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翌日、クリスがリサに伸された事よりもリサがレフィとも決闘した事よりも、レフィがリサを介抱した事が全ての話題をかっさらっていた。
レフィは多数の女子に囲まれているが、人目のある所から女子と二人で消える、という事は珍しいらしい。
リサ本人も、久し振りに話しかけてきたルイサにキャンキャン言われて初めて知った事だった。
「レフィ様はっ、貴女の事なんかどうも思ってないんですわっ!だって貴女のことは、スイートともキャンディとも呼ばなくて、ただの塩菓子って、何それしょっぱいのって感じで呼んでらっしゃるし!それに、レフィ様にはアレッタ様もいらっしゃるし!アレッタ様は姫って呼ばれてるけど……」
どう見ても抗議しながら自分でもダメージを食らっているルイサは、魔力の適性如何によらず庇護欲を掻き立てるタイプかも知れない。
片想いもここまでくると滑稽を通り越して不憫に思える。
「ベーン様、レフィ様はアレッタ様に命じられて私と剣でやりあったのですよ?おおよそ色恋のような何か思ってらっしゃるわけ無いじゃないですか。ただ私が倒れてしまったので責任を取られただけでしょう?」
ついそう言って慰めてしまう。私の瞳が黒くなければ多分魔力的には黄色系である気がするので目に魔力を込めながら話をする。なお、金魚の糞シスターズはレフィがお姫様抱っこをした姿自体に萌えているらしい。彼女達にとって彼はただの憧れの対象のようだ。
落ち着いたルイサを見送って、色々上手くいかない事にちょっとだけリサは落ち込んでいた。
当初の計画では、女生徒と仲良くなって情報収集や宣伝をしていきたかったのに、現在の立場は学園のアイドルに倒された勘違い令嬢である。
「おい、貴様」
その前のちょっと舞に自信があるぼっちの令嬢の方がまだマシだった。
「おい、聞こえていないのか?」
他に方法を考えるしかないか……
「そこの黒髪の地味顔」
「はい。何でしょうか?」
先生でも知り合いでもない人から呼ばれているとは思わなくて気がつかなかったのは悪いけど、黒髪だけでいいじゃない。何よ、地味顔って。
リサはそう言い返そうかと思ったけれど、振り返って目があったその男の人を見て黙った。
オレンジアイで紫の髪。見た事は無いけど流石に話は聞いた事がある。
フォンス・カイゼル。サクパの第二王子……
「男子生徒と決闘をやったというのは貴様か?」
「左様でございます」
恭しくお辞儀したが、私の頭の上でマントが翻る音がしただけだった。
「付いて来い」
返事を待たずにスタスタと行く王子にリサは慌てて付いて行った。王族なんかと縁遠いリサに拒否権はない。
サクパの国の現国王ハルム・カイゼルには王子が二人いる。第一王子のカレルと第二王子のフォンスだ。前王妃エリの子であるカレルは王太子として立っており、品行方正で優秀という噂だ。一方現王妃の子であるフォンスは魔力や才能には恵まれているが王族としての自覚が甘いと聞く。
噂話でまで甘いと言われる王子なのだ。相当にやんちゃなのでしょう。虎穴に入らずんばとは言えども、虎穴が向こうからやって来てる感は否めない。
学院内にある王族のみが使える特別区域の一室まで連れてこられて、とりあえず決闘ではないさそうだと多少安堵する。
「……さて、男と剣を交えるとはどういう了見か?」
席も勧められず、部屋に入ったそのままの状態で質問された。了見も何も、受けたのは私の意思ではないけれど、そのまま意見をするのは出過ぎた行為だろう。
「お耳汚し失礼致しました。ただ、身を弁えずにいた私にレフィ様が指導してくださっただけでございます」
あくまでお馬鹿な私が悪いんですを通す。クリスを倒した事実なんて間違っても主張してはいけない。
「くっ。愉快だ。なかなかな奴だな」
王子はソファにどかっと座ると、机にあったベルを鳴らした。それから、手で座れと指示されたので、礼をとって腰掛けるとすぐさまお茶菓子出てきた。控えてる人達の仕事を思うと、職業柄同情してしまう。
「貴様が叩きのめしたブラッケの三男は、騎士の職に内定していた」
うげっと言う言葉が出そうになって、なんとか飲み込む。
「だが、馬鹿な騒ぎを起こした故今回は内定は取り消しになった。ブラッケ家はほとぼりが冷めれば再び志願するつもりらしい。意味は……分かるな?」
「……私は淑女に有るまじき事をした恥ずかしさのあまり、どなたとその様な戯れをしてしまったかは忘れてしまいました」
「上々だ」
出来レース万歳。ブラッケ家のバックには相当の人がいるのか、多額のお金があるのか、果たして両方か。弱小成金貴族は裸足で逃げ出すことにします。
「逆恨みは傷口を広げるだけだと向こうも納得している。貴様も格上の者と剣でやりあったなどと言う噂は縁談に障るだろう」
「ありがとうございます」
要は口外するなと言う釘を刺しに来たと言う事ですね。道理でその噂話が流れてこないと思った。ゴシップで有耶無耶にするお上のご意向だとリサは了解した。
「それは、置いておくとして……勝負自体は見事だったと聞く。どうやった?」
「先方がかなり油断されていました。それと、私は剣舞を嗜んでおりましたので」
「くくっ。剣舞か。舞を舞う者から見て、決闘とはどの様なものだ?」
一瞬迷う。王子は武術に秀でている。だからこそ、ここでは濁さない方が不興は買わない……はず。
「実践と大きく乖離していて驚きました。剣舞で使うイミテーションの剣より軽く、あれでは逆にスピードも落ちます。実際の軽め剣を使ってやろうとしても……正直に申して役に立つとは思えませんでした」
ドールとして働くにあたって護身術のイロハは学ぶ。懐剣の使い方くらい知らなければ、自死もできない。
「ほう、貴様、名を名乗る事を許そう」
興味深そうなオレンジの瞳が面白げに揺らぐ。気に入られた、か?
「リサ・カルスと申します」
「聞いた名だな」
「父はセレネにてドールハウスを営んでおります」
「セレネの……もしや貴様、最近学院の舞台で舞ったか?」
「はい」
「耳には入っている。大層な腕前だとか」
「ご覧になりますか?」
「いや、いい。芸事は苦手だ」
ざんねーん。売り込めるかと上がったテンションは急降下だ。
「だがしかし……今度利用させてもらう」
「ありがとうございます!最高のおもてなしをさせていただきます!」
「いや、私的利用だから特別な計らいはいらない。それと、貴様にも出てもらう」
「私も、ですか?」
「沙汰は追って出す。下がれ」
下がれと言われれば頭を下げて下がる他無い。しかし、しかしながら、一体何に出れば良いんでしょうか?
私が何かに出るなら、とりあえずカサブランカを出す事は出来ない。バイオレットかアイリスか。人選が難しいぞと考えながら来た道を戻っていたはずだった。
しかし眼前には見慣れぬ階段が。あれ?どっかで道間違えた?
迷子になったら動かない。それは同行者がいる場合。次善の策は近くの人に道を聞く。うん、誰もいない。
元の部屋に戻って聞こうと思ったけれど、どの扉も同じような模様に見てきた。
「プティサレ。そちらはダメだ。王宮に行ってしまうよ?」
後ろからそっと手を引かれて、一つの扉の中に誘われる。扉の先は……ガーデンだ。
「レフィ様。ありがとうございます」
「どういたしまして。王子様は君に無体を働かなかったかい?」
心配してというより、からかう様にレフィは聞いてきた。
「大丈夫です。レフィ様にはいつも助けていただいてばかりですね。なんとお礼を言って良いのか……」
「そうとも限らないよ。……そうだな、ても、礼をしてくれる気があるのなら、俺もブロの様に親しく話して欲しいな」
「ブロの様に?」
「そう。名前も呼び捨てていいよ。ガーデンや二人きりの時だけでもいい」
何故?とは聞かずとも分からなくは無い。レフィより年上のブロに私がタメ口だからだ。私が話しやすい様に気を使ってくれてるのか、それともブロの方に気を使っているのか。初めてこの人を見た時から印象はかなり変わってきている。
「それじゃあ、遠慮なく」
「うん。それでいい」
遠慮なく、聞きたいことも聞く事にする。
「前に私を知っていると言っていたけど、私はレフィとどこで会ったことがあるの?」
「それは秘密。秘密と言うか、本当に大したことない無い数分の会話しかしなかったんだよ。語る事も無い。あえて君に思い出すのを止めるほどでも無いけど、思い出してすっきりされると君の興味を引けなくなりそうだ」
「でも、気になるもの」
「じゃあヒント。君がカサブランカになる前だよ」
ハッキリと言われてしまった。レフィは知っていて、口外していない。
「知ってるんだ」
「情報通だからね。安心して、誰にも言わない。言ってない」
「……レフィも、容貌変化してるの?」
「髪の色は変えてるね。修行には丁度いいから。後、魔力消費させるにも」
そう言われたって、髪色が違ってもこんな目立つ人知らない。
ガーデンでお茶くらい振る舞おうとしたけれど、レフィはこの後用事があると行ってしまった。
何故レフィはいつも自分を助けてくれるのか。リサがそれを気になるのは、初恋の人と同じ。彼の赤い瞳のせいだけでは無かった。
――――――――――――――――――――――――――
フォンスは普通に手順を踏んでハウスへの予約を入れてきた。沙汰も何もなく当日になり、王子としての歓待は無しとの事なので普通にアイリスを配置。念のためカトレアを待機させておいた。
てっきり貴族仲間と歓談かと思っていたが、フォンスは見知らぬ商人風の青年達とちょっと良い平民服でやってきた。ついでに髪の色まで茶色に変えて来ている。お忍びなら事前にそう言っておいて欲しい。出迎えに出たリサは王子に名を呼ばない様注意を払って中に案内した。
「すっげぇ」
歳若い商人は中の内装に驚いている。街から来た人間からすれば、外装だけでなく内装も豪華であろう。機能性を一切無視しているから、派手具合だけで言えば王宮にだって負けていない。勝ちはしないけど。
フォンスから初めに利用方法や料金などの説明を求められて面食らうが、おくびにも出さずににこやかに説明する。元々の形態が紹介制だっただけで、料金をちゃんと払い馬鹿な騒ぎさえしなければどんな客でもウエルカムだ。ご贔屓さん優先は変わらないけれど、空き時間は結構あります。埋めてくれるならお客様は神様なのです。
最も初見の客でも楽しめるもの一つ見たいと言われて、無難に舞を舞わせる。分かりやすく派手で、分かりやすくドールの凄さが滲むものを一つ。それから、待機させていたカトレアにお茶のサービスをさせる。
お客達は一様に感心していたが、それは他の初見の客とは反応が違う。どきどきさせながら、初めての遊びを楽しむという表情では無い。
「フォンス君、そこの女性を同席させているのは何故か聞いても良いかな?」
一通り済ませるとドールは全て下がる様に指示されたが、私は残る様に言いつけられた。それに対して、メガネをかけた理知的な雰囲気の青年が少し咎める様にフォンスに尋ねる。この人達はフォンスが王子だと知らないのだろうか?
「こいつはこのハウスの主人の一人娘で、少し面白い事を言う奴だ」
「貴族の女で芸事やゴシップ以外に才能がある者を見た試しはないが?」
「でも、ヒューホさん、その芸事っつーのを初めて見ましたけど凄かったじゃないっすか」
「給仕も良かった」
言い返したソバカス赤毛の男の子以外も数人擁護があったので、手応えはまずまずと言ったところか。
「ヒューホ、今日はこいつに詳細は何も言わずにお前達を連れて来ている。そこまで言うなら、これからの話に不適かどうかはお前が決めろ」
「……では貴族のお嬢様。今日私達は何をしに来たと思っていますか?」
は?
フォンスを見ても顎でさぁ答えろと言わんばかりのジェスチャーをするのみだ。赤毛の子は「いくらなんでも無理ですって」とか言っている。
「知りません。私はフォンス様より場所を提供するよう要請され整えたまでのこと。お客様の事を詮索する事も外部に漏らす事も致しかねます」
「ほらー普通そうですってばー」と赤毛の子はフォローしてくれたが、ヒューホは片眉を上げ、フォンスの方を見る。フォンスはにやりと笑みを浮かべた。
「私共が内偵をせよと言い出すかとお思いでしたか?」
貴族の女が低脳って事にしたいなら、スルーすれば良かったのにこのヒューホと言う人も面倒くさいタイプだったらしい。リサは諦めて説明する事にした。
「こちらに、何をされに来たかは存じません。ただ、お客様方がただ楽しみにいらした訳ではない事は分かりました。どなたかをこちらにご案内される準備の様にも見えますが、採点表とは穏やかではありませんね。録音撮影機器は先程ご説明した通り『使用不可』とさせていただきました」
ヒューホの仲間の数人は慌てて機械を確認しているが、壊してはいません。ただ、ドールの仕事は映らないように妨害はしている。
「なるほど、恐れ入りました」
ヒューホは両手を上げた。どうやら受け入れられたらしく、席も勧められる。いや、市民権得られる必要無いんだけどとも思うも、フォンスに「座れ」と言われて仕方なく席に着いた。
レフィは多数の女子に囲まれているが、人目のある所から女子と二人で消える、という事は珍しいらしい。
リサ本人も、久し振りに話しかけてきたルイサにキャンキャン言われて初めて知った事だった。
「レフィ様はっ、貴女の事なんかどうも思ってないんですわっ!だって貴女のことは、スイートともキャンディとも呼ばなくて、ただの塩菓子って、何それしょっぱいのって感じで呼んでらっしゃるし!それに、レフィ様にはアレッタ様もいらっしゃるし!アレッタ様は姫って呼ばれてるけど……」
どう見ても抗議しながら自分でもダメージを食らっているルイサは、魔力の適性如何によらず庇護欲を掻き立てるタイプかも知れない。
片想いもここまでくると滑稽を通り越して不憫に思える。
「ベーン様、レフィ様はアレッタ様に命じられて私と剣でやりあったのですよ?おおよそ色恋のような何か思ってらっしゃるわけ無いじゃないですか。ただ私が倒れてしまったので責任を取られただけでしょう?」
ついそう言って慰めてしまう。私の瞳が黒くなければ多分魔力的には黄色系である気がするので目に魔力を込めながら話をする。なお、金魚の糞シスターズはレフィがお姫様抱っこをした姿自体に萌えているらしい。彼女達にとって彼はただの憧れの対象のようだ。
落ち着いたルイサを見送って、色々上手くいかない事にちょっとだけリサは落ち込んでいた。
当初の計画では、女生徒と仲良くなって情報収集や宣伝をしていきたかったのに、現在の立場は学園のアイドルに倒された勘違い令嬢である。
「おい、貴様」
その前のちょっと舞に自信があるぼっちの令嬢の方がまだマシだった。
「おい、聞こえていないのか?」
他に方法を考えるしかないか……
「そこの黒髪の地味顔」
「はい。何でしょうか?」
先生でも知り合いでもない人から呼ばれているとは思わなくて気がつかなかったのは悪いけど、黒髪だけでいいじゃない。何よ、地味顔って。
リサはそう言い返そうかと思ったけれど、振り返って目があったその男の人を見て黙った。
オレンジアイで紫の髪。見た事は無いけど流石に話は聞いた事がある。
フォンス・カイゼル。サクパの第二王子……
「男子生徒と決闘をやったというのは貴様か?」
「左様でございます」
恭しくお辞儀したが、私の頭の上でマントが翻る音がしただけだった。
「付いて来い」
返事を待たずにスタスタと行く王子にリサは慌てて付いて行った。王族なんかと縁遠いリサに拒否権はない。
サクパの国の現国王ハルム・カイゼルには王子が二人いる。第一王子のカレルと第二王子のフォンスだ。前王妃エリの子であるカレルは王太子として立っており、品行方正で優秀という噂だ。一方現王妃の子であるフォンスは魔力や才能には恵まれているが王族としての自覚が甘いと聞く。
噂話でまで甘いと言われる王子なのだ。相当にやんちゃなのでしょう。虎穴に入らずんばとは言えども、虎穴が向こうからやって来てる感は否めない。
学院内にある王族のみが使える特別区域の一室まで連れてこられて、とりあえず決闘ではないさそうだと多少安堵する。
「……さて、男と剣を交えるとはどういう了見か?」
席も勧められず、部屋に入ったそのままの状態で質問された。了見も何も、受けたのは私の意思ではないけれど、そのまま意見をするのは出過ぎた行為だろう。
「お耳汚し失礼致しました。ただ、身を弁えずにいた私にレフィ様が指導してくださっただけでございます」
あくまでお馬鹿な私が悪いんですを通す。クリスを倒した事実なんて間違っても主張してはいけない。
「くっ。愉快だ。なかなかな奴だな」
王子はソファにどかっと座ると、机にあったベルを鳴らした。それから、手で座れと指示されたので、礼をとって腰掛けるとすぐさまお茶菓子出てきた。控えてる人達の仕事を思うと、職業柄同情してしまう。
「貴様が叩きのめしたブラッケの三男は、騎士の職に内定していた」
うげっと言う言葉が出そうになって、なんとか飲み込む。
「だが、馬鹿な騒ぎを起こした故今回は内定は取り消しになった。ブラッケ家はほとぼりが冷めれば再び志願するつもりらしい。意味は……分かるな?」
「……私は淑女に有るまじき事をした恥ずかしさのあまり、どなたとその様な戯れをしてしまったかは忘れてしまいました」
「上々だ」
出来レース万歳。ブラッケ家のバックには相当の人がいるのか、多額のお金があるのか、果たして両方か。弱小成金貴族は裸足で逃げ出すことにします。
「逆恨みは傷口を広げるだけだと向こうも納得している。貴様も格上の者と剣でやりあったなどと言う噂は縁談に障るだろう」
「ありがとうございます」
要は口外するなと言う釘を刺しに来たと言う事ですね。道理でその噂話が流れてこないと思った。ゴシップで有耶無耶にするお上のご意向だとリサは了解した。
「それは、置いておくとして……勝負自体は見事だったと聞く。どうやった?」
「先方がかなり油断されていました。それと、私は剣舞を嗜んでおりましたので」
「くくっ。剣舞か。舞を舞う者から見て、決闘とはどの様なものだ?」
一瞬迷う。王子は武術に秀でている。だからこそ、ここでは濁さない方が不興は買わない……はず。
「実践と大きく乖離していて驚きました。剣舞で使うイミテーションの剣より軽く、あれでは逆にスピードも落ちます。実際の軽め剣を使ってやろうとしても……正直に申して役に立つとは思えませんでした」
ドールとして働くにあたって護身術のイロハは学ぶ。懐剣の使い方くらい知らなければ、自死もできない。
「ほう、貴様、名を名乗る事を許そう」
興味深そうなオレンジの瞳が面白げに揺らぐ。気に入られた、か?
「リサ・カルスと申します」
「聞いた名だな」
「父はセレネにてドールハウスを営んでおります」
「セレネの……もしや貴様、最近学院の舞台で舞ったか?」
「はい」
「耳には入っている。大層な腕前だとか」
「ご覧になりますか?」
「いや、いい。芸事は苦手だ」
ざんねーん。売り込めるかと上がったテンションは急降下だ。
「だがしかし……今度利用させてもらう」
「ありがとうございます!最高のおもてなしをさせていただきます!」
「いや、私的利用だから特別な計らいはいらない。それと、貴様にも出てもらう」
「私も、ですか?」
「沙汰は追って出す。下がれ」
下がれと言われれば頭を下げて下がる他無い。しかし、しかしながら、一体何に出れば良いんでしょうか?
私が何かに出るなら、とりあえずカサブランカを出す事は出来ない。バイオレットかアイリスか。人選が難しいぞと考えながら来た道を戻っていたはずだった。
しかし眼前には見慣れぬ階段が。あれ?どっかで道間違えた?
迷子になったら動かない。それは同行者がいる場合。次善の策は近くの人に道を聞く。うん、誰もいない。
元の部屋に戻って聞こうと思ったけれど、どの扉も同じような模様に見てきた。
「プティサレ。そちらはダメだ。王宮に行ってしまうよ?」
後ろからそっと手を引かれて、一つの扉の中に誘われる。扉の先は……ガーデンだ。
「レフィ様。ありがとうございます」
「どういたしまして。王子様は君に無体を働かなかったかい?」
心配してというより、からかう様にレフィは聞いてきた。
「大丈夫です。レフィ様にはいつも助けていただいてばかりですね。なんとお礼を言って良いのか……」
「そうとも限らないよ。……そうだな、ても、礼をしてくれる気があるのなら、俺もブロの様に親しく話して欲しいな」
「ブロの様に?」
「そう。名前も呼び捨てていいよ。ガーデンや二人きりの時だけでもいい」
何故?とは聞かずとも分からなくは無い。レフィより年上のブロに私がタメ口だからだ。私が話しやすい様に気を使ってくれてるのか、それともブロの方に気を使っているのか。初めてこの人を見た時から印象はかなり変わってきている。
「それじゃあ、遠慮なく」
「うん。それでいい」
遠慮なく、聞きたいことも聞く事にする。
「前に私を知っていると言っていたけど、私はレフィとどこで会ったことがあるの?」
「それは秘密。秘密と言うか、本当に大したことない無い数分の会話しかしなかったんだよ。語る事も無い。あえて君に思い出すのを止めるほどでも無いけど、思い出してすっきりされると君の興味を引けなくなりそうだ」
「でも、気になるもの」
「じゃあヒント。君がカサブランカになる前だよ」
ハッキリと言われてしまった。レフィは知っていて、口外していない。
「知ってるんだ」
「情報通だからね。安心して、誰にも言わない。言ってない」
「……レフィも、容貌変化してるの?」
「髪の色は変えてるね。修行には丁度いいから。後、魔力消費させるにも」
そう言われたって、髪色が違ってもこんな目立つ人知らない。
ガーデンでお茶くらい振る舞おうとしたけれど、レフィはこの後用事があると行ってしまった。
何故レフィはいつも自分を助けてくれるのか。リサがそれを気になるのは、初恋の人と同じ。彼の赤い瞳のせいだけでは無かった。
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フォンスは普通に手順を踏んでハウスへの予約を入れてきた。沙汰も何もなく当日になり、王子としての歓待は無しとの事なので普通にアイリスを配置。念のためカトレアを待機させておいた。
てっきり貴族仲間と歓談かと思っていたが、フォンスは見知らぬ商人風の青年達とちょっと良い平民服でやってきた。ついでに髪の色まで茶色に変えて来ている。お忍びなら事前にそう言っておいて欲しい。出迎えに出たリサは王子に名を呼ばない様注意を払って中に案内した。
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歳若い商人は中の内装に驚いている。街から来た人間からすれば、外装だけでなく内装も豪華であろう。機能性を一切無視しているから、派手具合だけで言えば王宮にだって負けていない。勝ちはしないけど。
フォンスから初めに利用方法や料金などの説明を求められて面食らうが、おくびにも出さずににこやかに説明する。元々の形態が紹介制だっただけで、料金をちゃんと払い馬鹿な騒ぎさえしなければどんな客でもウエルカムだ。ご贔屓さん優先は変わらないけれど、空き時間は結構あります。埋めてくれるならお客様は神様なのです。
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お客達は一様に感心していたが、それは他の初見の客とは反応が違う。どきどきさせながら、初めての遊びを楽しむという表情では無い。
「フォンス君、そこの女性を同席させているのは何故か聞いても良いかな?」
一通り済ませるとドールは全て下がる様に指示されたが、私は残る様に言いつけられた。それに対して、メガネをかけた理知的な雰囲気の青年が少し咎める様にフォンスに尋ねる。この人達はフォンスが王子だと知らないのだろうか?
「こいつはこのハウスの主人の一人娘で、少し面白い事を言う奴だ」
「貴族の女で芸事やゴシップ以外に才能がある者を見た試しはないが?」
「でも、ヒューホさん、その芸事っつーのを初めて見ましたけど凄かったじゃないっすか」
「給仕も良かった」
言い返したソバカス赤毛の男の子以外も数人擁護があったので、手応えはまずまずと言ったところか。
「ヒューホ、今日はこいつに詳細は何も言わずにお前達を連れて来ている。そこまで言うなら、これからの話に不適かどうかはお前が決めろ」
「……では貴族のお嬢様。今日私達は何をしに来たと思っていますか?」
は?
フォンスを見ても顎でさぁ答えろと言わんばかりのジェスチャーをするのみだ。赤毛の子は「いくらなんでも無理ですって」とか言っている。
「知りません。私はフォンス様より場所を提供するよう要請され整えたまでのこと。お客様の事を詮索する事も外部に漏らす事も致しかねます」
「ほらー普通そうですってばー」と赤毛の子はフォローしてくれたが、ヒューホは片眉を上げ、フォンスの方を見る。フォンスはにやりと笑みを浮かべた。
「私共が内偵をせよと言い出すかとお思いでしたか?」
貴族の女が低脳って事にしたいなら、スルーすれば良かったのにこのヒューホと言う人も面倒くさいタイプだったらしい。リサは諦めて説明する事にした。
「こちらに、何をされに来たかは存じません。ただ、お客様方がただ楽しみにいらした訳ではない事は分かりました。どなたかをこちらにご案内される準備の様にも見えますが、採点表とは穏やかではありませんね。録音撮影機器は先程ご説明した通り『使用不可』とさせていただきました」
ヒューホの仲間の数人は慌てて機械を確認しているが、壊してはいません。ただ、ドールの仕事は映らないように妨害はしている。
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同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。
1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。
一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。
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