それなりに怖い話。

只野誠

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わふく

わふく

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 男はここ数日、困っていることがある。
 自宅に和服の女がいる、そんな気がするのだ。

 いるという確かな証拠はなにもない。

 ただ、ふとした時の視線の端に、和服を着た女が見える、ような気がするのだ。
 それも、ただ黒いシルエットが見えた気がして、ほっそりとしたシルエットだったので、なんとなく和服、着物を着た女性、と男がなんとなくそう思っているだけのことだ。

 しっかりと和服の女を見たわけでもない。

 それでも男は、何か変なものが家の中に入り込んでしまったと、そう認識していた。
 ただ男にできることはない。
 そもそも本当にそんな存在がいるのかもわからない。

 ふとした暗がりに、明かりのついてない廊下に、夜の台所に、トイレから出る瞬間に、洗面台の鏡に反射するように、そのような存在が男の視界にチラリと映りこむのだ。

 いや、映り込んでいた気がして仕方がないのだ。
 いるとも、いないとも、男には完全に断言することができないような、そんな曖昧で不確かなことだった。

 だが、ある天気の悪い午後、男はそれの正体を知ることとなる。
 それが本当にあの存在の正体だったのか、そう聞かれると男には答えられないが。

 外には激しく雨が降り、天気が悪く、昼間だというのにその日は薄暗かった。
 だから、男は廊下の電気をつけようとして、スイッチを押した。
 だが、廊下の電気は点灯しなかった。

 薄暗いままだ。

 仄暗い廊下の先に人影がある。
 完全に逆光で、黒いシルエットにしか見えない人影が。
 結い上げた長い髪、それと和服ならではのほっそりとしたシルエットだ。

 いつもなら、視界の端にチラリと映りこむだけだが、その日はずっと廊下の先にたたずんでいたのだ。

 男はその黒いシルエットを凝視する。
 本当にいたんだと、見間違えじゃなかったんだと、勘違いではなかったのだと。
 そのシルエットはいつまでたっても微動だにしない。
 怖い、と思いながらも男はそのシルエットに惹きつけられるように近づいていく。
 少しずつ近づくごとに、黒いシルエット、その闇が薄れていき正体が見えてくる。

 それは人形だった。
 マネキンではない。正確には人形と呼んでいいものではないのかもしれない。
 看板やパネル、そう言った言葉が一番合っているのかもしれない。

 まあ、男が見た限りでは、それはぺちゃんこに潰れた人形に見えたのだ。
 それが着物を着て、佇んでいたのだ。

 その正体を見た、いや、理解した瞬間、ゾワゾワゾワという悪寒が男の全身を駆け巡る。
 ものすごい敵意や恨みといったものを、その潰れた人形から感じたのだ。

 男が恐怖で目を離した瞬間、それはまるで最初から何もなかったように消え去っていた。

 はっきりと姿を現したのはその一度きりだ。
 今も男の視界の端に、その黒いシルエットは映り込んでくる。
 一度でも底知れない恐怖を感じてしまった男は、それが怖くて怖くて仕方なかったが、やはり男にできることは何もなかった。

 男は生涯、その潰れた人形の、黒い影に怯えて生きていたそうだ。



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