「好き」の距離

饕餮

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ルナマリアの章

四話目

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「あの噂を聞いてしまったんだな……」

 泣いて『皇都から出たい』と告げたわたくしの言葉に、レオン兄様は優しく背中をさすってくださりながら、溜息をつきました。あ
 わたくしが聞いたのは本日ですが、それでも馬車の中でずっと悩みながらも知らん顔をしていたのです。レオン兄様は数週間前に聞いたと仰いました。

「最近は俺のほうが忙しくて、ジュリアスにも全然会ってないんだ。だから噂の真偽は俺にもわからん。だが、今は皇都から出ないほうがいい。と言うか、あと数日出られん」
「どうしてですか? ……あっ……!」

 レオン兄様の意外な言葉に顔を上げて見ました。そしてしばらく考えてからジュリアス様が襲われたことを思い出しました。

「賊がもうじき捕縛できそうなんだ。それまでは誰も……商人でさえも出られん」
「……」

 その言葉に俯いて、自分の両手を握ります。ですが、わたくしは決めたのです。

「賊が捕縛されましたら……皇都から出てもいいですか?」
「それはダメだ! ジュリアスに噂の真偽を問い質して……」
「そんなの必要ないっ!」

 レオン兄様の言葉を遮るように、言葉を張り上げます。

「必要、ありません……っ」
「ルナ……」

 珍しいわたくしの行動に、レオン兄様が戸惑ったお顔をなさいます。

「ただでさえ嫌われておりますのに……これ以上は耐えられないのですっ!」
「ルナ、それは違う! ジュリアスは……」
「ありがとうございます、レオン兄様。でも、もういいのです。つらいのはもう嫌なのです。ですからここから離れたいのです。レオン兄様、お願いです」

 握ったままの手に、レオン兄様の両手が乗せられて、包み込んでくださいました。

「……わかった。但し、賊を捕縛するまでは」
「はい、仰る通り、皇都におります。持って行く荷物も用意しなければなりませんし、薬もたくさん用意しないといけませんし……」

 そんなことを言うわたくしに、レオン兄様は諦めたように溜息をつきました。そしてとりあえず今日はこのまま帰ろうと促され、レオン兄様と一緒に家路についたのです。
 家に戻り、両親にもお話をしました。ですが両親からは、夏が終わるまでは駄目だと言われてしまいました。確かにわたくしは夏に弱く、すぐに具合が悪くなってしまうのです。
 ですからそこは素直に頷き、夏の間中は屋敷に篭っていたり、領地に戻り、避暑に連れて行っていただきました。もちろん、刺繍もいたしました。
 ちなみに、賊はレオン兄様に相談した二日後に捕縛されましたが、お忙しいらしく、レオン兄様とはほとんどお会いするとこはありませんでした。

 そして秋が近くなり、身支度を始めました。
 薬はもちろんのこと、薬草関連の本や編物関連の物――もちろん毛糸やその道具も――、身の回りの世話を焼く人も厳選されました。
 夏の間に編物や刺繍をしながらそれぞれに指示を与え、逆に指示をいただきながら、その日を待ちました。

 そして出発する数日前に、親友になってくださったスーザン様には病気療養で皇都から離れること、恋を応援することを手紙にしたため、家族には南の私有地行きを告げました。そしてレオン兄様にのみ本当の行き先を告げて、わたくしは皇都から離れたのです。

 ジュリアス様にも手紙を……とも思いましたが、嫌いな相手からの手紙などもらっても嬉しくないでしょうし、婚姻間近なら女性からの手紙すらも迷惑でしょうと思い、結局は何も告げず、手紙すら出しませんでした。

 ――ただ、さようならと、心の中で呟いただけでした。


 ***


「アーサー、疲れたでしょう? 休憩を入れましょう。ミリー、三人分のお茶の用意をしていただけますか?」
「「はい」」

 南に向かう街道沿いの馬車の中。途中で北に向かう道があるのを知っているのは、ほとんどおりません。わたくしは旅行記を読んで知っておりましたので、そちらに向かっております。
 その分岐する少し手前で、今回同行を申し出てくださったミリーとアーサーに声をかけ、休憩を入れることにします。二人はご夫婦で、ホルクロフト家の第二執事と侍女をしていたのですが、ご子息がホルクロフト家の第一執事になったのに伴い、引退を考えていた矢先にわたくしが皇都を出ることを聞き付け、一緒に行くことを申し出てくださったのです。

 最初、わたくしは一人で行くつもりでした。けれど、レオン兄様や両親、同行する二人に反対され、本当の行き先――マーシネリアの北のほうに行くと二人に話したあとも、『北のほう出身ですし、そちらに帰るつもりでしたから、ご一緒いたします』と仰ってくださったのです。
 わたくしはそれがとても嬉しかったのです。

「実は、二人に内緒で、レオン兄様に家を買っていただいたのです」
「はい?」

 わたくしの言葉に二人は顔を見合わせ、不思議そうな顔をしました。

「ホルクロフト家の別荘で療養するつもりだったのですけれど、三人で住むには広すぎますし、手入れも大変でしょう?」
「確かにそうですね……」
「ですから、手入れがしやすくて、もしもわたくしがいなくなったあとでもお二人が管理しやすいよう、家を買っていただいたのです」
「ルナマリア様! そんな『いなくなったあと』などと不吉なことを、仰らないでくださいませ!」

 わたくしはそのつもりで言ったわけではなかったのですが、二人に誤解させてしまいました。

「ごめんなさい。誤解しないでくださいね? 今は無理だけれど、いずれは領地か他の別荘に行くつもりでしたし、もともとその家は、今までホルクロフト家に仕えてくださったお二人に対するお礼と餞別なのです。今までありがとう。そして、しばらくは一緒にいてくださいね」
「ルナマリア様……」
「買ったのはレオン兄様ですけれど、言い出したのはお父様とお母様ですから。お礼は二人に仰ってね」

 わたくしの言葉に手を取り合って喜んでいるお二人に微笑んで、淹れてくださったお茶を飲みます。相変わらずミリーが淹れてくださったお茶は美味しいです。

「もう少し休憩したら、出かけましょう。向こうについたら、いろいろ教えてくださいね」
「「はいっ!」」

 幸せそうな二人を見て、少しだけ羨ましくなります。

 いつか、ジュリアス様を忘れられるでしょうか。そもそも、病弱なわたくしに、幸せなど訪れるのでしょうか。

 ――そんなことを考えましたが、結局、わたくしの中で答えは出なかったのです。

 そして馬車に揺られること、三日。途中の街で泊まりはしたものの、盗賊や野党に襲われることなく、無事に目的地に着きました。
 その家は、多少大きいとはいえ、普通の民家でした。いわゆる庶民が暮らすためのものです。
 かなり雪が降るところらしく、赤い屋根の角度は雪降ろしをしなくていいように急勾配になっております。そして壁際には薪をストックしておくための場所や納屋、厩舎まであります。それらの屋根も、急勾配になっておりました。
 陽当たりのいいベランダには、テーブルと椅子がありました。ここでお茶を飲んだり読書ができそうなのが嬉しいです。

 庭には色とりどりの秋の花が咲いており、果物もありました。そして裏手には森が広がっており、薬草や薪、山菜やキノコが採れるそうです。薬草関係の本を持って来てよかったと思った瞬間でもあります。

 家に入りますと、二階に部屋が四つと各部屋に暖炉と出窓があり、屋根裏部屋が一つありました。一階は調理場やお風呂などの水回りと、暖炉つきのダイニングがあります。

「ふふ、さすがレオン兄様だわ。素敵なおうちですわね」
「本当に、なんて素敵な家なの!? アーサー、私たち、なんて果報者なのでしょう……!」
「ああ、そうだな、ミリー……! ずっとお仕えして来てよかった……!」

 一通り一緒に見て回りました。そしてその全てを見て、抱き合って喜ぶ二人からそっと離れ、荷物を取りに戻ります。

 喜んでもらえて、本当によかったです。

 荷物を少しずつ下ろしながら、先ほどの二人の笑顔を思い出します。
 一瞬、ジュリアス様のお顔を思い浮かべましたが、「忘れなくては……」と呟いて、頭を振ったのでした。

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