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異世界転移編
プロローグ
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「グラナート殿下! どちらにおられますか!」
「こっちだ、アル!」
休憩がてら城の中庭で書類を読んでいた男が、自分が呼ばれたことに気づいて返事をする。それに気づいたアルと呼ばれた男が声を頼りに移動し、グラナートの姿を見て安堵の溜息をついた。
「ああ、ここにおられましたか」
「アル……二人しかいないんだ。その畏まった話し方はやめてくれ」
「そうは仰いますが、煩い者はどこにでもいるのです。我が家か殿下の執務室内ならばまだしも、城内ではよろしくないかと」
「硬いことを言うなよ、お前は俺の友人だ。それを煩く言う者は単に嫉妬しているだけだろう。俺は滅多に友人など作りはしないから、余計だな」
「そういうことではないのですがね……。まあ、今はできかねます、とだけ申し上げておきましょう」
呆れた様子のアルが、視線を動かして庭園の一角を見つめる。その遥か先には、王の婚約者である隣国の王女がいた。その側には、困ったような憤ったような顔をした見目麗しい近衛騎士と、それを咎めているらしい王女の侍女やこの国の女官長がいる。
「ふん、女狐が……忌々しい。兄上はなぜあのような者を婚約者になどしたのか……。ところでな……アルは女狐を見ているようだが、あの王女が好みなのか?」
「はぁっ?! まさか、冗談じゃありませんよ! 私の妹のほうがよっぽど可愛いです! それに、あのような恥知らずな女性はお断りです!」
「王女のことには同意するが、また居もしない『妹』の話か。いつになったら会えるのやら」
隣国の王女たちからグラナートに視線を戻したアルは、彼の言葉を思いっきり否定した。
彼女は小さいころから隣国で王妃教育をされ、十分だと判断されてこの国の王の婚約者となった。だというのに、王の側近や若い重鎮、見目麗しい者を誘惑するような行動を起こしていることがたびたび問題になっていた。隣国に抗議したと聞いていたので、グラナートはアルが王女を否定したことに内心安堵する。ただ、なぜあのような女狐を婚約者にしたのか、兄王の行動をグラナートは理解できなかった。
アルことアルジェントと出会って二百年。妹自慢は何度も聞いたものの、彼の家にしろ、夜会や茶会にしろ、一度としてその『妹』を見たことがないと遠回しに聞けば、哀しげに目を伏せる。それを不思議に思うものの、グラナートはそれを聞いたことはなく、アルジェントも話したことはなかった。
アルジェントはそれを振り払うかのように一つ溜息をつくと、用件を思い出したのかグラナートに視線を戻す。
「ああ、そうでした。それよりも、魔術師団の師団長殿から『魔力の揺らぎがある』と連絡が来ました。それで殿下を探していたのです」
「ふむ……また魔獣が発生したのか?」
「それが……『わからない』と」
「わからない? なぜだ?」
「師団長殿が仰るには、『確かに魔力の揺らぎではあるのだが、魔獣発生のものと似通っているようで違う』と」
アルジェントの伝言を聞いたグラナートは、しばし腕を組んで考える。
「……アルはどう思う」
「どの程度の揺らぎかにもよります」
「魔獣発生ならば、大暴走を未然に防がねばならん。そうでないのならば放置してもいいとは思うが……如何せん情報が不足している」
「そうですね……」
さてどうするか、と悩んだ時だった。そこにアルジェントとよく似た壮年の男が唐突に現れる。さもありなん、その男はアルジェントの父だった。あまり感情を出すことのない男が、今は興奮したように明るい顔で頬を染めている。
「アル! やっとこの時が……っと、グラナート殿下もご一緒でしたか。申し訳ありません」
「……相変わらず唐突に現れるんだな、アイゼンは。して、どうした? 急いでいるようだが」
「ああ、そうでした。師団長殿から追加の伝言が。揺らぎは私たちの時と非常に似通っている、と」
「なに?」
「マジか、親父!」
「アル、殿下の御前だぞ」
アイゼンの言葉に、アルジェントが叫ぶ。これまた滅多に見ることのない姿に、グラナートは首を傾げる。
「アルは俺の友人だ、構わんさ。わからないのは、なぜ二人が興奮しているか、なんだが……」
「それについては、たとえ殿下といえども、我が家の問題ですのでお答えできかねます。それともう一つ、揺らぎの場所が問題でして……」
「どこだ?」
「墓場です」
アイゼンから揺らぎの場所が墓場と聞き、グラナートは顔を顰める。その名の通り、その場所は数多の同族が眠るとされており、王族が管理している場所でもあった。
眠るだけならばまだよかった。だが王国史を紐解くとそこは戦場であったせいか、時々魔力の揺らぎが発生して魔獣大暴走の原因となることもしばしばだったのだ。
「……魔獣の可能性も捨て切れない、と?」
「師団長殿はそう判断なさっておられました」
「ふむ……。二人ともついて来るならば、討伐隊の数はそういらないだろう。……もちろん、ついて来るだろう?」
「連れて行ってくださるのであれば」
「いいだろう。ギル! 第二部隊の一個小隊を出せ! 準備ができ次第出るぞ!」
「はっ!」
グラナートの近くに控えていた騎士が彼の言葉に反応したあと、その場を立ち去る。書類を片手に持ち上げたグラナートはアルジェントとアイゼンを伴い、中庭をあとにするのだった。
「こっちだ、アル!」
休憩がてら城の中庭で書類を読んでいた男が、自分が呼ばれたことに気づいて返事をする。それに気づいたアルと呼ばれた男が声を頼りに移動し、グラナートの姿を見て安堵の溜息をついた。
「ああ、ここにおられましたか」
「アル……二人しかいないんだ。その畏まった話し方はやめてくれ」
「そうは仰いますが、煩い者はどこにでもいるのです。我が家か殿下の執務室内ならばまだしも、城内ではよろしくないかと」
「硬いことを言うなよ、お前は俺の友人だ。それを煩く言う者は単に嫉妬しているだけだろう。俺は滅多に友人など作りはしないから、余計だな」
「そういうことではないのですがね……。まあ、今はできかねます、とだけ申し上げておきましょう」
呆れた様子のアルが、視線を動かして庭園の一角を見つめる。その遥か先には、王の婚約者である隣国の王女がいた。その側には、困ったような憤ったような顔をした見目麗しい近衛騎士と、それを咎めているらしい王女の侍女やこの国の女官長がいる。
「ふん、女狐が……忌々しい。兄上はなぜあのような者を婚約者になどしたのか……。ところでな……アルは女狐を見ているようだが、あの王女が好みなのか?」
「はぁっ?! まさか、冗談じゃありませんよ! 私の妹のほうがよっぽど可愛いです! それに、あのような恥知らずな女性はお断りです!」
「王女のことには同意するが、また居もしない『妹』の話か。いつになったら会えるのやら」
隣国の王女たちからグラナートに視線を戻したアルは、彼の言葉を思いっきり否定した。
彼女は小さいころから隣国で王妃教育をされ、十分だと判断されてこの国の王の婚約者となった。だというのに、王の側近や若い重鎮、見目麗しい者を誘惑するような行動を起こしていることがたびたび問題になっていた。隣国に抗議したと聞いていたので、グラナートはアルが王女を否定したことに内心安堵する。ただ、なぜあのような女狐を婚約者にしたのか、兄王の行動をグラナートは理解できなかった。
アルことアルジェントと出会って二百年。妹自慢は何度も聞いたものの、彼の家にしろ、夜会や茶会にしろ、一度としてその『妹』を見たことがないと遠回しに聞けば、哀しげに目を伏せる。それを不思議に思うものの、グラナートはそれを聞いたことはなく、アルジェントも話したことはなかった。
アルジェントはそれを振り払うかのように一つ溜息をつくと、用件を思い出したのかグラナートに視線を戻す。
「ああ、そうでした。それよりも、魔術師団の師団長殿から『魔力の揺らぎがある』と連絡が来ました。それで殿下を探していたのです」
「ふむ……また魔獣が発生したのか?」
「それが……『わからない』と」
「わからない? なぜだ?」
「師団長殿が仰るには、『確かに魔力の揺らぎではあるのだが、魔獣発生のものと似通っているようで違う』と」
アルジェントの伝言を聞いたグラナートは、しばし腕を組んで考える。
「……アルはどう思う」
「どの程度の揺らぎかにもよります」
「魔獣発生ならば、大暴走を未然に防がねばならん。そうでないのならば放置してもいいとは思うが……如何せん情報が不足している」
「そうですね……」
さてどうするか、と悩んだ時だった。そこにアルジェントとよく似た壮年の男が唐突に現れる。さもありなん、その男はアルジェントの父だった。あまり感情を出すことのない男が、今は興奮したように明るい顔で頬を染めている。
「アル! やっとこの時が……っと、グラナート殿下もご一緒でしたか。申し訳ありません」
「……相変わらず唐突に現れるんだな、アイゼンは。して、どうした? 急いでいるようだが」
「ああ、そうでした。師団長殿から追加の伝言が。揺らぎは私たちの時と非常に似通っている、と」
「なに?」
「マジか、親父!」
「アル、殿下の御前だぞ」
アイゼンの言葉に、アルジェントが叫ぶ。これまた滅多に見ることのない姿に、グラナートは首を傾げる。
「アルは俺の友人だ、構わんさ。わからないのは、なぜ二人が興奮しているか、なんだが……」
「それについては、たとえ殿下といえども、我が家の問題ですのでお答えできかねます。それともう一つ、揺らぎの場所が問題でして……」
「どこだ?」
「墓場です」
アイゼンから揺らぎの場所が墓場と聞き、グラナートは顔を顰める。その名の通り、その場所は数多の同族が眠るとされており、王族が管理している場所でもあった。
眠るだけならばまだよかった。だが王国史を紐解くとそこは戦場であったせいか、時々魔力の揺らぎが発生して魔獣大暴走の原因となることもしばしばだったのだ。
「……魔獣の可能性も捨て切れない、と?」
「師団長殿はそう判断なさっておられました」
「ふむ……。二人ともついて来るならば、討伐隊の数はそういらないだろう。……もちろん、ついて来るだろう?」
「連れて行ってくださるのであれば」
「いいだろう。ギル! 第二部隊の一個小隊を出せ! 準備ができ次第出るぞ!」
「はっ!」
グラナートの近くに控えていた騎士が彼の言葉に反応したあと、その場を立ち去る。書類を片手に持ち上げたグラナートはアルジェントとアイゼンを伴い、中庭をあとにするのだった。
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