S級スキル『剣聖』を授かった俺はスキルを奪われてから人生が一変しました

白崎なまず

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1章

血の雨が降る夜

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ジョルウェール家の屋敷の地下室で向かい合うアレスとカブラバ。
魔道ランプの僅かな明かりで2人の影がゆらゆらと小さく揺れる。

「ところで一つ聞いておきたいのだけど、モレラはどうしたのかしら?」
「あいつなら地下室の入り口でおねんねしてるよ。そんなに部下のことが心配か?」
「ふふっ、まさか。人間なんて使い捨ての駒よ。代わりなんていくらでもいるわ。それよりも……」
「なにを……くっ!?」

慎重に仕掛けるタイミングを探っていたアレスだったのだが、突如カブラバは掌から大量の血液を出現させると地下室の天井に向けて強烈な攻撃を放ったのだ。
その一撃で地下室の天井には大きな穴が開き美しい三日月が見えた。

「貴様!逃げるつもりか!?」
「まさか。あなたと戦うにはここは少し狭すぎるわ」

逃げられると焦りの表情を見せたアレスに、カブラバは余裕の表情でそう返す。
そして大きな羽をはばたかせ冷たい夜の闇へとその姿を染み込ませていったのだ。

(好都合だ。ティナたちや檻の中の人たちを守りながら戦うのは辛いと思ってたとこだ)
「べリアさんジェーンさん!ティナのことは頼みます!俺はあいつを!」
「待ってくださいアレスさん!ヴァンパイアと戦うなんてあまりに無謀すぎます!ここは一旦身を隠して王国軍に任せましょう!」
「いやだめだ」
「なぜ!?」
「ティナに手を出したあいつは俺がやらなきゃ気が済まないんすわ」
「アレスさん!!……行っちゃったよ。どうするジェーン!」
「どうするもなにも、私たちにできるのは住民の避難誘導くらいでしょ!私はティナ様の回復を終えたらすぐに行くから、あなたは先に檻の鍵を探してきて!この人たちを安全なところに避難させてから王国軍と合流するわよ」
「わかったよ!」
「ア……レス……」

この地下室で戦い続けることはアレスにとって非常に都合が悪かった。
自分以外の人間をカブラバに狙われれば庇いながら戦うのが困難になる。
しかしそれはカブラバもまた同じ。
自分で集めた人間の女性たちを自分の手で殺すことになればそれはカブラバにとって損となるからだ。
こうして両者の利害が一致したことで戦いは戦場の場を地上に移すことになった。
そうしてカブラバを追いかけていくアレスの背中を、ティナは歯を食いしばりながら見送ることしかできなかった。


「ふふっ、あのまま逃げずにちゃんと私を追いかけてきたことは褒めてあげるわ」
「ざけんな!むしろてめえこそ負けそうになっても俺から逃げんじゃないぞ!?」

月明かりと至る所に設置された街灯の明かりに照らされた夜のヘルステラの街で、カブラバとアレスは再びお互いに向かい合う。

「あなた、随分自分の腕に自信があるようね。いいわ、それならそのプライドを正面から叩き潰してあげるわ」

アレスが剣を構えたのを見て、カブラバは掌から出現させた血液を変形させる。
不気味に形を変えていく血液は次第に非常に凝ったデザインの剣となり、カブラバは自信満々にその剣を握ると勢いよくアレスに斬りかかっていったのだ。

「ぐっ!?」
(なんてパワーだ!!これがヴァンパイアの力!?)
「あっはははっ!!散々大口を叩いておいてその程度!?」

身の丈ほどある巨大な血の剣を振り回すカブラバにアレスは防戦一方となっていた。
ヴァンパイアと人間の純粋な身体能力の差。
圧倒的なパワーとスピードにアレスはたまらずバックステップを踏む。

「ふふっ、負けそうになったからと言って私の前から逃げるんじゃないわよ?」
「ちっ、わかってるわ。戦いはこれからだっての」
「いいえ、もう終わりよ」

一度距離をとったアレスだったが、カブラバはすぐに距離を詰めることなく再び血を出現させ剣を作り替え始めたのだ。
先程までは巨大な1本の剣、そして次はサイズこそ劣るものの2本の剣を両手に構える。

「さようなら。身の程知らずのおバカさん」
「くっ!!」

そしてカブラバはアレスに向けてすさまじいスタートを切ったのだ。
一瞬にして2人の距離はつぶれ嵐のような斬撃がアレスを襲った。

(っ!?なに……すぐに終わらせるつもりだったのになかなか押し切れない?)
「だから言っただろ。戦いはこれからだって……」
「っぁ!?」

一瞬でアレスを細切れにできると踏んでいたカブラバだったのだが、その考えに反してアレスはその凄まじい斬撃の嵐に何とかくらいついてみせたのだった。
しばらくの間2人が織りなす斬撃の応酬によって辺りに耳を劈くような金属音が響き渡った。
そしてその均衡が徐々にアレスに傾いていき、アレスが放った強烈な突きがカブラバの頬をばっくりと深く裂いたのだ。

「き、貴様……」
「ようやく体が温まってきたところだ。覚悟するんだな、伝説のヴァンパイア」
「ふ……ふふっ、あはははははは!!」
(傷が……一瞬で塞がって!?)
「あー、バカじゃないの!?本当にこのまま私に勝てると思ってるわけ!?」
「っ!?待て、逃げるつもりか!?」

アレスの一撃によって頬を深々と斬られたカブラバだったのだが、その傷は瞬きする間に跡を残さず癒えてしまったのだ。
傷を一瞬で直してしまったカブラバは高笑いをしながら再び上空へ飛びあがる。

「安心しなさい。貴様だけは必ず殺すと決めたんだから」
「じゃあ早く下りてこい!!」
「ふふっ、そうよね。私が飛んでいる限りあなたは私を倒せない。でも……私は違うわ!!」
「っ!!」

アレスの攻撃が届かない高さまで上昇したカブラバは両手に持っていた血の剣を再び液状に戻すと、その一部を切り分けてアレスに向けて高速で放ったのだ。
アレスはその血の弾丸を地面を転がりながら何とか回避する。

「あははは!さっきまでの威勢はどうしたのかしら!?」
「あの野郎……飛翔・鷹の目!!」
「おっと。手も足も出ないってわけじゃなさそうね。でもその程度の攻撃じゃ絶対に私を捉えられないわ!!」
「くそがっ!!」

カブラバは上空からアレスに向けて攻撃を続ける。
アレスも何とかそれに対抗しようと斬撃を飛ばしカブラバに反撃を試みるのだが、ひらりひらりと飛び回るカブラバに攻撃を命中させることが出来なかった。

(だめだ。今は耐えるしかない。耐えていればきっとそのうち……)
「もしかしてあなた、そうやって耐えていれば私の血が尽きるとでも思っているの?」
「っ!?」
「残念ね。冥途の土産に1つ教えておいてあげるわ。ヴァンパイアは自身の血液を操って攻撃するけれど、その血は魔力によって無尽蔵に作り出せるのよ!!」
「なん、だと……」
「私に魔力切れを起こさせられればこの攻撃は止められるけれど、私の莫大な魔力が尽きる前に貴方の命の炎が消えてしまうでしょうねぇ!!」

そう言ったカブラバはさらに大量の血液を出すとアレスへの攻撃を激しくさせていった。
自身満々に構えるカブラバの全身はアレスの何十倍もの魔力によって包まれている。
その底なしともいえるカブラバの魔力量にアレスは焦りの表情を浮かべていた。

「はぁ……はぁ……」
「あら?もう終わりかしら?私はまだまだピンピンしているけど?」
(くそ……強い。想像以上だ……今まで戦ってきたどんな奴らより、圧倒的に……)
「はっ……ははは」
「急に笑い出して、気でも触れたのかしら?」
「いいね、ちょっと楽しくなってきたかも」
「……やっぱり、死の恐怖でおかしくなっちゃったのね」

傷つけられない理由があるわけでも、不死身の体を持っている訳でも、自身が毒により弱っている訳でもない。
純粋な力の差、圧倒的な敵を前にしたアレスはなんと楽しそうに笑ってみせたのだ。

「そこまでだぁあ!!」
「っ!?」
「まったく……ゴミがわらわらと五月蠅いわね」

しかしその時大通りの角から大量の王国軍の兵士が現れたのだ。
兵士たちを率いていたのは王国ヘルステラ支部の金将。
べリアたちの報告を受けて失踪事件の犯人であり街で暴れるカブラバを捕らえに来たのだ。

「報告は受けているぞ!ヴァンパイア、貴様がこの街で発生していた失踪事件の犯人なのだな!?」
「あら、だったらなにかしら?」
「大人しく投降しろ!さもなくば力尽くで制圧させてもらう」
「本当に、人間は愚かな生き物よねぇ……」
「おいお前らぁああ!!早くここから逃げろぉおお!!」
「わざわざ自分たちから殺されにやってくるんだから……ブラッディ・レイン!!」
「ギャアア!!」
「ぐぁああ!!」

降伏の意思をみせないカブラバに、王国軍の兵士たちは戦闘態勢へと移る。
しかしそんな兵士たちを憐みの目で見降ろしていたカブラバが異様なオーラを放つ。
それに気が付いたアレスが兵士たちに逃げるように必死に叫んだのだが、それも虚しく雨のように降り注いだ血の弾丸により集まってきた王国軍の兵士たちは一瞬にして全滅させられてしまったのだ。
アレスは全力で距離を取り何とか血の雨が降り注ぐ範囲から逃れる。

「もう面倒になってきたわ。あなたもこれで終わりにしちゃいましょう。ブラッディ・レイン」
「くっそ!!ふざけんなよ……」
「建物の陰に潜んでも無駄よ!!」
「ぐあっ!!」

先程まですぐにアレスを仕留めようとはせず遊んでいたカブラバだったのだが、それももう飽きたといった様子でアレス1人に対して容赦なく血の雨を降らせたのだった。
王国軍の兵士を一瞬で壊滅させた雨にアレスは何とか建物の陰に逃れようとする。
しかし射線などお構いなしに降り注ぐ血の雨は建物を貫通しアレスに襲い掛かった。

「はぁ……はぁ……」

アレスは血の雨を躱しきれずにかすり傷を負わされる。
左太もも、右脇腹、左肩……
服に血を滲ませながらアレスは何とかこの状況を打破するための策を考えていた。

(くそ。このまま空を飛ばれてたら戦いにすらならねえ……何とか奴を地上に引きずり降ろさねえと……)
「どうしたのかしら?もう打つ手なしなら諦めて私に殺されてくれないかしら?」
(……よし、こうなったら一か八かだ)
「あー、すげえよ。正直言って想像以上だ。もう諦めるしかないかもな」

血の雨の追撃を振らせようと、カブラバは大量の血液を浮かせ攻撃の準備に移る。
しかしその時アレスは上空に居るカブラバに聞こえるような大きな声で話しかけ、その姿を曝したのだった。

「あら、意外とあっさり認めるのね」
「ああ。だってもう勝ち目がないからな。ヴァンパイアって本当に凄いんだな」
「ふふっ、私の機嫌を取って命乞いをしようって魂胆なら無駄よ?」
「そんなつもりじゃないって。ただ1つ、ヴァンパイアってそんなにすごいのに……なんで人間なんかにビビってるんだ?」
「……あ”?」

剣を鞘に納め、完全に降伏ムードのアレス。
そんなアレスにカブラバは止めを刺そうとしたのだが、その直後に放ったアレスの一言にその手を止めたのだった。

「だってそうだろ?ジョルウェール家の娘に化けて、人間にバレないようにこそこそと誘拐して。しかも実際に誘拐してたのは手下の人狼だろ?ビビりまくりじゃねえか」
「……」
「それに今だって俺にビビッて安全な上空から一方的に攻撃って……さっきお前ヴァンパイアは高貴で誇り高いって言ってたけど、本当はただの臆病で姑息な羽虫じゃねえか」
「ふっ……」

「……ざけるなぁああああああああああ!!!!!!」

アレスは地上から少し大げさな身振りでカブラバを煽ってみせたのだ。
それを聞いたカブラバは全身の血が沸騰するような勢いでアレスへの怒りを燃え上がらせたのだった。
街全域に届くような咆哮を腹の底からひねり出したカブラバは目を充血させながら地上へと降り立つ。
そして血の雨を降らせるために出していた血液を巨大な剣に変え怒りのままにアレスに斬りかかったのだ。

「下等な人間ごときが私を馬鹿にしてぇええええ!!」
(まだだ、ギリギリまで引き付けて……)
「真っ二つにしてくれるわぁあああああ!!」
(今だ!!)
「っ!?ぎゃああああ!!」

冷静さを完全に失ったカブラバは力任せに大剣をアレスに向けて振り下ろす。
アレスはそれを直立したままギリギリまで引き付ける。
そして刃がアレスの前髪に触れたか触れないかのその瞬間、最小限の動きで大剣を躱したアレスは抜剣する勢いのままカブラバを縦に斬りつけたのだ。

「がぁ……ああ、き……さま……」
「やっぱり自信がないのもダメだがプライドが高過ぎるのも考え物だよな」

冷静さを失っていたカブラバはアレスの一太刀を躱しきれずに顔面を縦に斬り付けられていた。
膝をつき、ぼたとたと血を滴り落としながらカブラバは憎悪のこもった目でアレスを見上げていた。



時は少し遡り、ジョルウェール邸。

「あれ……なんで、いないんだ?」

地下室から階段を駆け上がりアレスによって気絶させられていたモレラの身柄を改めて確保しようとしていたべリアだったのだが、地下へ降りる時に廊下の片隅に寝かしていたはずのモレラの姿が跡形もなく消えていたのだ。
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