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第三部
05:クロとまりな1
しおりを挟む――過去。
まりな三歳。
「ルイがいない……」
祖母が窓を開けた一瞬の隙に、飼い猫のルイが逃げ出した。まりなが生まれる一年前に、家にやってきたアビシニアン。やんちゃで、飛んだり跳ねたり、いつも賑やかだった。まりなはルイが大好きで、一番の友達であり、きょうだいでもあった。
そんなルイがいなくなって、ひと月が経った。まりな自身は後で知った話だが、ルイは去勢していなかった。ペットショップ側が言った、可哀そうだから去勢しないであげて、という言葉を守ってしまったからだ。
両親はその『可哀そう』をそのまま受け取り、去勢しないまま飼っていた。
去勢していないということはスプレー行動もするし、攻撃的にもなる。また、雌を求めるようになる。
ルイが飛び出していった時期は、繁殖期だった。たまたま、そのタイミングで外に繋がる場所が開いてしまったため、飛び出したのだ。
「ルイ、ルイぃ……」
まりなは、ルイを呼んだ。その日は、親の目を盗んで、一人で外を探索した。きっとすぐに帰ってくるから、という慰めはもうあてにならない。だって、もうずっと帰ってこない。呼んでも返事がない。きっとお腹を空かせている。
「るい……」
まりなは泣きながらルイを探した。今思えば、三歳の子が一人で、だなんて信じられない行動をしていた。けれど、その時のまりなは必死だった。まりなが風邪をひいた時、寄り添うように一緒に居てくれたルイ。その長いしっぽを追いかけて、覆いかぶさって、笑った日々。
「ううっ」
ぼろぼろと涙がこぼれる。呼んでも、探しても、ルイは見つからない。
「あ、」
ふと、きらりとした光った気がした。近所で一人暮らしをしているお金持ちの人の家。大きな門構えと、『神谷』の標識。緑に覆われていても、綺麗に整えられたその隙間。
ゆらりと黒いしっぽ。それと、きらりと光る何か。
まりなは引き寄せられるように駆け寄った。
三歳の狭い歩幅だ。わずか数メートルでも遠く感じた。
そして、しっぽが見えた場所にたどり着いた。見えた。その光は、『首輪』だ。
「るい、るい、」
迷子になっても帰ってこられるようにと、名前を彫ったプレートだ。青の首輪に揺れる銀色が綺麗だった。なのに。
「ぅあ、ああ……っ」
綺麗だった青色も、銀色も、そこにはなかった。泥にまみれて、擦り切れて。綺麗だった毛並みも、可愛くも精悍な顔立ちも、ぴんと立っていた耳も、揺れる長いしっぽも、そこにない。
「あ、ああ、ああああああっ!!」
それでも、そこにいたのはルイだった。見間違えるわけもない。
鼻の奥が、目が、頬が痛い。
(ルイ、ルイ、ルイ、ルイ……!!)
こんなに近くにいたの? こんなに近くにいたのに、気付けなかったの? どうして返事してくれなかったの? お腹すいたよね? こんなにおなかぺったんこで! こんなに傷だらけで! 痛かったよね、ごめんね、ごめんね、ごめんね……!!
三歳のこどもですら歩ける距離に、ルイはいたのに!!
「ああああああああああん!!」
ペタンと座り込んで、大声で泣き叫んだ。
「――こども、お前の猫か」
まりなに降り注ぐ声。その声の主は。
「埋葬するつもりだったが――さて、どうするか――ッ!?」
黒い、大きな猫。深海の青の相貌と目があった瞬間、
――バチンッ
金色が、弾けた。
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