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31 デイヴ
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イングラム騎士団の冬季軍事演習から戻ってきた日。
ジェレマイアがリデルに往診させた事を知り。
謹慎も反省もしていない、名ばかりの彼の反省部屋で一応釘は刺したので、デイヴは急いで帰ろうとした。
ところが、共に部屋を出たリーブスが、デイヴにこれから別邸を訪ねて欲しいと言ってきた。
本邸で解隊式が行われていた最中に、別邸から使いが来たと言う。
演習に見学参加していた領主のイングラム伯爵は、先程まで一緒に居たのに、何故今更呼びつけられるのか。
早く帰りたいが、デイヴは雇われの身で、伯爵は彼の雇い主である。
命じられれば従う他はなく、内心では『勘弁しろよ、疲れてるんだよ』と思いながら、別邸へと赴いた。
ジェレマイアに対して行われていた虐待を、告発した時の対応に納得出来ず、デイヴはそれからご領主を敬えなくなった。
だが、勿論それを表に出すことはない。
人前では『ご領主様』『旦那様』と言うが、心の中では『伯爵』と呼んでいる。
伯爵に背けば、イングラムを出るしかなくなるし、そうなればリデルが発熱した場合、あの老婆に診て貰えなくなる。
加えて、ジェレマイアが何事もなく無事に成長出来るよう見守りたいと思っていたから、おとなしく頭も下げる。
今ではリデルも、ジェレマイアも無事に育ち、ふたりともデイヴの庇護など必要としないが、それでもまだ、ふたりは彼にとっては可愛い子供であった。
彼を迎え入れた伯爵から命じられたのは、まだ名前は明かされないが、あるご令嬢の健康診断を行うことだった。
令嬢側から提出される診断書は信用出来ないので、こちらで診断書を作成するように、と言う。
看護士の女は必ずその日は出勤させろ、とも命じられる。
これは、はっきりと口にはしないが、令嬢の処女検査をエラに行わせる、と言う意味が含まれている。
つまり、生娘であるか、どうかが重要で。
それは令嬢がこの家に嫁ぐ予定の身の上だという事。
その相手は、次期領主ではなくなったが、廃嫡処分にしなかったジェレマイアしか居ない。
遠縁の者を養子にして、跡継ぎにすえるのは、想定していたが。
やはりジェレマイアの持つ伯爵家本流の血筋、特有の色、優秀な頭脳は手離したくなかったのだろう。
令嬢をイングラム女伯爵として立て、実際の領地経営はジェレマイアにさせる腹積もりなのだ。
それにどうこう言える立場ではない。
デイヴは頭を下げ、別邸を辞した。
自宅への帰路、荷馬車をゆっくり走らせながら、先程のジェレマイアを思う。
イングラムを出ての6年間、帰省した彼から
「本当にリデルを娶りたい、会わせて欲しい」と毎回訴えられ、その度にそれをのらりくらりと躱し続けてきた。
ジェレマイアが本気だと、幼い頃から彼を知るデイヴには、分かっている。
だが、娘は平民だ。
いくら、彼が真実の愛だと叫んだところで、正式な妻にはなれない。
現状で次期領主の地位から外されても、ジェレマイアが嫡子である事に変わりはなく、正妻は貴族階級の娘になる。
もしジェレマイアの愛人という立場を、リデルが受け入れたとして。
普段親しくしている治療士デイヴの娘であっても、その血が庶子として、コート家に入るとなれば。
調査能力に長けたリーブスは徹底的に、改めてデイヴとリデルの身元を調べるだろう。
それがあるから、デイヴはジェレマイアに、あの子を渡せない。
◇◇◇
走り去る馬車を見送って、リデルは初めてそこに立つ父親に気付いたのか、慌ててこちらに来た。
「ごめんなさい、遅くなってしまって。
迎えに来てくれたエラと、つい話し込んでしまったの……
これから、直ぐに夕食を作るから待ってて」
まだ何も言ってはいないのに。
遅くなった言い訳をする娘に、デイヴは仕方なく笑顔を向けた。
お前が話し込んでいたのは、エラじゃないだろ、とは決して口にはしない。
あの馬車も行きに乗っていった貸し馬車ではない。
馬車自体は小造だが、引いてる馬はここらで使役される種ではない。
イングラム騎士団で世話をされている毛並みの良い最上級の馬なのは、遠目でも分かった。
うまく俺を騙せると思ったか。
これだから、エラにしろ、ジェレマイアにしろ、ガキ共は詰めが甘い。
「そうか、飯はもう支度したから。
疲れただろうから、お前はゆっくりしてればいい」
そう言いながら、リデルの肩を抱き、共に家の中に入る。
「やったぁ、父さんの料理は久しぶりね。
助かったー」
リデルの声がいつもより高く明るいのは、きっと後ろめたいからだ。
普段のリデルは語尾を伸ばしたりしない。
綺麗に着付けられたドレスと結い上げられ白いビオラを挿した黒髪は、見送った時と違いはない。
まだ今なら、間に合うのだろうか。
ジェレマイアは、まだリデルに手を出してはいないようで、リデルが純潔を捧げていない今なら。
娘の姿に、情事の跡を探してしまう己が情けないが、それもまた仕方がない事だ。
ジェレマイア本人には、まだ伝わっては無いだろうが、彼には縁談がある。
それは受け入れるしかない縁談で、そうなるとリデルは直ぐにはジェレマイアと結ばれない。
少なくとも2年間、正妻に子供が生まれるまで、愛人を作ったり、庶子は設けてはならないと定められているからだ。
リデルがどうしてもジェレマイアの愛人になると決めているなら、これから3年近く耐えなければならない。
それを耐えたとしても、いざその時が来れば。
リデルには、その資格無し、と断じられるだろう。
「父さん、お待たせー
食べよう、食べよう」
ドレスを脱ぎ、髪をほどいた娘は、まだ化粧だけは落としていない。
地味な普段着に、その化粧は似合わない。
それは、地味な平民には、華やかな貴族の装いは似合わない、と証明されているようで。
デイヴの胸に、苦いものがこみ上げた。
ジェレマイアがリデルに往診させた事を知り。
謹慎も反省もしていない、名ばかりの彼の反省部屋で一応釘は刺したので、デイヴは急いで帰ろうとした。
ところが、共に部屋を出たリーブスが、デイヴにこれから別邸を訪ねて欲しいと言ってきた。
本邸で解隊式が行われていた最中に、別邸から使いが来たと言う。
演習に見学参加していた領主のイングラム伯爵は、先程まで一緒に居たのに、何故今更呼びつけられるのか。
早く帰りたいが、デイヴは雇われの身で、伯爵は彼の雇い主である。
命じられれば従う他はなく、内心では『勘弁しろよ、疲れてるんだよ』と思いながら、別邸へと赴いた。
ジェレマイアに対して行われていた虐待を、告発した時の対応に納得出来ず、デイヴはそれからご領主を敬えなくなった。
だが、勿論それを表に出すことはない。
人前では『ご領主様』『旦那様』と言うが、心の中では『伯爵』と呼んでいる。
伯爵に背けば、イングラムを出るしかなくなるし、そうなればリデルが発熱した場合、あの老婆に診て貰えなくなる。
加えて、ジェレマイアが何事もなく無事に成長出来るよう見守りたいと思っていたから、おとなしく頭も下げる。
今ではリデルも、ジェレマイアも無事に育ち、ふたりともデイヴの庇護など必要としないが、それでもまだ、ふたりは彼にとっては可愛い子供であった。
彼を迎え入れた伯爵から命じられたのは、まだ名前は明かされないが、あるご令嬢の健康診断を行うことだった。
令嬢側から提出される診断書は信用出来ないので、こちらで診断書を作成するように、と言う。
看護士の女は必ずその日は出勤させろ、とも命じられる。
これは、はっきりと口にはしないが、令嬢の処女検査をエラに行わせる、と言う意味が含まれている。
つまり、生娘であるか、どうかが重要で。
それは令嬢がこの家に嫁ぐ予定の身の上だという事。
その相手は、次期領主ではなくなったが、廃嫡処分にしなかったジェレマイアしか居ない。
遠縁の者を養子にして、跡継ぎにすえるのは、想定していたが。
やはりジェレマイアの持つ伯爵家本流の血筋、特有の色、優秀な頭脳は手離したくなかったのだろう。
令嬢をイングラム女伯爵として立て、実際の領地経営はジェレマイアにさせる腹積もりなのだ。
それにどうこう言える立場ではない。
デイヴは頭を下げ、別邸を辞した。
自宅への帰路、荷馬車をゆっくり走らせながら、先程のジェレマイアを思う。
イングラムを出ての6年間、帰省した彼から
「本当にリデルを娶りたい、会わせて欲しい」と毎回訴えられ、その度にそれをのらりくらりと躱し続けてきた。
ジェレマイアが本気だと、幼い頃から彼を知るデイヴには、分かっている。
だが、娘は平民だ。
いくら、彼が真実の愛だと叫んだところで、正式な妻にはなれない。
現状で次期領主の地位から外されても、ジェレマイアが嫡子である事に変わりはなく、正妻は貴族階級の娘になる。
もしジェレマイアの愛人という立場を、リデルが受け入れたとして。
普段親しくしている治療士デイヴの娘であっても、その血が庶子として、コート家に入るとなれば。
調査能力に長けたリーブスは徹底的に、改めてデイヴとリデルの身元を調べるだろう。
それがあるから、デイヴはジェレマイアに、あの子を渡せない。
◇◇◇
走り去る馬車を見送って、リデルは初めてそこに立つ父親に気付いたのか、慌ててこちらに来た。
「ごめんなさい、遅くなってしまって。
迎えに来てくれたエラと、つい話し込んでしまったの……
これから、直ぐに夕食を作るから待ってて」
まだ何も言ってはいないのに。
遅くなった言い訳をする娘に、デイヴは仕方なく笑顔を向けた。
お前が話し込んでいたのは、エラじゃないだろ、とは決して口にはしない。
あの馬車も行きに乗っていった貸し馬車ではない。
馬車自体は小造だが、引いてる馬はここらで使役される種ではない。
イングラム騎士団で世話をされている毛並みの良い最上級の馬なのは、遠目でも分かった。
うまく俺を騙せると思ったか。
これだから、エラにしろ、ジェレマイアにしろ、ガキ共は詰めが甘い。
「そうか、飯はもう支度したから。
疲れただろうから、お前はゆっくりしてればいい」
そう言いながら、リデルの肩を抱き、共に家の中に入る。
「やったぁ、父さんの料理は久しぶりね。
助かったー」
リデルの声がいつもより高く明るいのは、きっと後ろめたいからだ。
普段のリデルは語尾を伸ばしたりしない。
綺麗に着付けられたドレスと結い上げられ白いビオラを挿した黒髪は、見送った時と違いはない。
まだ今なら、間に合うのだろうか。
ジェレマイアは、まだリデルに手を出してはいないようで、リデルが純潔を捧げていない今なら。
娘の姿に、情事の跡を探してしまう己が情けないが、それもまた仕方がない事だ。
ジェレマイア本人には、まだ伝わっては無いだろうが、彼には縁談がある。
それは受け入れるしかない縁談で、そうなるとリデルは直ぐにはジェレマイアと結ばれない。
少なくとも2年間、正妻に子供が生まれるまで、愛人を作ったり、庶子は設けてはならないと定められているからだ。
リデルがどうしてもジェレマイアの愛人になると決めているなら、これから3年近く耐えなければならない。
それを耐えたとしても、いざその時が来れば。
リデルには、その資格無し、と断じられるだろう。
「父さん、お待たせー
食べよう、食べよう」
ドレスを脱ぎ、髪をほどいた娘は、まだ化粧だけは落としていない。
地味な普段着に、その化粧は似合わない。
それは、地味な平民には、華やかな貴族の装いは似合わない、と証明されているようで。
デイヴの胸に、苦いものがこみ上げた。
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