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1章
王都を襲う黒い魔獣
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「うおっ!なんだこれ!!」
眩い日差しが照り付けるエメルキア王国王都。
眩暈がするような暑さに行き交う人々が額に汗を滲ませる中、今王都で大人気のクレープ屋の店先でアレスは驚きの声を上げていた。
「いやまあ美味いけどさぁ、そんなに驚くことか?」
「アレスさんは昔王宮に居たわけですし、これよりもっと美味しい物を知ってるんじゃないですか?」
「王宮に居た頃は街で買い食いなんてしなかったし、教会に居た頃はそもそも金がなさ過ぎてまともなものも買えなかったからな。だからこういう流行りの食べ物は新鮮なんだよ」
クレープ屋にやって来ていたのはアレスとジョージとマグナの3人。
以前アレスとジョージが王都にできた新しいクレープ屋に行く約束をしており、そこに勉強漬けで頭がパンク寸前だったマグナが気分転換に一緒に買い食いに出掛けていたのだ。
ちなみにアレスはお金をほとんど持っていないためクレープはマグナのおごりである。
「暑い日に食べるアイスクレープは最高ですね。マグナさんもいい気分転換になったんじゃないですか?」
「そうだな。もうすぐ1年前期も終盤。俺とジョージは大丈夫だがお前が期末テストを乗り越えられるか不安で仕方ねえよ」
「あぅ……頑張るから今はその話はやめてくれ。頭が破裂しちまう」
「まったく。ちゃんと合格してもらわないと今まで俺たちがお前に勉強を教えてきた時間が無駄になっちまうんだぞ?」
「それよりさ、お前に聞きたいことがあったんだ」
「話題を変えやがって」
「この前お前さ、どっかの街に行ってたじゃん」
「ヘルステラの街な」
「そこでなんか面白いことなかったか?聞かせてくれよ」
「そうですね。それは僕も少し気になってました」
「んー、まあ別に大したことはなかったけどな」
期末テストの話題から逃れるために、マグナは先日アレスがヘルステラの街で起きていた失踪事件を解決しに学園を10日ほど留守にしたときの話を聞きたいと言い出したのだ。
ジョージも同じく興味を示したことでアレスはクレープを食べながらヘルステラの街で起きてことについて2人に語ることにしたのだった。
「……って、ことで。その失踪事件の黒幕はヴァンパイアで、俺とティナの2人で何とか倒したんだ」
「な、なな……ヴァンパイア!?それは本当ですか!?」
「ヴァンパイアって、あの絵本とかに出てくるあの?そんなに驚くことか」
「驚くことですよ!!ヴァンパイアと言えば伝説として語られる恐ろしい種族ですよ!そんなヴァンパイアが事件に絡んでいたなんて……それ以上にアレスさん、よくヴァンパイアを倒せましたね」
「まあな。今まで戦った誰よりも手強かったよ。身体能力が人間の比じゃないし、何より魔力量がとんでもなく膨大だった」
「やはりそうですか。僕も本物のヴァンパイアを見たかったですが……絶対に行かなくて正解でしたね」
「ああ。流石に危なかったからな。ところでジョージ、ヴァンパイアの血の盟約って知ってるか?」
「はい。当然知ってますけど」
「きも。なんで知ってんだよ」
「ほんと何でも知ってんなぁジョージは」
「流石に何でもは知らないですよ」
先の戦いではヴァンパイアの血の盟約のことを知らなかったおかげで窮地に陥ってしまったアレス。
ヴァンパイアという文献などもあまり多く残っていない種族に関する情報ということで知らないほうが普通であり、ジョージが血の盟約について知っていたことにドン引きした。
「でもよかったですよ。ヴァンパイアを相手にしてアレスさんが無事に帰ってこられて」
「だな。アレスがいなくなったら俺に勉強を教えてくれる人材が1人減っちまう」
「純粋に俺の身を案じろや」
「それじゃあアレスさん、この事件はあの話とは無関係だったってことですよね?」
「あん?なんだよあの件って」
「あれですよ。以前アレスさんのお兄さんが話してくれた」
「んー……。あっ、あれか」
ヘルステラの街の事件の話を全て聞いたジョージは以前から少し不安に感じていたあることについてアレスに確認をとった。
それは以前ハズヴァルド学園に王国軍の兵士が指導に来てくれた時のこと。
アレスの兄ボレロがこっそりと伝えてくれた怪しげな集団のことだった。
「まあ流石に無関係だろう。というかジョージ、気にし過ぎだぞ」
「そう、ですよね。でもあの時の話がずっと気になっていて。僕たちの周りで何かとてつもなく嫌なことが起こるんじゃないかって考えてしまって……」
「大丈夫だジョージ!そんなこそこそしてる連中なんて恐れる必要はねえ!俺はあの伝説のヴァンパイアをも倒したんだ。誰が来ようが返り討ちにしてくれるぜ」
「そうそう!んな本当に来るかどうかもわからねえ奴らのこと気にしたって意味ないぜ!それよりも確実に迫ってくる期末テストの方が恐ろしい……」
「ぷ、ははは!確かにそうですね。ありがとうございます2人とも」
「あっ、そういえば……アレスの兄貴って24歳と30歳って言ってたよな」
「なんだよ急に」
「俺の兄貴と姉貴も24歳と30歳で同じだなぁって思っててさ。俺とアレスも同い年だしすげえ偶然だなって」
「はぁ……」
「お前なぁ……」
「え?なになに?俺まずいこと言った?」
マグナが口にした疑問にアレスとジョージは呆れた表情をしてみせる。
「偶然な訳ないだろ。この国じゃ平民や下流貴族の兄弟が6歳差になることが多いの」
「え?なんで?」
「それを説明するにはどこから話せばいいか……マグナさん、強いスキルを持った子供が生まれればその家の地位は向上しますよね?それじゃあ優れたスキルを持った子供を授かるにはどうしたらいいですか?」
「え?え、えぇっと……たくさん子供を産む?」
「正解です。どんなスキルを持って生まれて来るかは基本的にランダムと言われています。だからこの国の出生率は年々増加していったのです」
「うん?子供がたくさん生まれるっていいことじゃねえのか?」
「基本的にはな。だが何事にも限度ってものがある。人口が急激に増えたことで食糧問題が起きたり失業者が増えたりしたんだ」
「当時はジゼル様が生まれてすらいなかったので特に食糧問題は深刻と言われてましたね。あとは単純に恵まれたスキルを授からなかった子供が捨てられるという問題もあったんです」
約80年前このエメルキア王国では王国軍の大幅強化や冒険者ギルドの発足などの影響で魔物の脅威が薄れていた。
そうして居住区域が広がるなどして人々の生活に大きな余裕が生まれたのだ。
しかし余裕が生まれた結果スキルの優れた子供を授かるために人口が爆発的に増加。
食糧問題や失業率の上昇など様々な問題がこの国を襲ったのだ。
「そこでエメルキア王国は子供の数に応じて税を課す法律を作ったのです」
「その税は身分によって税率が異なったが、平民にはかなり苦しいもので、下流貴族も今までみたいに無計画に子供を増やすことが出来なくなったんだ」
「そうして1人目の子供が5歳なり、弱いスキルだと判明すると2人目の子供を。その2人目が5歳になり弱いスキルなら3人目を……という感じで計画的に子供を作る考えが広がったのです」
「1人目が5歳の時に2人目をこしらえると2人目が生まれる時に1人目は大体6歳。つまり6歳差が出来るって寸法さ」
「ほへぇ~。そうだったのか」
「ちなみに税を逃れるために子供が生まれたことを隠そうとする人が出ることを予測し、国は鑑定士の職業を国家資格が必要なものとして厳重に管理し始めたんです」
「子供のスキルを調べるために鑑定士は絶対必須だからな。国に申請してない子供はそもそも鑑定してもらえないってこと。いつかテストに出るかもしれないから覚えておくといいぞ……というかテストに出なくても覚えておいたほうが良い」
「この法律のおかげで国は税をより多く徴収でき、弱いスキルを持った子供が生まれやすい平民の出生率を抑えることが出来たんです。そして上流貴族は子供が多くいることがそれだけ税を払う余裕のある家だとアピールできるということで子供を増やしていき、国全体のスキルの質が上昇したとも言われています」
「おう。なんかよくわからんけどよくわかったぜ」
2人の話についていけなくなったマグナは自信満々な顔をしていた。
「まあ、そういう法律があるということだけふんわりと覚えていてください」
「だから同い年の奴らの兄弟同士が年が同じってのは普通だよ。ほら、アリアのお姉さんも俺の兄様と同じ年だしな」
「へぇ~……って、アリアにお姉ちゃんなんて居たのか?」
「おう。お前に勉強させるための教材を2人で作ってた時に写真を見せてもらったんだ。アリアにそっくりで凄い美人だったぞ」
「ちょいまてぇ!!お前いつの間にそんなにアリアと仲良くなってんだぁ!!羨ましいぞコラぁ!!」
「黙れ!!お前がいつも解いてる教材を作るためって言ってんだろうが!!感謝されこそすれ恨まれる筋合いはないぞ!」
「まあまあ2人とも落ち着いて……」
「はっはっはっ!なにやら騒がしいと思えば、見知った平民たちじゃないか!」
アレスとマグナが言い争っていたその時、通りの向こうから誰かが高笑いする声が聞こえてきたのだ。
その声の主はアレスたちの元に歩み寄ってくると3人を見下したような笑みを浮かべた。
「あん?なんだ、バンド様じゃねえか。こんなところで何をされてるんですかぁ?」
「ここは貴様らの家でも何でもないんだ。僕が歩いていても何もおかしなことはないだろう?」
(こ、この貴族は……)
(あの時の!アレスさん、あまり変に絡むとまた厄介なことに……)
「ここはハズヴァルド学園からもウィーベル家の屋敷からも離れてるでしょう。まさかバンド様もこの話題のクレープを食べに来たんですか?」
「まあね。昨晩使用人共が話題にしていたからどんなものかと見に来たんだが……やはりこんな世俗にまみれたようなものは僕が食べるに値しないようだ」
「……もしかしてバンド様、お金がないんですか?」
「っ!?」
アレスたちがクレープを食べていたのを見たバンドはクレープを買うことなく店を立ち去ろうとした。
しかしその時アレスが予想だにしない言葉をバンドに放ったのだ。
「貴様……今なんて言った?この僕に対して、金がないだと?」
「ちょっとアレスさん!!」
「いや、申し訳ありませんでした。このお店って思ってるより値段が高いですもんね。それを知らずに来たら手持ちが足りなくても無理はないですよ」
「はっはっはっ!!貴様のような貧乏人では僕の住む世界は想像もできないのか。君たちと違って僕には買えないものなんてないんだよ」
「そうだったんですね!それじゃあバンド様、ごちそうになりますね」
「さっきから何を言ってるんだ貴様は。僕はクレープなど食べないといっているし、貴様らにご馳走するなどありえないじゃないか」
「あっ!本当に申し訳ありませんでした!そうですよね、1つならともかく4人分のクレープとなると相当値段が……」
「貴様いい加減にしろ!クレープの1個や2個どころか100個だろうと、この俺にはタダも同然なんだよ!」
「え、でも……」
「よぉーしいいだろう。貴様は相当に頭が悪いらしいからな。言葉で言っても理解できんなら腹がはち切れるまでクレープを食わせてやる。貴様に拒否権はないぞ!」
「ありがとうございますバンド様!」
「あ、アレスさん……」
「いいじゃねえか。ちょうど食べたりないと思ってたんだ。バンド様の優しさに甘えようぜ」
「なんだかよくわかんねえけど、腹いっぱいクレープが食べれるなら最高じゃねえか」
バンドを上手いこと口車に乗せたアレスはバンドからクレープを奢ってもらえることになったのだ。
「どうだ貴様。これで僕が貴様らとは済んでいる世界が違うと理解できたか?」
「はい!流石ですバンド様!クレープあざっす!」
(いいのかなぁ……)
「しかし使用人共が話題にしていただけはあるな。なかなか悪くない」
「な?食わず嫌いはよくないだろ?」
「口の利き方に気を付けろよ?そもそも僕は別にこれが美味しいなど一言も……」
「分かっておりますよ。上に立つ者の責務として下々の文化を知っておくための活動なんでしょう?」
「ふんっ。わかればいい」
「やはりバンド様は素晴らしいですね!おかげさまでこんなに美味しい……っ!」
なんだかんだ言いながら自身が食べる用のクレープも買ったバンドと一緒に、アレスたちは追加のクレープを食したのだった。
仲良くとまではいかずとも、バンドとも良好な付き合いが出来ていたアレス。
その和やかな雰囲気とクレープの味にご満悦といった表情をしていたのだが、アレスは突然何か大きな気配を感じ取りその顔から笑みが消えたのだ。
「アレスさん?」
「なんだ貴様」
「どうしたんだよ。なんかあったのか?」
「来る……」
「来るって……一体何が……っ!アレスさん!?」
ドゴォオオオオオオン!!!
「な、なんだ!?」
アレスが感じ取った違和感に気が付かなかった3人は、アレスの表情の変化の理由がわからずアレスの顔を覗き込む。
しかしアレスは3人の問いに答えることなく違和感を感じ取った方向に向けて飛び出していったのだ。
そしてアレスが飛び出していったその直後、遠くの方から城壁が崩壊する音が鳴り響いてきたのだ。
(なんだこの胸騒ぎは……俺はこの騒ぎの元凶を知ってる?)
街を覆う外側の城壁が破壊されたことで住人たちは逃げまどっている。
そんな人の波を避けるようにアレスは屋根の上を飛び移りながら大きな土煙が立ち上る現場に向かっていた。
ボォオオオン!!……ボォオオオン!!……ドゴォオオオン!!
「なんだ!?こっちに近づいてきてる!?」
アレスが騒ぎの元凶の元に向かっていると、なんと城壁を破壊した何者かが大規模な破壊を伴いながらアレスの元に近づいてきたのだ。
徐々に近づいてくる土煙を見たアレスはすぐに近くの開けた広場に移動する。
「ウォオオオン!!!」
「なんだこいつは!?」
広場に降り立ったアレスが剣を抜き構えると、すぐに騒ぎの元凶が姿を現したのだ。
アレスの目の前に現れたのは2階建ての建物の高さを超える巨大な狼のような魔物。
全身が夜の闇よりも深い黒に染まった狼の魔物は、辺りに闇のオーラを振りまきながらアレスと相対したのだった。
眩い日差しが照り付けるエメルキア王国王都。
眩暈がするような暑さに行き交う人々が額に汗を滲ませる中、今王都で大人気のクレープ屋の店先でアレスは驚きの声を上げていた。
「いやまあ美味いけどさぁ、そんなに驚くことか?」
「アレスさんは昔王宮に居たわけですし、これよりもっと美味しい物を知ってるんじゃないですか?」
「王宮に居た頃は街で買い食いなんてしなかったし、教会に居た頃はそもそも金がなさ過ぎてまともなものも買えなかったからな。だからこういう流行りの食べ物は新鮮なんだよ」
クレープ屋にやって来ていたのはアレスとジョージとマグナの3人。
以前アレスとジョージが王都にできた新しいクレープ屋に行く約束をしており、そこに勉強漬けで頭がパンク寸前だったマグナが気分転換に一緒に買い食いに出掛けていたのだ。
ちなみにアレスはお金をほとんど持っていないためクレープはマグナのおごりである。
「暑い日に食べるアイスクレープは最高ですね。マグナさんもいい気分転換になったんじゃないですか?」
「そうだな。もうすぐ1年前期も終盤。俺とジョージは大丈夫だがお前が期末テストを乗り越えられるか不安で仕方ねえよ」
「あぅ……頑張るから今はその話はやめてくれ。頭が破裂しちまう」
「まったく。ちゃんと合格してもらわないと今まで俺たちがお前に勉強を教えてきた時間が無駄になっちまうんだぞ?」
「それよりさ、お前に聞きたいことがあったんだ」
「話題を変えやがって」
「この前お前さ、どっかの街に行ってたじゃん」
「ヘルステラの街な」
「そこでなんか面白いことなかったか?聞かせてくれよ」
「そうですね。それは僕も少し気になってました」
「んー、まあ別に大したことはなかったけどな」
期末テストの話題から逃れるために、マグナは先日アレスがヘルステラの街で起きていた失踪事件を解決しに学園を10日ほど留守にしたときの話を聞きたいと言い出したのだ。
ジョージも同じく興味を示したことでアレスはクレープを食べながらヘルステラの街で起きてことについて2人に語ることにしたのだった。
「……って、ことで。その失踪事件の黒幕はヴァンパイアで、俺とティナの2人で何とか倒したんだ」
「な、なな……ヴァンパイア!?それは本当ですか!?」
「ヴァンパイアって、あの絵本とかに出てくるあの?そんなに驚くことか」
「驚くことですよ!!ヴァンパイアと言えば伝説として語られる恐ろしい種族ですよ!そんなヴァンパイアが事件に絡んでいたなんて……それ以上にアレスさん、よくヴァンパイアを倒せましたね」
「まあな。今まで戦った誰よりも手強かったよ。身体能力が人間の比じゃないし、何より魔力量がとんでもなく膨大だった」
「やはりそうですか。僕も本物のヴァンパイアを見たかったですが……絶対に行かなくて正解でしたね」
「ああ。流石に危なかったからな。ところでジョージ、ヴァンパイアの血の盟約って知ってるか?」
「はい。当然知ってますけど」
「きも。なんで知ってんだよ」
「ほんと何でも知ってんなぁジョージは」
「流石に何でもは知らないですよ」
先の戦いではヴァンパイアの血の盟約のことを知らなかったおかげで窮地に陥ってしまったアレス。
ヴァンパイアという文献などもあまり多く残っていない種族に関する情報ということで知らないほうが普通であり、ジョージが血の盟約について知っていたことにドン引きした。
「でもよかったですよ。ヴァンパイアを相手にしてアレスさんが無事に帰ってこられて」
「だな。アレスがいなくなったら俺に勉強を教えてくれる人材が1人減っちまう」
「純粋に俺の身を案じろや」
「それじゃあアレスさん、この事件はあの話とは無関係だったってことですよね?」
「あん?なんだよあの件って」
「あれですよ。以前アレスさんのお兄さんが話してくれた」
「んー……。あっ、あれか」
ヘルステラの街の事件の話を全て聞いたジョージは以前から少し不安に感じていたあることについてアレスに確認をとった。
それは以前ハズヴァルド学園に王国軍の兵士が指導に来てくれた時のこと。
アレスの兄ボレロがこっそりと伝えてくれた怪しげな集団のことだった。
「まあ流石に無関係だろう。というかジョージ、気にし過ぎだぞ」
「そう、ですよね。でもあの時の話がずっと気になっていて。僕たちの周りで何かとてつもなく嫌なことが起こるんじゃないかって考えてしまって……」
「大丈夫だジョージ!そんなこそこそしてる連中なんて恐れる必要はねえ!俺はあの伝説のヴァンパイアをも倒したんだ。誰が来ようが返り討ちにしてくれるぜ」
「そうそう!んな本当に来るかどうかもわからねえ奴らのこと気にしたって意味ないぜ!それよりも確実に迫ってくる期末テストの方が恐ろしい……」
「ぷ、ははは!確かにそうですね。ありがとうございます2人とも」
「あっ、そういえば……アレスの兄貴って24歳と30歳って言ってたよな」
「なんだよ急に」
「俺の兄貴と姉貴も24歳と30歳で同じだなぁって思っててさ。俺とアレスも同い年だしすげえ偶然だなって」
「はぁ……」
「お前なぁ……」
「え?なになに?俺まずいこと言った?」
マグナが口にした疑問にアレスとジョージは呆れた表情をしてみせる。
「偶然な訳ないだろ。この国じゃ平民や下流貴族の兄弟が6歳差になることが多いの」
「え?なんで?」
「それを説明するにはどこから話せばいいか……マグナさん、強いスキルを持った子供が生まれればその家の地位は向上しますよね?それじゃあ優れたスキルを持った子供を授かるにはどうしたらいいですか?」
「え?え、えぇっと……たくさん子供を産む?」
「正解です。どんなスキルを持って生まれて来るかは基本的にランダムと言われています。だからこの国の出生率は年々増加していったのです」
「うん?子供がたくさん生まれるっていいことじゃねえのか?」
「基本的にはな。だが何事にも限度ってものがある。人口が急激に増えたことで食糧問題が起きたり失業者が増えたりしたんだ」
「当時はジゼル様が生まれてすらいなかったので特に食糧問題は深刻と言われてましたね。あとは単純に恵まれたスキルを授からなかった子供が捨てられるという問題もあったんです」
約80年前このエメルキア王国では王国軍の大幅強化や冒険者ギルドの発足などの影響で魔物の脅威が薄れていた。
そうして居住区域が広がるなどして人々の生活に大きな余裕が生まれたのだ。
しかし余裕が生まれた結果スキルの優れた子供を授かるために人口が爆発的に増加。
食糧問題や失業率の上昇など様々な問題がこの国を襲ったのだ。
「そこでエメルキア王国は子供の数に応じて税を課す法律を作ったのです」
「その税は身分によって税率が異なったが、平民にはかなり苦しいもので、下流貴族も今までみたいに無計画に子供を増やすことが出来なくなったんだ」
「そうして1人目の子供が5歳なり、弱いスキルだと判明すると2人目の子供を。その2人目が5歳になり弱いスキルなら3人目を……という感じで計画的に子供を作る考えが広がったのです」
「1人目が5歳の時に2人目をこしらえると2人目が生まれる時に1人目は大体6歳。つまり6歳差が出来るって寸法さ」
「ほへぇ~。そうだったのか」
「ちなみに税を逃れるために子供が生まれたことを隠そうとする人が出ることを予測し、国は鑑定士の職業を国家資格が必要なものとして厳重に管理し始めたんです」
「子供のスキルを調べるために鑑定士は絶対必須だからな。国に申請してない子供はそもそも鑑定してもらえないってこと。いつかテストに出るかもしれないから覚えておくといいぞ……というかテストに出なくても覚えておいたほうが良い」
「この法律のおかげで国は税をより多く徴収でき、弱いスキルを持った子供が生まれやすい平民の出生率を抑えることが出来たんです。そして上流貴族は子供が多くいることがそれだけ税を払う余裕のある家だとアピールできるということで子供を増やしていき、国全体のスキルの質が上昇したとも言われています」
「おう。なんかよくわからんけどよくわかったぜ」
2人の話についていけなくなったマグナは自信満々な顔をしていた。
「まあ、そういう法律があるということだけふんわりと覚えていてください」
「だから同い年の奴らの兄弟同士が年が同じってのは普通だよ。ほら、アリアのお姉さんも俺の兄様と同じ年だしな」
「へぇ~……って、アリアにお姉ちゃんなんて居たのか?」
「おう。お前に勉強させるための教材を2人で作ってた時に写真を見せてもらったんだ。アリアにそっくりで凄い美人だったぞ」
「ちょいまてぇ!!お前いつの間にそんなにアリアと仲良くなってんだぁ!!羨ましいぞコラぁ!!」
「黙れ!!お前がいつも解いてる教材を作るためって言ってんだろうが!!感謝されこそすれ恨まれる筋合いはないぞ!」
「まあまあ2人とも落ち着いて……」
「はっはっはっ!なにやら騒がしいと思えば、見知った平民たちじゃないか!」
アレスとマグナが言い争っていたその時、通りの向こうから誰かが高笑いする声が聞こえてきたのだ。
その声の主はアレスたちの元に歩み寄ってくると3人を見下したような笑みを浮かべた。
「あん?なんだ、バンド様じゃねえか。こんなところで何をされてるんですかぁ?」
「ここは貴様らの家でも何でもないんだ。僕が歩いていても何もおかしなことはないだろう?」
(こ、この貴族は……)
(あの時の!アレスさん、あまり変に絡むとまた厄介なことに……)
「ここはハズヴァルド学園からもウィーベル家の屋敷からも離れてるでしょう。まさかバンド様もこの話題のクレープを食べに来たんですか?」
「まあね。昨晩使用人共が話題にしていたからどんなものかと見に来たんだが……やはりこんな世俗にまみれたようなものは僕が食べるに値しないようだ」
「……もしかしてバンド様、お金がないんですか?」
「っ!?」
アレスたちがクレープを食べていたのを見たバンドはクレープを買うことなく店を立ち去ろうとした。
しかしその時アレスが予想だにしない言葉をバンドに放ったのだ。
「貴様……今なんて言った?この僕に対して、金がないだと?」
「ちょっとアレスさん!!」
「いや、申し訳ありませんでした。このお店って思ってるより値段が高いですもんね。それを知らずに来たら手持ちが足りなくても無理はないですよ」
「はっはっはっ!!貴様のような貧乏人では僕の住む世界は想像もできないのか。君たちと違って僕には買えないものなんてないんだよ」
「そうだったんですね!それじゃあバンド様、ごちそうになりますね」
「さっきから何を言ってるんだ貴様は。僕はクレープなど食べないといっているし、貴様らにご馳走するなどありえないじゃないか」
「あっ!本当に申し訳ありませんでした!そうですよね、1つならともかく4人分のクレープとなると相当値段が……」
「貴様いい加減にしろ!クレープの1個や2個どころか100個だろうと、この俺にはタダも同然なんだよ!」
「え、でも……」
「よぉーしいいだろう。貴様は相当に頭が悪いらしいからな。言葉で言っても理解できんなら腹がはち切れるまでクレープを食わせてやる。貴様に拒否権はないぞ!」
「ありがとうございますバンド様!」
「あ、アレスさん……」
「いいじゃねえか。ちょうど食べたりないと思ってたんだ。バンド様の優しさに甘えようぜ」
「なんだかよくわかんねえけど、腹いっぱいクレープが食べれるなら最高じゃねえか」
バンドを上手いこと口車に乗せたアレスはバンドからクレープを奢ってもらえることになったのだ。
「どうだ貴様。これで僕が貴様らとは済んでいる世界が違うと理解できたか?」
「はい!流石ですバンド様!クレープあざっす!」
(いいのかなぁ……)
「しかし使用人共が話題にしていただけはあるな。なかなか悪くない」
「な?食わず嫌いはよくないだろ?」
「口の利き方に気を付けろよ?そもそも僕は別にこれが美味しいなど一言も……」
「分かっておりますよ。上に立つ者の責務として下々の文化を知っておくための活動なんでしょう?」
「ふんっ。わかればいい」
「やはりバンド様は素晴らしいですね!おかげさまでこんなに美味しい……っ!」
なんだかんだ言いながら自身が食べる用のクレープも買ったバンドと一緒に、アレスたちは追加のクレープを食したのだった。
仲良くとまではいかずとも、バンドとも良好な付き合いが出来ていたアレス。
その和やかな雰囲気とクレープの味にご満悦といった表情をしていたのだが、アレスは突然何か大きな気配を感じ取りその顔から笑みが消えたのだ。
「アレスさん?」
「なんだ貴様」
「どうしたんだよ。なんかあったのか?」
「来る……」
「来るって……一体何が……っ!アレスさん!?」
ドゴォオオオオオオン!!!
「な、なんだ!?」
アレスが感じ取った違和感に気が付かなかった3人は、アレスの表情の変化の理由がわからずアレスの顔を覗き込む。
しかしアレスは3人の問いに答えることなく違和感を感じ取った方向に向けて飛び出していったのだ。
そしてアレスが飛び出していったその直後、遠くの方から城壁が崩壊する音が鳴り響いてきたのだ。
(なんだこの胸騒ぎは……俺はこの騒ぎの元凶を知ってる?)
街を覆う外側の城壁が破壊されたことで住人たちは逃げまどっている。
そんな人の波を避けるようにアレスは屋根の上を飛び移りながら大きな土煙が立ち上る現場に向かっていた。
ボォオオオン!!……ボォオオオン!!……ドゴォオオオン!!
「なんだ!?こっちに近づいてきてる!?」
アレスが騒ぎの元凶の元に向かっていると、なんと城壁を破壊した何者かが大規模な破壊を伴いながらアレスの元に近づいてきたのだ。
徐々に近づいてくる土煙を見たアレスはすぐに近くの開けた広場に移動する。
「ウォオオオン!!!」
「なんだこいつは!?」
広場に降り立ったアレスが剣を抜き構えると、すぐに騒ぎの元凶が姿を現したのだ。
アレスの目の前に現れたのは2階建ての建物の高さを超える巨大な狼のような魔物。
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残留組の2人の生徒にはクズな職業だと蔑みの目を向けられ、
同時に追放を言い渡された女子生徒は問題行動が多すぎて退学させるための監視対象で、
追加で追放を言い渡された男子生徒は言動に違和感ありまくりで、
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