「好き」の距離

饕餮

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ルナマリアの章

五話目

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 暖炉の火がはぜる音がします。
 暖炉のほうに目をやると、炎が小さくなりつつありました。徐に立ち上がったわたくしは、外に薪を取りに出ました。
 吐く息は白く、とても寒いです。

「さすがに外のほうが寒いですわね」

 ひとりごちてから薪を何本か取り、家にとって返します。

 ――皇都から出て、半年が過ぎておりました。

 あと一月ひとつきもすれば、春が参ります。
 この土地に着いたばかりのころは心身共に疲れ果ててしまい、しばらく熱を出してしまっておりましたが、今ではほとんど出なくなっております。とは言っても、結局は病弱なために、熱が出たりするのですが。
 そこは裏にある豊かな森から採って来た薬草を使い、解熱の薬を作ったりしており、我が家独自の薬草関連の本であったからなのか、わたくしの体にとてもよく合うお薬になりました。今後は買うのではなく、薬草を購入するか栽培して自作しようと思っております。
 そのおかげもあってか、熱を出す回数が格段に減りました。

 冬になってすぐ、レオン兄様の婚姻式に出席するために一度皇都へ戻りましたが、数日間家に滞在しただけで、すぐにこちらに戻って参りました。
 内心ジュリアス様に鉢合わせるのではないかとビクビクしておりましたが、身内だけの会に出席しただけですので、ジュリアス様に会うこともありませんでした。

 こちらに来てすぐのころ、キノコや果物類を少しだけ森からいただき、キノコ類は天日干しにして乾燥させて保存食にし、果物はジャムや砂糖漬け、お菓子にしたりしました。そのついでに薬草も数種類見つけましたので、前述の通りわたくしのお薬になっております。
 北のほうにあるせいか、秋の終わりには皇都より早く雪がちらつき始めました。
 そのことに驚きはしたものの、冬になる前に家族や使用人たちの『マフラー』をアーサーに持って行っていただき、とても喜ばれたと仰っていました。もちろん、アーサーとミリーにも贈りました。

 お二人は今、皇都に出かけております。ご子息夫婦が懐妊したそうで、様子を見に行っているのです。ですから今は、わたくし一人でした。

「これでよし、と。でも、明日までは保たないですわね……」

 雪の降り方からして保たないだろうと判断し、もう一度薪を多めに取りに行きました。それを二回ほど繰り返して暖炉の傍に置いておくと、戸締まりをしっかりとして、分厚いカーテンを閉めます。

 食欲はあまりなかったのですが、暖炉で温めていた鍋からシチューを取り出し、昼間に焼いたパンと一緒に食べました。その後、お薬を飲みます。

 寝るまでは暖炉の傍で編物をして寝るのですが、今日はもう眠ることにしました。明日はお天気がよかったら、ベランダで編物をしましょうと考えながら。
 そしてうつらうつらと考えながら、いつの間にか眠りに落ちておりました。
 翌朝。厚い雲に覆われた空に、久しぶりに青空が広がります。

「まあっ。久しぶりの青空ですわ! 今日は予定通り外で日向ぼっこでもしようかしら」

 その青空にウキウキしながらお茶の用意をし、ついでとばかりに山で採った栗とクルミでパウンドケーキを焼き、お茶受けと昼食代わりにすることにします。
 全てをトレイにのせ、ベランダにあるテーブルに乗せて、お茶を飲みながら日向ぼっこをし、編物を始めます。もちろん、暖かい格好をしております。

 ここに来てからは、とても穏やかな日々を過ごさせていただいております。

 時々、思い出したように胸がズキリと痛み、哀しくなることはありましたが、わたくしはここに来た当初より落ち着きを取り戻していたのです。

 そしてわたくしは何かに夢中になると、周囲の音が耳に入らなくなる悪い癖がございます。遠くで馬のいななきが聞こえましたが、時々馬車が通るので、気にもしなかったのです。

「ふぅ……。ふふ、できた!」

 できたばかりの膝掛けを広げ、出来上がりを満足げに見てふわりと笑います。それはわたくしが使うもので、それをぎゅっと抱き締めた時でした。

 後ろから温かいものが覆い被さり、銀灰色のものが溢れ落ちてきたのです。

 賊かと思い、立てかけていたサーベルを引き寄せ、反撃しようと身構えた瞬間――

「ルナマリア嬢、探した……!」
「……え?」

 ここにいるはずのない……幸せな婚姻をしたはずの人の声が、耳元に聞こえたのです。そのことに戸惑います。

「どうして私を避ける?! どうして私の前からいなくなった……!」
「ジュ……リ、アス、さま……? どうしてここが……」
「どうして……っ!」

 首筋に顔を埋めるようにして、さらにきつく抱き締められました。その手が微かに震えていたのは驚きます。

「あの……わたくしを嫌っていたのは……避けていたのは、ジュリアス様のほうではありませんか。わたくしには笑顔すら向けてはくださらなかったのに……っ」
「違うっ!」
「目線すらも、合わせてはくださらない。それがつらかったのです。ですから……わたくしは……っ」

 わたくしの言葉に、はぁと息を吐く音がしたと同時に腕が離されました。そのことを寂しく感じます。

「雲行きが怪しくなってきた。できれば落ち着いた場所で話がしたい」

 ジュリアス様にそう言われて空を見上げると、せっかくの青空が隠れようとしていました。久しぶりの青空でしたのに、残念です。

「もうじき雪が降りますわ。こちらには馬車でいらしたのですか?」
「いや、馬だ」
「単騎でかけていらしたのですか? でしたら馬も相当疲れておりますわね。幸い、こちらには裏に厩舎がありますから、そちらへ。ご案内いたします」
「ありがとう。それから、すまない」

 そう仰って馬を取りに行くジュリアス様。
 ジュリアス様が戻ってくる前にベランダのテーブルの上を片づけ、暖炉の前に持って行きます。
 それから暖炉を掻き回して炭に空気を送り、少しだけ火を興します。そこに細い薪をくべて炎をたたせ、薪を何本かくべてから外に出てジュリアス様を待ちました。そこに馬を引いてジュリアス様がいらっしゃいます。

「こちらです」

 案内をして空いている馬房に真新しい藁を敷き詰めたあと、馬を中に入れ、水と飼い葉をあたえると馬は嬉しそうに水と飼い葉をみ始めました。
 馬の背中から鞍を外して丁寧にブラシをかけ、「ゆっくり休んでね」と声をかけ、ジュリアス様を促して厩舎を出ました。

「ここで少しお待ちいただけますか?」
「どうした?」
「先ほども言いましたが、雪が降りそうなのです。今、家の中にある薪だけでは足りそうにありませんので、取って参ります」

 わたくしの言葉にジュリアス様が空を見上げ、眉間に皺を寄せました。そしてわたくしを見ると、促します。

「一緒に行こう」
「ですが……」
「二人で運んだほうが、たくさん運べる」
「そう、ですわね……わかりました」

 ジュリアス様の言葉に頷き、二人で薪の束を取りに行きます。そして案内がてら家まで運びました。

「こちらに置いてくださいませ」
「ああ」

 暖炉の横にあるスペースに薪を置いていただくと、暖炉の前に敷いてあるラグにクッションを置いてある場所を差します。

「こちらにお座りください。椅子に座るよりは温かいのです。すぐにお茶をご用意いたしますね」

 暖炉にかけていた鍋からお湯を掬ってポットへ入れると、香ばしい香りの紅茶とスパイスを入れて、紅茶を淹れます。そしてミルクを注いでミルクティーにいたします。
 それをカップに注ぎ、お茶受けと一緒にジュリアス様にお渡しいたしました。

「どうぞ」
「ミルクティーのようだが……初めて嗅ぐ香りだ」
「侍女のミリーに教わったのですが、この地方独特の飲み方で、体を温める作用のある紅茶だそうです。スパイスが入っておりますので、独特な香りがいたしますの。ジュリアス様のお口に合えばいいのですが……」

 この紅茶の飲み方はわたくしに合っているのか、少し冷え気味なわたくしの体を温めてくれるのです。それに、この飲み方をするようになってから、とても体の調子がいいのです。
 わたくしの説明を聞いたジュリアス様でしたが、恐る恐る紅茶を口になさいます。そして目を瞠ると、ほぅっと息を吐きました。

「……美味しい」
「それはよかったですわ」

 ジュリアス様の評価に、胸を撫で下ろします。そして二人で紅茶を啜りながら、しばらく黙り込みました。
 意を結してどうしてここにいらしたのかジュリアス様に問いかけようとしましたら、ジュリアス様から声をかけられました。

「どうして、皇都から離れた?」
「……療養するためですわ」

 ――本当は嘘でした。ジュリアス様の幸せそうな顔を見たくなかっただけなのです。

「どうしてだ! 皇都から離れる必要はなかったはずだ! それに、どうして私には何も言ってはくれなかった?!」
「……貴方様は婚姻間近ですのに? それに嫌われている方からそんなことを言われて困るのは、ジュリアス様のほうでございましょう?」

 わたくしの言葉に、ジュリアス様が呆けた顔をなさいました。どうしてそのようなお顔をなさるのかわからなくて、首を傾げます。

「……誰が、婚姻間近だって?」
「ジュリアス様が、ラインバッハ家のステラ様と……。ああ、あれから半年も立つんですもの……もう婚姻なされたのですよね?」
「犯罪者と結託するような者を、身内に引き入れるつもりはないが」
「……はい?」

 ジュリアス様の言葉がよくわからなくて首を傾げますと、はぁとジュリアス様の溜息が聞こえました。どうしてそのようなお顔をなさるのか、わたくしにはさっぱりわかりません。

「……私が賊に襲われたのは知っているな?」
「はい」
「ラインバッハ侯爵家は、その賊そのものだった。次期宰相を狙って私を襲い、巧く宰相になった暁には陛下を亡き者にし、自分たちがその後釜に座るつもりでいたようだが……レオンかエルからは聞いていないのか?」
「聞いておりませんわ」

 そのお話に、衝撃を受けました。というか、どうしてそのような方と婚姻するという噂がたったのか、是非とも知りたいです。ですがわたくしは、そのようなことでジュリアス様を襲ったと知り、内心は怒り心頭です。

「それにしても……呆れましたわ。だから常に一緒にいる、『部下の』エル兄さまが非番の日にジュリアス様を襲ったのですね?」
「そうらしい。ただ、エルが『あの』ホルクロフト家の者で、私がエルから剣術指導を受けているということは知らなかったらしい。まあ、私も公言はしてはいないが」
「はあ……。とんだ侯爵家ですこと」

 二人して顔を見合わせます。そしてステラ様は、隙を見てジュリアス様を亡き者にしようと日々お屋敷に通っていたそうです。ですが、レオン兄様が手配した方やエル兄様、ジュリアス様のお屋敷の方が常にお傍にいたために、一度も襲われることはなかったのだそうです。
 それをお聞きして、わたくしは安堵いたしました。

 あまり知られていないことですが、ホルクロフト家にはがあるのです。その時代にことがそうなのです。

 逆に言えば、その時代に合わないと判断されれば、どんなに好人物だろうと、賊に襲われようと助けはしないのです。

 その『時代に合った』、その『時代を担う者』を守護する――それが、始祖と『原初の皇帝』との約束です。
 血筋から言えば、大公爵でもおかしくはないホルクロフト家。けれど、その約束を忠実に守り、裏の仕事を周りに悟られないために、敢えて伯爵の地位に甘んじているのだと、のちに両親とレオン兄様にお聞きしました。
 それはともかく。

「それに……私はルナマリア嬢を嫌ってなど、いない。むしろ……」

 火のはぜる音に混じって紅茶のカップを置く音と、ぼそりと呟くジュリアス様の声が重なります。

「え?」

 そのお言葉がよく聞き取れなくて紅茶のカップを持ったまま首を傾げ、目をジュリアス様に向けた途端、ジュリアス様がわたくしの持っていたカップを取り上げました。どうしてそのようなことをなさるのかわからず、そしてジュリアス様が瞳いっぱいに広がったと思った瞬間――

 ――唇に、柔らかくて温かい、少しだけかさついたジュリアス様の唇が、そっとわたくしに触れたのです。

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