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異世界転移編
閑話 ようやく娘と会えたらしい
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ようやく会えた娘の実花が、眠たそうな目をして私を見る。喜代香たちや長谷川家の目を欺くためにひどい態度を取って来た自覚はあるが、やはり愛する『彼女』ともうけた子供のせいか、息子の銀司と娘の実花はいくつになっても可愛いものだと実感する。
絵理花と瀬里花は、戸籍上私の娘になっているが実際は違う。二人は年子だし性格も違うが、顔立ちはどちらも相手の男らしき者に似ている。それなりに整っているものの、喜代香と長谷川家の影響なのか性格の悪さが顔に出ていた。それでも話術や女性らしい体つきを武器にするくらいには独身の男が寄って来ていたことを思い出した。まあ、そのほとんどが評価や評判がよくなかったり、二人の体や家目当てだとわかる者ばかりだったが。
その点、娘は警戒心が強くてそういった輩は近寄らせなかったばかりか、親しい女性や銀司がガードを固めていたおかげで、そういった者たちが近づいてくることはなかったが。
久しぶりに実の娘の頭を撫でてやると高熱で赤くなっている顔に笑顔を浮かべ、安心したかのように目を細めて私と息子を見上げた。そんな娘の笑顔を見たのはどれくらい前だろうか……。それを思うと、胸が痛む。
「二人ともどうしたの? 何かあった? それとも、お仕事いっぱいして疲ちゃった?」
「そう、だな、いろいろあったし仕事が山積みで疲れたよ、実花」
「ああ、僕も疲れた」
「そうなんだ……パパもお兄ちゃんも、いつもたくさんお仕事を頑張っているもんね。お疲れ様です」
熱のせいか、教育の賜物とはいえいつもは他人行儀と言えるほどに丁寧に話す言葉が崩れ、子供のころに戻ったような話し方になっている。それがひどく懐かしく、嬉しくなる。
「また仕事の手伝いをしてくれるかい?」
「パパとお兄ちゃんのお仕事? うん、いいよ!」
「それは嬉しいな。だが、その前に風邪を治さなきゃ」
「そうだぞ、実花。今はゆっくり眠って、治ったら僕たちを手伝ってくれ」
「うん!」
息子と二人で、優しい言葉をかける。
薬が効いて来たのだろう……返事をしたあと欠伸をし、そのまま眠ってしまったので一息つく。そして息子を見ると小さく頷いた。
「女官殿、すまないが『お伝えしたいことがある』と殿下に伝言を頼んでも?」
「……っ、畏まり、ました」
先ほど私と息子に怒りの矛先をぶつけられた女官に声をかけると、ビクリと肩を震わせる。それでも流石は王宮に勤めているだけはあり、顔を青ざめさせながらも返事をすると部屋から出て行った。その間に娘を気に入ったらしい蜘蛛とスパルトイに話をしなければならない。息子はといえば、クローゼットなどを開けて娘の持ち物が隠されていないか探っている。
尤も、この世界の人間に接触させる前に娘が着ていた息子のジャケットと、娘のコートとジャケット、蜘蛛が持っていた食材やビニール袋は全て息子が預かっているので探しても出て来ないだろう。あと、娘が身に着けていた眼鏡やアクセサリー類や時計、髪を結んでいたものも。王城に勤める者がそんなことをするとは考えていないが、それでも探しているのは我が家にいるメイドたちの手癖の悪さを思い出したこともあり、念のためだった。
それはともかく。
「娘の実花を助けてくださり、誠にありがとうございます。不躾ながら、娘を気に入ってくださったらしいお二人にお聞きしたい。あなた方は娘の味方と考えてもよろしいのでしょうか?」
《当然じゃな》
『そうね、アタシもよ。特にアタシはミカを護衛すると彼女に宣言しているし、この蜘蛛もそれを聞いているもの』
「左様でございますか……。お二人に気に入られるなど、この国では滅多にないことだとお聞きしたのですが……よろしいのですか?」
スパルトイが蜘蛛の名前を言ったようだが、私には聞き取ることができなかった。それを残念に思うものの、今は話を続けることにする。
この国に於いて、蜘蛛とスパルトイなどの数種類の魔物は特別な扱いを受け、畏敬と崇拝の対象になっている。それ故に隷属しようとしたり仲間にしようとしたりと躍起になって探すと聞いているが、余程のことがない限りそれは叶わず、会えたとしても逆に返り討ちにされると聞く。
それをあっさりと、しかも『色付き』と呼ばれる方たちが複数仲間や味方になるなど聞いたことはないし、そもそも前例がないのだ。だから殿下は、実花にどういった経緯で仲間にしたのか聞きたかったようだが……。
私の質問に、蜘蛛とスパルトイは「構わない」と返事をしたあと、何かを思い出したのか楽しげな様子で笑った。
《ふふ……。この世界のことを知らぬが故なのじゃろうが、儂に普通に話しかけてきおってな》
「は……? 娘が、ですか?」
《ああ。【くっきい】とやらを儂にくれて美味しいか聞いて来たり、身振り手振りで光るキノコ――ルスオンゴの説明をしたのじゃが、儂の動きが理解できなかったようでな。話ができればいいのにと嘆いたのじゃよ。だから念話の魔法をかけたのじゃ》
「それは……なんとも……」
『あはは。アタシの時もそうだったわねぇ。座ったままでごめんなさいと謝罪したうえで、足を捻って動けないから、嫌じゃなければ果物やキノコを採る手伝いをしてほしいと言ったのよ、あのコ。あれは新鮮だったし斬新なお誘いだったわ~』
「「実花……?! 何をやってるんだ!」」
娘がして来た対応に息子と二人で綺麗にハモり、頭を抱える。なぜそのような行動をとったのか、体調が良くなったら聞き出さねばならない。
「時々天然かますよな、我が妹は……」
『あら、可愛いじゃないの。戦闘できるコと仲間になるよりも、できないコを護るほうが楽しいわ。そもそもの話、スパルトイはそういうモノなんだけどねぇ……?』
《最初は驚いていたが、結局は儂も嫌がられることはなかったのう。世の女性たちの大半はこの姿を見ると嫌悪されたものじゃが……》
「……それは、大きさは全くと言っていいほど違いますが、私たちの世界には貴方によく似た蜘蛛がいるからです。そしてスパルトイの伝承もあるのですよ」
《おお、その話は聞いた。だからこそ、こやつに触れと言ったのじゃ》
スパルトイの名前を言ったようだが、これも聞き取ることはできなかった。
写真でしか見たことはないが、確か、ハナグモと言っただろうか。そして蜘蛛がスパルトイの伝承を聞いているとは思わなかった。その話を聞いて息子が嬉しそうに笑っていることから、娘に話したのは息子なのだろう。
《私たちの世界、か。やはり、そなたたちも異世界から来たのじゃな……》
「ええ。ですが、それはここでは話しづらい内容でもあるので、実花に話す時に一緒に聞いていただければ有り難いですな」
『いいわよ』
《そうさせてもらおう》
そんな話をしてちょうど一区切りついたころ、殿下が顔を出した。息子を見ると小さく頷いていることから、忘れ物はないのだろう。ならば、私の取る行動は一つだけだ。
「伝えたいことがあると聞いたが、どうした?」
「父上、私が話します。殿下、父と私が用意した食事と水、口なおしの飲み物に毒と思われるものが混入されておりました」
「なに……? 色は」
「濃い紫です」
息子がそこまで話すと、殿下が顔を顰めて女官を睨むように見る。
「ミリア、どういうことだ? 私は『私の客人として大切に扱うように』と伝えたはずだ」
「わ、わたくしではありません!」
「では誰だ? しかも、病人になんということを……!」
「ほ、本当にわたくしではありません!」
殿下に殺気を向けられて、女官は震えながらも気丈に話をしている。そこは褒めるべきところだが、否定すればするほど彼女の状況は悪化するというのに、それがわからないのだろうか。推測になるが、薬をもらいに宮廷医師と話している隙に別の人間が混入した可能性のほうが高い。
「殿下、薬を盛ったのはおそらくそこの女官殿ではないでしょう。ですが毒らしきものが混入された以上、娘をここに置いておくわけには行きません。我が家に連れて帰ります」
「……そうだな。そのほうがいいだろう。他にも聞きたいことがあったのだが、致し方あるまい。後日、私がモーントシュタイン家に邪魔することにしよう。混入者についても、こちらで調べると約束する」
「お願いいたします」
「それから二人に話があるのだが……」
娘を連れて帰ると話すと、殿下は残念そうに溜息をつく。そして私を窺うように話があるというが、内容は想像がつく。
「ああ、夜会で紹介された息子の縁談のお話でしたら、大変光栄なことではありますがお断りさせていただきます」
「そうか……。相手はかなり乗り気でいたのだが……」
「そうだとしても、我が家の珍しいものを盗もうとするような娘がいる家の者との縁談など、なおさらお断りです」
「なに……っ?! そんなことをしたのか?!」
「ええ。殿下の紹介だからと、息子は友人たちと共に一度はその家の令嬢を茶会に招いたのです。その際にその令嬢は息子やその友人たちの目を盗み、入ったばかりの我が家の侍女を金と宝石で買収して共謀したのです。そのあと一緒に立入禁止の部屋に無断で入り、その中の物を持って部屋から出ようとしたところを部屋に仕掛けられていた罠に嵌って息子に捕まったのです」
今思い出しても腹が立つ。昔から我が家に出入りする若い侍女は、私と息子以外立入禁止だと言い聞かせているというのに、好奇心に負けるのか無断で部屋に入り、中にあるものを盗みだそうとするのだ。最初に雇った者が仕出かした時点で『罠を仕掛けよう』と言ったのは息子だ。それ以来、その部屋は罠を仕掛けたうえで鍵をかけるという徹底ぶりなのだが、それでも手癖の悪い者が一定数いるようで、部屋に入ろうとする者はあとを立たない。
「私が聞いた話と違うぞ?!」
「どのようなお話を聞かされたのかわかりかねますが、それは後日お聞かせ願います」
「ああ、そうしよう」
「申し訳ありません。……ああ、そちらのお二方もいらしてください。娘を護ってくださったお礼をしたいと存じます」
長々と手癖の悪い娘がいる家の胸糞が悪くなる話など聞かされたくはないので、殿下に悪いとは思ったが早々に話を打ち切る。娘を抱き上げながら蜘蛛とスパルトイに話しかけて我が家へと招待すると、二人は当然だというように頷いて私に近づき、隣に立った。それを見た殿下は、ひどく残念そうな顔をして溜息をついた。
「はあ……二人とも行ってしまうのか……」
『ミカがここから居なくなるんだから当然のことじゃないの。アタシたちはこのコを気に入ったのであって、アンタたちやこの場所を気に入ったわけじゃないのよ?』
《儂もコヤツと同じ思いじゃな。じゃからこそ、儂らは招待を受けるのじゃ》
「……そう、か……」
蜘蛛とスパルトイに冷たくあしらわれ、殿下はガックリと肩を落とす。その行動は珍しいが殿下を慰めることなどしないし、私にとって今は娘を優先させなければならない。息子に目をやれば、彼も珍しいものを見たとばかりに口角を上げて笑っていた。そして私の視線に気づいたのか、近づいてくると隣に立つ。
「娘の体調が回復しましたらご連絡いたします」
「頼む」
「それでは殿下、これで失礼いたします」
そう声をかけ、この世界に於いては私と息子しか使えない【転移】の魔法を発動すると、王宮から辞した。
絵理花と瀬里花は、戸籍上私の娘になっているが実際は違う。二人は年子だし性格も違うが、顔立ちはどちらも相手の男らしき者に似ている。それなりに整っているものの、喜代香と長谷川家の影響なのか性格の悪さが顔に出ていた。それでも話術や女性らしい体つきを武器にするくらいには独身の男が寄って来ていたことを思い出した。まあ、そのほとんどが評価や評判がよくなかったり、二人の体や家目当てだとわかる者ばかりだったが。
その点、娘は警戒心が強くてそういった輩は近寄らせなかったばかりか、親しい女性や銀司がガードを固めていたおかげで、そういった者たちが近づいてくることはなかったが。
久しぶりに実の娘の頭を撫でてやると高熱で赤くなっている顔に笑顔を浮かべ、安心したかのように目を細めて私と息子を見上げた。そんな娘の笑顔を見たのはどれくらい前だろうか……。それを思うと、胸が痛む。
「二人ともどうしたの? 何かあった? それとも、お仕事いっぱいして疲ちゃった?」
「そう、だな、いろいろあったし仕事が山積みで疲れたよ、実花」
「ああ、僕も疲れた」
「そうなんだ……パパもお兄ちゃんも、いつもたくさんお仕事を頑張っているもんね。お疲れ様です」
熱のせいか、教育の賜物とはいえいつもは他人行儀と言えるほどに丁寧に話す言葉が崩れ、子供のころに戻ったような話し方になっている。それがひどく懐かしく、嬉しくなる。
「また仕事の手伝いをしてくれるかい?」
「パパとお兄ちゃんのお仕事? うん、いいよ!」
「それは嬉しいな。だが、その前に風邪を治さなきゃ」
「そうだぞ、実花。今はゆっくり眠って、治ったら僕たちを手伝ってくれ」
「うん!」
息子と二人で、優しい言葉をかける。
薬が効いて来たのだろう……返事をしたあと欠伸をし、そのまま眠ってしまったので一息つく。そして息子を見ると小さく頷いた。
「女官殿、すまないが『お伝えしたいことがある』と殿下に伝言を頼んでも?」
「……っ、畏まり、ました」
先ほど私と息子に怒りの矛先をぶつけられた女官に声をかけると、ビクリと肩を震わせる。それでも流石は王宮に勤めているだけはあり、顔を青ざめさせながらも返事をすると部屋から出て行った。その間に娘を気に入ったらしい蜘蛛とスパルトイに話をしなければならない。息子はといえば、クローゼットなどを開けて娘の持ち物が隠されていないか探っている。
尤も、この世界の人間に接触させる前に娘が着ていた息子のジャケットと、娘のコートとジャケット、蜘蛛が持っていた食材やビニール袋は全て息子が預かっているので探しても出て来ないだろう。あと、娘が身に着けていた眼鏡やアクセサリー類や時計、髪を結んでいたものも。王城に勤める者がそんなことをするとは考えていないが、それでも探しているのは我が家にいるメイドたちの手癖の悪さを思い出したこともあり、念のためだった。
それはともかく。
「娘の実花を助けてくださり、誠にありがとうございます。不躾ながら、娘を気に入ってくださったらしいお二人にお聞きしたい。あなた方は娘の味方と考えてもよろしいのでしょうか?」
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『そうね、アタシもよ。特にアタシはミカを護衛すると彼女に宣言しているし、この蜘蛛もそれを聞いているもの』
「左様でございますか……。お二人に気に入られるなど、この国では滅多にないことだとお聞きしたのですが……よろしいのですか?」
スパルトイが蜘蛛の名前を言ったようだが、私には聞き取ることができなかった。それを残念に思うものの、今は話を続けることにする。
この国に於いて、蜘蛛とスパルトイなどの数種類の魔物は特別な扱いを受け、畏敬と崇拝の対象になっている。それ故に隷属しようとしたり仲間にしようとしたりと躍起になって探すと聞いているが、余程のことがない限りそれは叶わず、会えたとしても逆に返り討ちにされると聞く。
それをあっさりと、しかも『色付き』と呼ばれる方たちが複数仲間や味方になるなど聞いたことはないし、そもそも前例がないのだ。だから殿下は、実花にどういった経緯で仲間にしたのか聞きたかったようだが……。
私の質問に、蜘蛛とスパルトイは「構わない」と返事をしたあと、何かを思い出したのか楽しげな様子で笑った。
《ふふ……。この世界のことを知らぬが故なのじゃろうが、儂に普通に話しかけてきおってな》
「は……? 娘が、ですか?」
《ああ。【くっきい】とやらを儂にくれて美味しいか聞いて来たり、身振り手振りで光るキノコ――ルスオンゴの説明をしたのじゃが、儂の動きが理解できなかったようでな。話ができればいいのにと嘆いたのじゃよ。だから念話の魔法をかけたのじゃ》
「それは……なんとも……」
『あはは。アタシの時もそうだったわねぇ。座ったままでごめんなさいと謝罪したうえで、足を捻って動けないから、嫌じゃなければ果物やキノコを採る手伝いをしてほしいと言ったのよ、あのコ。あれは新鮮だったし斬新なお誘いだったわ~』
「「実花……?! 何をやってるんだ!」」
娘がして来た対応に息子と二人で綺麗にハモり、頭を抱える。なぜそのような行動をとったのか、体調が良くなったら聞き出さねばならない。
「時々天然かますよな、我が妹は……」
『あら、可愛いじゃないの。戦闘できるコと仲間になるよりも、できないコを護るほうが楽しいわ。そもそもの話、スパルトイはそういうモノなんだけどねぇ……?』
《最初は驚いていたが、結局は儂も嫌がられることはなかったのう。世の女性たちの大半はこの姿を見ると嫌悪されたものじゃが……》
「……それは、大きさは全くと言っていいほど違いますが、私たちの世界には貴方によく似た蜘蛛がいるからです。そしてスパルトイの伝承もあるのですよ」
《おお、その話は聞いた。だからこそ、こやつに触れと言ったのじゃ》
スパルトイの名前を言ったようだが、これも聞き取ることはできなかった。
写真でしか見たことはないが、確か、ハナグモと言っただろうか。そして蜘蛛がスパルトイの伝承を聞いているとは思わなかった。その話を聞いて息子が嬉しそうに笑っていることから、娘に話したのは息子なのだろう。
《私たちの世界、か。やはり、そなたたちも異世界から来たのじゃな……》
「ええ。ですが、それはここでは話しづらい内容でもあるので、実花に話す時に一緒に聞いていただければ有り難いですな」
『いいわよ』
《そうさせてもらおう》
そんな話をしてちょうど一区切りついたころ、殿下が顔を出した。息子を見ると小さく頷いていることから、忘れ物はないのだろう。ならば、私の取る行動は一つだけだ。
「伝えたいことがあると聞いたが、どうした?」
「父上、私が話します。殿下、父と私が用意した食事と水、口なおしの飲み物に毒と思われるものが混入されておりました」
「なに……? 色は」
「濃い紫です」
息子がそこまで話すと、殿下が顔を顰めて女官を睨むように見る。
「ミリア、どういうことだ? 私は『私の客人として大切に扱うように』と伝えたはずだ」
「わ、わたくしではありません!」
「では誰だ? しかも、病人になんということを……!」
「ほ、本当にわたくしではありません!」
殿下に殺気を向けられて、女官は震えながらも気丈に話をしている。そこは褒めるべきところだが、否定すればするほど彼女の状況は悪化するというのに、それがわからないのだろうか。推測になるが、薬をもらいに宮廷医師と話している隙に別の人間が混入した可能性のほうが高い。
「殿下、薬を盛ったのはおそらくそこの女官殿ではないでしょう。ですが毒らしきものが混入された以上、娘をここに置いておくわけには行きません。我が家に連れて帰ります」
「……そうだな。そのほうがいいだろう。他にも聞きたいことがあったのだが、致し方あるまい。後日、私がモーントシュタイン家に邪魔することにしよう。混入者についても、こちらで調べると約束する」
「お願いいたします」
「それから二人に話があるのだが……」
娘を連れて帰ると話すと、殿下は残念そうに溜息をつく。そして私を窺うように話があるというが、内容は想像がつく。
「ああ、夜会で紹介された息子の縁談のお話でしたら、大変光栄なことではありますがお断りさせていただきます」
「そうか……。相手はかなり乗り気でいたのだが……」
「そうだとしても、我が家の珍しいものを盗もうとするような娘がいる家の者との縁談など、なおさらお断りです」
「なに……っ?! そんなことをしたのか?!」
「ええ。殿下の紹介だからと、息子は友人たちと共に一度はその家の令嬢を茶会に招いたのです。その際にその令嬢は息子やその友人たちの目を盗み、入ったばかりの我が家の侍女を金と宝石で買収して共謀したのです。そのあと一緒に立入禁止の部屋に無断で入り、その中の物を持って部屋から出ようとしたところを部屋に仕掛けられていた罠に嵌って息子に捕まったのです」
今思い出しても腹が立つ。昔から我が家に出入りする若い侍女は、私と息子以外立入禁止だと言い聞かせているというのに、好奇心に負けるのか無断で部屋に入り、中にあるものを盗みだそうとするのだ。最初に雇った者が仕出かした時点で『罠を仕掛けよう』と言ったのは息子だ。それ以来、その部屋は罠を仕掛けたうえで鍵をかけるという徹底ぶりなのだが、それでも手癖の悪い者が一定数いるようで、部屋に入ろうとする者はあとを立たない。
「私が聞いた話と違うぞ?!」
「どのようなお話を聞かされたのかわかりかねますが、それは後日お聞かせ願います」
「ああ、そうしよう」
「申し訳ありません。……ああ、そちらのお二方もいらしてください。娘を護ってくださったお礼をしたいと存じます」
長々と手癖の悪い娘がいる家の胸糞が悪くなる話など聞かされたくはないので、殿下に悪いとは思ったが早々に話を打ち切る。娘を抱き上げながら蜘蛛とスパルトイに話しかけて我が家へと招待すると、二人は当然だというように頷いて私に近づき、隣に立った。それを見た殿下は、ひどく残念そうな顔をして溜息をついた。
「はあ……二人とも行ってしまうのか……」
『ミカがここから居なくなるんだから当然のことじゃないの。アタシたちはこのコを気に入ったのであって、アンタたちやこの場所を気に入ったわけじゃないのよ?』
《儂もコヤツと同じ思いじゃな。じゃからこそ、儂らは招待を受けるのじゃ》
「……そう、か……」
蜘蛛とスパルトイに冷たくあしらわれ、殿下はガックリと肩を落とす。その行動は珍しいが殿下を慰めることなどしないし、私にとって今は娘を優先させなければならない。息子に目をやれば、彼も珍しいものを見たとばかりに口角を上げて笑っていた。そして私の視線に気づいたのか、近づいてくると隣に立つ。
「娘の体調が回復しましたらご連絡いたします」
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「それでは殿下、これで失礼いたします」
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