S級スキル『剣聖』を授かった俺はスキルを奪われてから人生が一変しました

白崎なまず

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1章

氷華双刃・彗星の蘭

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アレスとカブラバの一騎打ちに決着がつくかと思われたその瞬間に気を失っていたはずのモレラが奇襲を仕掛け、それに意識を捕らえたアレスはカブラバの攻撃により深い傷を負わされてしまったのだ。
地面を転がったアレスは抉られた脇腹の痛みに悶え苦痛の声を上げる。

「ぐっ……がああ……あああ!!」
「惜しかったわね。モレラを殺しておかなかったことがあなたの敗因よ」
「くっくっくっ……よくもさっきは俺を脅してくれたな。その代償は高くつくぞ」

再びアレスの前に姿を現したモレラだったのだが、その外見はもはや人間とは言えないほどの変貌を遂げてた。
眼球は赤黒く染まり、爪は長く鋭く伸び牙のようなものが生えている。
血管が濃く浮き上がらせて猛獣のような息を吐くモレラは負傷し地面に転がるアレスを下卑た笑みを浮かべ見下していた。

「はぁ……はぁ……てめぇ、人間じゃねえじゃねえか……」
「いいや、俺はれっきとした人間だぞ?ただし、カブラバ様と血の盟約を結んでいるがね」
「血の……盟約……?」
「あら、ヴァンパイアと戦うのにそのことを知らないなんて迂闊過ぎじゃないかしら?ヴァンパイアはね、他の生物と血の盟約を結んで忠実なしもべにする代わりにヴァンパイアの強力な力をそいつに分け与えるの」
「知ってる訳ないだろ……くそが……」

アレスは震える足を強く殴りつけ無理矢理にでも立ち上がる。
すでに相当の重症を負っているはずなのにその目に宿る闘志が一切衰えていないことにカブラバは呆れ果てていた。

「あなたの方こそ本当に人間なの?」
「うるせえ……2人になったからって調子に乗ってんじゃねえぞ」
「死にぞこないのくせに強がりやがってぇ!!」
「くっ…!!」

剣を構えたアレスにモレラは地面が抉れるほどの踏み込みで襲い掛かった。
モレラの両手の爪が血を纏い、激しい斬撃の嵐を繰り出す。

「おらおらどうしたぁ!?でかい口を叩いておいてその程度かぁ!?」
「はぁ……はぁ……勘違いするなよ!ヴァンパイアの力を分け与えられようとお前なんざ俺の敵じゃねえんだ!」
「あら、寂しいじゃない。私も混ぜなさいよ!」
「ちぃ!!」

痛みを堪え、アレスは何とかモレラの攻撃を捌ききる。
しかし反撃に転じようとしたその瞬間、カブラバが加わり形勢が一気に悪化したのだ。

(くそっ……なんとか1対1に……)
「隙あり!!ブラッディ・ロック!!」
「なに!?」
「今度こそさようなら、ブラッディ・レイン!!」

2人の攻撃を受けるのに精いっぱいのアレス。
そんなアレスの隙を見つけたモレラはアレスの間合いから1歩下がると血の塊を放出しアレスの右足を地面に固定してしまったのだ。
その場から動けなくなってしまったアレスに、カブラバは上空へ飛びあがると大量の血を放出し血の雨を降らせる。

(これは……受けきれない……)

もはや雨とは言えない密度の血の弾丸の攻撃に、負傷したアレスはそれを凌ぎきる余力は残されていなかったのだ。
視界を埋め尽くすほどの血の雨が満身創痍のアレスに襲い掛かる。

「フリージング・ブレス!!」
「っ!?」
「なにっ!?」

しかし血の雨がアレスを貫く寸前、すべてを凍てつかせるような冷気が吹き荒れ血の雨を全て凍り付かせ氷の霧に変えてしまったのだ。

「これは……ティナ!!」
「ごめんなさいアレス!あなたにばかり戦わせてしまって!」

強烈な吹雪にカブラバとモレラは大きく後退した。
突然の出来事にアレスは一瞬思考が止まってしまっていたのだが、すぐにこの技を放った人物の存在に気付き口角を上げたのだった。
屋根の上から姿を現したティナはすぐにアレスの元に駆け寄るとアレスの右足に纏わりついていた血の塊を凍らせて粉々に砕く。

「ティナ、動いて大丈夫なのか?」
「ええ、万全じゃないけれどジェーンに回復してもらったから。むしろあなたのほうが大丈夫なの?ここは私に任せてあなたは休んでいていいわよ」
「はっ、冗談言うなよ。ここからが本番なんじゃねえか」
「ふふっ、元気そうじゃない。それじゃあ一緒に戦いましょう!」

アレスはもう限界ギリギリだったのだが、ティナの顔を見た途端にその表情に覇気が戻り闘志を燃やし始めたのだ。
そのアレスの顔を見てティナも口角を上げながら刀を構えた。

「ふんっ。まさかあなた、私があなたの血を気に入っているから手加減してもらえるとでも思ってるの?2人まとめて八つ裂きにしてあげるわ」
「ティナ様、見るからに顔色が悪いですねぇ?そいつももう死にかけ。わざわざ死にに来たようなものですよ」
「ふふっ、何を言っているんだ?私とアレスが一緒に戦うんだ。貴様らなんかに負けるわけがないだろう?」
「そうだな。俺1人の時に決着を付けられなかったことを後悔するんだな」
「減らず口を……」
「いいだろう!!ならば貴様ら2人同時にあの世に送ってやる!!」

ティナはアレスと並び笑顔で啖呵を切ってみせる。
2人の余裕の表情にイラついたモレラは、怒りの表情で2人に突撃をかます。
カブラバは冷静に血の弾丸を生成し後方援護をする姿勢をみせた。

「ティナ!!援護頼む!!」
「ええ、任せて!」

それに対してアレスはモレラを迎え撃つ体制を整え、ティナが冷気を放ちカブラバの攻撃を相殺する。
モレラが繰り出した地面を抉る斬撃をかき消しアレスは至近距離での斬り合いを押し付けた。

(ちぃ!!あの女に対して遠距離攻撃は効果が薄い!なら……直接ひねりつぶすまで!)

血の弾丸が全て凍らされるのを見たカブラバは遠距離攻撃は無意味だと悟り巨大な血の槍を生成すると一度上空に飛びあがり急降下しながらティナに襲い掛かった。
それを見たティナは刀に冷気を纏わせカブラバを迎撃する体制を見せる。

(バカな!?ヴァンパイアの力を分け与えられた俺が押されている!?)
「悪いな、次の一撃で勝負を決めさせてもらうぜ。紫電一刀……」
「っ!!させるかぁああ!!」

一方至近距離での斬り合いに応じていたモレラだったのだが、アレスの素早い攻撃に圧倒されはじめ焦りの表情を浮かべる。
その時アレスは必殺の一撃を放とうとモレラの目の前で剣を鞘に納め集中力を高め始めたのだ。
それを好機と見たモレラは勝負を決めようとアレスの首をめがけ爪を振るう。

「閃光・朧氷斬!!」
「バカめ!どこを狙って……っ!?」
「朧……」
「遅い!!俺の勝ちだ……ぎゃぁあああ!!」
「斬りぃいい!!」
「がぁあああ!!」

アレスが剣を抜く前にモレラの爪がアレスの首に喰らいつく……その直前、カブラバを迎え撃つと見せかけたティナがモレラに対し斬撃を飛ばしたのだ。
胸を大きく裂かれ半身が凍り付くモレラ。
そして剣を抜いたアレスは自身の上空を通過しティナに襲い掛かろうとしていたカブラバに強烈な斬撃をお見舞いしたのだ。
アレスが放った一撃はカブラバの右腕と右の羽を斬り落とす。

「ナーイスティナ!」
「まったく。敵の目の目で剣をしまうなんてどうかしてるぞ」
「お前が援護してくれるって信じてたからな」
「き、貴様ら……よくも……よくも……絶対に、絶対に許さない!!」
「カブラバ様!?な、なにを!おやめくださ……ぎゃああああ!!」
「っ!?」
「なに!?あいつ仲間を!」

アレスに羽を斬り落とされて地面に転げ落ちたカブラバは体が張り裂けんばかりの怒りと憎しみの感情を爆発させた。
追い詰められたカブラバは近くで倒れていたモレラに向かって左手をかざすと、人差し指と中指を立てた。
すると倒れていたモレラの全身の傷から勢いよく血液が飛び出て、それがカブラバの元に集まっていったのだ。

「もういい!!お前たちを殺せればあとはもうどうなってもいいわ!!」
「霧が晴れていく……いや、奴の元に戻っていく!!」
「この街ごと消え去るといいわ!!」

さらにカブラバは街中を覆っていた紅い霧を一気に自身の体に回収すると、左腕を高く掲げ自身の真上に巨大な血の球体を生成したのだ。
高濃度の血と魔力が圧縮されたその球体は一目見ただけで辺りを更地にしてしまう威力があることを感じさせた。

「アレス!このままじゃ……」
「ティナ、お前に合わせる。これで決めるぞ」
「っ!!……ああ、わかった」

カブラバが放つとんでもないプレッシャーを前に動揺を隠せなかったティナだったのだが、アレスは顔色一つ変えずにティナにそう声をかけた。
アレスのその言葉を聞いたティナはその言葉だけですべてを察し、自身に満ち溢れた笑みを浮かべたのだ。

「何をしようと無駄よ!!跡形もなく消えろぉおお!!」

美しかった赤い瞳は真っ黒に変色し、目から血を流しながら魔力を極限まで高めるカブラバ。
そんなカブラバの渾身の一撃を目前にし、アレスとティナは互いに背中を預けるように立つと刀を自身の正面斜め下方向に構え精神を研ぎ澄ませていた。

「さようならぁ!!ブラッディ・デス・インパクト!!」

圧縮された球体からアレスとティナに向けて高濃度の魔力が放出される。
それは射出の勢いだけで周囲の建物の壁を破壊し地鳴りのような轟音が街全体を包んだ。

「いくぞ、アレス」
「ああ、ティナ」

隕石が着弾する地点にいるような圧の中、2人はお互いだけ聞こえるほど小さな声で名前を呼び合う。
直後、ティナは勢いよく冷気を放出した。

「氷華双刃・彗星の蘭!」

そうして冷気が2人の周りを覆ったのとほぼ同時、2人は斬撃を交差させるように刀を振るった。
アレスとティナがそれぞれ繰り出した斬撃は先に放出されていた冷気を巻き込み青白い光を放ってカブラバが放った魔法へ牙をむく。

「馬鹿な……ヴァンパイアであるこの私が……下等な、人間ごときにぃいいい!!!」

纏った冷気が彗星のような尾を引きながら魔法を引き裂くと、そのままの勢いでカブラバに致命の傷を与えたのだった。
骨の芯まで響くような地響きが収まり辺りを照らしていた赤黒い太陽は静かな夜の闇へと溶けてゆく。

「あー、手加減なんて出来る状態じゃなかったけどかろうじて生きてるな。ほんとに、ヴァンパイアは丈夫だぜ……」
「アレス!?大丈夫か!?」

2人の斬撃を喰らったカブラバが起き上がることはなかった。
血液を使い果たし魔力は枯れ果てた。
それでもでヴァンパイアの驚異的な生命力によってカブラバはかすかに息があったのだ。
カブラバの気配を感じ取っていたアレスは、もうカブラバが動けないと知ると糸が切れたように地面に倒れてしまった。

「ははは。あー、流石にいてぇわ。もう限界」
「……っ。ふふっ、そうだな。私もあいつに血を吸われすぎて本当はふらふらだ……」

倒れたアレスを心配したティナだったが、地面に仰向けに寝転がるアレスが笑っていたのを見て安心したようにアレスの隣に腰を下ろした。

「それにしてもアレス、打ち合わせもなしによく私に合わせられたな。君のことは信じて疑わなかったが、それでも驚かされたよ」
「お前とじゃなきゃ流石に無理だったよ。ティナが俺のことを信じてくれてたから、それと同じように俺もティナのことを信じてたから。俺たち2人だからこその勝利だ」
「……、ああ。君と一緒に戦えて楽しかったよ。アレス」
「俺もだ、ティナ」
「ティナ様!!アレス様ー!!」
「お二人とも大丈夫ですかー!?」
「ん、この声はジェーンとダリアか」
「助かったぜ。このままずっと放置されてたら危なかったところだ」

戦いの気配が収まり、倒れていた2人の元にダリアとジェーンが駆けつける。
青白い月の光に照らされたアレスとティナは安堵の表情を浮かべながら激闘の余韻に浸っていた。



こうしてヘルステラの街を恐怖のどん底に突き落としていた大量失踪事件は幕を閉じたのだった。
しかしそれでもすぐに街が平穏な日常を取り戻したわけではない。
多くの犠牲者を出してしまい、街には大きな破壊の跡が残ってしまった。

「はい。この度は私の父が取り返しのつかないことをしてしまい……本当に申し訳ございませんでした」
「いいえ。ウラさん、あなたを責めている訳ではないんですよ。あなたもれっきとしたこの事件の被害者なのですから」

アレスたちがジョルウェール家の屋敷にやってきたときに現れたウラはカブラバが化けた姿であり、本物のウラはその時にはすでに地下牢に閉じ込められていた。
他の被害者をダリアたちが救い出したときに一緒に救出されていたウラは、その後自分の父が事件に加担し、それどころか自分をもヴァンパイアに差し出したことに酷くショックを受けていた。
それでも彼女は父がこの失踪事件に関わった責任に次期当主となって向き合うと決意したのだ。

「このようなことになってしまった以上、ジョルウェール家が貴族として続いていく道は残されていないでしょう。それでも私はジョルウェール家次期当主として少しでもジョルウェール家が背負った罪を償うべく、事件の被害者への謝罪と街の復興に尽力いたします」
「……ええ、それが正しい判断だと思います。ですがウラさん、すべてを貴方一人が背負い込む必要はありませんよ。私も……フォルワイル家が出来る限りの協力することを約束します」
「ティナ様……本当にありがとうございす」

事件の翌日からティナはフォルワイル家当主の娘としての役割を果たすべく日夜奔走していた。
ダリヤジェーンも王国軍の一員として事件の後処理、街の復興の手伝いなど忙しく走り回っていた。
そしてアレスはその間何をしていたのかと言うと……

「なーんも異常ねぇ~……いいことだけど」

ティナたちが事件の後始末をしている間、主に夜間の街の警備などをしていた。
人狼2体とそれらを従えていたヴァンパイアを討伐したとはいえ、まだ街に人狼が潜んでいる可能性が無くなったわけではない。
事件後の混乱で街の治安が悪化することへの対策も含めてアレスはここ1週間街の警戒に当たっていたのだが、これといって何か問題が起きたわけではなかったのだ。

「おーい!アレスー!」
「ん?ティナか」

ヘルステラの街全体が夕焼けに包まれたころ。
街がよく見渡せる高い建物の屋根の上に居たアレスに、ジョルウェール家の屋敷に戻る途中だったティナが声をかけてきたのだ。

「街の警備お疲れ様。あれから特にトラブルもなかったようで安心したよ」
「ああ。でもおかげで俺何もしてないよ。お前たちが忙しく働いてるってのにな」
「ふふっ、君が街を守ってくれていたおかげで私は安心して自分の役目に集中できたんだ。むしろ感謝しているよ」
「まあ、それならよかったよ」
「それでだアレス。私たちの方もだいぶ落ち着いてきたから、あとはこの街の人たちに任せてそろそろ王都に戻ろうと思うんだが、どうだろうか?」
「どうって、俺は別にいいと思うよ。1週間も何もなかったんだ。流石にこの街に人狼は潜んでないだろうし」
「そうか。王都から応援の王国軍が到着したからダリヤとジェーンのほうも帰って大丈夫と言っていたから、出発は明日にしてしまおうと思っているよ」
「わかったぜ。いつまでもここに居たって仕方ないしな」

事件後の混乱もかなり落ち着いたということで、アレスたちはついにヘルステラの街から王都に帰ることにしたのだった。
明日の出発が決まったことで、アレスも今日はティナと一緒にジョルウェール家の屋敷に戻ることとなった。

「ふわぁ~。流石に疲れがたまってんなぁ……」

安全な食事を頂き、広い大浴場で癒されたアレスは大きな欠伸をして就寝の準備を整えていた。
ふかふかなベッドに大の字に横たわるとそれだけで意識が夢の中に旅立ってしまいそうだった。

コンコン……
「……。こんな時間に誰だ?」

しかしアレスが眠りにつこうとしたその時、アレスの部屋の入口の扉が何者かによってノックされたのだった。
一瞬無視しようかとも考えたアレスだったがすぐに起き上がり訪ねてきた人物が誰か確認に向かう。

「ったく。こんな時間に誰だよ……」
「っ!すまないアレス、もう寝るところだったか?」
「……って、ティナじゃねえか。一体どうしたんだ?」
「少し君と話がしたいなと思ったんだが……どうだろうか?」

アレスが不機嫌そうな顔で扉を開けると、そこにはティナの姿があったのだ。
ティナはアレスが就寝直前だったことに気付き申し訳なさそうな表情をしたが、断らないで欲しいという雰囲気を醸し出しながらアレスと話がしたいと願い出たのだった。
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