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10 お飾りとは、飾っていくら
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アストリッツァの社交界でのガートルードの顔見せは、3週間後の歓迎夜会だと教えられた。
3週間しかない中でも、王太子クラシオンのお飾り妃として初めての夜会で、どれ程のドレスが用意できるのかはデザイナーの才能と腕と気合いに掛かっている。
テレサの呪いのせいで午前中から鼻をぐずぐずさせていたクイーネが紹介したのは、アヴァロン・カッツェという若い男性デザイナーだ。
これまで女性デザイナーとしかドレスを作ったことがないガートルードが
『もしかしてクイーネは、護衛騎士は諦めて、今度はデザイナーと火遊びが出来るように斡旋してきたのかな』と思ってしまうくらいに、カッツェは整った容姿をしていた。
取り敢えず、今はカッツェの才能を信じるしかなく。
たった3週間で限界まで頑張って貰うために、目の前に人参をぶら下げることにした。
「カッツェ、もしわたくしを満足させられるドレスを仕上げられたら。
カリスレキアへの進出を後押しして、最優先で母や姉に紹介します。
あの国のドレスデザイナーって、男性が居ないの」
「妃殿下が、私の後ろ楯になって下さると?」
「今回の、ドレスの、出来次第で。
わたくしの、後ろ楯があれば、貴方の存在は、カリスレキアの社交界で、一大センセーションを、巻き起こせる、かも?」
わざと短く言葉を切って、そう伝えると。
念のため『かも?』と付け足したのに、男の目の色が変わった。
名ばかりの王太子妃に呼びつけられた、やっつけ仕事に本気になった。
ガートルードの好みと要望を聞き、カッツェは手早くラフスケッチを仕上げていく。
それを覗き見ると、こちらの意図することをきちんと理解していて、その上でより似合いそうな形に昇華させる手腕は、なるほどと唸りたくなる。
この腕とこの容姿なら、少しのチャンスを与えるだけで、カッツェは自力でカリスレキアでの地位をものに出来るように思われた。
それで彼のセンスを信じて、これ以上あれこれ注文をつけるより発破を掛けるだけにした。
「お飾りの妃は、飾っていくら、なのですって。
クラシオン殿下が、わたくしに仰られたの。
お金に糸目は付けないわ。
お飾りのわたくしを夫が満足するくらいに飾ってみせて」
『飾っていくら』……なんて素敵で便利な言葉だろうか。
クラシオンにこの言葉を教えたのはクイーネだろうが、よく教えてくれた、と褒めて使わしたい。
これからも精々、この素敵で便利な言葉をあちこちで広めせていただきましょう。
感謝するわ、ラシィ、クイーネ。
◇◇◇
その他にガートルードが気になる事があるとすれば、未だに国王陛下から拝謁の知らせが来ないことだ。
アストリッツァに到着して3日が過ぎ、とうとう我慢できずにこちらから、廊下で偶然に行き交ったクイーネに尋ねてしまった。
これでは、待ちきれなかったこちらが減点だ。
「……失礼ながら国王陛下におかれましては、王妃陛下の病、ご快癒の目処が未だに立たず。
遠きカリスレキアからはるばるお越しくださった妃殿下には、大変申し訳なく……」
このクイーネが振るう長広舌や『失礼ながら、おかれましては』にもすっかり慣れてしまい、今では遮るよりも好きに話させている。
小娘の癖に生意気だと思われて、警戒されないようにするためだ。
初日以降は、聞いている顔をして、心の内では数を数えている。
今日は 863 まで数えた。
1000 まで数えるのも、面倒になってきた。
次はもう少し間隔を空けて、ゆっくりカウントしてみようか。
「……それでは王妃陛下のご体調が?」
「そうなのです、レオニード王家の方々はこの国の誰よりもご先祖がえりが顕著な方々なので。
番が弱ると、自然と御本人も……なのです」
「国王陛下も臥せっておられるのでしょうか?
お見舞いとして、お顔を拝見……」
「いえ、今は……
番を失いそうになっているお姿をお見せするのは、失礼ながら妃殿下におかれましても、はなはだキツいものがあると存じますゆえ」
「承知致しました。
貴方には気を遣わせて本当に申し訳なかったわ。
これからも、こちらのご事情に疎いわたくしを、助けてくださいね」
ガートルードは微笑みながら、ゆっくりとその場を離れた。
自分の後ろ姿を見送る宰相の視線を感じながらだ。
内心の動揺を悟られないよう訓練は受けていて、簡単には見破られないだろうが、それでも注意は怠らない。
だってわたしは、この国以外では貰い手が無かった、お金だけは持っているお飾りの妃だから、深い事は考えない。
今は、夫とその最愛に対抗心を燃やしている妻であり、そのためにはお金を惜しまない、無駄な散財をする女だ。
己の番である王妃が、この世を去るかも知れない今。
国王が番を持つ息子の正妃の輿入れを進めたとは思えない。
王妃の病状が落ち着くまでは、そんな余裕は無いだろう。
だったら、誰が?
わたしをこの国に、輿入れさせた?
3週間しかない中でも、王太子クラシオンのお飾り妃として初めての夜会で、どれ程のドレスが用意できるのかはデザイナーの才能と腕と気合いに掛かっている。
テレサの呪いのせいで午前中から鼻をぐずぐずさせていたクイーネが紹介したのは、アヴァロン・カッツェという若い男性デザイナーだ。
これまで女性デザイナーとしかドレスを作ったことがないガートルードが
『もしかしてクイーネは、護衛騎士は諦めて、今度はデザイナーと火遊びが出来るように斡旋してきたのかな』と思ってしまうくらいに、カッツェは整った容姿をしていた。
取り敢えず、今はカッツェの才能を信じるしかなく。
たった3週間で限界まで頑張って貰うために、目の前に人参をぶら下げることにした。
「カッツェ、もしわたくしを満足させられるドレスを仕上げられたら。
カリスレキアへの進出を後押しして、最優先で母や姉に紹介します。
あの国のドレスデザイナーって、男性が居ないの」
「妃殿下が、私の後ろ楯になって下さると?」
「今回の、ドレスの、出来次第で。
わたくしの、後ろ楯があれば、貴方の存在は、カリスレキアの社交界で、一大センセーションを、巻き起こせる、かも?」
わざと短く言葉を切って、そう伝えると。
念のため『かも?』と付け足したのに、男の目の色が変わった。
名ばかりの王太子妃に呼びつけられた、やっつけ仕事に本気になった。
ガートルードの好みと要望を聞き、カッツェは手早くラフスケッチを仕上げていく。
それを覗き見ると、こちらの意図することをきちんと理解していて、その上でより似合いそうな形に昇華させる手腕は、なるほどと唸りたくなる。
この腕とこの容姿なら、少しのチャンスを与えるだけで、カッツェは自力でカリスレキアでの地位をものに出来るように思われた。
それで彼のセンスを信じて、これ以上あれこれ注文をつけるより発破を掛けるだけにした。
「お飾りの妃は、飾っていくら、なのですって。
クラシオン殿下が、わたくしに仰られたの。
お金に糸目は付けないわ。
お飾りのわたくしを夫が満足するくらいに飾ってみせて」
『飾っていくら』……なんて素敵で便利な言葉だろうか。
クラシオンにこの言葉を教えたのはクイーネだろうが、よく教えてくれた、と褒めて使わしたい。
これからも精々、この素敵で便利な言葉をあちこちで広めせていただきましょう。
感謝するわ、ラシィ、クイーネ。
◇◇◇
その他にガートルードが気になる事があるとすれば、未だに国王陛下から拝謁の知らせが来ないことだ。
アストリッツァに到着して3日が過ぎ、とうとう我慢できずにこちらから、廊下で偶然に行き交ったクイーネに尋ねてしまった。
これでは、待ちきれなかったこちらが減点だ。
「……失礼ながら国王陛下におかれましては、王妃陛下の病、ご快癒の目処が未だに立たず。
遠きカリスレキアからはるばるお越しくださった妃殿下には、大変申し訳なく……」
このクイーネが振るう長広舌や『失礼ながら、おかれましては』にもすっかり慣れてしまい、今では遮るよりも好きに話させている。
小娘の癖に生意気だと思われて、警戒されないようにするためだ。
初日以降は、聞いている顔をして、心の内では数を数えている。
今日は 863 まで数えた。
1000 まで数えるのも、面倒になってきた。
次はもう少し間隔を空けて、ゆっくりカウントしてみようか。
「……それでは王妃陛下のご体調が?」
「そうなのです、レオニード王家の方々はこの国の誰よりもご先祖がえりが顕著な方々なので。
番が弱ると、自然と御本人も……なのです」
「国王陛下も臥せっておられるのでしょうか?
お見舞いとして、お顔を拝見……」
「いえ、今は……
番を失いそうになっているお姿をお見せするのは、失礼ながら妃殿下におかれましても、はなはだキツいものがあると存じますゆえ」
「承知致しました。
貴方には気を遣わせて本当に申し訳なかったわ。
これからも、こちらのご事情に疎いわたくしを、助けてくださいね」
ガートルードは微笑みながら、ゆっくりとその場を離れた。
自分の後ろ姿を見送る宰相の視線を感じながらだ。
内心の動揺を悟られないよう訓練は受けていて、簡単には見破られないだろうが、それでも注意は怠らない。
だってわたしは、この国以外では貰い手が無かった、お金だけは持っているお飾りの妃だから、深い事は考えない。
今は、夫とその最愛に対抗心を燃やしている妻であり、そのためにはお金を惜しまない、無駄な散財をする女だ。
己の番である王妃が、この世を去るかも知れない今。
国王が番を持つ息子の正妃の輿入れを進めたとは思えない。
王妃の病状が落ち着くまでは、そんな余裕は無いだろう。
だったら、誰が?
わたしをこの国に、輿入れさせた?
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