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1章
悪意の先回り
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「それでオルティナ様。そのヴァルツェロイナの伝承が残ってるっていう里ってどこにあるんですか?」
王都を襲撃した魔物の正体を探るべく、アレスはオルティナの立てた仮説を元にラーミアに仕えたという守り神、ヴァルツェロイナについて調べることにしたのだった。
アレスは早速その里のありかをオルティナに尋ねる。
「その里はラージャの里という里なんだがな!ここからだと馬車で3日かからないくらいといったところだろうか!」
「遠っ!?それってほとんど国境付近じゃないですか!」
「移動だけでも大変ですね……」
「うむ!だから馬車では行かん!!スフィア!」
「はいはい。わかってるわよ」
オルティナが言う里はなんとこの王都から100km以上離れていたのだ。
それは以前アレスがティナと一緒に赴いたヘルステラの街以上に王都から離れている場所。
また数日かけて馬車で移動するのかと憂鬱な気持ちになりかけたアレスだったが、オルティナはスフィアの魔法を頼りにしたのだった。
オルティナの言葉に応えて前に出ると、スフィアは右手を前方にかざして大量の水を生成した。
「な、なんだこれは!?」
「これってまさか……」
「さあ、準備はいいわよ。皆このペンゲンの背中に乗って!」
スフィアが生成した水は宙を浮くと、1つの塊となってとある魔物の形を形成していく。
それはエメルキア王国からは遠く離れた極寒地域にのみ生息するペンゲンという魔物。
鳥の魔物に分類されるも空を飛ぶことが出来ず泳ぎが苦手な魔物であり、白と黒の2色で脂肪を蓄えた可愛らしいフォルムをしている。
その見た目の可愛さからマスコットとしての人気の高いペンゲンだが、スフィアはこの魔物を模した移動魔法を生成したのだ。
「おいスフィア、なんだこれは!」
「ペンゲンよ?見てわかるでしょう?」
「そういうことを聞いているんじゃないぞ!なんでペンゲンを模した魔法なんだ!?」
「私が好きだからに決まってるじゃない」
「ペンゲンは飛べない魔物だぞ!それを飛行魔法にするなんておかしいだろ!」
「別に形なんてなんだっていいじゃない。魔法に大事なのはイメージする力なのよ?」
「飛べない鳥でイメージなんてできないだろ!」
「私の中のペンゲンちゃんは飛べるからいいのよ!そんなに文句言うなら乗せないわよ」
「むぅ、そこまで言うなら仕方がない。行くぞ少年少女!!」
「は、はい……」
スフィアとオルティナのやり取りに若干困惑しながらも、アレスとソシアは2人のあとに続いてペンゲンの背中に乗ったのだ。
ペンゲンの形を模したスフィアの飛行魔法は4人が乗っても十分な広さが確保できる大きさとなっており、水魔法故のぶよぶよした感触と程よい冷たさがとても心地よい。
こうして4人を背中に乗せたペンゲンは街の通りを腹すべりで速度を付けた後、そのまま空へと飛びあがったのだ。
「どう?私のペンちゃんの乗り心地は」
「うむ!飛べない魔物の背に乗って空を飛ぶのは恐ろしいな!」
月明かりに淡く照らされた薄闇の中、アレスたちはスフィアの魔法で生み出されたペンゲン型の水の塊に乗ってラージャの里を目指した。
スフィアの魔法は水に濡れることはないものの、ぶよぶよと体が少し沈み込むような感覚だった。
泳ぎが苦手なアレスは空高くを高速で移動する恐怖も相まって冷や汗を流していた。
「風が気持ちいいねアレス君!さっきまでちょっと暑かったから最高だね」
「……ソシアは全然平気そうだな。高いところとか、水とか平気なのか?」
「うーん、かなり速いから全然怖くないってことはないけど小さなころから木登りとか得意だったから割と平気かな。水も川とか湖で泳いでいたから全然怖くないよ」
「すごいな……素直に尊敬するよ」
このエメルキア王国は周囲を陸地に囲まれているため海がない。
王都周辺に住んでいる人たちは湖などで泳ぐ機会もないため泳げない人が大半だった。
「泳ぎ方くらいなら私でも教えられるよ?今度どこかに泳ぎに行かない?」
「まあ……考えておくよ。そんな事よりソシア、ここ最近どうだったんだ?」
「え?どうって?」
「スフィア様の元で魔法の勉強をしてたんだろ?ずっとスフィア様の傍に居たみたいだし、話を聞かせてくれよ」
「う、うーん。確かにスフィア様とは基本ずっと一緒に居たけど……」
「?」
ソシアに泳ぎの練習に誘われたアレスは逃げるように話題を変えると最近のソシアの調子について尋ねたのだった。
ソシアはここ最近はずっとミルエスタ騎士団に行っており、この国1番の魔法使いを呼ばれるスフィアと行動を共にしていたのだ。
一体どんな修行をしているのかと気になったアレスだったのだが、それを聞かれたソシアは口ごもった声を出したのだ。
「全然特別なことは教わってないんだ。私がずっとやってた魔力の巡りを良くする修行とか、魔力が空になるまで魔法を使ったりとか」
「そうなのか。やっぱり強くなるのに近道はなくて地道に努力するしかないのかな」
「このままじゃ私、いつまでたってもアレス君の……」
「ん?俺の……なんだって?」
「っ!ううん!なんでもないの!」
「そうか?」
「ふむ!それでは君のことも教えてくれないかい!?」
「「っ!?」」
騎士団団長から直々に魔法を教えてもらえれば強くなる秘訣を知れるかもしれない。
そう期待していたソシアはアレスに話したことで思わずため息をついてしまった。
そして隠していた本音がうっかり漏れそうになり、アレスに聞き返されたソシアは焦って誤魔化したのだった。
そんなソシアの様子に少し不審がるアレス。
だがその時突如2人の背後からオルティナが大声で話しかけてきたのだ。
「えっ!?な、何の話ですか!?」
「ソシア君のことはスフィアから聞かせてもらった!あとはアレス君のことも知っておかなければと思ってな!」
「私もあなたのことはあまりよく知らないし。ソシアから少し聞いているけど学園のクラスメイトで友達なんでしょ?」
「それは、はい」
「先程君の戦いは少し見させてもらったが学生とは思えない動きだった!剣士のようだが君のスキルを教えてくれないか!?」
「俺のスキル……」
オルティナにスキルのことを聞かれたアレスは2人に悟られないよう無反応を装いつつ内心動揺していたのだった。
地位の高い貴族と距離が近いこの2人に剣聖のスキルのことを明かせば自分のスキルの話が広がり過ぎてしまう恐れがある。
かといってスキルがないといえばこの旅に同行させてもらえないかもしれない。
「……俺は、何のスキルもありません」
「なに!?」
「それほんと!?」
少しの間迷ったアレスだったが、自身のスキルは誰にも明かしたくないという以前からの考えを優先し2人にスキルがないと伝えたのだった。
それを聞いた2人は目を大きく見開き驚きの声を上げる。
「スキルを持たない俺は戦えないと今すぐ下ろしますか?」
「ち、違うんですスフィア様!いや、アレス君がスキルがないのは本当だけどそれでもアレス君はとっても……」
「すばらしい!!」
「え?」
「スキルに頼らないであんなに強いなんてすごいわね!戦闘系スキルを持たずに戦いの道を選ぶ人は何人も見てきたけどその中で1番強いんじゃないかしら!」
スキル至上主義の王族や貴族をたくさん見てきたアレスはこの2人も自分がスキルを持たないと伝えれば手のひらを返し冷たい態度をとるだろうと予想したのだが、スフィアとオルティナに反応は全くの真逆のものだったのだ。
「……スキルがなくても同行してもいいんですか?」
「え?ラージャの里にってこと?そのくらいで置いて行くくらいなら初めから学生のあなたを連れてきたりなんてしないわよ」
「スキルがなくても自分の身を守れる強さがあれば俺は問題ないと考えるぞ!スキルがある=強いとは限らないからな!」
「……!」
それを聞いたアレスは自身が2人に抱いていた先入観を恥じ、同時に申し訳ない気持ちになったのだった。
2人も貴族ということで自分が嫌う人間たちと同じだと決めつけてしまっていた。
さらに好意的な反応をした2人の顔を見てアレスは良心の呵責に苛まれる。
スキルで自分の価値を判断するような人間ばかりじゃないということは、ハズヴァルド学園にやって来て以降アレスは気付かされていたはずだった。
「私もそう思うよ!スキルがあるとか無いとか関係ない。アレス君はとっても頼りになると思ってるんだから!」
「……っ」
友達になったジョージもティナも……ソシアだってそうだった。
そんな皆に嘘をつき、ずっと騙していることにアレスは胸の痛みを抑えられなかったのだ。
「……。ああ、ちゃんと、頑張るから」
「アレス君?」
今本当のことを明かしてしまったほうが良いことはアレスにもわかっていた。
しかしアレスは今まで自分が嘘をついてきたと明かすことが怖くて、真実を打ち明けることが出来なかったのだ。
(やっぱり嘘なんてつくんじゃなかったよシスター……胸が痛くて張り裂けそうだ)
本当のことを明かすことが出来なかったアレスは胸の痛みを押し殺し嘘をつき通すことを決めたのだった。
唇を噛み、自分の悩みを隠そうとするアレス。
そんなアレスの僅かな表情の変化をソシアは見逃さなかった。
そんなことがありながらもアレスたちを乗せた魔法は順調に進み、2時間もかからないうちにラージャの里周辺までやってきたのだ。
そこはエメルキア王国の南方、タムザリア王国との国境までそう遠くない辺境の地。
何一つ明かりのない闇に包まれた地上に、スフィアは暗視魔法を使用して着陸させていった。
「この近くにラージャの里があるんですね。そこに英雄ラーミア様とその使い魔の伝承が残ってるんですか?」
「俺の記憶が正しければな!」
「それ信用しても大丈夫なわけ?」
「安心しろ!これでも俺は記憶力には自信がある方なんだ!」
うっそうとした森の中。
魔物の気配が至る所から感じられる中で、4人は緊張感のない雰囲気でラージャの里を目指して歩き始めた。
「と、遠くから魔物のうめき声が聞こえてきますよ」
「大丈夫よソシア。騎士団団長が2人もいるんだから心配は要らないわ」
「うむ!それにこの少年も頼りになるからな!」
「ええ、任せてくださいよ」
「頼もしいぞ!ところでアレス君、君に聞こうと思っていて今まで忘れていたんだが……」
(記憶力はいい方じゃなかったのか……)
「昼間王都にやってきた魔物。奴は俺たちの攻撃が利かなかったにもかかわらず君の斬撃は効果があったようだが、なにかカラクリでもあるのか!?」
「ああそうね。確かに言われてみれば気になるわね」
「……す、すみません。特に思い当たる節はありません」
あの魔物がラーミアと関係があるのなら、あの魔物に攻撃が効いたのは剣聖のスキルが関係しているのかもしれない。
そう思い至ったアレスだが、先程スキルがないと言ってしまった手前本当のことを明かすことはできない。
申し訳ないという気持ちを感じつつもアレスは心当たりがないと答えたのだ。
「そうか!それなら奴と再び戦うようなことがあればかなり厄介だな!」
「そうね。まあそうならずに済むならそれに越したことはないんだけど……」
「ま、待ってください!」
「ん?どうしたのソシア?」
4人が真っ直ぐにラージャの里に向けて歩いていたその時、突如ソシアがないかを感じ取り前を歩いていた3人を制止したのだ。
スフィアたちが振り返ると、ソシアは動揺しているのか呼吸が乱れているようだった。
「血の……においが……」
「なに?」
「この先から、普通じゃないような血のにおいがするの!」
ソシアが感じ取ったのは夜風に流されて漂ってきた血のにおい。
それはアレスたち含め2人の団長も気が付かないほどのかすかなもの。
「まさかこの先の里で何かが!?」
「調べてみるわ!」
それを聞いた3人はすぐに表情を引き締め警戒態勢に入る。
周囲の状況を探るためスフィアはその場にしゃがみ込み、地面に手を当てると周辺の様子を魔法で探り始めた。
「っ!これは……」
「何かあったのかスフィア!」
「この先の里で……住民が殺されているわ」
「っ!!」
「なんですって!?」
「住民を襲っているのは人間でも魔物でもないわ。なにこれ……サーチ魔法じゃわからないわ」
「早く里の人たちを助けに行きましょう!」
「ええ、もちろん。でも里に行くのは私とアレス君で十分よ。オル、あなたはソシアと一緒にあなたの村に行きなさい」
里の住人たちが殺されていることを知ったスフィアは自分とアレスの2人で里の人たちを助けに行くことを即決したのだ。
その判断はこの付近に故郷の村があるオルティナのため。
スフィアはラージャの里の住人が何者かに殺されていると聞かされたオルティナの僅かな表情の変化を見逃さなかったのだ。
「だが……」
「迷ってる暇なんてないでしょ!ソシア、そっちはお願いね」
「わかりました!」
「……。すまん、恩に着る!」
「アレス君、行くわよ!」
「了解です!!」
最小限の会話でアレスたち4人はそれぞれの目指すべき方向へ走り出した。
アレスとスフィアが走り出してすぐ、2人は里の方角から漂ってきた血のにおいに気が付く。
そのにおいを感じ取った2人の表情が険しいものへと変わる。
「っ!!これは!!」
ほどなくしてアレスたちは深い森を抜けラージャの里へと辿り着いた。
しかしそこに広がっていたのは目を覆いたくなるような凄惨な光景だったのだ。
里の建物はあちこちが破壊され、周囲には逃げられなかった里の住人たちの骸が無残にも転がっていた。
そして次の瞬間、2人の視界にそれをやらかした犯人たちの姿が映る。
「生存者 2名発見 シマシタ」
「武器ノ携帯ヲ確認 戦闘モードヘ移行シマス」
「な、なんなのこいつらは!?」
「こいつらは……あの時の!?」
ラージャの里に居たもの。
それは人間でも魔物でもなく、アレスがメーヴァレア遺跡で遭遇したメイド人形にそっくりなカラクリたちだったのだ。
王都を襲撃した魔物の正体を探るべく、アレスはオルティナの立てた仮説を元にラーミアに仕えたという守り神、ヴァルツェロイナについて調べることにしたのだった。
アレスは早速その里のありかをオルティナに尋ねる。
「その里はラージャの里という里なんだがな!ここからだと馬車で3日かからないくらいといったところだろうか!」
「遠っ!?それってほとんど国境付近じゃないですか!」
「移動だけでも大変ですね……」
「うむ!だから馬車では行かん!!スフィア!」
「はいはい。わかってるわよ」
オルティナが言う里はなんとこの王都から100km以上離れていたのだ。
それは以前アレスがティナと一緒に赴いたヘルステラの街以上に王都から離れている場所。
また数日かけて馬車で移動するのかと憂鬱な気持ちになりかけたアレスだったが、オルティナはスフィアの魔法を頼りにしたのだった。
オルティナの言葉に応えて前に出ると、スフィアは右手を前方にかざして大量の水を生成した。
「な、なんだこれは!?」
「これってまさか……」
「さあ、準備はいいわよ。皆このペンゲンの背中に乗って!」
スフィアが生成した水は宙を浮くと、1つの塊となってとある魔物の形を形成していく。
それはエメルキア王国からは遠く離れた極寒地域にのみ生息するペンゲンという魔物。
鳥の魔物に分類されるも空を飛ぶことが出来ず泳ぎが苦手な魔物であり、白と黒の2色で脂肪を蓄えた可愛らしいフォルムをしている。
その見た目の可愛さからマスコットとしての人気の高いペンゲンだが、スフィアはこの魔物を模した移動魔法を生成したのだ。
「おいスフィア、なんだこれは!」
「ペンゲンよ?見てわかるでしょう?」
「そういうことを聞いているんじゃないぞ!なんでペンゲンを模した魔法なんだ!?」
「私が好きだからに決まってるじゃない」
「ペンゲンは飛べない魔物だぞ!それを飛行魔法にするなんておかしいだろ!」
「別に形なんてなんだっていいじゃない。魔法に大事なのはイメージする力なのよ?」
「飛べない鳥でイメージなんてできないだろ!」
「私の中のペンゲンちゃんは飛べるからいいのよ!そんなに文句言うなら乗せないわよ」
「むぅ、そこまで言うなら仕方がない。行くぞ少年少女!!」
「は、はい……」
スフィアとオルティナのやり取りに若干困惑しながらも、アレスとソシアは2人のあとに続いてペンゲンの背中に乗ったのだ。
ペンゲンの形を模したスフィアの飛行魔法は4人が乗っても十分な広さが確保できる大きさとなっており、水魔法故のぶよぶよした感触と程よい冷たさがとても心地よい。
こうして4人を背中に乗せたペンゲンは街の通りを腹すべりで速度を付けた後、そのまま空へと飛びあがったのだ。
「どう?私のペンちゃんの乗り心地は」
「うむ!飛べない魔物の背に乗って空を飛ぶのは恐ろしいな!」
月明かりに淡く照らされた薄闇の中、アレスたちはスフィアの魔法で生み出されたペンゲン型の水の塊に乗ってラージャの里を目指した。
スフィアの魔法は水に濡れることはないものの、ぶよぶよと体が少し沈み込むような感覚だった。
泳ぎが苦手なアレスは空高くを高速で移動する恐怖も相まって冷や汗を流していた。
「風が気持ちいいねアレス君!さっきまでちょっと暑かったから最高だね」
「……ソシアは全然平気そうだな。高いところとか、水とか平気なのか?」
「うーん、かなり速いから全然怖くないってことはないけど小さなころから木登りとか得意だったから割と平気かな。水も川とか湖で泳いでいたから全然怖くないよ」
「すごいな……素直に尊敬するよ」
このエメルキア王国は周囲を陸地に囲まれているため海がない。
王都周辺に住んでいる人たちは湖などで泳ぐ機会もないため泳げない人が大半だった。
「泳ぎ方くらいなら私でも教えられるよ?今度どこかに泳ぎに行かない?」
「まあ……考えておくよ。そんな事よりソシア、ここ最近どうだったんだ?」
「え?どうって?」
「スフィア様の元で魔法の勉強をしてたんだろ?ずっとスフィア様の傍に居たみたいだし、話を聞かせてくれよ」
「う、うーん。確かにスフィア様とは基本ずっと一緒に居たけど……」
「?」
ソシアに泳ぎの練習に誘われたアレスは逃げるように話題を変えると最近のソシアの調子について尋ねたのだった。
ソシアはここ最近はずっとミルエスタ騎士団に行っており、この国1番の魔法使いを呼ばれるスフィアと行動を共にしていたのだ。
一体どんな修行をしているのかと気になったアレスだったのだが、それを聞かれたソシアは口ごもった声を出したのだ。
「全然特別なことは教わってないんだ。私がずっとやってた魔力の巡りを良くする修行とか、魔力が空になるまで魔法を使ったりとか」
「そうなのか。やっぱり強くなるのに近道はなくて地道に努力するしかないのかな」
「このままじゃ私、いつまでたってもアレス君の……」
「ん?俺の……なんだって?」
「っ!ううん!なんでもないの!」
「そうか?」
「ふむ!それでは君のことも教えてくれないかい!?」
「「っ!?」」
騎士団団長から直々に魔法を教えてもらえれば強くなる秘訣を知れるかもしれない。
そう期待していたソシアはアレスに話したことで思わずため息をついてしまった。
そして隠していた本音がうっかり漏れそうになり、アレスに聞き返されたソシアは焦って誤魔化したのだった。
そんなソシアの様子に少し不審がるアレス。
だがその時突如2人の背後からオルティナが大声で話しかけてきたのだ。
「えっ!?な、何の話ですか!?」
「ソシア君のことはスフィアから聞かせてもらった!あとはアレス君のことも知っておかなければと思ってな!」
「私もあなたのことはあまりよく知らないし。ソシアから少し聞いているけど学園のクラスメイトで友達なんでしょ?」
「それは、はい」
「先程君の戦いは少し見させてもらったが学生とは思えない動きだった!剣士のようだが君のスキルを教えてくれないか!?」
「俺のスキル……」
オルティナにスキルのことを聞かれたアレスは2人に悟られないよう無反応を装いつつ内心動揺していたのだった。
地位の高い貴族と距離が近いこの2人に剣聖のスキルのことを明かせば自分のスキルの話が広がり過ぎてしまう恐れがある。
かといってスキルがないといえばこの旅に同行させてもらえないかもしれない。
「……俺は、何のスキルもありません」
「なに!?」
「それほんと!?」
少しの間迷ったアレスだったが、自身のスキルは誰にも明かしたくないという以前からの考えを優先し2人にスキルがないと伝えたのだった。
それを聞いた2人は目を大きく見開き驚きの声を上げる。
「スキルを持たない俺は戦えないと今すぐ下ろしますか?」
「ち、違うんですスフィア様!いや、アレス君がスキルがないのは本当だけどそれでもアレス君はとっても……」
「すばらしい!!」
「え?」
「スキルに頼らないであんなに強いなんてすごいわね!戦闘系スキルを持たずに戦いの道を選ぶ人は何人も見てきたけどその中で1番強いんじゃないかしら!」
スキル至上主義の王族や貴族をたくさん見てきたアレスはこの2人も自分がスキルを持たないと伝えれば手のひらを返し冷たい態度をとるだろうと予想したのだが、スフィアとオルティナに反応は全くの真逆のものだったのだ。
「……スキルがなくても同行してもいいんですか?」
「え?ラージャの里にってこと?そのくらいで置いて行くくらいなら初めから学生のあなたを連れてきたりなんてしないわよ」
「スキルがなくても自分の身を守れる強さがあれば俺は問題ないと考えるぞ!スキルがある=強いとは限らないからな!」
「……!」
それを聞いたアレスは自身が2人に抱いていた先入観を恥じ、同時に申し訳ない気持ちになったのだった。
2人も貴族ということで自分が嫌う人間たちと同じだと決めつけてしまっていた。
さらに好意的な反応をした2人の顔を見てアレスは良心の呵責に苛まれる。
スキルで自分の価値を判断するような人間ばかりじゃないということは、ハズヴァルド学園にやって来て以降アレスは気付かされていたはずだった。
「私もそう思うよ!スキルがあるとか無いとか関係ない。アレス君はとっても頼りになると思ってるんだから!」
「……っ」
友達になったジョージもティナも……ソシアだってそうだった。
そんな皆に嘘をつき、ずっと騙していることにアレスは胸の痛みを抑えられなかったのだ。
「……。ああ、ちゃんと、頑張るから」
「アレス君?」
今本当のことを明かしてしまったほうが良いことはアレスにもわかっていた。
しかしアレスは今まで自分が嘘をついてきたと明かすことが怖くて、真実を打ち明けることが出来なかったのだ。
(やっぱり嘘なんてつくんじゃなかったよシスター……胸が痛くて張り裂けそうだ)
本当のことを明かすことが出来なかったアレスは胸の痛みを押し殺し嘘をつき通すことを決めたのだった。
唇を噛み、自分の悩みを隠そうとするアレス。
そんなアレスの僅かな表情の変化をソシアは見逃さなかった。
そんなことがありながらもアレスたちを乗せた魔法は順調に進み、2時間もかからないうちにラージャの里周辺までやってきたのだ。
そこはエメルキア王国の南方、タムザリア王国との国境までそう遠くない辺境の地。
何一つ明かりのない闇に包まれた地上に、スフィアは暗視魔法を使用して着陸させていった。
「この近くにラージャの里があるんですね。そこに英雄ラーミア様とその使い魔の伝承が残ってるんですか?」
「俺の記憶が正しければな!」
「それ信用しても大丈夫なわけ?」
「安心しろ!これでも俺は記憶力には自信がある方なんだ!」
うっそうとした森の中。
魔物の気配が至る所から感じられる中で、4人は緊張感のない雰囲気でラージャの里を目指して歩き始めた。
「と、遠くから魔物のうめき声が聞こえてきますよ」
「大丈夫よソシア。騎士団団長が2人もいるんだから心配は要らないわ」
「うむ!それにこの少年も頼りになるからな!」
「ええ、任せてくださいよ」
「頼もしいぞ!ところでアレス君、君に聞こうと思っていて今まで忘れていたんだが……」
(記憶力はいい方じゃなかったのか……)
「昼間王都にやってきた魔物。奴は俺たちの攻撃が利かなかったにもかかわらず君の斬撃は効果があったようだが、なにかカラクリでもあるのか!?」
「ああそうね。確かに言われてみれば気になるわね」
「……す、すみません。特に思い当たる節はありません」
あの魔物がラーミアと関係があるのなら、あの魔物に攻撃が効いたのは剣聖のスキルが関係しているのかもしれない。
そう思い至ったアレスだが、先程スキルがないと言ってしまった手前本当のことを明かすことはできない。
申し訳ないという気持ちを感じつつもアレスは心当たりがないと答えたのだ。
「そうか!それなら奴と再び戦うようなことがあればかなり厄介だな!」
「そうね。まあそうならずに済むならそれに越したことはないんだけど……」
「ま、待ってください!」
「ん?どうしたのソシア?」
4人が真っ直ぐにラージャの里に向けて歩いていたその時、突如ソシアがないかを感じ取り前を歩いていた3人を制止したのだ。
スフィアたちが振り返ると、ソシアは動揺しているのか呼吸が乱れているようだった。
「血の……においが……」
「なに?」
「この先から、普通じゃないような血のにおいがするの!」
ソシアが感じ取ったのは夜風に流されて漂ってきた血のにおい。
それはアレスたち含め2人の団長も気が付かないほどのかすかなもの。
「まさかこの先の里で何かが!?」
「調べてみるわ!」
それを聞いた3人はすぐに表情を引き締め警戒態勢に入る。
周囲の状況を探るためスフィアはその場にしゃがみ込み、地面に手を当てると周辺の様子を魔法で探り始めた。
「っ!これは……」
「何かあったのかスフィア!」
「この先の里で……住民が殺されているわ」
「っ!!」
「なんですって!?」
「住民を襲っているのは人間でも魔物でもないわ。なにこれ……サーチ魔法じゃわからないわ」
「早く里の人たちを助けに行きましょう!」
「ええ、もちろん。でも里に行くのは私とアレス君で十分よ。オル、あなたはソシアと一緒にあなたの村に行きなさい」
里の住人たちが殺されていることを知ったスフィアは自分とアレスの2人で里の人たちを助けに行くことを即決したのだ。
その判断はこの付近に故郷の村があるオルティナのため。
スフィアはラージャの里の住人が何者かに殺されていると聞かされたオルティナの僅かな表情の変化を見逃さなかったのだ。
「だが……」
「迷ってる暇なんてないでしょ!ソシア、そっちはお願いね」
「わかりました!」
「……。すまん、恩に着る!」
「アレス君、行くわよ!」
「了解です!!」
最小限の会話でアレスたち4人はそれぞれの目指すべき方向へ走り出した。
アレスとスフィアが走り出してすぐ、2人は里の方角から漂ってきた血のにおいに気が付く。
そのにおいを感じ取った2人の表情が険しいものへと変わる。
「っ!!これは!!」
ほどなくしてアレスたちは深い森を抜けラージャの里へと辿り着いた。
しかしそこに広がっていたのは目を覆いたくなるような凄惨な光景だったのだ。
里の建物はあちこちが破壊され、周囲には逃げられなかった里の住人たちの骸が無残にも転がっていた。
そして次の瞬間、2人の視界にそれをやらかした犯人たちの姿が映る。
「生存者 2名発見 シマシタ」
「武器ノ携帯ヲ確認 戦闘モードヘ移行シマス」
「な、なんなのこいつらは!?」
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清泉は1人で自由に生きるために、問題児たちからさっさと離れたいと思うのだが……
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