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4 エラ
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イングラム騎士団医療部看護士のエラ・ケールが元若様のジェレマイアと言葉を交わしたのは、今のところ1度きりだ。
それは、ジェレマイアが後継から外された嵐が巻き起こる1年程前。
同い年のジェレマイアが王立貴族学院、エラが領都の専門高等学園医療科で、学校は違えども共に学生だった年度末。
高等部3年生という最終学年に上がる前、ジェレマイアが帰省していた夏休みの事だった。
◇◇◇
エラがいつものようにデイヴとおしゃべりをして、医療室から玄関ホールへ向かう廊下を歩いていたら、追いかけてきたのか、背後からジェレマイアに声をかけられた。
彼はご領主様のご子息だから、お顔は何度か拝見したこともあるし、本宅に勤める両親に用事があって訪れた際に王都から帰省したジェレマイアに遭遇すれば、一旦立ち止まって壁際で頭を下げ、彼が通り過ぎるまで控えたこともある。
だが、これまで彼の視線がエラをとらえる事は無かったし、ましてや話す事など、1度として無かったのだ。
ところが。
「その……さっきカーターに話していたクラークとは、どんな奴?」
ジェレマイアがエラに尋ねたのは、クラーク・ライナーについてだった。
伯爵家の本邸で騎士団に勤める父とメイドをしている母の伝手で、卒業後は看護士として、両親と同じく本邸で働けることになっているエラは、時間があれば医療部に顔を出していた。
上司の立場の治療士デイヴ・カーターは友人リデルの父親なので、子供の頃からのお馴染みの人物だが、
『押さえるべきところは忘れずに、きちんと押さえておかないと』と、母からは常日頃から言われていて、本邸を訪れた時には帰りに医療部に立ち寄り、デイヴへの挨拶は欠かしてはならないと心掛けていた。
そのような訳で、この日も医療部を訪れたエラにデイヴが、娘から最近親しくしていると聞くクラーク・ライナーについて尋ねていたのを、その後すぐに姿を現したジェレマイアは扉の向こうで聞いていたのだろう。
でも、どうして若様がクラークの事を尋ねる?
どんな奴、と聞くのだから、直接の知り合いではないだろうし。
クラークが通っているのは専門高等学園の商業科で、共通の知り合いでも居るのだろうか。
それとも、クラークは領地で1番のライナー商会の跡取りなので、その関係からか、とエラは思い当たった。
「クラーク・ライナーとは専門高等学園の同級生ですが、わたしとは専攻が違ってて、性格的にどんな奴かは存じ上げていません。
彼はライナー商会の跡取りで、商業科に在籍しています」
「……」
そんな簡単すぎるくらいのエラの説明に、ジェレマイアは無言で顎を少し上げた。
黙って続きを促す、その振る舞いは見るからに傲慢で、若様の身分を考えたら仕方がないのだが、声をかけられて舞い上がってしまったのが、悔しい。
こちらは使用人の娘だから、そんな態度を取られても仕方ないけど、少々気分が悪い。
それでも若様が求めるのなら、それに応えるしかない。
「容姿は良いと思います。
女生徒達から人気もあって……それで……
……それで、さっきカーターさんにも聞かれたんですけど、娘さんのリデルは同じクラブに入ってて、結構仲が良いみたいです」
「……リデル・カーターは医療科で、商業科じゃないだろう。
仲が良いみたいって、何のクラブなんだ?」
あー、そうか、リデルなんだ!とエラは気がついた。
ウチの若様には、隣領のカートライト伯爵令嬢という立派な婚約者様がおられると言うのに。
デイヴとの会話を立ち聞きした若様が気にしているのは、リデルの事なんだ、とエラは気がついてしまった。
付き合いの長いリデル本人からは、ジェレマイアと繋がりがある、なんて聞いてはいないが。
先程、医療部を訪ねてきたジェレマイアと治療士のデイヴが親しげに会話していたのを、エラはふたりの側で見ている。
と言うことは……
デイヴを通じて、若様とリデルは知り合った?
自覚は無かったが、そんなエラの視線が気になるのか、食い気味に見えたジェレマイアが少し距離を取るように、身体を後ろに反らした。
「ボランティア部、です。
専攻関係無しで活動してて、放課後とか週末とか集まって、孤児院で活動してたんです。
そこから親しくなって、リデルを家まで送ったりしてるみたいです」
「……そうか」
ジェレマイアの返事は間が空き過ぎていて、その心情を思うと、聞いているこちらが辛くなるくらいだ。
普段親しくしているデイヴには聞けなくて、それでも今まで話したこともないエラを追いかけてくる程に、リデルの男友達が気になるのか。
しかし残念ながら、これ以上クラークについて語る言葉を、エラは持っていない。
彼がどうにかしてリデルの方から告白させようと躍起になっている噂は、若様の耳に入れない方が良い、という判断はついた。
話し終えて頭を下げたエラの瞳に、ジェレマイアの拳が固く握られているのが見えた。
「……そうか、急いでいるだろうに、呼び止めて済まなかった」
本人は無意識なのだろう。
そうか、と繰り返したジェレマイアは、帰るエラとは反対方向に歩き出した。
幼少期から領民にも優秀だと言われ続けた若様が、自分とは同い年なのに不器用な年下の少年のように思えて。
去っていく彼の後ろ姿に向けるエラの眼差しは、憧れから生暖かいものに変化していた。
それは、ジェレマイアが後継から外された嵐が巻き起こる1年程前。
同い年のジェレマイアが王立貴族学院、エラが領都の専門高等学園医療科で、学校は違えども共に学生だった年度末。
高等部3年生という最終学年に上がる前、ジェレマイアが帰省していた夏休みの事だった。
◇◇◇
エラがいつものようにデイヴとおしゃべりをして、医療室から玄関ホールへ向かう廊下を歩いていたら、追いかけてきたのか、背後からジェレマイアに声をかけられた。
彼はご領主様のご子息だから、お顔は何度か拝見したこともあるし、本宅に勤める両親に用事があって訪れた際に王都から帰省したジェレマイアに遭遇すれば、一旦立ち止まって壁際で頭を下げ、彼が通り過ぎるまで控えたこともある。
だが、これまで彼の視線がエラをとらえる事は無かったし、ましてや話す事など、1度として無かったのだ。
ところが。
「その……さっきカーターに話していたクラークとは、どんな奴?」
ジェレマイアがエラに尋ねたのは、クラーク・ライナーについてだった。
伯爵家の本邸で騎士団に勤める父とメイドをしている母の伝手で、卒業後は看護士として、両親と同じく本邸で働けることになっているエラは、時間があれば医療部に顔を出していた。
上司の立場の治療士デイヴ・カーターは友人リデルの父親なので、子供の頃からのお馴染みの人物だが、
『押さえるべきところは忘れずに、きちんと押さえておかないと』と、母からは常日頃から言われていて、本邸を訪れた時には帰りに医療部に立ち寄り、デイヴへの挨拶は欠かしてはならないと心掛けていた。
そのような訳で、この日も医療部を訪れたエラにデイヴが、娘から最近親しくしていると聞くクラーク・ライナーについて尋ねていたのを、その後すぐに姿を現したジェレマイアは扉の向こうで聞いていたのだろう。
でも、どうして若様がクラークの事を尋ねる?
どんな奴、と聞くのだから、直接の知り合いではないだろうし。
クラークが通っているのは専門高等学園の商業科で、共通の知り合いでも居るのだろうか。
それとも、クラークは領地で1番のライナー商会の跡取りなので、その関係からか、とエラは思い当たった。
「クラーク・ライナーとは専門高等学園の同級生ですが、わたしとは専攻が違ってて、性格的にどんな奴かは存じ上げていません。
彼はライナー商会の跡取りで、商業科に在籍しています」
「……」
そんな簡単すぎるくらいのエラの説明に、ジェレマイアは無言で顎を少し上げた。
黙って続きを促す、その振る舞いは見るからに傲慢で、若様の身分を考えたら仕方がないのだが、声をかけられて舞い上がってしまったのが、悔しい。
こちらは使用人の娘だから、そんな態度を取られても仕方ないけど、少々気分が悪い。
それでも若様が求めるのなら、それに応えるしかない。
「容姿は良いと思います。
女生徒達から人気もあって……それで……
……それで、さっきカーターさんにも聞かれたんですけど、娘さんのリデルは同じクラブに入ってて、結構仲が良いみたいです」
「……リデル・カーターは医療科で、商業科じゃないだろう。
仲が良いみたいって、何のクラブなんだ?」
あー、そうか、リデルなんだ!とエラは気がついた。
ウチの若様には、隣領のカートライト伯爵令嬢という立派な婚約者様がおられると言うのに。
デイヴとの会話を立ち聞きした若様が気にしているのは、リデルの事なんだ、とエラは気がついてしまった。
付き合いの長いリデル本人からは、ジェレマイアと繋がりがある、なんて聞いてはいないが。
先程、医療部を訪ねてきたジェレマイアと治療士のデイヴが親しげに会話していたのを、エラはふたりの側で見ている。
と言うことは……
デイヴを通じて、若様とリデルは知り合った?
自覚は無かったが、そんなエラの視線が気になるのか、食い気味に見えたジェレマイアが少し距離を取るように、身体を後ろに反らした。
「ボランティア部、です。
専攻関係無しで活動してて、放課後とか週末とか集まって、孤児院で活動してたんです。
そこから親しくなって、リデルを家まで送ったりしてるみたいです」
「……そうか」
ジェレマイアの返事は間が空き過ぎていて、その心情を思うと、聞いているこちらが辛くなるくらいだ。
普段親しくしているデイヴには聞けなくて、それでも今まで話したこともないエラを追いかけてくる程に、リデルの男友達が気になるのか。
しかし残念ながら、これ以上クラークについて語る言葉を、エラは持っていない。
彼がどうにかしてリデルの方から告白させようと躍起になっている噂は、若様の耳に入れない方が良い、という判断はついた。
話し終えて頭を下げたエラの瞳に、ジェレマイアの拳が固く握られているのが見えた。
「……そうか、急いでいるだろうに、呼び止めて済まなかった」
本人は無意識なのだろう。
そうか、と繰り返したジェレマイアは、帰るエラとは反対方向に歩き出した。
幼少期から領民にも優秀だと言われ続けた若様が、自分とは同い年なのに不器用な年下の少年のように思えて。
去っていく彼の後ろ姿に向けるエラの眼差しは、憧れから生暖かいものに変化していた。
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