1 / 5
01. 紙切れの花嫁
しおりを挟む
「お姫様は大好きな王子様と結婚して、いつまでも幸せに暮らしましたとさ」
それが、母様がよく読み聞かせてくれた物語だった。眠りにつく前の祈り。世界はこうあるべきだという約束。
それが嘘だと気づいたのは、私が十八歳の時だった。
馬車がクロシェード家の屋敷の前で止まる。私はドレスの皺を伸ばした。心臓が、籠の中の鳥のように暴れている。ここが私の未来。私の旦那様、リアム・クロシェード様のいる場所。
重厚なオークの扉が開く。
「ようこそ、ユリアナ嬢」
そこにリアム様がいた。ブロンズの髪の毛は神経質にセットされ、整った顔立ちには陰ができていた。間違いなく。唇には微笑みを浮かべているけれど、その目は笑っていなかった。私は背筋を伸ばした。
「ありがとうございます、リアム様。その……これから、よろしくお願いいたします」
「ああ。もちろん」
彼はすぐに背を向けた。
「両親は多忙だ。部屋へは使用人が案内する」
「あ……左様でございますか」
ホールに並んだ使用人たちは、深く頭を下げることはなかった。互いに目配せをし、私が視線を向けるとふいと逸らす。屋敷の空気は暖かくなかった。淀んでいた。何年も締め切られた部屋のように。
数日が数週間になった。沈黙が重くのしかかる。聞こえるのは時計の針の音と、私自身の虚ろな足音だけ。
リアム様と顔を合わせるのは夕食の時だけだった。
決して焦点の合わない瞳。彼は足早に食事を済ませ、視線はいつもどこか遠くを見ていた。
「今夜のスープ、とても美味しいですわね」
広い食堂に、私の声だけが空しく響く。
「悪くないな」
「あの……図書室があると伺いました。もしよろしければ——」
「好きに使えばいい」
彼はナプキンをテーブルに落とし、立ち上がった。
「失礼する。仕事があるのでね」
ざらざらとした違和感が私の胸の底を覆いつくしていった。
廊下の曲がり角から、囁き声が漏れ聞こえてくる。乾いた落ち葉が擦れ合うような音。忍び笑い。潜めた声。
「ご存じなのかしら?」
「お気の毒に」
私が角を曲がると、その音は唐突に途絶えた。メイドたちが頭を下げる。けれど、その視線は床ではなく私に張り付いていた。ねっとりとした憐れみ。そして、隠しきれない嘲笑。
廊下の空気が重い。この屋敷は 秘密で満たされているのだ。私だけが共有を許されない秘密で。背筋を冷たいものが這い上がった。最悪の直感が私を襲った。
私はここで愛されていないだけではない。招かれざる客なのだ。
そして、その日は唐突に訪れた。
それが、母様がよく読み聞かせてくれた物語だった。眠りにつく前の祈り。世界はこうあるべきだという約束。
それが嘘だと気づいたのは、私が十八歳の時だった。
馬車がクロシェード家の屋敷の前で止まる。私はドレスの皺を伸ばした。心臓が、籠の中の鳥のように暴れている。ここが私の未来。私の旦那様、リアム・クロシェード様のいる場所。
重厚なオークの扉が開く。
「ようこそ、ユリアナ嬢」
そこにリアム様がいた。ブロンズの髪の毛は神経質にセットされ、整った顔立ちには陰ができていた。間違いなく。唇には微笑みを浮かべているけれど、その目は笑っていなかった。私は背筋を伸ばした。
「ありがとうございます、リアム様。その……これから、よろしくお願いいたします」
「ああ。もちろん」
彼はすぐに背を向けた。
「両親は多忙だ。部屋へは使用人が案内する」
「あ……左様でございますか」
ホールに並んだ使用人たちは、深く頭を下げることはなかった。互いに目配せをし、私が視線を向けるとふいと逸らす。屋敷の空気は暖かくなかった。淀んでいた。何年も締め切られた部屋のように。
数日が数週間になった。沈黙が重くのしかかる。聞こえるのは時計の針の音と、私自身の虚ろな足音だけ。
リアム様と顔を合わせるのは夕食の時だけだった。
決して焦点の合わない瞳。彼は足早に食事を済ませ、視線はいつもどこか遠くを見ていた。
「今夜のスープ、とても美味しいですわね」
広い食堂に、私の声だけが空しく響く。
「悪くないな」
「あの……図書室があると伺いました。もしよろしければ——」
「好きに使えばいい」
彼はナプキンをテーブルに落とし、立ち上がった。
「失礼する。仕事があるのでね」
ざらざらとした違和感が私の胸の底を覆いつくしていった。
廊下の曲がり角から、囁き声が漏れ聞こえてくる。乾いた落ち葉が擦れ合うような音。忍び笑い。潜めた声。
「ご存じなのかしら?」
「お気の毒に」
私が角を曲がると、その音は唐突に途絶えた。メイドたちが頭を下げる。けれど、その視線は床ではなく私に張り付いていた。ねっとりとした憐れみ。そして、隠しきれない嘲笑。
廊下の空気が重い。この屋敷は 秘密で満たされているのだ。私だけが共有を許されない秘密で。背筋を冷たいものが這い上がった。最悪の直感が私を襲った。
私はここで愛されていないだけではない。招かれざる客なのだ。
そして、その日は唐突に訪れた。
1
あなたにおすすめの小説
【完結】男装して会いに行ったら婚約破棄されていたので、近衛として地味に復讐したいと思います。
銀杏鹿
恋愛
次期皇后のアイリスは、婚約者である王に会うついでに驚かせようと、男に変装し近衛として近づく。
しかし、王が自分以外の者と結婚しようとしていると知り、怒りに震えた彼女は、男装を解かないまま、復讐しようと考える。
しかし、男装が完璧過ぎたのか、王の意中の相手やら、王弟殿下やら、その従者に目をつけられてしまい……
追放された悪役令嬢は辺境にて隠し子を養育する
3ツ月 葵(ミツヅキ アオイ)
恋愛
婚約者である王太子からの突然の断罪!
それは自分の婚約者を奪おうとする義妹に嫉妬してイジメをしていたエステルを糾弾するものだった。
しかしこれは義妹に仕組まれた罠であったのだ。
味方のいないエステルは理不尽にも王城の敷地の端にある粗末な離れへと幽閉される。
「あぁ……。私は一生涯ここから出ることは叶わず、この場所で独り朽ち果ててしまうのね」
エステルは絶望の中で高い塀からのぞく狭い空を見上げた。
そこでの生活も数ヵ月が経って落ち着いてきた頃に突然の来訪者が。
「お姉様。ここから出してさし上げましょうか? そのかわり……」
義妹はエステルに悪魔の様な契約を押し付けようとしてくるのであった。
殿下が恋をしたいと言うのでさせてみる事にしました。婚約者候補からは外れますね
さこの
恋愛
恋がしたい。
ウィルフレッド殿下が言った…
それではどうぞ、美しい恋をしてください。
婚約者候補から外れるようにと同じく婚約者候補のマドレーヌ様が話をつけてくださりました!
話の視点が回毎に変わることがあります。
緩い設定です。二十話程です。
本編+番外編の別視点
好きにしろ、とおっしゃられたので好きにしました。
豆狸
恋愛
「この恥晒しめ! 俺はお前との婚約を破棄する! 理由はわかるな?」
「第一王子殿下、私と殿下の婚約は破棄出来ませんわ」
「確かに俺達の婚約は政略的なものだ。しかし俺は国王になる男だ。ほかの男と睦み合っているような女を妃には出来ぬ! そちらの有責なのだから侯爵家にも責任を取ってもらうぞ!」
で、お前が彼女に嫌がらせをしている理由を聞かせてもらおうか?
Debby
恋愛
ヴェルトが友人からの手紙を手に辺境伯令嬢であるレィディアンスの元を訪れたのは、その手紙に「詳細は彼女に聞け」と書いてあったからだ。
簡単にいうと、手紙の内容は「学園で問題を起こした平民──エボニーを妻として引き取ってくれ」というものだった。
一方その話を聞いてしまった伯爵令嬢のオリーブは動揺していた。
ヴェルトとは静かに愛を育んできた。そんな自分を差し置いて、言われるがまま平民を妻に迎えてしまうのだろうか。
そんなオリーブの気持ちを知るはずもないエボニーは、辺境伯邸で行儀見習いをすることになる。
オリーブは何とかしてヴェルトを取り戻そうと画策し、そのことを咎められてしまう。もう後は無い。
オリーブが最後の望みをかけてヴェルトに自分を選んで欲しいと懇願する中、レィディアンスが静かに口を開いた。
「で、そろそろお前が彼女に嫌がらせをしている理由を聞かせてもらおうか」
「はい?」
ヴェルトは自分が何を言われたのか全く理解が出来なかった。
*--*--*
覗いてくださりありがとうございます。(* ᴗ ᴗ)⁾⁾
★全31話7時19時更新で、全話予約投稿済みです。
★★「このお話だけ読んでいただいてもOKです!」という前提のもと↓↓↓
このお話は独立した一つのお話ですが、「で。」シリーズのサイドストーリーでもあり、第一弾「で、私がその方に嫌がらせをする理由をお聞かせいただいても?」の「エボニーその後」でもあります(あるいは「最終話」のその後)。
第一弾「で、私がその方に嫌がらせをする理由をお聞かせいただいても?」
第二弾「で、あなたが私に嫌がらせをする理由を伺っても?」
第三弾「で、あなたが彼に嫌がらせをする理由をお話しいただいても?」
どれも女性向けHOTランキングに入り、特に第二弾はHOT一位になることが出来ました!(*´▽`人)アリガトウ
もしよかったら宜しくお願いしますね!
三度裏切られたので堪忍袋の緒が切れました
蒼黒せい
恋愛
ユーニスはブチ切れていた。外で婚外子ばかり作る夫に呆れ、怒り、もうその顔も見たくないと離縁状を突き付ける。泣いてすがる夫に三行半を付け、晴れて自由の身となったユーニスは、酒場で思いっきり羽目を外した。そこに、婚約解消をして落ちこむ紫の瞳の男が。ユーニスは、その辛気臭い男に絡み、酔っぱらい、勢いのままその男と宿で一晩を明かしてしまった。
互いにそれを無かったことにして宿を出るが、ユーニスはその見知らぬ男の子どもを宿してしまう…
※なろう・カクヨムにて同名アカウントで投稿しています
「帰ったら、結婚しよう」と言った幼馴染みの勇者は、私ではなく王女と結婚するようです
しーしび
恋愛
「結婚しよう」
アリーチェにそう約束したアリーチェの幼馴染みで勇者のルッツ。
しかし、彼は旅の途中、激しい戦闘の中でアリーチェの記憶を失ってしまう。
それでも、アリーチェはルッツに会いたくて魔王討伐を果たした彼の帰還を祝う席に忍び込むも、そこでは彼と王女の婚約が発表されていた・・・
骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方
ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。
注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる