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異世界転移編
殿下にドキドキしているらしい
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私の言葉に破顔するジークハルト様を見ると、胸がドキドキして煩いくらいだ。そんな私の様子を知ってか知らずか、お構いなしに私を軽々と持ち上げてその膝の上に乗せてしまった。そのおかげで彼の顔が近くなり、さらにドキドキする。
そんなことを考えていたら、怪我をした頬が目に入った。
「あ……」
「どうした?」
「ジークハルト様の頬の怪我を治すのを忘れていました……。申し訳ありません」
「ああ、構わない。それほど酷い怪我でもなかったしな」
「そうは仰いましても、治すとお約束しましたから」
まだ治っていないとは思わなかったし、私もすっかり忘れていたことに反省しきりだ。今すぐ治してもいいかと聞けばジークハルト様が嬉しそうに頷いてくれたので、そっと頬に掌をあてて【治癒】を発動すると私の掌が淡い光を放って傷を包む。あっという間に傷が塞がり、綺麗になった。魔法がうまく発動してくれたことに、内心安堵する。
「はい、終わりました」
「……っ! なんと綺麗な光なんだ……。それに、なんだか体の疲れが取れたような気がする」
「そのような効果はないはずなのですが……」
「たとえそうであろうとも、俺がそう感じたんだ。だからありがとう、ミカ」
「どういたしまして。……っ」
微笑んでお礼を言ったジークハルト様につられるように私もお礼をいうと、額にキスが落とされた。そんなことをされるとは思ってもみなかった。外国からいらした取引先の方と挨拶としてのキスは何度もしたことはあるけれど、感謝のキスをされたのは初めてだから、顔が赤くなるのがわかる。
……この歳でキス一つすらない私って……。
「ふ……口付け一つで赤くなって。ミカは可愛いなあ……」
「じ、ジークハルト様、からかわないでください!」
「本当のことを言っているだけだが?」
しれっとそんなことを言う彼に、このような方だったのかと唖然としてしまう。
「そ、それで、刺繍の図案なのですが」
「ああ、……うん、これだ」
話を逸らしてジークハルト様の膝から下ろしてもらおうと思っていたのに、彼はそのままの格好で本を取ると、見開きのままだったページにあるその図案を指差した。
「わかりました。次にお城に行くまでに仕上げて、お持ちしますね」
「そんなに早くできるものなのか?」
「普通ならばできないのでしょうけれど、【裁縫師】の職業補正なのか、早く作れるような気がするのです。クッションも思っていた以上に早く作れましたし」
「ああ、なるほど。恐らくそうなのであろう。職業補正は必ずあるからな」
「そうなのですね」
そんな話をしながらお菓子を食べたり紅茶を飲んだりしていた。カップが持ちにくいし溢すと危ないからと言ってもジークハルト様の膝からおろしてもらえず、結局そのままの体勢で飲む羽目になってしまった。しかも、私が膝からおりようとすると腰をがっちり掴んで動けないようにするのだから、どうしようもない。
「ジークハルト様、足が痺れませんか?」
「いや? ミカは羽のように軽いから、ずっとこうしていられるぞ?」
「そ、そうですか……」
遠まわしに重いだろうからおろしてと言ってもニコニコ笑うだけでおろしてくれないし、お菓子が美味しいからそのお礼だとギュッと抱きしめて頬や額、こめかみや髪にキスをする始末。まさか婚約というか結婚を承諾しただけでこんなに豹変するとは思わなくて、遠い目になってしまうのは仕方がない。結婚したらどうなるんだろう……と考えて、結局は考えることを放棄した。
「早く一緒に暮らしたい……」
「え……?」
「ミカ……」
「あ……」
他の刺繍の図案を一緒に眺めたり話したりしていたら、ふいに頭を撫でられ、そんなことを言われた。名前を呼ばれて本から視線を上げれば、私の目を見ながら顔が近づいてくる。
「グラナート、そこまでだ」
「……チッ」
あと少しでキスされる、と思ったところでノックの音がし、兄の声と同時にジークハルト様の頭が後ろに動く。顔を上げると兄と一緒に父が一緒にいて、彼の状態を見て二人とも驚いていた。そしてアレイさんやシェーデルさん、ナミルさんも。
「殿下……」
「アイゼン、アル、ミカは可愛いなぁ……アルの言った通りだった! 婚姻を承諾してもらえたんだ、申し込んでよかったぞ!」
「……そうですか」
先ほどのことなどなかったかのように、嬉々としてそんなことを話すジークハルト様に生温い視線を向ける父と兄、思わず頬が赤くなってしまう私。そんな私たちの様子を、魔物たちが呆れたような雰囲気を出して、父や兄と同じような生温い視線を向けてくる。
《まさか、あそこまで豹変するとはのう……》
『これから溺愛しまくるんじゃないかしら』
<夜とか寝かせ、むぐっ>
《『それ以上は禁句じゃ!』》
……そんな三人の会話は聞かなかったことにしようと思った瞬間だった。
***
ジークハルト様が帰られたあとのこと。
夕食を食べたあと、ジークハルト様にも御守りをあげようと部屋に篭って作っていたら、父と兄が来た。ちょうど作り終え、刺繍を始めようと思っていたところだったので驚いたのもある。
「お父様、お兄様。何かありましたか?」
「あったというか、ないというか……」
妙に歯切れの悪い父の言い方に首を傾げるも、コーヒーが飲みたいというので淹れると二人の前に置いた。もちろん魔物の三人にも紅茶やミルクを配っている。
「実花。本当に殿下と結婚してもいいんだな?」
「グラナートは騎士だ。あいつは強いが、怪我をすることもあると思う。それでも、か?」
二人の言葉に、何を心配しているのかなんとなく察する。多分、怪我だけではなく死ぬ可能性があるとも言っているのだろう。あと、王家に嫁ぐことになるから、そのあたりも大変だと伝えたいのだと思う。
「それでも、私は殿下の……ジークハルト様の言葉を嬉しいと思ってしまったのです。もしかしたら、私のほうが危ない目に遭う可能性もありますよね? けれど私は、『必ず護る』『幸せにする』『ずっと一緒にいられる方法を探す』と言ってくださった言葉が嬉しかったのです……それが不可能だということがわかっていても……」
「実花……」
ジークハルト様がどのような思いで私に結婚を申し込んだのか、『明確な答えを言われなかったからわからない』というほど子どもじゃない。今はジークハルト様と同じ思いを返せるかどうかわからないけれど、その努力をするつもりでいる。
そんなことを二人に伝えれば、「わかった」といって溜息をついた。
「明日殿下と相談してからになるが、王子妃教育を専門に教育してくださる方に連絡をとり、実花の教育をお願いしようと思う」
「はい」
「もしかしたら、王家には貴族とは違うしきたりや動きがあるかも知れないが……大丈夫か?」
何が、とは言わない父の心配はとても有り難い。だが、嫁ぐと決めた以上、どんな状態であろうとやり遂げようと思っているし、今はまだ話す勇気はないけれどいつか話せたらと思っている。
「やってみなければわかりませんから、なんとも言い難いのですが……。それでも私は、頑張ってみようと思っています」
「そうか……わかった。教育や準備を含めると、式は早くて半年、遅くとも一年後になるだろう」
「随分早いのですね。婚約期間はもっとあると思っていました」
「普通はそうなのだろうが、殿下は騎士だしな……」
「あと、早く一緒に過ごしたいっていうグラナート本人の意向も出てくるんじゃないか?」
「ぅ……そ、そんなことはないと思うのですが……」
昼間キスされそうになったことを思い出してしまって頬が熱くなる。そんな私をまたもや全員が生温い視線を向けて見ている。
「まあ、そのあたりも明日以降の話し合いで決めることになると思う」
「はい」
「明後日は一緒に登城することになるから、明日は一日休んでおくれ」
「わかりました。領地の仕事のお手伝いがないようであればこの部屋で過ごしたいのですが、いいでしょうか」
「うーん……」
腕を組んで悩む父に、兄が助け舟をだしてくれた。
「僕がいるから大丈夫だよ、親父」
『アタシたちもいるしね』
「わかった。だが、もう一つの部屋に慣れることにも努力しなさい。いいね?」
「はい」
この世界の生活に慣れるために、そして貴族の令嬢として振舞えるように、ということなのだろう。その際、自分の職業だからと刺繍の道具や布地をもう一つの部屋に持って行っていいか聞けば、ミシンなどの文明の利器以外はこの世界にもあるというので、それ以外はいいと許可がおりた。
「あ、そうでした。お父様、お兄様、これを」
「ん?」
「これは……」
出来上がった御守り袋を二人に手渡すと、懐かしそうに見つめる。
「本当は先に洋服を作って渡したかったのですけれど、まだ作っていないのです。先にと思って御守りを作りました。本当の御守りのように中に何か入っているわけではないのですが、袋には【白魔法】の【シールド】と【マジック・シールド】、【状態維持】をかけています」
「「実花……」」
「魔獣大暴走の話を聞いて、お二人が心配になってしまったのです。首から提げるのであれば革紐かチェーンを通しますし、ポケットに入れてもいいですし……」
「私はチェーンに通してもらおうかな」
「僕もチェーンに通してよ」
「わかりました。では、一度それを返してください」
二人から御守りもどきを受け取り、作ってあった穴にチェーンを通していく。このチェーンはこの世界にあるもので、商会に連れて行ってもらった時に見つけたものだった。……正直、御守りにチェーンというのも間抜けな話ではあるけれど。
どうぞ、とまた二人に渡すと、笑顔を浮かべて嬉しそうに首からぶら提げている。……やはり間抜けなので、今度はドッグタグでも作ってもらおうと思った。
「……御守りにチェーンは似合いませんね……」
「まあね。ドッグタグみたいなのがあるから、明日それを買ってくるよ、実花」
ぼそりと呟けば、兄は苦笑しながらもその存在を教えてくれた。
「まあ、ドッグタグがあるのですね。どのような形のものがあるのですか?」
「四角いものと盾の形のもの、剣の形もあるよ」
「盾とは騎士が持つような、あの盾ですか?」
「そうだよ」
兄が絵に描いてくれたのは、凧のようなひし形をしており、下の長い部分は丸みを帯びたものだった。それを見て、『御守り』という意味では盾の形はぴったりだと思う。
「それでしたら護衛である魔物の皆さんとジークハルト様の分も作りたいので、予備も含めてチェーンをあと五本と盾の形のタグを十個買って来ていただけますか?」
「いいけど……名前はどうするの? 自分で彫る?」
「はい。護衛の皆さんの名前は恐らく私しか知らないでしょうし、道具があれば彫れると思うのです」
「あはは、まあね。じゃあ彫金の道具も一緒に買ってくるよ」
「ありがとうございます、お兄様」
私たちの会話に父が拗ねたような顔をしたので、時間がある時にまた商会に連れて行ってほしいことと料理を教えてほしいとお願いすると、満面の笑顔で頷いてくれた。
そんな家族の団欒を過ごした夜は更けていった。
そして翌日の午前中、私が刺繍をしている間にお願いしたものを買って来てくれたらしく、ひょっこり顔を出した兄がそれを渡してくれた。全員の名前を彫っている間に兄に調節をお願いし、それが終わると同時に名前彫りも終わったので、それに魔法を施して兄や護衛三人に渡すと喜んでくれた。
(ジークハルト様も喜んでくださるかしら……)
断られたらどうしよう……そんなことをふと思い、つい眉間に皺がよってしまう。
ネガティブになりそうな思考を吹っ切るために頭を軽く振り、領地の執務に戻った兄にお礼を言って見送るとまた刺繍を始めた。ジークハルト様が言っていた通り職業補正が働いているのか、地球にいたころよりも早い動きで手が動かせるのが不思議でならない。間に合わないかもしれないと思いはじめていたから安心した。
出来上がった刺繍を眺めてそのでき具合を確かめると、クッションにカバーをかける。ドッグタグと一緒にクッションにも魔法をかけてからラッピングし、夕食時に父にもドッグタグを渡すと喜んでくれた。
少しずつではあるけれど、以前とは比べ物にならないほど父や兄と話をしている。私から歩み寄ってよかったと思った瞬間だった。
お風呂に入って、この世界の部屋のベッドに潜りこむ。
ジークハルト様がどんな顔をするのか不安ではあったけれど、考えても仕方がないと頭を切り替え、アレイさん、シェーデルさん、ナミルさんに「おやすみなさい」と告げて眠りについた。
そんなことを考えていたら、怪我をした頬が目に入った。
「あ……」
「どうした?」
「ジークハルト様の頬の怪我を治すのを忘れていました……。申し訳ありません」
「ああ、構わない。それほど酷い怪我でもなかったしな」
「そうは仰いましても、治すとお約束しましたから」
まだ治っていないとは思わなかったし、私もすっかり忘れていたことに反省しきりだ。今すぐ治してもいいかと聞けばジークハルト様が嬉しそうに頷いてくれたので、そっと頬に掌をあてて【治癒】を発動すると私の掌が淡い光を放って傷を包む。あっという間に傷が塞がり、綺麗になった。魔法がうまく発動してくれたことに、内心安堵する。
「はい、終わりました」
「……っ! なんと綺麗な光なんだ……。それに、なんだか体の疲れが取れたような気がする」
「そのような効果はないはずなのですが……」
「たとえそうであろうとも、俺がそう感じたんだ。だからありがとう、ミカ」
「どういたしまして。……っ」
微笑んでお礼を言ったジークハルト様につられるように私もお礼をいうと、額にキスが落とされた。そんなことをされるとは思ってもみなかった。外国からいらした取引先の方と挨拶としてのキスは何度もしたことはあるけれど、感謝のキスをされたのは初めてだから、顔が赤くなるのがわかる。
……この歳でキス一つすらない私って……。
「ふ……口付け一つで赤くなって。ミカは可愛いなあ……」
「じ、ジークハルト様、からかわないでください!」
「本当のことを言っているだけだが?」
しれっとそんなことを言う彼に、このような方だったのかと唖然としてしまう。
「そ、それで、刺繍の図案なのですが」
「ああ、……うん、これだ」
話を逸らしてジークハルト様の膝から下ろしてもらおうと思っていたのに、彼はそのままの格好で本を取ると、見開きのままだったページにあるその図案を指差した。
「わかりました。次にお城に行くまでに仕上げて、お持ちしますね」
「そんなに早くできるものなのか?」
「普通ならばできないのでしょうけれど、【裁縫師】の職業補正なのか、早く作れるような気がするのです。クッションも思っていた以上に早く作れましたし」
「ああ、なるほど。恐らくそうなのであろう。職業補正は必ずあるからな」
「そうなのですね」
そんな話をしながらお菓子を食べたり紅茶を飲んだりしていた。カップが持ちにくいし溢すと危ないからと言ってもジークハルト様の膝からおろしてもらえず、結局そのままの体勢で飲む羽目になってしまった。しかも、私が膝からおりようとすると腰をがっちり掴んで動けないようにするのだから、どうしようもない。
「ジークハルト様、足が痺れませんか?」
「いや? ミカは羽のように軽いから、ずっとこうしていられるぞ?」
「そ、そうですか……」
遠まわしに重いだろうからおろしてと言ってもニコニコ笑うだけでおろしてくれないし、お菓子が美味しいからそのお礼だとギュッと抱きしめて頬や額、こめかみや髪にキスをする始末。まさか婚約というか結婚を承諾しただけでこんなに豹変するとは思わなくて、遠い目になってしまうのは仕方がない。結婚したらどうなるんだろう……と考えて、結局は考えることを放棄した。
「早く一緒に暮らしたい……」
「え……?」
「ミカ……」
「あ……」
他の刺繍の図案を一緒に眺めたり話したりしていたら、ふいに頭を撫でられ、そんなことを言われた。名前を呼ばれて本から視線を上げれば、私の目を見ながら顔が近づいてくる。
「グラナート、そこまでだ」
「……チッ」
あと少しでキスされる、と思ったところでノックの音がし、兄の声と同時にジークハルト様の頭が後ろに動く。顔を上げると兄と一緒に父が一緒にいて、彼の状態を見て二人とも驚いていた。そしてアレイさんやシェーデルさん、ナミルさんも。
「殿下……」
「アイゼン、アル、ミカは可愛いなぁ……アルの言った通りだった! 婚姻を承諾してもらえたんだ、申し込んでよかったぞ!」
「……そうですか」
先ほどのことなどなかったかのように、嬉々としてそんなことを話すジークハルト様に生温い視線を向ける父と兄、思わず頬が赤くなってしまう私。そんな私たちの様子を、魔物たちが呆れたような雰囲気を出して、父や兄と同じような生温い視線を向けてくる。
《まさか、あそこまで豹変するとはのう……》
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ジークハルト様が帰られたあとのこと。
夕食を食べたあと、ジークハルト様にも御守りをあげようと部屋に篭って作っていたら、父と兄が来た。ちょうど作り終え、刺繍を始めようと思っていたところだったので驚いたのもある。
「お父様、お兄様。何かありましたか?」
「あったというか、ないというか……」
妙に歯切れの悪い父の言い方に首を傾げるも、コーヒーが飲みたいというので淹れると二人の前に置いた。もちろん魔物の三人にも紅茶やミルクを配っている。
「実花。本当に殿下と結婚してもいいんだな?」
「グラナートは騎士だ。あいつは強いが、怪我をすることもあると思う。それでも、か?」
二人の言葉に、何を心配しているのかなんとなく察する。多分、怪我だけではなく死ぬ可能性があるとも言っているのだろう。あと、王家に嫁ぐことになるから、そのあたりも大変だと伝えたいのだと思う。
「それでも、私は殿下の……ジークハルト様の言葉を嬉しいと思ってしまったのです。もしかしたら、私のほうが危ない目に遭う可能性もありますよね? けれど私は、『必ず護る』『幸せにする』『ずっと一緒にいられる方法を探す』と言ってくださった言葉が嬉しかったのです……それが不可能だということがわかっていても……」
「実花……」
ジークハルト様がどのような思いで私に結婚を申し込んだのか、『明確な答えを言われなかったからわからない』というほど子どもじゃない。今はジークハルト様と同じ思いを返せるかどうかわからないけれど、その努力をするつもりでいる。
そんなことを二人に伝えれば、「わかった」といって溜息をついた。
「明日殿下と相談してからになるが、王子妃教育を専門に教育してくださる方に連絡をとり、実花の教育をお願いしようと思う」
「はい」
「もしかしたら、王家には貴族とは違うしきたりや動きがあるかも知れないが……大丈夫か?」
何が、とは言わない父の心配はとても有り難い。だが、嫁ぐと決めた以上、どんな状態であろうとやり遂げようと思っているし、今はまだ話す勇気はないけれどいつか話せたらと思っている。
「やってみなければわかりませんから、なんとも言い難いのですが……。それでも私は、頑張ってみようと思っています」
「そうか……わかった。教育や準備を含めると、式は早くて半年、遅くとも一年後になるだろう」
「随分早いのですね。婚約期間はもっとあると思っていました」
「普通はそうなのだろうが、殿下は騎士だしな……」
「あと、早く一緒に過ごしたいっていうグラナート本人の意向も出てくるんじゃないか?」
「ぅ……そ、そんなことはないと思うのですが……」
昼間キスされそうになったことを思い出してしまって頬が熱くなる。そんな私をまたもや全員が生温い視線を向けて見ている。
「まあ、そのあたりも明日以降の話し合いで決めることになると思う」
「はい」
「明後日は一緒に登城することになるから、明日は一日休んでおくれ」
「わかりました。領地の仕事のお手伝いがないようであればこの部屋で過ごしたいのですが、いいでしょうか」
「うーん……」
腕を組んで悩む父に、兄が助け舟をだしてくれた。
「僕がいるから大丈夫だよ、親父」
『アタシたちもいるしね』
「わかった。だが、もう一つの部屋に慣れることにも努力しなさい。いいね?」
「はい」
この世界の生活に慣れるために、そして貴族の令嬢として振舞えるように、ということなのだろう。その際、自分の職業だからと刺繍の道具や布地をもう一つの部屋に持って行っていいか聞けば、ミシンなどの文明の利器以外はこの世界にもあるというので、それ以外はいいと許可がおりた。
「あ、そうでした。お父様、お兄様、これを」
「ん?」
「これは……」
出来上がった御守り袋を二人に手渡すと、懐かしそうに見つめる。
「本当は先に洋服を作って渡したかったのですけれど、まだ作っていないのです。先にと思って御守りを作りました。本当の御守りのように中に何か入っているわけではないのですが、袋には【白魔法】の【シールド】と【マジック・シールド】、【状態維持】をかけています」
「「実花……」」
「魔獣大暴走の話を聞いて、お二人が心配になってしまったのです。首から提げるのであれば革紐かチェーンを通しますし、ポケットに入れてもいいですし……」
「私はチェーンに通してもらおうかな」
「僕もチェーンに通してよ」
「わかりました。では、一度それを返してください」
二人から御守りもどきを受け取り、作ってあった穴にチェーンを通していく。このチェーンはこの世界にあるもので、商会に連れて行ってもらった時に見つけたものだった。……正直、御守りにチェーンというのも間抜けな話ではあるけれど。
どうぞ、とまた二人に渡すと、笑顔を浮かべて嬉しそうに首からぶら提げている。……やはり間抜けなので、今度はドッグタグでも作ってもらおうと思った。
「……御守りにチェーンは似合いませんね……」
「まあね。ドッグタグみたいなのがあるから、明日それを買ってくるよ、実花」
ぼそりと呟けば、兄は苦笑しながらもその存在を教えてくれた。
「まあ、ドッグタグがあるのですね。どのような形のものがあるのですか?」
「四角いものと盾の形のもの、剣の形もあるよ」
「盾とは騎士が持つような、あの盾ですか?」
「そうだよ」
兄が絵に描いてくれたのは、凧のようなひし形をしており、下の長い部分は丸みを帯びたものだった。それを見て、『御守り』という意味では盾の形はぴったりだと思う。
「それでしたら護衛である魔物の皆さんとジークハルト様の分も作りたいので、予備も含めてチェーンをあと五本と盾の形のタグを十個買って来ていただけますか?」
「いいけど……名前はどうするの? 自分で彫る?」
「はい。護衛の皆さんの名前は恐らく私しか知らないでしょうし、道具があれば彫れると思うのです」
「あはは、まあね。じゃあ彫金の道具も一緒に買ってくるよ」
「ありがとうございます、お兄様」
私たちの会話に父が拗ねたような顔をしたので、時間がある時にまた商会に連れて行ってほしいことと料理を教えてほしいとお願いすると、満面の笑顔で頷いてくれた。
そんな家族の団欒を過ごした夜は更けていった。
そして翌日の午前中、私が刺繍をしている間にお願いしたものを買って来てくれたらしく、ひょっこり顔を出した兄がそれを渡してくれた。全員の名前を彫っている間に兄に調節をお願いし、それが終わると同時に名前彫りも終わったので、それに魔法を施して兄や護衛三人に渡すと喜んでくれた。
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ネガティブになりそうな思考を吹っ切るために頭を軽く振り、領地の執務に戻った兄にお礼を言って見送るとまた刺繍を始めた。ジークハルト様が言っていた通り職業補正が働いているのか、地球にいたころよりも早い動きで手が動かせるのが不思議でならない。間に合わないかもしれないと思いはじめていたから安心した。
出来上がった刺繍を眺めてそのでき具合を確かめると、クッションにカバーをかける。ドッグタグと一緒にクッションにも魔法をかけてからラッピングし、夕食時に父にもドッグタグを渡すと喜んでくれた。
少しずつではあるけれど、以前とは比べ物にならないほど父や兄と話をしている。私から歩み寄ってよかったと思った瞬間だった。
お風呂に入って、この世界の部屋のベッドに潜りこむ。
ジークハルト様がどんな顔をするのか不安ではあったけれど、考えても仕方がないと頭を切り替え、アレイさん、シェーデルさん、ナミルさんに「おやすみなさい」と告げて眠りについた。
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