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異世界転移編
質問責めにしたが余計に疑問が出たらしい
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二人に渡したメモに書いた質問は四つ。
・いつこの世界に来たのか
・誰があの大きな生き物から助けてくれたのか
・モーントシュタイン侯爵とは誰のことなのか
・ここに来る前に話していた続き
三つ目は誰のことか薄々感づいているけれど確認のために、四つ目に関しては完全に蛇足で、その続きが気になっているだけだ。なので、これは話しても話さなくてもいいと括弧で括り、補足している。それをメモで見た二人は、どこか遠くを見るような眼差しで天井を見ると、コーヒーを飲みつつ話してくれた。
まずは一つ目。
私が部屋から転げ落ちたあと、二人も同じようにこの世界に飛ばされたのだという。気がついた時、玄関の扉以外の荷物や内装はそのままに私だけがいなくて、家中を探したけれどどこにもいなかった。しかも部屋の大きさが元よりも広がっているうえに、窓や開け放たれた玄関から見える景色はビルや住宅街ではなく、森と草原だったというのだ。
どこなのかさっぱりわからない状態だし、玄関の扉がないから何か危険なモノが入ってくるかも知れない……それに外に食料や飲める水があるかどうかもわからない。当面はキッチンや冷蔵庫内にあるもので凌ぐとして、今後どうするべきかと外を気にしつつ二人で話し合いを始めたところに当時まだ王子だった殿下が現れて、お互いに警戒しながら話をした結果、兄が異世界転移したんだと気づいたそうだ。もちろん、殿下の格好や角があったこともその考えに拍車をかけたらしい。
「そのあたりは僕がそういった類いの小説を読み漁った結果だな」
「そしてそれは、今から二百年前のことになる」
『あら……それはまた……』
《ふむ……ミカと同じように妙に森が騒いでおったころじゃな》
二人の言葉にシェーデルさんは驚き、アレイさんは何かを思い出したのか頷いていた。そして私は。
「二、百年、前って……っ、そんな、だって……っ!!」
「実花の言いたいこともわかる。が、ちゃんと最後まで聞きなさい」
「……っ、は、い」
父の告げたその年月に、頭が混乱する。ヒトであるならば、そんなに長くは生きていられない。ならばここにいるのは誰だろう――その疑問が頭を擡げた時、わざわざ父が席を立って私の隣に座り、背中を撫でながら話をしてくれた。
殿下と話し合いをしたあと、紆余曲折あってこの場所に住むようになり、私の自宅を中心に増築して父たちも住めるようにしたのだそうだ。
「その紆余曲折の部分の一つに、魔道具によるゲームでいうジョブ選択――職業や種族選択みたいなものがあってね。それによって僕たちは魔法使い――この国だと魔術師や魔導師、賢者と呼ばれる者になったんだけど……魔法がちょっと問題でね」
「その問題の魔法の一つが【時空】と【転移】だった」
「もっと正確に言うならば、それらに加えて一部を除く全属性魔法及び【雷】と【氷】、【無属性】だな」
《『な……っ!』》
「まあ……お父様たちは魔法使いになったのですね」
あらゆるジャンルの小説やゲームがあった国だし、兄から散々ファンタジーゲームの話を聞かされたりプレイしているのを見たりしていたから私は素直に感心したけれど、アレイさんとシェーデルさんは驚いている。その理由を聞いたけれど、『熱がある状態で話して、きちんと理解できるわけ?』とシェーデルさんに突っ込まれてしまい、黙るしかなかった。そのあたりを話し出すとかなり長い話になるので、私の体調が戻ってからこの世界のことと一緒に教えてもらうことになった。うう……すごく気になるのですが……。
「そして種族に関して、だが……端的に言うと、私もアルもドラゴンになった」
「はい……?」
言っていることはわかるけれど、意味がわかりません、父よ。
そんなことを考えていた私はよほど間抜けな顔をしていたのだろう……簡単に説明してくれたのは、本来その魔道具は適正職業や使える魔法を調べるだけのものなのだそうだ。けれど、私がいないこと、いつ会えるかわからないこと、会えずに死んでしまったら……という恐怖感と何年、何十年かかっても私に会いたいという強い想いに魔道具が反応し、この国の国民と同じドラゴンになったという。まさか二百年かかるとは思ってなかったとぼやいていた。
しかも陽光竜という、体躯が白い竜になったというのだ。そこでもやはりシェーデルさんたちが驚いた。
『躰が白い陽光竜って……そこまで伝説級なわけ?!』
「あなた方にだけは言われたくはないな」
『そうは言うけど、アタシたちにとっても白いドラゴンは特別なのよ?!』
「えっと……?」
「ああ、すまない、実花。これも魔法と一緒に説明しよう」
「……はい」
シェーデルさんと父の会話は、私にはさっぱりわからない。かと言って、この世界のことを何一つわからない状態で聞いたところで、理解できるとは思えない。なので、そこはきっぱり諦めてメモの話に集中することにした。そうでないと私を置き去りにして話が脱線しそうだったからだ。そう兄とアレイさんに窘められた父とシェーデルさんは、それ以降口を噤んだ。
次に二つ目。
この世界にはドラゴンの国が幾つかあり、中でもこの国は最古のドラゴン――古代竜が治めている国なのだそうだ。そしてあの大きな緑色の生き物は殿下がドラゴンになった姿で、王族はその体躯の大きさと体色から極光竜と呼ばれ、光の加減や見る人によってその体色は違って見えるらしい。
「まるで、地球のオーロラのようですね」
「その通りだ。それが極光竜と呼ばれる所以だが、実花には何色に見えた?」
「アレイさんよりも濃い緑色に見えました。ただ、その……視線を上げたらたくさんの牙が目に入ってしまって、『食べられてしまう!』って思ったあとから記憶がなく、気づいたら王城にいたのです。ですから全体を見たわけではないのですよ。それにしても、どなたが私を運んでくださったのですか?」
殿下は父や兄と一緒にあの場所に来て、私を見つけた父にお願いされ、私の目の前に降り立ったそうだ。そうと知らない私は、牙だけを見てさっさと意識を手放したのだ。そう説明したら、全員に納得された。
《目の前にいきなり現れたらそうなるのう……》
「確かに。何も知らなかったらそうなるわな。ああ、気を失った実花を支えたのは親父だけど、この家に連れて帰ると言った親父を説得し、『起きたら話を聞きたいから王宮に連れて行く』と言って実花を運んだのはグラナートだ」
「殿下が……」
機嫌が悪かったのは、私が大きな生き物と言ったからだろうか? 失礼なことをしてしまったのではと殿下とのやりとりを話せば、「実花の体調が良くなったらここに来ると言っていたから、その時に理由を話して謝ればいい」と兄に言われたので、お詫びに手作りのお菓子でも作って振舞おうと思った。
そして三つ目。
薄々わかっていたことだけれど、モーントシュタイン侯爵とは、やはり父たちのことだった。
「この国におけるうちの家名になるな」
「どうしてモーントシュタインというのですか?」
「月長石のことをドイツ語でモーントシュタインというんだが……ヒントは私の実家の『長月』からだな」
「もしかして……ひっくり返したのですか?」
「その通り」
なんと安直な……と言ってはいけない。この国でも馴染むような家名を兄と二人で懸命に考えたからだと察せられるからだ。
そもそも、どうして爵位など持っているのだろう……それも、侯爵という高位の爵位を。それを聞いたら紆余曲折の一つに魔獣大暴走を殲滅した功績があり、前王から爵位と小さいながらも領地を賜った。それから何度も魔獣大暴走の殲滅をし、領地の発展に伴う国力上昇の功績によって領地が広がったうえ、爵位が侯爵まで上がってしまったのだそうだ。
「お父様……もしかして、会社経営の感覚で領地経営をなさったのですか?」
「ああ。結構似たような部分があってな。最初は苦労したが、やり方さえわかってしまえばたいしたことはなかった」
「そう言えるのは親父だけだってば……」
「そうか? アルだってわりと簡単そうに書類整理や数字を弾き出して、殿下たちを呆れさせていたじゃないか」
「あの、お父様。話の腰を折ってしまい申し訳ありません。先ほどから出ている『アル』とはどなたのことですか?」
「あー……それも説明しなきゃならないんだっけ」
何回か出てきた『アル』という、人の名前とおぼしき言葉。それを聞いたらそれは兄の名前だというのだ。
「正式には、僕が『アルジェント』、親父が『アイゼン』だな」
「どうしてそのお名前なのでしょうか」
「これは電子辞書で調べたんだが……ほら、僕たちは仕事帰りに実花の家に行っただろう? だから僕たちの鞄や荷物も一緒にここに来ちゃってさ。で、電子辞書で何かないかと思って、僕と親父の名前の一部を調べたんだよ」
父は哲司、兄は銀司だ。その名前から『司』の部分を取ると、響きだけなら『鉄』と『銀』という金属になる。そこからヒントを得ていろいろと調べた結果、名前として認識できそうなカッコいいものを名前にあてたという。兄よ……「厨二病くさいけどな」とはどういう意味ですか。
「そういえば、私はどうしたらいいのでしょう? アレイさんたちや殿下には本名を名乗ってしまったのですが……」
「そこはまた改めて説明するが、実花のままでいい。それとも私たちのように一字を取って別の名前にするかい?」
「実花の『花』からフルールとかフィオーレとかどうだ? ちなみにフランス語とイタリア語な」
「それはちょっと……。実花のままでいいです」
兄が電子辞書を持って来て検索しながら教えてくれたけれど、そこは却下した。というか、二百年たっているというのに、未だに電源が入ることが不思議なのですが……。
そして最後の質問。
それは、父が『母の我儘で成り立っていた結婚だった』と言った通りの話だった。
「私にはずっと愛する女性――芙美花がいたんだ……もう二度と会えないがね」
そう呟いた父は、その目に哀しみを宿して目を伏せる。
もともと父にはお互いに愛する婚約者がいて、当時兄を既に妊娠していたことから結婚間近だった。その女性も社長令嬢で、両家にとって政略的にも今後が期待できる婚姻だった。それを母が父に横恋慕し、二人の仲を邪魔して女性の会社や家に圧力をかけ、傾く寸前まで追い込んだのが母とその実家である長谷川家だという。
「政略とは言ったが、卑劣な手を使って彼女やその実家を追い込むような、一方的なものだった。私はそれを許すことができなかった。だから喜代香と結婚するにあたり、条件をだした」
母とは白い結婚であること。仲のいい演技はするが、それだけ。
兄が生まれたら父が引取り、女性との仲も継続すること。邪魔をしたら即離婚することになっていた。
表向きは母が正妻でその女性が愛人になっていたけれど、実際は逆であること。まあ、母は愛人ですらない、赤の他人だったそうだが。
そして再び女性との間に子供ができた場合、離婚して兄を連れて行き、その女性と結婚することを盛り込んだ。
そして兄から遅れること十年。その女性――芙美花さんとの間に子供を授かり、私が生まれたという。
「え……」
母だと思っていた人が実は違うと聞いて衝撃を受ける。母と姉二人は物心ついた時にはもう今の状態だったけれど、父と兄とは中学生になるくらいまで普通に会話できていたと思う。それがおかしくなり始めたのはいつごろからだっただろうか……。
「あの日、私は離婚したと言ったな。本来ならば実花が生まれた時点で離婚が成立しているはずだった。だが、後継者が亡くなってしまったことでそれが伸びたんだ」
「それが昨日語ってくださった話に繋がるのですか?」
「ああ」
私が成人するまでの間だけだと、長月家とその親戚筋、長谷川家の親戚筋の前で土下座してまでお願いしたにも拘わらず、結局卑劣な手段を用いて来たのだそうだ。それが、兄と私の実母、その実家を脅迫し、私をいない者として扱うことだった。
父も兄も私を護るために、長谷川家ではそう扱わざるを得なかった。そしてそれを知っていたから長谷川家の親戚筋は母とその祖父母を非難し、母の周りには誰も近寄らなかったという。姉二人に群がっていたのはそれを知らない者だけで、情報を得ていた人は母同様に近寄りさえしなかったそうだ。
そういえば、いつも一緒にいてくれた知り合いの女性たちは、母や姉を蔑んだ目で見ていたと今更ながら思い出した。
「……っ」
「私もアルも、条件など出さずに突っ撥ねればよかったとずっと後悔していた。だから離婚して会社を辞めたのを機にやり直すつもりでいたんだ」
「お父様……」
「あの腐った奴らはいない。彼女は心労が重なり、亡くなってしまった。私の愛する家族はもう実花と銀司しかいないんだ。だから……」
今更そんなことを言われて混乱する。どうして今になってそんなことを言うのか。
「……無理です」
「……っ」
「実花……」
私の言葉に、二人が絶望したような顔をする。言葉が足りないことに気づいて、すぐに付け足す。
「あ、いえ、言葉が足りませんでした。今すぐというのは無理です。昨日のことやいろいろな話を伺ったばかりで混乱していて、頭も心も整理がつかないのです。……少し時間をください」
「そうだな……そのほうがいいだろう……」
私の言葉に安堵の溜息をついた父と兄。二人にとっても私にとっても、多少の心の整理は必要だと思う。特に私は、考える時間と自分を納得させる時間が必要だった。
ちょうど話も途切れたことだし、汗を流したいのともう少し寝たいと伝えるとバスルームも問題なく使えるというので、今度は父の手を借りながら寝室まで移動する。まだ痛かったけれどなんとか歩けたので部屋から全員追い出し、着替えを持ってバスルームまで行くと全身をさっさと洗い流して着替えた。
私が着ていたものを脱がせるわけにはいかなかったのか、脱いだあとのスーツのパンツやシャツが汗臭いのと皺だらけで頭を抱えた。洗濯機もあるしアイロンもあるけれど、使えるのだろうか……。
そこで新たな疑問がいくつか出たけれどそれを質問する気力は既になかった。元玄関だった扉から顔を出すとシェーデルさんとアレイさんがいたので、今から寝ることを伝えて寝室に戻ると、布団に潜りこんで眠りについた。
その日、年甲斐もなく知恵熱を出したらしい私は、高熱でさらに二日ほど寝込む羽目になった。
・いつこの世界に来たのか
・誰があの大きな生き物から助けてくれたのか
・モーントシュタイン侯爵とは誰のことなのか
・ここに来る前に話していた続き
三つ目は誰のことか薄々感づいているけれど確認のために、四つ目に関しては完全に蛇足で、その続きが気になっているだけだ。なので、これは話しても話さなくてもいいと括弧で括り、補足している。それをメモで見た二人は、どこか遠くを見るような眼差しで天井を見ると、コーヒーを飲みつつ話してくれた。
まずは一つ目。
私が部屋から転げ落ちたあと、二人も同じようにこの世界に飛ばされたのだという。気がついた時、玄関の扉以外の荷物や内装はそのままに私だけがいなくて、家中を探したけれどどこにもいなかった。しかも部屋の大きさが元よりも広がっているうえに、窓や開け放たれた玄関から見える景色はビルや住宅街ではなく、森と草原だったというのだ。
どこなのかさっぱりわからない状態だし、玄関の扉がないから何か危険なモノが入ってくるかも知れない……それに外に食料や飲める水があるかどうかもわからない。当面はキッチンや冷蔵庫内にあるもので凌ぐとして、今後どうするべきかと外を気にしつつ二人で話し合いを始めたところに当時まだ王子だった殿下が現れて、お互いに警戒しながら話をした結果、兄が異世界転移したんだと気づいたそうだ。もちろん、殿下の格好や角があったこともその考えに拍車をかけたらしい。
「そのあたりは僕がそういった類いの小説を読み漁った結果だな」
「そしてそれは、今から二百年前のことになる」
『あら……それはまた……』
《ふむ……ミカと同じように妙に森が騒いでおったころじゃな》
二人の言葉にシェーデルさんは驚き、アレイさんは何かを思い出したのか頷いていた。そして私は。
「二、百年、前って……っ、そんな、だって……っ!!」
「実花の言いたいこともわかる。が、ちゃんと最後まで聞きなさい」
「……っ、は、い」
父の告げたその年月に、頭が混乱する。ヒトであるならば、そんなに長くは生きていられない。ならばここにいるのは誰だろう――その疑問が頭を擡げた時、わざわざ父が席を立って私の隣に座り、背中を撫でながら話をしてくれた。
殿下と話し合いをしたあと、紆余曲折あってこの場所に住むようになり、私の自宅を中心に増築して父たちも住めるようにしたのだそうだ。
「その紆余曲折の部分の一つに、魔道具によるゲームでいうジョブ選択――職業や種族選択みたいなものがあってね。それによって僕たちは魔法使い――この国だと魔術師や魔導師、賢者と呼ばれる者になったんだけど……魔法がちょっと問題でね」
「その問題の魔法の一つが【時空】と【転移】だった」
「もっと正確に言うならば、それらに加えて一部を除く全属性魔法及び【雷】と【氷】、【無属性】だな」
《『な……っ!』》
「まあ……お父様たちは魔法使いになったのですね」
あらゆるジャンルの小説やゲームがあった国だし、兄から散々ファンタジーゲームの話を聞かされたりプレイしているのを見たりしていたから私は素直に感心したけれど、アレイさんとシェーデルさんは驚いている。その理由を聞いたけれど、『熱がある状態で話して、きちんと理解できるわけ?』とシェーデルさんに突っ込まれてしまい、黙るしかなかった。そのあたりを話し出すとかなり長い話になるので、私の体調が戻ってからこの世界のことと一緒に教えてもらうことになった。うう……すごく気になるのですが……。
「そして種族に関して、だが……端的に言うと、私もアルもドラゴンになった」
「はい……?」
言っていることはわかるけれど、意味がわかりません、父よ。
そんなことを考えていた私はよほど間抜けな顔をしていたのだろう……簡単に説明してくれたのは、本来その魔道具は適正職業や使える魔法を調べるだけのものなのだそうだ。けれど、私がいないこと、いつ会えるかわからないこと、会えずに死んでしまったら……という恐怖感と何年、何十年かかっても私に会いたいという強い想いに魔道具が反応し、この国の国民と同じドラゴンになったという。まさか二百年かかるとは思ってなかったとぼやいていた。
しかも陽光竜という、体躯が白い竜になったというのだ。そこでもやはりシェーデルさんたちが驚いた。
『躰が白い陽光竜って……そこまで伝説級なわけ?!』
「あなた方にだけは言われたくはないな」
『そうは言うけど、アタシたちにとっても白いドラゴンは特別なのよ?!』
「えっと……?」
「ああ、すまない、実花。これも魔法と一緒に説明しよう」
「……はい」
シェーデルさんと父の会話は、私にはさっぱりわからない。かと言って、この世界のことを何一つわからない状態で聞いたところで、理解できるとは思えない。なので、そこはきっぱり諦めてメモの話に集中することにした。そうでないと私を置き去りにして話が脱線しそうだったからだ。そう兄とアレイさんに窘められた父とシェーデルさんは、それ以降口を噤んだ。
次に二つ目。
この世界にはドラゴンの国が幾つかあり、中でもこの国は最古のドラゴン――古代竜が治めている国なのだそうだ。そしてあの大きな緑色の生き物は殿下がドラゴンになった姿で、王族はその体躯の大きさと体色から極光竜と呼ばれ、光の加減や見る人によってその体色は違って見えるらしい。
「まるで、地球のオーロラのようですね」
「その通りだ。それが極光竜と呼ばれる所以だが、実花には何色に見えた?」
「アレイさんよりも濃い緑色に見えました。ただ、その……視線を上げたらたくさんの牙が目に入ってしまって、『食べられてしまう!』って思ったあとから記憶がなく、気づいたら王城にいたのです。ですから全体を見たわけではないのですよ。それにしても、どなたが私を運んでくださったのですか?」
殿下は父や兄と一緒にあの場所に来て、私を見つけた父にお願いされ、私の目の前に降り立ったそうだ。そうと知らない私は、牙だけを見てさっさと意識を手放したのだ。そう説明したら、全員に納得された。
《目の前にいきなり現れたらそうなるのう……》
「確かに。何も知らなかったらそうなるわな。ああ、気を失った実花を支えたのは親父だけど、この家に連れて帰ると言った親父を説得し、『起きたら話を聞きたいから王宮に連れて行く』と言って実花を運んだのはグラナートだ」
「殿下が……」
機嫌が悪かったのは、私が大きな生き物と言ったからだろうか? 失礼なことをしてしまったのではと殿下とのやりとりを話せば、「実花の体調が良くなったらここに来ると言っていたから、その時に理由を話して謝ればいい」と兄に言われたので、お詫びに手作りのお菓子でも作って振舞おうと思った。
そして三つ目。
薄々わかっていたことだけれど、モーントシュタイン侯爵とは、やはり父たちのことだった。
「この国におけるうちの家名になるな」
「どうしてモーントシュタインというのですか?」
「月長石のことをドイツ語でモーントシュタインというんだが……ヒントは私の実家の『長月』からだな」
「もしかして……ひっくり返したのですか?」
「その通り」
なんと安直な……と言ってはいけない。この国でも馴染むような家名を兄と二人で懸命に考えたからだと察せられるからだ。
そもそも、どうして爵位など持っているのだろう……それも、侯爵という高位の爵位を。それを聞いたら紆余曲折の一つに魔獣大暴走を殲滅した功績があり、前王から爵位と小さいながらも領地を賜った。それから何度も魔獣大暴走の殲滅をし、領地の発展に伴う国力上昇の功績によって領地が広がったうえ、爵位が侯爵まで上がってしまったのだそうだ。
「お父様……もしかして、会社経営の感覚で領地経営をなさったのですか?」
「ああ。結構似たような部分があってな。最初は苦労したが、やり方さえわかってしまえばたいしたことはなかった」
「そう言えるのは親父だけだってば……」
「そうか? アルだってわりと簡単そうに書類整理や数字を弾き出して、殿下たちを呆れさせていたじゃないか」
「あの、お父様。話の腰を折ってしまい申し訳ありません。先ほどから出ている『アル』とはどなたのことですか?」
「あー……それも説明しなきゃならないんだっけ」
何回か出てきた『アル』という、人の名前とおぼしき言葉。それを聞いたらそれは兄の名前だというのだ。
「正式には、僕が『アルジェント』、親父が『アイゼン』だな」
「どうしてそのお名前なのでしょうか」
「これは電子辞書で調べたんだが……ほら、僕たちは仕事帰りに実花の家に行っただろう? だから僕たちの鞄や荷物も一緒にここに来ちゃってさ。で、電子辞書で何かないかと思って、僕と親父の名前の一部を調べたんだよ」
父は哲司、兄は銀司だ。その名前から『司』の部分を取ると、響きだけなら『鉄』と『銀』という金属になる。そこからヒントを得ていろいろと調べた結果、名前として認識できそうなカッコいいものを名前にあてたという。兄よ……「厨二病くさいけどな」とはどういう意味ですか。
「そういえば、私はどうしたらいいのでしょう? アレイさんたちや殿下には本名を名乗ってしまったのですが……」
「そこはまた改めて説明するが、実花のままでいい。それとも私たちのように一字を取って別の名前にするかい?」
「実花の『花』からフルールとかフィオーレとかどうだ? ちなみにフランス語とイタリア語な」
「それはちょっと……。実花のままでいいです」
兄が電子辞書を持って来て検索しながら教えてくれたけれど、そこは却下した。というか、二百年たっているというのに、未だに電源が入ることが不思議なのですが……。
そして最後の質問。
それは、父が『母の我儘で成り立っていた結婚だった』と言った通りの話だった。
「私にはずっと愛する女性――芙美花がいたんだ……もう二度と会えないがね」
そう呟いた父は、その目に哀しみを宿して目を伏せる。
もともと父にはお互いに愛する婚約者がいて、当時兄を既に妊娠していたことから結婚間近だった。その女性も社長令嬢で、両家にとって政略的にも今後が期待できる婚姻だった。それを母が父に横恋慕し、二人の仲を邪魔して女性の会社や家に圧力をかけ、傾く寸前まで追い込んだのが母とその実家である長谷川家だという。
「政略とは言ったが、卑劣な手を使って彼女やその実家を追い込むような、一方的なものだった。私はそれを許すことができなかった。だから喜代香と結婚するにあたり、条件をだした」
母とは白い結婚であること。仲のいい演技はするが、それだけ。
兄が生まれたら父が引取り、女性との仲も継続すること。邪魔をしたら即離婚することになっていた。
表向きは母が正妻でその女性が愛人になっていたけれど、実際は逆であること。まあ、母は愛人ですらない、赤の他人だったそうだが。
そして再び女性との間に子供ができた場合、離婚して兄を連れて行き、その女性と結婚することを盛り込んだ。
そして兄から遅れること十年。その女性――芙美花さんとの間に子供を授かり、私が生まれたという。
「え……」
母だと思っていた人が実は違うと聞いて衝撃を受ける。母と姉二人は物心ついた時にはもう今の状態だったけれど、父と兄とは中学生になるくらいまで普通に会話できていたと思う。それがおかしくなり始めたのはいつごろからだっただろうか……。
「あの日、私は離婚したと言ったな。本来ならば実花が生まれた時点で離婚が成立しているはずだった。だが、後継者が亡くなってしまったことでそれが伸びたんだ」
「それが昨日語ってくださった話に繋がるのですか?」
「ああ」
私が成人するまでの間だけだと、長月家とその親戚筋、長谷川家の親戚筋の前で土下座してまでお願いしたにも拘わらず、結局卑劣な手段を用いて来たのだそうだ。それが、兄と私の実母、その実家を脅迫し、私をいない者として扱うことだった。
父も兄も私を護るために、長谷川家ではそう扱わざるを得なかった。そしてそれを知っていたから長谷川家の親戚筋は母とその祖父母を非難し、母の周りには誰も近寄らなかったという。姉二人に群がっていたのはそれを知らない者だけで、情報を得ていた人は母同様に近寄りさえしなかったそうだ。
そういえば、いつも一緒にいてくれた知り合いの女性たちは、母や姉を蔑んだ目で見ていたと今更ながら思い出した。
「……っ」
「私もアルも、条件など出さずに突っ撥ねればよかったとずっと後悔していた。だから離婚して会社を辞めたのを機にやり直すつもりでいたんだ」
「お父様……」
「あの腐った奴らはいない。彼女は心労が重なり、亡くなってしまった。私の愛する家族はもう実花と銀司しかいないんだ。だから……」
今更そんなことを言われて混乱する。どうして今になってそんなことを言うのか。
「……無理です」
「……っ」
「実花……」
私の言葉に、二人が絶望したような顔をする。言葉が足りないことに気づいて、すぐに付け足す。
「あ、いえ、言葉が足りませんでした。今すぐというのは無理です。昨日のことやいろいろな話を伺ったばかりで混乱していて、頭も心も整理がつかないのです。……少し時間をください」
「そうだな……そのほうがいいだろう……」
私の言葉に安堵の溜息をついた父と兄。二人にとっても私にとっても、多少の心の整理は必要だと思う。特に私は、考える時間と自分を納得させる時間が必要だった。
ちょうど話も途切れたことだし、汗を流したいのともう少し寝たいと伝えるとバスルームも問題なく使えるというので、今度は父の手を借りながら寝室まで移動する。まだ痛かったけれどなんとか歩けたので部屋から全員追い出し、着替えを持ってバスルームまで行くと全身をさっさと洗い流して着替えた。
私が着ていたものを脱がせるわけにはいかなかったのか、脱いだあとのスーツのパンツやシャツが汗臭いのと皺だらけで頭を抱えた。洗濯機もあるしアイロンもあるけれど、使えるのだろうか……。
そこで新たな疑問がいくつか出たけれどそれを質問する気力は既になかった。元玄関だった扉から顔を出すとシェーデルさんとアレイさんがいたので、今から寝ることを伝えて寝室に戻ると、布団に潜りこんで眠りについた。
その日、年甲斐もなく知恵熱を出したらしい私は、高熱でさらに二日ほど寝込む羽目になった。
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魔法師団長は無魔力のツムギをモルモットだと離そうとしない。
魔法師団長は少し猟奇的な言動もあるものの、
冷たく整った顔とわかりにくい態度の中にある優しさに、徐々にツムギは惹かれていく…
聖女召喚から始まるハッピーエンドの話です!
完結まで書き終わってます。
※他のサイトにも連載してます
【完結】聖女召喚に巻き込まれたバリキャリですが、追い出されそうになったのでお金と魔獣をもらって出て行きます!
チャらら森山
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