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第1話
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アシュフォード王弟殿下はとてもお優しいひとです。
それはわかっています。
初めてお会いした王城で。
私はほんの9歳の子供でしたが、この方の優しさは本物だとわかったのです。
誰もがそうお認めになるアシュフォード殿下の紫の瞳が。
射抜くように、私を見つめています。
「これは……一体どういうつもりだ?」
あぁ、今この場で。
あの日から初めて貴方は、私を見てくださっている。
姉を喪ってしまったあの日から……初めて。
私自身を貴方は見てくださっている。
そう気付いて、私は気分が高揚しました。
自然と、喜びに我知らず微笑んでさえいたのでしょう。
それを見逃さなかったアシュフォード殿下の声音は、今まで聞いたことがないような低く冷たいものでした。
「アグネス! 何故嗤っている?
それは私を愚弄している、と受け取っていいのだな?」
いいえ、貴方を嗤っているのではありません、と私は口にはしませんでした。
嬉しくて、つい笑顔になってしまったのです。
「友達になってくれるね?
私の身分など気にしなくていい。
アグネスには、ただのフォードで接しているからね。
それは最初からだし、これから先もそうだよ」
ご自分の身分を知った私が、畏れ多いと萎縮したのに気付いて、貴方は手を差しのべてくださいました。
そして私は。
もうすぐ16歳になる、と仰せになった貴方の。
その言葉を信じ、9歳の私はその手を取ったのです。
……友達になんて、なれるはずもないのに。
いつも静かな声で、優しく私の名を呼んでくださいました。
それなのに、その穏やかな口調より、今の吐き捨てるように投げつけられた、その言葉の方を嬉しく思うなんて。
私は既に、おかしくなっているのでしょう。
おっしゃられたように愚弄されていると殿下が誤解されたのなら、それは何よりでございました。
貴方が姉に贈った想いのつまったドレス。
婚約披露の宴で装って欲しいと殿下が選び、19歳の誕生日に贈られた紫色のグラデーションが見事なドレスです。
このドレスを身に付ける日をどれ程クラリスは待ち望んだでしょう。
亡くなった日から何ひとつ持ち出されることの無かった姉のワードローブから。
私は姉が1度も袖を通す事が出来なかったこのドレスを選び、この身に纏いました。
今日は姉の誕生日なのです。
クラリスが亡くなってからも殿下は毎年この日は我が侯爵家にいらっしゃって、姉の部屋でしばらく時を過ごされ。
それから、姉とふたりでよく散歩した温室をひとりで散策し、心落ち着かれると王城へと帰られるのです。
それは毎年の決められた行事のように繰り返されている事でした。
ですが、さすがに今年は私に縁組を申し込まれていましたので、殿下は事前に私にお尋ねになったのです。
「君との婚約が正式に整えば、もうクラリスの事は忘れる。
ただし、今年も君がダメだと言うなら……」
「殿下、私にお気遣いなく。
姉の誕生日に殿下が姉を偲んでくださる事を私は嬉しく思っているのです」
「では、今年で最後にすると約束しよう」
「いいえ、来年も、再来年も。
殿下のお心が求めるままに」
そう答えた私の微笑みを、貴方は複雑な表情でご覧になっておられましたわね。
私には今更、亡くなった姉に対する嫉妬心など無かったのです。
王族を愚弄した、貴方がそう仰るなら、その罰を私にお与えくださいませ。
どうか、敬愛する殿下のお手で、私に罰を。
殿下が何よりも誰よりも愛した大切なひと。
姉のクラリスを殺した私を、貴方は許してはいけないのです。
それはわかっています。
初めてお会いした王城で。
私はほんの9歳の子供でしたが、この方の優しさは本物だとわかったのです。
誰もがそうお認めになるアシュフォード殿下の紫の瞳が。
射抜くように、私を見つめています。
「これは……一体どういうつもりだ?」
あぁ、今この場で。
あの日から初めて貴方は、私を見てくださっている。
姉を喪ってしまったあの日から……初めて。
私自身を貴方は見てくださっている。
そう気付いて、私は気分が高揚しました。
自然と、喜びに我知らず微笑んでさえいたのでしょう。
それを見逃さなかったアシュフォード殿下の声音は、今まで聞いたことがないような低く冷たいものでした。
「アグネス! 何故嗤っている?
それは私を愚弄している、と受け取っていいのだな?」
いいえ、貴方を嗤っているのではありません、と私は口にはしませんでした。
嬉しくて、つい笑顔になってしまったのです。
「友達になってくれるね?
私の身分など気にしなくていい。
アグネスには、ただのフォードで接しているからね。
それは最初からだし、これから先もそうだよ」
ご自分の身分を知った私が、畏れ多いと萎縮したのに気付いて、貴方は手を差しのべてくださいました。
そして私は。
もうすぐ16歳になる、と仰せになった貴方の。
その言葉を信じ、9歳の私はその手を取ったのです。
……友達になんて、なれるはずもないのに。
いつも静かな声で、優しく私の名を呼んでくださいました。
それなのに、その穏やかな口調より、今の吐き捨てるように投げつけられた、その言葉の方を嬉しく思うなんて。
私は既に、おかしくなっているのでしょう。
おっしゃられたように愚弄されていると殿下が誤解されたのなら、それは何よりでございました。
貴方が姉に贈った想いのつまったドレス。
婚約披露の宴で装って欲しいと殿下が選び、19歳の誕生日に贈られた紫色のグラデーションが見事なドレスです。
このドレスを身に付ける日をどれ程クラリスは待ち望んだでしょう。
亡くなった日から何ひとつ持ち出されることの無かった姉のワードローブから。
私は姉が1度も袖を通す事が出来なかったこのドレスを選び、この身に纏いました。
今日は姉の誕生日なのです。
クラリスが亡くなってからも殿下は毎年この日は我が侯爵家にいらっしゃって、姉の部屋でしばらく時を過ごされ。
それから、姉とふたりでよく散歩した温室をひとりで散策し、心落ち着かれると王城へと帰られるのです。
それは毎年の決められた行事のように繰り返されている事でした。
ですが、さすがに今年は私に縁組を申し込まれていましたので、殿下は事前に私にお尋ねになったのです。
「君との婚約が正式に整えば、もうクラリスの事は忘れる。
ただし、今年も君がダメだと言うなら……」
「殿下、私にお気遣いなく。
姉の誕生日に殿下が姉を偲んでくださる事を私は嬉しく思っているのです」
「では、今年で最後にすると約束しよう」
「いいえ、来年も、再来年も。
殿下のお心が求めるままに」
そう答えた私の微笑みを、貴方は複雑な表情でご覧になっておられましたわね。
私には今更、亡くなった姉に対する嫉妬心など無かったのです。
王族を愚弄した、貴方がそう仰るなら、その罰を私にお与えくださいませ。
どうか、敬愛する殿下のお手で、私に罰を。
殿下が何よりも誰よりも愛した大切なひと。
姉のクラリスを殺した私を、貴方は許してはいけないのです。
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