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1章
鎮魂の儀式
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魔獣の王都襲撃事件の解決の糸口になるかもしれなかったケトナ夫妻を殺されてしまったアレスは、両親を失ったばかりの兄妹の心中を慮りスフィアとオルティナと共に一度家の外に出ていた。
ただ励ます人間は必要になるということと安全面も考慮し、彼らに付き添うと名乗り出たソシアが家の中には残っていた。
こうして家の外に出た3人は重苦しい雰囲気に包まれていたが、少しするとオルティナが口を開きその沈黙を破った。
「こんなことになってしまったが俺たちがいつまでも足を止めてはいけないだろう。ケトナさんが殺されてしまった以上、次はどうするか決めねば」
「もう一度ラージャの里に戻るしかないわね。ただ伝承について1番詳しかったのはあの夫妻のことだったでしょうからかなりマズいことになったのは間違いないわ」
「スフィア様とオルティナ様は先にラージャの里に戻っていてください。ソシアと俺はあの兄妹に付き添いますから」
「そうか。彼らはまだ幼いのに両親を失ってしまったんだ。どうか頼むぞ……ところでアレス、先程からあまり表情がすぐれないようだが大丈夫か?」
あの兄妹にとってはこれ以上ない程悲惨な出来事だったが、アレスたちには立ち止まっている時間はなかった。
ラージャの里やケトナ夫妻を襲った襲撃者の存在も気がかりなため、アレスはスフィアとオルティナに別行動をとることを提案したのだ。
アレスの実力を買いその提案を受け入れたオルティナ。
しかし別れる直前にオルティナはアレスの様子がすぐれないことを気に掛けたのだった。
「あ、はい。ちょっと無茶な踏み込みをしましたけど動けはします。これも飛び降りた時に草木で軽く切っただけですし」
「そうか。それならスフィアに直してもらうといい」
「何言ってんのよ。私は回復魔法なんて使えないわよ」
「むっ?お前こそ何を言っている。お前は問題なく回復魔法を使え……うぐっ!?」
「使えないって言ってんでしょうが」
「なぜ殴る!?お前なら基礎魔法は全て……」
「黙りなさい!次余計なこと言ったら口を縫い合わせるわよ!?」
「……?」
オルティナはスフィアに回復魔法を施してもらえばいいと口にした。
しかしそれを聞いたスフィアはオルティナの口を封じるように回復魔法は使えないと強く主張したのだ。
「そういうことだから、回復は私を頼らないように」
「分かりました……」
「よくわからんが……まあいい!俺たちは先にラージャの里に向かう!君たちも頃合いを見計らって合流してくれ!」
「はい。それじゃあ大丈夫だとは思いますがお二人ともお気をつけて……って、ん?」
何か事情がありそうなことを察したアレスはスフィアに回復してもらうことなく2人を見送ることにしたのだった。
しかし2人がラージャの里に向かって移動し始めようとしたまさにその時、家の中からソシアと兄妹の兄の方がアレスたちの元にやってきたのだ。
「ソシア、その子もう大丈夫なのか?」
「うん。この子がアレス君にお礼を言わなきゃって」
「お礼?」
「はい。あの、さっきは僕たちを助けてくれてありがとうございました。お兄さんが来なければ僕もミルも今頃殺されていました。本当に感謝してもしきれません」
「当然のことをしたまでだ。ただ、その……お父さんとお母さんのことは本当に残念だったね。助けてあげられなくてごめん」
「いいえ、お兄さんが謝る必要なんてないです。皆さんも見ず知らずの僕たちのためにお父さんとお母さんを助けようとしてくれて本当にありがとうございました」
「君……まだ子供なのに凄いな。一体いくつなんだ?」
「僕は9歳です。妹のミルは7歳です」
「9歳?本当に凄いわね。9歳なんてオルがまだ鼻水垂らしてお漏らししてた頃なのに」
「おいコラ!!俺の過去を勝手に捏造するんじゃない!」
「それで妹さんはどうしたんだ?」
「ミルちゃんは泣き疲れて眠っちゃったの。今はあの家の壊れてない部屋で眠ってるよ」
両親を失った直後だというのに丁寧にお礼を述べる彼の姿にアレスは驚きを隠せなかった。
そんなアレスたちを前に彼は話を続ける。
「あの!あなた達がこの家に来たのは、お父さんたちの神官のお仕事のためなんですよね!?」
「確かにそうだけど……」
「僕もミルもまだ子供ですけどずっとお父さんとお母さんの仕事をみてきました!お父さんとお母さんが一生懸命頑張ってきたお仕事だから、僕たちがお父さんとお母さんの想いを引き継ぎたいんです!」
「君は……本当に何者なんだ?」
この状況で父と母の意志を継ぐと覚悟を決めていた彼の瞳を見て、アレスは圧倒されてしまう。
「君の覚悟はわかったわ。話を聞かせてくれないかしら?」
「はい!」
そんな彼の覚悟を見たスフィアは彼から詳しく話を聞くことにしたのだった。
「遅くなりましたが僕の名前はウェン、妹の名前はミルです」
ラーミアとヴァルツェロイナの伝承について詳しく聞くため、アレスたちは再びウェンの家に戻った。
彼の妹のミルが寝ている隣の部屋でアレスたちは円になるように座った。
「俺はアレスだ」
「オルティナだ!」
「スフィアよ。ウェン君、早速で申し訳ないのだけどラーミア様の使い魔として伝えられているヴァルツェロイナ様について話を聞かせて欲しいの」
「はい。僕もすべてをお父さんから聞いたわけじゃないので詳しくは話せないかもしれませんが、皆さんが知りたい情報をお話しできるかと思います」
単刀直入にヴァルツェロイナについて質問するスフィアに、ウェンは子供とは思えないほどしっかりとした態度で話を始めた。
ろうそくの炎がぼんやりと部屋の中を照らす中、ウェンは落ち着いた口調で話し始めた。
「まず、僕のお父さんとお母さんはヴァルツェロイナ様にお仕えする神官です。この家のすぐ近くにある大樹がヴァルツェロイナ様が眠っていると言い伝えられる神聖な場所なのです」
「なるほど!それで俺たちが来た訳なんだが昨日王都を謎の黒い狼の魔物が襲ったんだ!見たこともない魔物、俺はそれをヴァルツェロイナ様なんじゃないかと考えたんだ!」
「断言はできないですが、それはおそらくヴァルツェロイナ様で正しいと思います」
「っ!」
ウェンはオルティナの話を聞き王都を襲撃した狼の魔物がヴァルツェロイナだと肯定した。
それを聞いた4人は事件の核心に確実に迫っていることを感じ取り前のめりになる。
「でもヴァルツェロイナ様はラーミア様に仕える狼なんだろ?それが人を襲うなんてことがあり得るのか?」
「お父さんとお母さんからヴァルツェロイナ様が眠ると言われているカンサーチャの樹から禍々しいオーラを感じたと聞いています。そしてちょうど昨日の明け方に両親がカンサーチャの樹の元に向かった時、大きな黒い何かが北の方角に向けて飛んでいったらしいんです」
「じゃあそれが……」
「はい。伝承に伝わるヴァルツェロイナ様は白い狼の姿だと言われていますが、きっと何か邪悪なものの影響を受け穢れてしまったんだと両親は言っていました」
「ここから来たといえばちょうど王都の方角ね。でもなんでわざわざ王都と襲ったのかしら」
「それは……ごめんなさい。僕には見当もつきません。ですがこれでようやく僕もはっきりしました。穢れに堕ちてしまったヴァルツェロイナ様を元に戻すのが僕たちの役目だと」
「お兄ちゃん……?」
ウェンが覚悟を決めたような目をしたとき、隣の部屋で眠っていたミルが瞳を潤ませながらアレスたちの元に現れたのだ。
「ミル、よく聞いてくれ。お父さんとお母さんは死んじゃった。それは僕も耐えられないほど悲しい」
「うぅ……う、うっ……」
「でも今は泣いている場合じゃないんだ。お父さんとお母さんができなかった神官の役割を、僕たちが受け継がなくちゃいけないんだ。それが死んでしまったお父さんとお母さんの願いだから」
「……。……、私は……私も、頑張りたい。お父さんとお母さんが安心してくれるように」
「ほんと……しっかりしすぎてるわ。私たちなんかよりもよっぽど」
「うむ!君たちは立派だ!きっと君たちのご両親も天国で喜んでいるぞ!」
「ウェン君、ミルちゃん、もちろん俺たちも協力したい」
「私たちにできることがあったら何でも言って!」
まだ現実を受け止めきれずに今にも泣きだしそうなミルだったが、兄の言葉を聞き涙で頬を濡らしながらも自分も役割を全うしたいと決意を示したのだ。
幼い兄妹の気持ちの強さに心を打たれたアレスたちは2人の手伝いが出来ないかと申し出た。
「ヴァルツェロイナ様をお救いするためにお父さんとお母さんは儀式をしないといけないといっていました。僕たちの家に古くから伝わる鎮魂の儀式を」
「鎮魂の儀式……それは君達でもできるのか?」
「……はい。必ずやってみせます。儀式に使うための素材や道具はほとんどお父さんとお母さんが用意していました。ただ1つだけ僕たちじゃ集められない素材が残っているんです」
「つまりそれを俺たちの手で集めて来ればいい訳だな!」
「はい。それはドズカベル山脈の洞窟の奥に自生していると言われるレムルテ草という植物です。お父さんとお母さんは明日にでもレムルテ草を取りに行き儀式の準備を完了させようとしていました」
穢れてしまったヴァルツェロイナを救うためにはウェンとミルが行う鎮魂の儀式が必要だった。
そしてウェンはレムルテ草と呼ばれる植物が儀式で必要だといったのだ。
レムルテ草が生えているのは四級ダンジョンに区分されているドズカベル山脈。
危険な魔物も生息しているその山脈に踏み入るにはまだ幼い2人には厳しすぎるものだった。
「よし。そのレムルテ草を取ってくればいいんだな?」
「はい。それさえ取って来て下されば儀式の準備は僕たちにでもできます。儀式の流れもお父さんとお母さんから教わっているので大丈夫だと思います。ただもう1つだけ……心配なことがあって」
「心配なこと?」
レムルテ草さえあれば儀式の準備は完了する。
ヴァルツェロイナを鎮めるための光明が見えてきたことに安堵したアレスたちだったが、ウェンは浮かない表情をしていたのだ。
「その儀式はカンサーチャの樹の傍にある2つの祭壇の上で2人が舞を踊らないといけないんですが……皆さんの話を聞く限りだと暴れまわるヴァルツェロイナ様の前で舞を踊り続けることができないと思うんです。だから僕たちが儀式を終えるまでの間なんとか祭壇ごと僕たちを守ってくれないと儀式を成功させられません」
「なるほど……あいつから君たちを、ね……」
ウェンの懸念を聞いたアレスは昨日戦ったヴァルツェロイナの猛攻を思い出し苦虫を嚙み潰したような表情をした。
あの狼の猛攻をしばらくの間凌ぎ続けないといけないとなると相当な困難になるのは間違いない。
「そのことについては私たちで必ず何とかしてみせるわ。明日、私たちでレムルテ草を準備。2人は儀式の準備をお願い」
「あまりのんびりしていてはまたいつヴァルツェロイナ様が暴れ出すともわからない!ウェン君、準備は明日で終わるか?」
「はい。お父さんとお母さんが途中まで進めてくれていたのでできると思います!」
「私も……お兄ちゃんと一緒に頑張ります」
「それじゃあ儀式を行うのは明後日になりそうですね」
(ヴァルツェロイナ様が王都に来たのはきっとラーミア様と同じスキルを持つ俺に助けを求めに来たからに違いない。だから俺も全力を尽くして……必ずヴァルツェロイナ様を救ってみせる!)
こうして穢れに堕ちてしまったヴァルツェロイナ様を解放すべく、アレスたちは明後日に行う予定の儀式の準備に取り掛かることにしたのだ。
一方そのころアレスたちがいる家から離れた洞穴では……
「ジーザス様、ラージャの里に送り込んだ汎用型魔動兵器・ゲルマ35体が何者かに制圧されました」
「くっくっくっ、そのようだな。厄介な奴らが来たようだ。だが何より厄介なのはせっかく暴走させたアレが鎮められてしまう可能性が出てきたことだ」
「いかがいたしましょうか」
「決まっているだろ。我らが祖国のため、計画を邪魔するやつらは排除するまでだ」
アレスたちの知らないところで蠢く悪意が再びアレスたちに手を伸ばそうとしていたのだった。
ただ励ます人間は必要になるということと安全面も考慮し、彼らに付き添うと名乗り出たソシアが家の中には残っていた。
こうして家の外に出た3人は重苦しい雰囲気に包まれていたが、少しするとオルティナが口を開きその沈黙を破った。
「こんなことになってしまったが俺たちがいつまでも足を止めてはいけないだろう。ケトナさんが殺されてしまった以上、次はどうするか決めねば」
「もう一度ラージャの里に戻るしかないわね。ただ伝承について1番詳しかったのはあの夫妻のことだったでしょうからかなりマズいことになったのは間違いないわ」
「スフィア様とオルティナ様は先にラージャの里に戻っていてください。ソシアと俺はあの兄妹に付き添いますから」
「そうか。彼らはまだ幼いのに両親を失ってしまったんだ。どうか頼むぞ……ところでアレス、先程からあまり表情がすぐれないようだが大丈夫か?」
あの兄妹にとってはこれ以上ない程悲惨な出来事だったが、アレスたちには立ち止まっている時間はなかった。
ラージャの里やケトナ夫妻を襲った襲撃者の存在も気がかりなため、アレスはスフィアとオルティナに別行動をとることを提案したのだ。
アレスの実力を買いその提案を受け入れたオルティナ。
しかし別れる直前にオルティナはアレスの様子がすぐれないことを気に掛けたのだった。
「あ、はい。ちょっと無茶な踏み込みをしましたけど動けはします。これも飛び降りた時に草木で軽く切っただけですし」
「そうか。それならスフィアに直してもらうといい」
「何言ってんのよ。私は回復魔法なんて使えないわよ」
「むっ?お前こそ何を言っている。お前は問題なく回復魔法を使え……うぐっ!?」
「使えないって言ってんでしょうが」
「なぜ殴る!?お前なら基礎魔法は全て……」
「黙りなさい!次余計なこと言ったら口を縫い合わせるわよ!?」
「……?」
オルティナはスフィアに回復魔法を施してもらえばいいと口にした。
しかしそれを聞いたスフィアはオルティナの口を封じるように回復魔法は使えないと強く主張したのだ。
「そういうことだから、回復は私を頼らないように」
「分かりました……」
「よくわからんが……まあいい!俺たちは先にラージャの里に向かう!君たちも頃合いを見計らって合流してくれ!」
「はい。それじゃあ大丈夫だとは思いますがお二人ともお気をつけて……って、ん?」
何か事情がありそうなことを察したアレスはスフィアに回復してもらうことなく2人を見送ることにしたのだった。
しかし2人がラージャの里に向かって移動し始めようとしたまさにその時、家の中からソシアと兄妹の兄の方がアレスたちの元にやってきたのだ。
「ソシア、その子もう大丈夫なのか?」
「うん。この子がアレス君にお礼を言わなきゃって」
「お礼?」
「はい。あの、さっきは僕たちを助けてくれてありがとうございました。お兄さんが来なければ僕もミルも今頃殺されていました。本当に感謝してもしきれません」
「当然のことをしたまでだ。ただ、その……お父さんとお母さんのことは本当に残念だったね。助けてあげられなくてごめん」
「いいえ、お兄さんが謝る必要なんてないです。皆さんも見ず知らずの僕たちのためにお父さんとお母さんを助けようとしてくれて本当にありがとうございました」
「君……まだ子供なのに凄いな。一体いくつなんだ?」
「僕は9歳です。妹のミルは7歳です」
「9歳?本当に凄いわね。9歳なんてオルがまだ鼻水垂らしてお漏らししてた頃なのに」
「おいコラ!!俺の過去を勝手に捏造するんじゃない!」
「それで妹さんはどうしたんだ?」
「ミルちゃんは泣き疲れて眠っちゃったの。今はあの家の壊れてない部屋で眠ってるよ」
両親を失った直後だというのに丁寧にお礼を述べる彼の姿にアレスは驚きを隠せなかった。
そんなアレスたちを前に彼は話を続ける。
「あの!あなた達がこの家に来たのは、お父さんたちの神官のお仕事のためなんですよね!?」
「確かにそうだけど……」
「僕もミルもまだ子供ですけどずっとお父さんとお母さんの仕事をみてきました!お父さんとお母さんが一生懸命頑張ってきたお仕事だから、僕たちがお父さんとお母さんの想いを引き継ぎたいんです!」
「君は……本当に何者なんだ?」
この状況で父と母の意志を継ぐと覚悟を決めていた彼の瞳を見て、アレスは圧倒されてしまう。
「君の覚悟はわかったわ。話を聞かせてくれないかしら?」
「はい!」
そんな彼の覚悟を見たスフィアは彼から詳しく話を聞くことにしたのだった。
「遅くなりましたが僕の名前はウェン、妹の名前はミルです」
ラーミアとヴァルツェロイナの伝承について詳しく聞くため、アレスたちは再びウェンの家に戻った。
彼の妹のミルが寝ている隣の部屋でアレスたちは円になるように座った。
「俺はアレスだ」
「オルティナだ!」
「スフィアよ。ウェン君、早速で申し訳ないのだけどラーミア様の使い魔として伝えられているヴァルツェロイナ様について話を聞かせて欲しいの」
「はい。僕もすべてをお父さんから聞いたわけじゃないので詳しくは話せないかもしれませんが、皆さんが知りたい情報をお話しできるかと思います」
単刀直入にヴァルツェロイナについて質問するスフィアに、ウェンは子供とは思えないほどしっかりとした態度で話を始めた。
ろうそくの炎がぼんやりと部屋の中を照らす中、ウェンは落ち着いた口調で話し始めた。
「まず、僕のお父さんとお母さんはヴァルツェロイナ様にお仕えする神官です。この家のすぐ近くにある大樹がヴァルツェロイナ様が眠っていると言い伝えられる神聖な場所なのです」
「なるほど!それで俺たちが来た訳なんだが昨日王都を謎の黒い狼の魔物が襲ったんだ!見たこともない魔物、俺はそれをヴァルツェロイナ様なんじゃないかと考えたんだ!」
「断言はできないですが、それはおそらくヴァルツェロイナ様で正しいと思います」
「っ!」
ウェンはオルティナの話を聞き王都を襲撃した狼の魔物がヴァルツェロイナだと肯定した。
それを聞いた4人は事件の核心に確実に迫っていることを感じ取り前のめりになる。
「でもヴァルツェロイナ様はラーミア様に仕える狼なんだろ?それが人を襲うなんてことがあり得るのか?」
「お父さんとお母さんからヴァルツェロイナ様が眠ると言われているカンサーチャの樹から禍々しいオーラを感じたと聞いています。そしてちょうど昨日の明け方に両親がカンサーチャの樹の元に向かった時、大きな黒い何かが北の方角に向けて飛んでいったらしいんです」
「じゃあそれが……」
「はい。伝承に伝わるヴァルツェロイナ様は白い狼の姿だと言われていますが、きっと何か邪悪なものの影響を受け穢れてしまったんだと両親は言っていました」
「ここから来たといえばちょうど王都の方角ね。でもなんでわざわざ王都と襲ったのかしら」
「それは……ごめんなさい。僕には見当もつきません。ですがこれでようやく僕もはっきりしました。穢れに堕ちてしまったヴァルツェロイナ様を元に戻すのが僕たちの役目だと」
「お兄ちゃん……?」
ウェンが覚悟を決めたような目をしたとき、隣の部屋で眠っていたミルが瞳を潤ませながらアレスたちの元に現れたのだ。
「ミル、よく聞いてくれ。お父さんとお母さんは死んじゃった。それは僕も耐えられないほど悲しい」
「うぅ……う、うっ……」
「でも今は泣いている場合じゃないんだ。お父さんとお母さんができなかった神官の役割を、僕たちが受け継がなくちゃいけないんだ。それが死んでしまったお父さんとお母さんの願いだから」
「……。……、私は……私も、頑張りたい。お父さんとお母さんが安心してくれるように」
「ほんと……しっかりしすぎてるわ。私たちなんかよりもよっぽど」
「うむ!君たちは立派だ!きっと君たちのご両親も天国で喜んでいるぞ!」
「ウェン君、ミルちゃん、もちろん俺たちも協力したい」
「私たちにできることがあったら何でも言って!」
まだ現実を受け止めきれずに今にも泣きだしそうなミルだったが、兄の言葉を聞き涙で頬を濡らしながらも自分も役割を全うしたいと決意を示したのだ。
幼い兄妹の気持ちの強さに心を打たれたアレスたちは2人の手伝いが出来ないかと申し出た。
「ヴァルツェロイナ様をお救いするためにお父さんとお母さんは儀式をしないといけないといっていました。僕たちの家に古くから伝わる鎮魂の儀式を」
「鎮魂の儀式……それは君達でもできるのか?」
「……はい。必ずやってみせます。儀式に使うための素材や道具はほとんどお父さんとお母さんが用意していました。ただ1つだけ僕たちじゃ集められない素材が残っているんです」
「つまりそれを俺たちの手で集めて来ればいい訳だな!」
「はい。それはドズカベル山脈の洞窟の奥に自生していると言われるレムルテ草という植物です。お父さんとお母さんは明日にでもレムルテ草を取りに行き儀式の準備を完了させようとしていました」
穢れてしまったヴァルツェロイナを救うためにはウェンとミルが行う鎮魂の儀式が必要だった。
そしてウェンはレムルテ草と呼ばれる植物が儀式で必要だといったのだ。
レムルテ草が生えているのは四級ダンジョンに区分されているドズカベル山脈。
危険な魔物も生息しているその山脈に踏み入るにはまだ幼い2人には厳しすぎるものだった。
「よし。そのレムルテ草を取ってくればいいんだな?」
「はい。それさえ取って来て下されば儀式の準備は僕たちにでもできます。儀式の流れもお父さんとお母さんから教わっているので大丈夫だと思います。ただもう1つだけ……心配なことがあって」
「心配なこと?」
レムルテ草さえあれば儀式の準備は完了する。
ヴァルツェロイナを鎮めるための光明が見えてきたことに安堵したアレスたちだったが、ウェンは浮かない表情をしていたのだ。
「その儀式はカンサーチャの樹の傍にある2つの祭壇の上で2人が舞を踊らないといけないんですが……皆さんの話を聞く限りだと暴れまわるヴァルツェロイナ様の前で舞を踊り続けることができないと思うんです。だから僕たちが儀式を終えるまでの間なんとか祭壇ごと僕たちを守ってくれないと儀式を成功させられません」
「なるほど……あいつから君たちを、ね……」
ウェンの懸念を聞いたアレスは昨日戦ったヴァルツェロイナの猛攻を思い出し苦虫を嚙み潰したような表情をした。
あの狼の猛攻をしばらくの間凌ぎ続けないといけないとなると相当な困難になるのは間違いない。
「そのことについては私たちで必ず何とかしてみせるわ。明日、私たちでレムルテ草を準備。2人は儀式の準備をお願い」
「あまりのんびりしていてはまたいつヴァルツェロイナ様が暴れ出すともわからない!ウェン君、準備は明日で終わるか?」
「はい。お父さんとお母さんが途中まで進めてくれていたのでできると思います!」
「私も……お兄ちゃんと一緒に頑張ります」
「それじゃあ儀式を行うのは明後日になりそうですね」
(ヴァルツェロイナ様が王都に来たのはきっとラーミア様と同じスキルを持つ俺に助けを求めに来たからに違いない。だから俺も全力を尽くして……必ずヴァルツェロイナ様を救ってみせる!)
こうして穢れに堕ちてしまったヴァルツェロイナ様を解放すべく、アレスたちは明後日に行う予定の儀式の準備に取り掛かることにしたのだ。
一方そのころアレスたちがいる家から離れた洞穴では……
「ジーザス様、ラージャの里に送り込んだ汎用型魔動兵器・ゲルマ35体が何者かに制圧されました」
「くっくっくっ、そのようだな。厄介な奴らが来たようだ。だが何より厄介なのはせっかく暴走させたアレが鎮められてしまう可能性が出てきたことだ」
「いかがいたしましょうか」
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