【完結】きみは、俺のただひとり ~神様からのギフト~

Mimi

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35 シーナ

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 シーナが、リデルが魔女だと言われている、と告げると。
 男は親指を立てて店舗入口を示し、先に出て行った。
 そのままシーナが付いてきているか、振り返って確認もせずに、往来の賑やかな大通りではなく脇道に入っていく。


 男性の早足で歩くので、シーナは小走りで付いていくのが精一杯だ。
 リデルのように手を繋げ、とまでは言わないが、こちらに対する気遣いが全く無い。

 このようにシーナは男が見せる行動に憤慨しているが、さっき彼女がマントを掴んだ後に、そこにゴミが付いてしまったかのように、男が忌々しげにぴんと指で弾いた事や。
 ここに来るまで、男が一言も発していない事にはまだ気が付いていない。
 

 南区大通りから1本入った、表通りに面する様々な商店の裏店が続く細い裏道を抜けても、男はまだ歩く。 
 今日は男に会うから、シーナは少し高めのヒールの靴を履いてきた。
 足が痛くて、いい加減にして、と言いたい。
 ここからはもう1歩も動かないと声を張り上げようとしたところで、男は立ち止まり、シーナに振り向いた。


「ここで、話を聞く。
 彼女について、誰が何を言ってる?」

 言いながら、男はフードを上げ、顔を見せた。
 冬の季節のこの時間は、辺りはもう暗くなり始めている。
 さっき明るい本屋の店内で覗いた時には、なんて綺麗な人だろうと思ったのに。
 ここでは、その顔の造作も表情もよく見えなくて、不安が募る。
 その上、そっけない物言いが冷たい印象を与えた。
 そこには若い美人のシーナから声を掛けられた喜びも愛想も無い。


 シーナは若い男性に、こんな風に話された事は無かった。
 これは彼女が思う展開ではなかった。
 ここでようやく、シーナは自分が間違った選択をしてしまったのでは、と思い始めた。
 最初の予定通り、男の方ではなくリデル本人に言うべきだったのでは……
 


「……リデルは、カーターさんの本当の娘じゃない、とか。
 後は、姪で養女にした、と言われてるけど、リデルは本当は、き、北大陸の人で……え、えぇ……」

 間違った、と1度思えば、言葉もスムーズに出ない。


「続けろ」

「か、彼女は……手を当てて、患者さんを……すごいとか言われてるけど……それは魔女の……不思議な力を使ってだから」

「……それを、誰が?」

「初めて入った店で……初めて会った女です……」


 シーナの答える声がどんどん小さくなっていく。
 想定していたのは、シーナの話を男が聞く、だった。
 なのに現実では反対に、自分が問い詰められているような感じになっていて、持って生まれた美貌で培われた自尊心も今はズタズタにされている。
 これまでの彼女からすると、どんな男だって簡単だった。


 どうしてわたしはこんな、見ず知らずの男に付いてきてしまったのか。
 こんな誰も通らない、裏の裏の……こんな所にまで付いてきて。
 男が人前で絶対にフードを上げないのは、顔を見られたくない犯罪者だからだ。
 きっとそうだ、お金を持ってて高価な服を着て、人が働いている時間に、毎日フラフラしてる奴がまともなわけが無かったのに……
 まさか……わたしは、ここで襲われて死ぬ?

 
 その想像に足元は震え、頭のなかはいつ逃げよう、いつ叫ぼう、と助かる算段でいっぱいになった。


「女の名前は?」

「し、知りません。
 でもっ! リデルが子供の頃に通っていた、魔女の所で働いていた女です!
 カーターさんなら知ってると思いますっ!」

 シーナは、全てあの女のせいにして、早く逃げようと思った。


「じゃ、じゃあ、わたしはこれで……」

 シーナがそう言いながら、後ろを向いて去ろうとした時。


「待てよ、ワトリー……いや、本当はザック、だったか」


 これから男によるシーナへの断罪が始まろうとしていた。



  ◇◇◇



 自分はシーナ、と名前しか言ってない。
 ワトリーなんて言ってない、それを。
 ザック、と言われて足が止まる。
 同時に心臓も止まりかけたシーナだ。

 13歳で領都に出てきてから、捨てた名前だ。
 今の生活圏では、彼女はシーナ・ワトリーとして知られている。
 専門高等学園は高額ではないが学費を払うからか、入学審査もおざなりで、願書に書いた名前で通うことが出来た。
 どうして、この男が自分の本当の名前を知っているのか、見当もつかないシーナだ。


「お前が自分の実家だと皆に思わせてるワトリー生花店は、伯母が嫁に行った家だろう。
 実家のザック家はグローヴにある小規模の花農家。
 田舎で細々と農業をするのが嫌で、初等学校を卒業してから直ぐに、伯母の家に生活費を入れて居候している。
 今の職場は、パークサイドホテルだったな」

「……」

「安い生活費で義理の伯父がお前を家に置いているのは、伯母の目を盗んで、お前と時々お楽しみをするからだ。
 初等学校を卒業してだと13か14くらいで、お前は花屋のワトリーに純潔を捧げて、領都に引き取って貰えた。
 それとも、田舎に居た頃の教師が初めてのお相手か」

「……もう、やめて!」

「なんだ?」

「分かりましたから!
 分かりました、誰にも言ってないし!
 誰にも言わないからっ!
 ……だから……もうやめてよ……」

「やめて? は? これを始めたのは俺か? お前からだろ?
 攻撃しようとするなら、反撃を食らうのも覚悟しとけよ。
 でも、まぁいい、取引をしよう」  

「……取引……わたし、お金は無くて……」


 実家の場所だけでなく、誰にも知られたくなかったワトリーの伯父との事も、この男には知られていた。
 何故、自分が調べられたのか、分からないが。
 取引と言われても、お金は払えない。

 堪えきれずに涙が溢れた。
 泣いて許して貰うのは得意なシーナだったが、流石にこの男にはそれが通じるとは思えなくて、本当に怖くて流した涙だった。

 
「お前の持ってるはした金なんかに、興味はない。
 簡単な取引だ。
 お前がこの事を、リデルにも誰にも言わないなら、俺は動かない。
 だがもしも、誰かがリデルについて、今お前が言っていたような噂をしていて、それが耳に入ったら俺は動く。
 最初に噂を聞いた時、先ずお前の実家のグローヴのザックを潰す。
 2度めに聞いた時は、お前が住んでるワトリーの花屋を潰す。
 3度めの最後は、逃げ場も居場所も無くなったお前自身を潰す」


 これでは取引ではなく、脅迫だ。
 分かっていても、シーナには受けるしかない。
 ここ領都で何かをすれば、この男には直ぐに知られてしまうのだから。
 これはきっと、この先ずっと続く取引だ。
 ……シーナがリデルと同じ場所に居る限り。


 蒼白になったシーナを置き去りにして、男が来た道を戻っていくのを見送る。
 あの本屋で、あの男はフードを深く被り、リデルを待つ。
 そして、何食わぬ顔をして、仕事を終えたリデルの手を優しく握るのだろう。


 もうここに居ては駄目だ。

 そう決めたシーナは、その足で職場に向かい、退職願いを提出した。


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