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1章
邪悪な気配の正体
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普段と変わらない穏やかな朝を迎えたハズヴァルド学園。
昇りきらない太陽の光を凛々しい横顔に浴びながら、ティナは手入れを済ませた刀を腰に携えて学園のグラウンドに向かっていた。
『彼女について、いろいろと話を聞く時間を貰えないだろうか?』
それはアレスが本の中に消えてしまったすぐ後のこと。
図書室に駆け付けたティナとソシアに、例の本を手にしたエミルダがそう言ったのだ。
『先生、申し訳ありませんが私たちは今すぐにでも友人を助けに行かなければいけません。ですのでどうかその本を私たちに渡してください』
『何の情報もなしに行動するのは愚者の行い。情報とはこの世界で最も貴重な宝であり力です。賢者は情報を集めて行動をするものですよ』
『一体何の情報を集めるというんですか?』
『もちろん彼らがこの本の中に消えた仕組みと出るための方法。そうですね、あとはこの子が生まれた経緯なども知っておきたいところ』
『……経緯。それは必要なことなのですか』
『もちろん。焦る気持ちもわかりますが、今は私に任せてください。この子については私も少し思うところがあります。王国軍の方にも話を聞きたいところですので、しばらくお待ちいただけないだろうか』
『ティナさん……』
『わかりました……』
情報もなしに闇雲に本の中に入るのは危険。
そう判断したエミルダにとめられ当日にアレスを助けに行くのは断念していたのだ。
「ティナさん!」
「おはようございますティナさん!」
「ソシア、ジョージ。来たか……」
そんなティナの元に、少し遅れてソシアとジョージが駆け寄ってきた。
当日図書室に居なかったジョージも2人から話を聞き、アレスの身を案じていたのだ。
集まった3人は情報を集めているはずのエミルダの元に向かう。
「っ!あれは……」
3人がエミルダに指定された学園の校舎から離れたところにある第3グラウンドへ向かうと、その中心に椅子と机を用意しまるで自宅にいるかのようにくつろぐ人影があったのだ。
「そうだったのかい。それは心中お察しするよ。生まれてすぐにそんなことがあったなんて辛かったね」
エミルダは小さな丸机にお洒落な椅子とティーカップを2つ用意し、その片方に腰掛けながら優雅に紅茶を嗜んでいた。
だがその反対に居たのは人間などではなく、椅子に立てかけられた例のあの本だったのだ。
「何を……しているんですか?」
「ん?ああ、君たちか。すまない、彼女との会話に花を咲かせてしまっていたせいで気が付かなかったよ」
「彼女って……いったいどういう」
「そうだ!エミルダ学長は本と会話ができるんでしたよね!それでこうして情報を聞き出そうと!」
「なるほどそういうことだったのか……って、学長!?」
「おや、立場を明かしていなかったかな?」
「き、聞いてませんでしたよ!入学式にも学長先生は不在でしたけど、まさかあなたがそうだったなんて……」
「まあ、私の話はどうでもいいだろう。それよりも今朝早くに王国軍からも頼んでいた情報を貰えたところだったんだ。それもあわせて君たちに話さなければいけないね。彼女が生まれた経緯と人を誘う絵の真相を」
エミルダはそう言うとティーカップを机に置き、ティナたちに向き直った。
そうして彼はアレスたちが引き込まれた本の真相を語り出したのだ……
人を引きずり込む本の真相に迫っていたティナたちだったが、その一方でアレスは命の恩人であるディーネと2人で山の中を進んでいた。
エリギュラが言った邪悪な存在というのは存外城から離れていたようで、アレスは城を出てから1度夜を迎えてしまい、その後朝になり南へ進んだ先で再び夜になってしまったのだ。
(くそ……早くアリアを探さなきゃいけねえのに。もう2日も経っちまう)
「もうすぐ夜ですね。それでは今日は私が晩御飯を用意しますから」
「ああ。ありがとうディーネ」
城を出て南方に広がっていた森は、アレスが想像したよりも多くの魔物が生息していたのだ。
だがそれらはどれもアレスを苦戦させるには至らない低レベルな魔物ばかり。
初めは魔物が出現するたびに怯えていたディーネもアレスの強さを知り、いつしかその強さを信頼して怖がるそぶりは見せないようになっていた。
恐怖が消えればディーネの中に残るのは憧れのおとぎ話のような冒険への喜び。
1日以上行動を共にしたおかげか、気が付けばアレスとディーネの中はずいぶんと深まっていたのだった。
「焚火の準備OKです!」
「うっし。ファイア!……っていうか、火炎魔法くらい使えないのか?」
「私は火の魔法は苦手で……火を起こすのはアレスさんにお願いできればなと。私はご飯を作りますから!」
「火の扱いはもう慣れたのか?」
「か、からかわないでください!昨日は初めての焚火で驚いちゃっただけですから!」
ディーネが集めてきた木の枝や葉っぱにアレスが初級の火炎魔法の火種で焚火の火をつける。
昨日は初めての焚火に若干怯えた様子だったディーネだが、流石に2日目の夜にもなれば慣れた様子で周辺で採取した山菜や獣の肉で夕食の支度を進めたのだった。
「どうでしょうか?アレスさんみたいに上手にできなかったかもしれませんけど」
「ううん、美味しいよ。野宿でこんなものが食べられるなら十分贅沢だよ……」
(そう……昨日から毎食食事には困ってない。こんなにうまくいくもんか?)
アレスたちの今日の夕食は周辺で採取した山菜や木の実、そして近くに居たホーンウルフの肉。
毎食十分すぎる量の食事がとれることにアレスは少しばかり違和感を感じていた。
「アレスさん?どうかしましたか?」
「ん?いや、なんでもない。そんなことよりもディーネ、ただ森の中を歩いて時々襲って来る魔物を撃退するような退屈な旅だけど満足してくれてるか?」
「もちろんです!森の中をお話しながら歩いたり、こうして焚火を囲んでご飯を食べたり、楽しいことがいっぱいです。それにアレスさんがとっても強くて優しくて、一緒に旅をしてくれるのがアレスさんで本当に良かったです!」
「そうか。それはよかった」
「それで……アレスさんになら話しても大丈夫かなって……」
「……ディーネ?」
そんな違和感を覚えていたアレスだったが、それをディーネに覚られないよう話を変えたのだった。
アレスが聞いたのはディーネが今回の旅を楽しめているかという物。
そんなアレスの質問にディーネはまるで新しいおもちゃをたくさん買ってもらった子供のように無邪気な笑顔を見せたのだった。
共に行動した時間はまだ2日にも満たないものだったが、ディーネはアレスが悪い人ではないと思うようになっていた。
そんなアレスになら今まで隠してきた自分の秘密も明かせるだろうか。
ディーネはそう考えたのだがその秘密を喋ろうとしたところ、暗い表情になりそれ以上話すことを躊躇してしまったのだ。
「……。ごめんなさい。やっぱり、なんでもないです」
「まあ、話したくないなら無理に話す必要はないさ。俺の方から聞いたりはしないけど、もし話したくなったらいつでも聞くからな」
「……うん」
「話しは変わるけど、明日こそエリギュラ様が言ってた邪悪な気配の正体を暴くぞ。朝早くから移動するから今日は早めに休むんだぞ」
ディーネの悲痛な表情を見たアレスもそれ以上詮索はしなかった。
ディーネと出会ってからアレスは彼女にただならない事情があることは薄々察している。
そのためアレスは自分から踏み込んだりはせず彼女の方から話したくなるまで待つことにしていたのだ。
こうしてアレスに少し心を開きかけたディーネだったが、過去のトラウマ故かその内容を明かすことはなかったのだ。
アレスたちはそのまま食事を終えると明日のために早めに就寝することにする。
焚火の明かりを消し、城から持ってきた寝袋に入り2人はそのまま眠りについたのだ……
「……ん。アレスさん……?」
しかし焚火の明かりを消してからしばらくして、考え事をしていたせいでなかなか寝付けなかったディーネはふとアレスの姿が寝袋の中にないことに気付いたのだ。
そしてよく耳を澄ませてみると、ここから少し離れた場所から何やら聞き慣れない音が聞こえてくる。
その音を不審に思ったディーネは寝袋から出ると音が聞こえる方向に恐る恐る向かっていったのだ。
「アレスさん……?」
「あれ、ディーネ。もしかして起こしちゃったか?」
音がする方向に辿り着くと、そこには何もない空間に向かって剣を振っているアレスの姿があった。
「いえ、少し考え事をしていて眠れなかっただけです。アレスさんは一体何を?」
「見ての通り剣の修行だよ。昼に襲い掛かって来る魔物が弱すぎて腕が鈍っちゃいそうだったからね」
アレスはそう言うと剣を鞘に納め、居合の体勢で静かに目を閉じたのだ。
月明かりに照らされたアレスは完全に夜の森の静寂に溶け込んでおり、ディーネは一瞬アレスが居なくなってしまったんじゃないかと錯覚を覚えるほどだった。
「……ふっ」
「今……何を?」
「こっちに来てごらん。ほら、そこに落ちてる葉っぱ」
「……?これはっ!?」
何かのタイミングを伺っているように静かに動かないアレス。
そんなアレスの様子をディーネは固唾を飲んで見守っていたのだが。なんとアレスは剣を抜くことなく居合の体勢を解いたのだ。
アレスが何をしているのか意図が分からないディーネ。
そんな彼女にアレスは自分の傍に来て今何をしたのか教えてあげることにしたのだ。
「この葉っぱは……これを今斬ったんですか?」
「ああ。上から落ちてきたところをな」
「そんな!私には剣を抜いたところすら見えませんでした……」
アレスが指をさす先に落ちていたのは綺麗に真っ二つに斬られた木の葉。
なんとアレスは先程頭上から落ちてきた葉をディーネに覚られない速度で両断していたのだ。
「いやぁ、まだまだだ。あの時の俺の剣速はこんなもんじゃなかった」
「あの時の?」
アレスが思い浮かべていたのは数週間前の出来事。
英雄ラーミアの使い魔、ヴァルツェロイナと戦った時の記憶だった。
『剣聖……天朧解解』
(感覚で分かる。あの時の一刀はどれだけ剣を振っても再現できてないって)
ヴァルツェロイナとの命を懸けた戦いの中、極限状態に追い込まれたアレスは自身の想像をも超える一撃を繰り出したのだ。
それを自在に引き出せるようになるには修練が足りない。
そう考えていたアレスはあれから毎日あの感覚を忘れないよう剣を振り続けていたのだ。
「今まで俺は結構力任せに剣を振るってた。だから肉体的な限界に阻まれて技に耐えられず俺の体が悲鳴をあげてたんだ。今は全身の力を抜いて一瞬にすべての力を出せるよう修業中さ」
「へぇ~」
「って悪い!ディーネはそんな話興味ないよな?」
「ううん、そんなことないよ。それにアレスさんってもうとっても強いのに、こうやって一生懸命修業してて凄いなって」
「後悔したくないからな。いざって時に、大切な人を守れるような力を出せるように。だから多分俺が修業をやめる日は来ないよ」
「そっか……やっぱりアレスさんってすごいんだね」
「だから大したことないって。それと、早く寝ろって言っただろ?明日は早いぞ」
「アレスさんだって寝ないで修業してるじゃないですか」
「俺は体力が有り余ってるからいいの。ほら、早く寝ろよ」
「はーい。おやすみなさい、アレスさん」
「ああ。おやすみディーネ」
アレスの話を聞いたディーネはどこか寂しそうな表情をしていた。
だがそんなディーネの表情はかすかな月明かりの元ではアレスに覚られることはなかったのだ。
アレスに寝るように促されたディーネは大人しく寝袋へと戻っていった。
そして空からしばらくの間、空気を裂くようなかすかな音が森の中に小さく響き渡っていた。
「ここら辺は全然緑がないな。エリギュラ様が言ってた邪悪な気配ってのはここにいるのか?」
そして翌日。
アレスの考え通りに2人は深い森を抜け、緑がほとんどない不毛の大地へと足を踏み入れていた。
そこはまるで強大な敵でも出て来るんじゃないかと予感させるような不穏な雰囲気に包まれている。
巨大な岩で遠くまで見通せない岩場で、アレスは警戒しながら邪悪な気配の元を探していた。
(エリギュラ様が言う邪悪な気配ってのがどんなものかは知らないけど、ここにそんな奴がいるとは思えないな。もしかして南方ってのはここよりさらに南ってことか?)
「ここ……なんだかとっても不気味なところですね」
「さっきの森に比べたら命の気配が少ないからそう感じるのかな。だが大丈夫だ。ここには特に強大な力を持つような奴はいなさそうだから……ッ!!??」
「ど、どうしたんですかアレスさん!?」
エリギュラの口ぶりから邪悪な気配というものがただ者ではないと予想を付けていたアレス。
不気味な雰囲気漂うこの土地だったがそのような気配は感じられないと緊張の糸を緩めようとしたのだが、なんとその時突如背中に氷を入れられたような悪寒がアレスを襲ったのだ。
「来る!!少し下がっていてくれディーネ!」
「え、はい!」
「ギャァアアアアォ!!」
「なっ……はっ、うそ、だろ?」
強敵の予感を感じ、ディーネを自身の背後の岩陰に避難させるアレス。
突如近くに現れた邪悪な気配に警戒心をMaxに高めるアレスだったが、岩陰から姿を現した魔物の正体に言葉を失ってしまったのだ。
「あれは……ドラゴン!?」
岩陰から覗いていたディーネがその魔物の姿を見て声をあげる。
そう、アレスたちの目の前に現れたのはおとぎ話や伝承にのみ伝わる伝説の存在。
依然アレスが戦ったヴァンパイアなどとは比べ物にならない凶悪な影響力を持つその魔物。
それはドラゴンだったのだ。
昇りきらない太陽の光を凛々しい横顔に浴びながら、ティナは手入れを済ませた刀を腰に携えて学園のグラウンドに向かっていた。
『彼女について、いろいろと話を聞く時間を貰えないだろうか?』
それはアレスが本の中に消えてしまったすぐ後のこと。
図書室に駆け付けたティナとソシアに、例の本を手にしたエミルダがそう言ったのだ。
『先生、申し訳ありませんが私たちは今すぐにでも友人を助けに行かなければいけません。ですのでどうかその本を私たちに渡してください』
『何の情報もなしに行動するのは愚者の行い。情報とはこの世界で最も貴重な宝であり力です。賢者は情報を集めて行動をするものですよ』
『一体何の情報を集めるというんですか?』
『もちろん彼らがこの本の中に消えた仕組みと出るための方法。そうですね、あとはこの子が生まれた経緯なども知っておきたいところ』
『……経緯。それは必要なことなのですか』
『もちろん。焦る気持ちもわかりますが、今は私に任せてください。この子については私も少し思うところがあります。王国軍の方にも話を聞きたいところですので、しばらくお待ちいただけないだろうか』
『ティナさん……』
『わかりました……』
情報もなしに闇雲に本の中に入るのは危険。
そう判断したエミルダにとめられ当日にアレスを助けに行くのは断念していたのだ。
「ティナさん!」
「おはようございますティナさん!」
「ソシア、ジョージ。来たか……」
そんなティナの元に、少し遅れてソシアとジョージが駆け寄ってきた。
当日図書室に居なかったジョージも2人から話を聞き、アレスの身を案じていたのだ。
集まった3人は情報を集めているはずのエミルダの元に向かう。
「っ!あれは……」
3人がエミルダに指定された学園の校舎から離れたところにある第3グラウンドへ向かうと、その中心に椅子と机を用意しまるで自宅にいるかのようにくつろぐ人影があったのだ。
「そうだったのかい。それは心中お察しするよ。生まれてすぐにそんなことがあったなんて辛かったね」
エミルダは小さな丸机にお洒落な椅子とティーカップを2つ用意し、その片方に腰掛けながら優雅に紅茶を嗜んでいた。
だがその反対に居たのは人間などではなく、椅子に立てかけられた例のあの本だったのだ。
「何を……しているんですか?」
「ん?ああ、君たちか。すまない、彼女との会話に花を咲かせてしまっていたせいで気が付かなかったよ」
「彼女って……いったいどういう」
「そうだ!エミルダ学長は本と会話ができるんでしたよね!それでこうして情報を聞き出そうと!」
「なるほどそういうことだったのか……って、学長!?」
「おや、立場を明かしていなかったかな?」
「き、聞いてませんでしたよ!入学式にも学長先生は不在でしたけど、まさかあなたがそうだったなんて……」
「まあ、私の話はどうでもいいだろう。それよりも今朝早くに王国軍からも頼んでいた情報を貰えたところだったんだ。それもあわせて君たちに話さなければいけないね。彼女が生まれた経緯と人を誘う絵の真相を」
エミルダはそう言うとティーカップを机に置き、ティナたちに向き直った。
そうして彼はアレスたちが引き込まれた本の真相を語り出したのだ……
人を引きずり込む本の真相に迫っていたティナたちだったが、その一方でアレスは命の恩人であるディーネと2人で山の中を進んでいた。
エリギュラが言った邪悪な存在というのは存外城から離れていたようで、アレスは城を出てから1度夜を迎えてしまい、その後朝になり南へ進んだ先で再び夜になってしまったのだ。
(くそ……早くアリアを探さなきゃいけねえのに。もう2日も経っちまう)
「もうすぐ夜ですね。それでは今日は私が晩御飯を用意しますから」
「ああ。ありがとうディーネ」
城を出て南方に広がっていた森は、アレスが想像したよりも多くの魔物が生息していたのだ。
だがそれらはどれもアレスを苦戦させるには至らない低レベルな魔物ばかり。
初めは魔物が出現するたびに怯えていたディーネもアレスの強さを知り、いつしかその強さを信頼して怖がるそぶりは見せないようになっていた。
恐怖が消えればディーネの中に残るのは憧れのおとぎ話のような冒険への喜び。
1日以上行動を共にしたおかげか、気が付けばアレスとディーネの中はずいぶんと深まっていたのだった。
「焚火の準備OKです!」
「うっし。ファイア!……っていうか、火炎魔法くらい使えないのか?」
「私は火の魔法は苦手で……火を起こすのはアレスさんにお願いできればなと。私はご飯を作りますから!」
「火の扱いはもう慣れたのか?」
「か、からかわないでください!昨日は初めての焚火で驚いちゃっただけですから!」
ディーネが集めてきた木の枝や葉っぱにアレスが初級の火炎魔法の火種で焚火の火をつける。
昨日は初めての焚火に若干怯えた様子だったディーネだが、流石に2日目の夜にもなれば慣れた様子で周辺で採取した山菜や獣の肉で夕食の支度を進めたのだった。
「どうでしょうか?アレスさんみたいに上手にできなかったかもしれませんけど」
「ううん、美味しいよ。野宿でこんなものが食べられるなら十分贅沢だよ……」
(そう……昨日から毎食食事には困ってない。こんなにうまくいくもんか?)
アレスたちの今日の夕食は周辺で採取した山菜や木の実、そして近くに居たホーンウルフの肉。
毎食十分すぎる量の食事がとれることにアレスは少しばかり違和感を感じていた。
「アレスさん?どうかしましたか?」
「ん?いや、なんでもない。そんなことよりもディーネ、ただ森の中を歩いて時々襲って来る魔物を撃退するような退屈な旅だけど満足してくれてるか?」
「もちろんです!森の中をお話しながら歩いたり、こうして焚火を囲んでご飯を食べたり、楽しいことがいっぱいです。それにアレスさんがとっても強くて優しくて、一緒に旅をしてくれるのがアレスさんで本当に良かったです!」
「そうか。それはよかった」
「それで……アレスさんになら話しても大丈夫かなって……」
「……ディーネ?」
そんな違和感を覚えていたアレスだったが、それをディーネに覚られないよう話を変えたのだった。
アレスが聞いたのはディーネが今回の旅を楽しめているかという物。
そんなアレスの質問にディーネはまるで新しいおもちゃをたくさん買ってもらった子供のように無邪気な笑顔を見せたのだった。
共に行動した時間はまだ2日にも満たないものだったが、ディーネはアレスが悪い人ではないと思うようになっていた。
そんなアレスになら今まで隠してきた自分の秘密も明かせるだろうか。
ディーネはそう考えたのだがその秘密を喋ろうとしたところ、暗い表情になりそれ以上話すことを躊躇してしまったのだ。
「……。ごめんなさい。やっぱり、なんでもないです」
「まあ、話したくないなら無理に話す必要はないさ。俺の方から聞いたりはしないけど、もし話したくなったらいつでも聞くからな」
「……うん」
「話しは変わるけど、明日こそエリギュラ様が言ってた邪悪な気配の正体を暴くぞ。朝早くから移動するから今日は早めに休むんだぞ」
ディーネの悲痛な表情を見たアレスもそれ以上詮索はしなかった。
ディーネと出会ってからアレスは彼女にただならない事情があることは薄々察している。
そのためアレスは自分から踏み込んだりはせず彼女の方から話したくなるまで待つことにしていたのだ。
こうしてアレスに少し心を開きかけたディーネだったが、過去のトラウマ故かその内容を明かすことはなかったのだ。
アレスたちはそのまま食事を終えると明日のために早めに就寝することにする。
焚火の明かりを消し、城から持ってきた寝袋に入り2人はそのまま眠りについたのだ……
「……ん。アレスさん……?」
しかし焚火の明かりを消してからしばらくして、考え事をしていたせいでなかなか寝付けなかったディーネはふとアレスの姿が寝袋の中にないことに気付いたのだ。
そしてよく耳を澄ませてみると、ここから少し離れた場所から何やら聞き慣れない音が聞こえてくる。
その音を不審に思ったディーネは寝袋から出ると音が聞こえる方向に恐る恐る向かっていったのだ。
「アレスさん……?」
「あれ、ディーネ。もしかして起こしちゃったか?」
音がする方向に辿り着くと、そこには何もない空間に向かって剣を振っているアレスの姿があった。
「いえ、少し考え事をしていて眠れなかっただけです。アレスさんは一体何を?」
「見ての通り剣の修行だよ。昼に襲い掛かって来る魔物が弱すぎて腕が鈍っちゃいそうだったからね」
アレスはそう言うと剣を鞘に納め、居合の体勢で静かに目を閉じたのだ。
月明かりに照らされたアレスは完全に夜の森の静寂に溶け込んでおり、ディーネは一瞬アレスが居なくなってしまったんじゃないかと錯覚を覚えるほどだった。
「……ふっ」
「今……何を?」
「こっちに来てごらん。ほら、そこに落ちてる葉っぱ」
「……?これはっ!?」
何かのタイミングを伺っているように静かに動かないアレス。
そんなアレスの様子をディーネは固唾を飲んで見守っていたのだが。なんとアレスは剣を抜くことなく居合の体勢を解いたのだ。
アレスが何をしているのか意図が分からないディーネ。
そんな彼女にアレスは自分の傍に来て今何をしたのか教えてあげることにしたのだ。
「この葉っぱは……これを今斬ったんですか?」
「ああ。上から落ちてきたところをな」
「そんな!私には剣を抜いたところすら見えませんでした……」
アレスが指をさす先に落ちていたのは綺麗に真っ二つに斬られた木の葉。
なんとアレスは先程頭上から落ちてきた葉をディーネに覚られない速度で両断していたのだ。
「いやぁ、まだまだだ。あの時の俺の剣速はこんなもんじゃなかった」
「あの時の?」
アレスが思い浮かべていたのは数週間前の出来事。
英雄ラーミアの使い魔、ヴァルツェロイナと戦った時の記憶だった。
『剣聖……天朧解解』
(感覚で分かる。あの時の一刀はどれだけ剣を振っても再現できてないって)
ヴァルツェロイナとの命を懸けた戦いの中、極限状態に追い込まれたアレスは自身の想像をも超える一撃を繰り出したのだ。
それを自在に引き出せるようになるには修練が足りない。
そう考えていたアレスはあれから毎日あの感覚を忘れないよう剣を振り続けていたのだ。
「今まで俺は結構力任せに剣を振るってた。だから肉体的な限界に阻まれて技に耐えられず俺の体が悲鳴をあげてたんだ。今は全身の力を抜いて一瞬にすべての力を出せるよう修業中さ」
「へぇ~」
「って悪い!ディーネはそんな話興味ないよな?」
「ううん、そんなことないよ。それにアレスさんってもうとっても強いのに、こうやって一生懸命修業してて凄いなって」
「後悔したくないからな。いざって時に、大切な人を守れるような力を出せるように。だから多分俺が修業をやめる日は来ないよ」
「そっか……やっぱりアレスさんってすごいんだね」
「だから大したことないって。それと、早く寝ろって言っただろ?明日は早いぞ」
「アレスさんだって寝ないで修業してるじゃないですか」
「俺は体力が有り余ってるからいいの。ほら、早く寝ろよ」
「はーい。おやすみなさい、アレスさん」
「ああ。おやすみディーネ」
アレスの話を聞いたディーネはどこか寂しそうな表情をしていた。
だがそんなディーネの表情はかすかな月明かりの元ではアレスに覚られることはなかったのだ。
アレスに寝るように促されたディーネは大人しく寝袋へと戻っていった。
そして空からしばらくの間、空気を裂くようなかすかな音が森の中に小さく響き渡っていた。
「ここら辺は全然緑がないな。エリギュラ様が言ってた邪悪な気配ってのはここにいるのか?」
そして翌日。
アレスの考え通りに2人は深い森を抜け、緑がほとんどない不毛の大地へと足を踏み入れていた。
そこはまるで強大な敵でも出て来るんじゃないかと予感させるような不穏な雰囲気に包まれている。
巨大な岩で遠くまで見通せない岩場で、アレスは警戒しながら邪悪な気配の元を探していた。
(エリギュラ様が言う邪悪な気配ってのがどんなものかは知らないけど、ここにそんな奴がいるとは思えないな。もしかして南方ってのはここよりさらに南ってことか?)
「ここ……なんだかとっても不気味なところですね」
「さっきの森に比べたら命の気配が少ないからそう感じるのかな。だが大丈夫だ。ここには特に強大な力を持つような奴はいなさそうだから……ッ!!??」
「ど、どうしたんですかアレスさん!?」
エリギュラの口ぶりから邪悪な気配というものがただ者ではないと予想を付けていたアレス。
不気味な雰囲気漂うこの土地だったがそのような気配は感じられないと緊張の糸を緩めようとしたのだが、なんとその時突如背中に氷を入れられたような悪寒がアレスを襲ったのだ。
「来る!!少し下がっていてくれディーネ!」
「え、はい!」
「ギャァアアアアォ!!」
「なっ……はっ、うそ、だろ?」
強敵の予感を感じ、ディーネを自身の背後の岩陰に避難させるアレス。
突如近くに現れた邪悪な気配に警戒心をMaxに高めるアレスだったが、岩陰から姿を現した魔物の正体に言葉を失ってしまったのだ。
「あれは……ドラゴン!?」
岩陰から覗いていたディーネがその魔物の姿を見て声をあげる。
そう、アレスたちの目の前に現れたのはおとぎ話や伝承にのみ伝わる伝説の存在。
依然アレスが戦ったヴァンパイアなどとは比べ物にならない凶悪な影響力を持つその魔物。
それはドラゴンだったのだ。
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呪われたエルフを救い、不遇な獣人剣士の才能を開花させ、心強い仲間と成り上がるカイト。そんな彼の元に、今さら「戻ってこい」と元パーティーが現れるが――。
「もう手遅れだ」
これは、理不尽に追放された男が、神の領域の力で全てを覆す、痛快無双の逆転譚!
才がないと伯爵家を追放された僕は、神様からのお詫びチートで、異世界のんびりスローライフ!!
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剣や魔法に才能がないカストール伯爵家の次男、ノエール・カストールは家族から追放され、辺境の別荘へ送られることになる。しかしノエールは追放を喜ぶ、それは彼に異世界の神様から、お詫びにとして貰ったチートスキルがあるから。
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前世で薬漬けだったおっさん、エルフに転生して自由を得る
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ある日突然世界的に流行した病気。
その治療薬『メシア』の副作用により薬漬けになってしまった森野宏人(35)は、療養として母方の祖父の家で暮らしいた。
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人として輪廻の輪に戻るか、別の世界に行くか悩む宏人だったが、女神様にエルフになれると言われ、新たな人生、いや、エルフ生を楽しむ事を決める宏人。
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