26 / 54
3章
4話
しおりを挟む
永瀬は高弥に言ったとおり、早急に新しい勤務先との調整を取り計らったため、 翌朝ユキと永瀬の家で高弥が目覚めたときには先方との面談が決まっていた。
検診で妊娠の経過は順調と言われてはいたが、まだ安定期と呼ばれる時期ではなかったので、高弥が遥々北陸まで移動することをユキはかなり渋っていたが、先々のことがきちんと決まった方が精神的には落ち着くことができるという永瀬の説得の元、早期の面談が実現することになったのだ。
ユキに引き留められて数日永瀬とユキの家で過ごしたが、面談の前日は北陸へ行く準備もあったため高弥はアパートに戻った。
そしてその夜、沢村とは別離を決意したのだから会わない方がいいのだとか、それでもやっぱり一目会いたいとか、一人でごちゃごちゃと考えていたのが馬鹿らしくなるくらい、あっさりと沢村は高弥の前に姿を現した。
「んだよ、もう寝てんのか」
明日に出発を控え、早めにベッドに入った高弥の布団の中に沢村が潜り込んできたのは夜半過ぎだった。
学会が行われていたボストンから帰国するにはまだ数日あったはずだ。
予定より早い帰国に高弥はひどく動揺して、思わず眠ったふりをしてしまった。
珍しいスーツ姿のまま沢村がベッドに入ってくると、ふわりと女ものの香水が香ってきた。よく纏ってくることの多いその香り。
婚約者と会ってから、此処へ来たのだろうか。
(ほんと、最っ悪……)
こんな思いも、いつものことなのに。
早く帰って来てくれて嬉しいと思ってしまう素直な恋心と、もうこんなこともこれで最後だと思うと引き裂かれそうな切なさと。それに混じった甘ったるい香水。全部が高弥の中でぐしゃぐしゃにかきまぜられて。
するり、と沢村のてのひらがTシャツから潜って直接高弥の肌に触れた。
まさかこのまま、と思わず身構えた高弥だったが、 横向きに寝ていた高弥の腹の辺りの肌を撫でて、うなじに何度もくちびるを押し付けていた沢村から、
「くそ……眠ぃ……」
とやや疲れたような声がしたかと思うと、その後静かな寝息が聞こえてきた。
完全に寝入ってしまったようなので沢村の腕の中から高弥はそっと抜け出して、スーツのジャケットを何とか脱がしてそれからもう一度布団に潜った。完全な遮光のカーテンではないので、街灯の灯りが仄かに入り込み、2週間ぶりの沢村の貌を映し出す。
「すげー、隈出来てる……」
思わず沢村の目の下を指で辿る。
「ボストンで忙しかったのかな……時差もあるし。まさか、遊び倒して疲れたわけじゃないよな……」
この人なら有り得ないことではないなと思わずくすり、と笑ってから、高弥は瞳に焼き付けるようにじっと沢村の寝顔を見つめた。
やっぱり、どうしようもなく好きだと思った。傍で子供を産むことができたら、どんなに幸せかと思うけれど。
(大丈夫。この子が一緒だから、 一人じゃないし)
高弥は自身の腹に手を当てて思った。
(少しでも沢村先生に似てる子だったらいいなぁ。あ、でも全部似ちゃったらあんなの俺の手に負えない)
そう思ったら何だかおかしくて、 笑えてきた。
沢村のシャツにおでこを押し当てて散々笑って、そして、笑ってるのに涙が溢れた。
「さよなら……」
音にならない声で高弥は静かに沢村に伝えた。
検診で妊娠の経過は順調と言われてはいたが、まだ安定期と呼ばれる時期ではなかったので、高弥が遥々北陸まで移動することをユキはかなり渋っていたが、先々のことがきちんと決まった方が精神的には落ち着くことができるという永瀬の説得の元、早期の面談が実現することになったのだ。
ユキに引き留められて数日永瀬とユキの家で過ごしたが、面談の前日は北陸へ行く準備もあったため高弥はアパートに戻った。
そしてその夜、沢村とは別離を決意したのだから会わない方がいいのだとか、それでもやっぱり一目会いたいとか、一人でごちゃごちゃと考えていたのが馬鹿らしくなるくらい、あっさりと沢村は高弥の前に姿を現した。
「んだよ、もう寝てんのか」
明日に出発を控え、早めにベッドに入った高弥の布団の中に沢村が潜り込んできたのは夜半過ぎだった。
学会が行われていたボストンから帰国するにはまだ数日あったはずだ。
予定より早い帰国に高弥はひどく動揺して、思わず眠ったふりをしてしまった。
珍しいスーツ姿のまま沢村がベッドに入ってくると、ふわりと女ものの香水が香ってきた。よく纏ってくることの多いその香り。
婚約者と会ってから、此処へ来たのだろうか。
(ほんと、最っ悪……)
こんな思いも、いつものことなのに。
早く帰って来てくれて嬉しいと思ってしまう素直な恋心と、もうこんなこともこれで最後だと思うと引き裂かれそうな切なさと。それに混じった甘ったるい香水。全部が高弥の中でぐしゃぐしゃにかきまぜられて。
するり、と沢村のてのひらがTシャツから潜って直接高弥の肌に触れた。
まさかこのまま、と思わず身構えた高弥だったが、 横向きに寝ていた高弥の腹の辺りの肌を撫でて、うなじに何度もくちびるを押し付けていた沢村から、
「くそ……眠ぃ……」
とやや疲れたような声がしたかと思うと、その後静かな寝息が聞こえてきた。
完全に寝入ってしまったようなので沢村の腕の中から高弥はそっと抜け出して、スーツのジャケットを何とか脱がしてそれからもう一度布団に潜った。完全な遮光のカーテンではないので、街灯の灯りが仄かに入り込み、2週間ぶりの沢村の貌を映し出す。
「すげー、隈出来てる……」
思わず沢村の目の下を指で辿る。
「ボストンで忙しかったのかな……時差もあるし。まさか、遊び倒して疲れたわけじゃないよな……」
この人なら有り得ないことではないなと思わずくすり、と笑ってから、高弥は瞳に焼き付けるようにじっと沢村の寝顔を見つめた。
やっぱり、どうしようもなく好きだと思った。傍で子供を産むことができたら、どんなに幸せかと思うけれど。
(大丈夫。この子が一緒だから、 一人じゃないし)
高弥は自身の腹に手を当てて思った。
(少しでも沢村先生に似てる子だったらいいなぁ。あ、でも全部似ちゃったらあんなの俺の手に負えない)
そう思ったら何だかおかしくて、 笑えてきた。
沢村のシャツにおでこを押し当てて散々笑って、そして、笑ってるのに涙が溢れた。
「さよなら……」
音にならない声で高弥は静かに沢村に伝えた。
180
あなたにおすすめの小説
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
当たり前の幸せ
ヒイロ
BL
結婚4年目で別れを決意する。長い間愛があると思っていた結婚だったが嫌われてるとは気付かずいたから。すれ違いからのハッピーエンド。オメガバース。よくある話。
初投稿なので色々矛盾などご容赦を。
ゆっくり更新します。
すみません名前変えました。
クローゼットは宝箱
織緒こん
BL
てんつぶさん主催、オメガの巣作りアンソロジー参加作品です。
初めてのオメガバースです。
前後編8000文字強のSS。
◇ ◇ ◇
番であるオメガの穣太郎のヒートに合わせて休暇をもぎ取ったアルファの将臣。ほんの少し帰宅が遅れた彼を出迎えたのは、溢れかえるフェロモンの香気とクローゼットに籠城する番だった。狭いクローゼットに隠れるように巣作りする穣太郎を見つけて、出会ってから想いを通じ合わせるまでの数年間を思い出す。
美しく有能で、努力によってアルファと同等の能力を得た穣太郎。正気のときは決して甘えない彼が、ヒート期間中は将臣だけにぐずぐずに溺れる……。
年下わんこアルファ×年上美人オメガ。
巣ごもりオメガは後宮にひそむ【続編完結】
晦リリ@9/10『死に戻りの神子~』発売
BL
後宮で幼馴染でもあるラナ姫の護衛をしているミシュアルは、つがいがいないのに、すでに契約がすんでいる体であるという判定を受けたオメガ。
発情期はあるものの、つがいが誰なのか、いつつがいの契約がなされたのかは本人もわからない。
そんななか、気になる匂いの落とし物を後宮で拾うようになる。
第9回BL小説大賞にて奨励賞受賞→書籍化しました。ありがとうございます。
巣作りΩと優しいα
伊達きよ
BL
αとΩの結婚が国によって推奨されている時代。Ωの進は自分の夢を叶えるために、流行りの「愛なしお見合い結婚」をする事にした。相手は、穏やかで優しい杵崎というαの男。好きになるつもりなんてなかったのに、気が付けば杵崎に惹かれていた進。しかし「愛なし結婚」ゆえにその気持ちを伝えられない。
そんなある日、Ωの本能行為である「巣作り」を杵崎に見られてしまい……
回帰したシリルの見る夢は
riiko
BL
公爵令息シリルは幼い頃より王太子の婚約者として、彼と番になる未来を夢見てきた。
しかし王太子は婚約者の自分には冷たい。どうやら彼には恋人がいるのだと知った日、物語は動き出した。
嫉妬に狂い断罪されたシリルは、何故だかきっかけの日に回帰した。そして回帰前には見えなかったことが少しずつ見えてきて、本当に望む夢が何かを徐々に思い出す。
執着をやめた途端、執着される側になったオメガが、次こそ間違えないようにと、可愛くも真面目に奮闘する物語!
執着アルファ×回帰オメガ
本編では明かされなかった、回帰前の出来事は外伝に掲載しております。
性描写が入るシーンは
※マークをタイトルにつけます。
物語お楽しみいただけたら幸いです。
***
2022.12.26「第10回BL小説大賞」で奨励賞をいただきました!
応援してくれた皆様のお陰です。
ご投票いただけた方、お読みくださった方、本当にありがとうございました!!
☆☆☆
2024.3.13 書籍発売&レンタル開始いたしました!!!!
応援してくださった読者さまのお陰でございます。本当にありがとうございます。書籍化にあたり連載時よりも読みやすく書き直しました。お楽しみいただけたら幸いです。
待っててくれと言われて10年待った恋人に嫁と子供がいた話
ナナメ
BL
アルファ、ベータ、オメガ、という第2性が出現してから数百年。
かつては虐げられてきたオメガも抑制剤のおかげで社会進出が当たり前になってきた。
高校3年だったオメガである瓜生郁(うりゅう いく)は、幼馴染みで恋人でもあるアルファの平井裕也(ひらい ゆうや)と婚約していた。両家共にアルファ家系の中の唯一のオメガである郁と裕也の婚約は互いに会社を経営している両家にとって新たな事業の為に歓迎されるものだった。
郁にとって例え政略的な面があってもそれは幸せな物で、別の会社で修行を積んで戻った裕也との明るい未来を思い描いていた。
それから10年。約束は守られず、裕也はオメガである別の相手と生まれたばかりの子供と共に郁の前に現れた。
信じていた。裏切られた。嫉妬。悲しさ。ぐちゃぐちゃな感情のまま郁は川の真ん中に立ち尽くすーー。
※表紙はAIです
※遅筆です
孕めないオメガでもいいですか?
月夜野レオン
BL
病院で子供を孕めない体といきなり診断された俺は、どうして良いのか判らず大好きな幼馴染の前から消える選択をした。不完全なオメガはお前に相応しくないから……
オメガバース作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる