S級スキル『剣聖』を授かった俺はスキルを奪われてから人生が一変しました

白崎なまず

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1章

特別な存在

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ヘルステラ連続失踪事件を解決し、いよいよ王都に戻ることになったアレス。
明日の朝早くに出発するために今晩はもう就寝しようとしていたのだが、そんなアレスの元にティナが話がしたいと訪ねてきたのだった。

「話がしたいって、何かあったのか?」
「そういう訳じゃないんだが……だめか?」
「ダメってこたぁねえけどよ」
「そうか。ありがとう。すぐに準備をしてくる、少し待っていてくれ」
「おう……」

何か深刻な事態なのかと心配するアレスだったがどうやらそういうことではないらしい。
アレスの部屋を訪ねてきたティナは入浴してからあまり時間が経っていないのか、ほのかに頬が赤く石鹸のいい匂いを漂わせていた。
寝間着姿でポニーテールをほどきリボンを振るく髪に巻き付てけている完全オフの様子のティナ。
その様子は普段の彼女とはまるで別人とも思えるような物だった。

「お待たせ。どうせならお茶でも飲みながらゆっくり話したくてね」

アレスがしばらく部屋で待っていると、何やら準備をしてきたティナが木製なお洒落なワゴンを持って部屋に戻ってきた。
ワゴンの上には紅茶セット一式が乗せられており、机の傍まで来たティナは慣れた手つきで紅茶を淹れる支度をする。

「そうだ。アレス、音楽もかけていいだろうか?」
「うん?もちろんいいけど……なにをかけるんだ?」
「聴けばすぐにわかるはずだ」

茶葉を蒸らしている間に、ティナはレスの部屋に置いてあった蓄音機に目を付けるとワゴンの下から1枚のレコードを取り出し音楽をかけ始めたのだ。

「っ!これは……流行りに疎い俺でも流石に聞いたことがあるぞ」
「そうだろう。なんたってこれはあの希望の歌姫、リューランさんの歌なんだから」

蓄音機から流れてきたのはこのエメルキア王国で今最も人気のある歌手、リューラン・オーレリーの歌。
希望の歌い手と呼ばれる彼女の歌声は老若男女問わず幅広い世代の人から指示されており、ファンに対する対応も温かく絶大な人気を誇っている。
ティナが持ってきたレコードはそのリューランが歌った心安らぐ穏やかな曲で、部屋中に広がる紅茶のいい香りと合わせてアレスはまるで夢の中に居るような心地になっていた。

「この香りは……セパ地方のマンボラか」
「すごいな。香りを嗅いだだけでわかるのか?」
「ああ。実は俺、こう見えても紅茶が結構好きでさ。小さい頃から好んで飲んでたんだよね」
「そうだったのか。それなら私が淹れた紅茶が君に満足してもらえるか少し緊張してしまうな。さあ、どうだろうか?」
「……。うん、美味しいよ。俺が淹れるよりもずっとうまいや」
「ふふっ、それはよかった」

普段アレスとティナが話をするときはもっと明るくにぎやかな雰囲気になるものだが、今日はとても静かで落ち着いた雰囲気の中でしっとりと茶会が始まったのだ。
小さな丸テーブルをはさみ、ゆったりとした木の椅子に腰掛けながらアレスは部屋に流れる穏やかな音楽に耳を傾ける。
しばらくの間そんな穏やかな雰囲気を味わった2人だったのだが、紅茶を一口飲んだアレスがずっと疑問に思っていたことをティナに投げかけた。

「それでティナ。急にどうしたんだ?」
「うん?なにがだ?」
「何がって、お前が話をしたいって俺の部屋を訪ねてきたんだろうが。明日からまた長い移動で話をする機会なんていくらでもあるはずなのに」
「確かにそうだが、馬車の中じゃこんなに穏やかな雰囲気の中でくつろぐことなんて出来ないだろう?それに、太陽の光の下じゃしみじみと何かを語る気分にもならないだろうしね」
「なるほどね」
「アレスはこういう雰囲気は苦手か?」
「いや。お前とならこういうのも悪くないな」
「そうか。よかった……」

アレスのその返事を聞いたティナはほっとしたように笑みをこぼした。
しっとりとした雰囲気の中、ティーカップを置いたティナは静かに自身の心境を語り始める。

「本当はな、アレス。君にお礼を言いたくて……それで来たんだ」
「お礼って、俺があのヴァンパイアからお前を助けたことか?いいよそんな。俺だってお前に助けられたわけだし」
「いや、それだけじゃないさ」
「それだけじゃない?」
「アレスが私と一緒にこの街に来てくれて本当に良かったと思ってね。もちろん、強さだけの話じゃないよ」

真剣なティナの眼差しにアレスもティーカップを置いて真っ直ぐに彼女を見つめ返す。
そんなアレスの瞳を見つめるティナは柔らかく微笑む。

「父上が言っていた私が最も信頼する人物を同行者に選べという条件、やはりその適任は君しかいなかったよ。私と一緒にこの街に来てくれて……いや、私と友達になってくれてありがとう」
「……やめろよ。流石に恥ずかしいわ」
「ふふっ、でもこれが私の本心だ。アレスは私にとって特別な存在だ」
「ったく。むず痒いったらありゃしねえ。でも……これなら試験は合格かな?」
「試験?合格?いったい何の話だ?」

ティナの真っ直ぐな感謝に照れくさそうに鼻をかいたアレスは話題を変えるためにそんなことを言いだしたのだ。
アレスの発言の意図が分からないティナは眉をひそめながら首をかしげる。

「そもそもだな、ティナが最も信頼する人物を連れて行けって条件が不自然だろう。べリアさんとジェーンさんの2人に同行させたのはゼギン様だ。人数が足りないならもう1人ゼギン様が選べばいい」
「そうだな。父上は何か目的があって私に信頼する人物を選ばせたということだな」
「それでもっと言うとな、ゼギン様はティナが俺を選ぶことを何となくわかってたんじゃないかなって思うんだ」
「なんだと?いや待て、そもそも父上は私とアレスの関係なんて知らないはずだ」
「前にローゲランス家の屋敷で晩餐会があっただろ?その時に目を付けられたんだと思うぜ」

ティナの父親であるゼギンとアレスは直接会って話したことはない。
しかし以前アレスがティナの頼みでローゲランス家の晩餐会に参加した時に顔を見る機会があったのだ。
ゼギンが放つ強者特有のオーラにアレスが意識を向けたことをゼギンは感じ取っていた。

「それじゃあ君が今回この事件に巻き込まれたのは私があの晩餐会に君を誘ってしまったせいということか?」
「ティナは悪くねえよ。悪いとしたらあの人の強さに興味を持って視線を送り過ぎた俺だ。あれが気づかれてたんだ」
「しかしだな……君を私の家のいざこざに巻き込んでしまった事実に変わりはない。すまなかった」
「気にすんなって。それよりも、そうなるとゼギン様は俺を試そうとしてたってことになる。いつか王国軍総軍団長の座を受け継ぐ自分の娘がろくでもない奴とつるんでないか心配になったんだろう」
「父上は総軍団長の座を私に明け渡すつもりはないだろうし、そもそも私がどうなろうと知ったことじゃないだろう。父上が本当にそんなこと考えているとは思えんな」
「まあまあ。ところでティナ、この部屋に来る前にべリアさんかジェーンさんと会わなかったか?」
「急にどうしたんだ……いや、確かにジェーンとすれ違ったが」
「べリアさんは【ポイズンラボ】のスキルで俺たちの同行者に選ばれたんだろう。それじゃあ……ジェーンさんはなんで選ばれたんだ?」
「それは、単に回復系のスキルを持った人物がいると役に立つからじゃないか?実際に私もアレスもジェーンに回復してもらっただろう?」
「そう!そこがおかしいんだ!」
「?」

父親が自身の交友関係を気にするような人物じゃないとアレスの考えを否定するティナだったが、アレスは今回の旅の同行者であるジェーンに関するある不可解な点をティナに提示したのだ。

「俺とお前が負傷したのはあのヴァンパイアのせいだろう?いくら何でもこの事件の裏にヴァンパイアが潜んでいたなんてわかるわけがない。この事件はもともと人狼が犯人だと思われてたんだからな。だとすると人狼を相手するのに回復役をわざわざつけると思うか?」
「確かに……いや、万が一ということもあるだろう」
「そしてなにより、王国軍本隊所属の兵士にしては回復のレベルが低すぎる。本当に回復特化のスキルを持っていればお前は完全な状態で戦線に復帰できただろう?」
「っ!!」
「ってことはつまりジェーンさんのスキルは【回復効率上昇】なんかじゃない。俺たちに隠すってことは俺たちに知られちゃいけない事情があるってこと……つまり俺たち、俺の監視。今もこの状況を別の部屋で見ているのかもしれない、な?」

「ぶふっ!!」
「ジェーン!!どうしたの急に!?」

アレスはジェーンのスキルが自分を監視するためのものなんじゃないかと言いながら口角を上げぎょろりと右斜め上の虚空を睨みつける。
それと同時、離れた場所で水を飲んでいたジェーンは勢いよく口に含んだ水を噴き出してしまったのだ。

「げほげほっ……ば、バレたかもしれないわ」
「えっ!?」
「今一瞬、アレス様がこっちを睨みつけてきたの」

ジェーンたちが居たのはアレスたちがいる部屋とはずいぶん離れた客間。
アレスの予想通り、ジェーンは離れたところからスキルを使用してアレスの監視を行っていたのだ。

「偶然に決まってるだろ?君のスキル【天眼】は、あのゼギン様ですら見てる方向まではわからなかったんじゃないか」
「ええ……でも裏を返せば、アレス様はゼギン様を上回る勘をしていると……」
「そんなことありえないよ。ゼギン様は歴代王国軍総団長の中でもずば抜けた能力を持ってるんだよ?」
「私だってありないと思ってるけど……」

『ふふっ、まさか。流石に考えすぎじゃないか?』
『……だな。ははは』

(これは……本当は気付いているのか?)

ジェーンの本当のスキルはA級スキル【天眼】。
直接合った相手に発動でき、対象の人物とその周囲の映像を見ることが出来るスキル。
天眼のスキルでは音は聞こえないが、ジェーンは読唇術を会得しているため会話の内容まで把握できるのだ。

「でも、気付かれたかどうかは置いておくにしてもこれまでのティナ様との会話から考えるに、彼はフォルワイル家に害をなすような人物じゃなさそうだね」
「ええ、そうね。スキルがないっていうのも伝説のヴァンパイアと互角以上に戦えるあの強さなら大きな問題じゃなさそうだし……」
「うん?どうしたんだいジェーン?」
「いえ……ゼギン様はティナ様のことを相当嫌っているように思えるのだけど、それなのにティナ様の交友関係を私たちに調べさせるなんて、ゼギン様がティナ様のことをどう考えているのかわからなくなって……」

フォルワイル家の屋敷を出たあの時から今までのアレスの様子から、彼がフォルワイル家に害をなす存在ではないと判断した2人。
しかし任務をほとんど終えたことでジェーンは今までうっすらと感じていた疑問を口にしたのだった。

「ああ、なるほどね。ジェーンは王国軍に来たのが比較的最近だから知らないんだ」
「あなたはゼギン様について何か知っているの?」
「まあね。そもそもゼギン様がティナ様を嫌ってるのはスキルを使用できなかったからじゃないんだよ」
「っ、そうだったの?」
「ゼギン様がティナ様を嫌っている本当の理由は、ティナ様のせいで最愛の人を失ってるからだよ」
「最愛の人……っ!メイラ・フォルワイル様か」

ゼギンがティナを嫌っている理由はティナが自身のスキルをコントロールできず次期フォルワイル家の当主、そして王国軍総団長の地位を継ぐに相応しくない人物だからだと世間には知られている。
しかしそれは真実ではなく、本当の理由はゼギンの妻にしてティナの母親、メイラ・フォルワイルにあったのだ。

「メイラ様と出会う前のゼギン様はね、それはもう恐ろしい人だったんだよ。その正体は悪魔なんじゃないかって陰で噂されるほどに。でも、メイラ様と出会ってからゼギン様はまるで別人になったように変わったんだ」
「ゼギン様がメイラ様以外の女性と関係を持たないのは……」
「生涯で愛する女性はメイラ様ただ1人と、ゼギン様が決めているからだよ」

悪魔の血を引くとまで言われたゼギンを変えたのがメイラだった。
それまでは誰にも笑顔を見せたことがなかったゼギンがメイラと出会ってからは部下と話すときでさえ表情が柔らかくなるなど、彼女との出会いはゼギンの人生を大きく変えたのだ。
フォルワイル家の当主として、複数の妻を持ち子を多く残すことを求められたゼギン。
しかしそんな周囲の意見など意に介さず、彼はメイラ以外の女性を愛することはないと固く誓っていた。
そんなゼギンを、メイラも心の底から愛していた。
お互いがお互いにとっての特別な存在。
しかし、そんな幸せな日々は長くは続かなかったのだ……

『メイ……ラ……』
『ごめんなさい、あなた……ティナを、お願いします……』

メイラはティナの暴走を食い止めるためその命を捧げてしまったのだ。
ティナに悪気がなかったことなどゼギンも当然理解していた。
しかし、それでも……ゼギンはティナが許せなかった。
自分の最愛の人を、かけがえのない特別な存在を奪ったティナをゼギンは恨んだのだ。

「メイラ様を失ってから、ゼギン様は昔のように恐ろしい方に戻られてしまったんだ。まあ、当時に比べれば全然マシだけどね」
「そうだったのね……でも、私には今のゼギン様がそこまでティナ様を恨んでいるようには感じられなかったわ」
「そうだね。時の流れのせいっていうのもあるんだろうけど、やっぱり1番はティナ様はゼギン様にとってメイラ様との間に授かった唯一の子だってことが大きいんじゃないかな。きっとゼギン様はフォルワイル家の当主の座も、王国軍総団長の地位もティナ様に自ら譲るなんてことは絶対しないだろう。それでもティナ様には自分を超えて、実力で自分の跡を継いで欲しいと思ってるんじゃないかな」
「……そうね。そうじゃなかったら他の誰かを自分の後継ぎとして育てていないとおかしいもの」

『ふふふっ、少し盛り上がり過ぎてしまったな。まだ話し足りないが続きは明日以降にしようか』
『そうだな。ここで話しすぎて馬車の中での話題が尽きたら大変だ』

「……っ、向こうは終わったみたいね。あの後も雑談をしていただけだったね」
「まあそうだね。こっちの存在に勘付いてるなら何事もないか」
「何が言いたいの?」
「ううん、別に~」
「待ちなさいよ!本当にどういう意味よ!」
「ジェーンって意外と初心なんだねぇ」

べリアたちがゼギンについて語っていた間もアレスとティナは雑談を続けていたのだが、べリアたちの話が一区切りついたタイミングでアレスたちもちょうどお茶会を終えたのだった。
ティナが部屋を出て行くのを確認し、べリアはスキルによる監視を終了させる。

「それじゃあ僕らももう休もうよ。君も随分疲れたでしょ?」
「それはそうね。思ったより長引かなくて助かったわ」
「お疲れ様。ゆっくり休むんだよ」
「言われなくてもそうするわ。王都に帰るまでが任務だもの。むしろ明日からの方が大変よ」
「真面目だねジェーンは」
「不真面目よりましよ」

スキル【天眼】の使用はかなり体力を消耗する。
明日からの長距離移動のことを考え憂鬱になるジェーンが自室に向かうのをべリアは手を振って見送ったのだった。

「皆様、今まで本当にありがとうございました。この御恩は一生忘れません」
「いいのよ。私たちはそのためにこの街に来たんだから」

翌日の早朝。
ヘルステラの街を出発する直前のティナたちはジョルウェール家の屋敷の前でウラからお礼を言われていた。

「それと、援助が足りなかったら遠慮なく言ってね。私はいつでも協力するから」
「本当にありがとうございます。ですが、これ以上ティナ様のお言葉に甘えるわけにもいきません。ジョルウェール家の当主として、必ずこの務めを果たします」
「もうすっかり当主として立派ですね。ウラ様」
「アレス様も、べリア様もジェーン様も。本当にありがとうございました。それでは道中お気をつけてお帰り下さい」
「ええ。ウラさんもお体に気をつけてね」

こうしてウラに見送られながら、アレスたちは馬車に乗り込みヘルステラの街を後にしたのだった。

「うーん。この街に来てからすげえ大変だったなぁ。とても1週間とは思えないよ」
「そうだな。でも王都に帰るまでもまだ相当長いぞ?」
「あー、そうだったな。こっからが1番辛いまであるな」
「私と一緒でもか?」
「……。な訳ないだろ」
「ふふっ、よかった。それなら昨日の続きの話でもしよう。時間はいくらあっても足りないぞ」
「ははっ。楽しそうだな、ティナ」

ヘルステラの街からフォルワイル家の屋敷がある王都までは2日以上かかる。
そんな長時間の移動にも、ティナは苦痛の表情など一切みせずむしろ楽しそうな笑顔を見せたのだ。
そんなティナの笑顔を見たアレスも自然と笑みを浮かべており、2人は心ゆくまでのんびりとした馬車の旅を満喫したのだった。
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