打ちを受けた心臓が大きく跳ねている。
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