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3章
5話 side.S
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「は?高弥、しばらく休んでる?」
とっくに出勤しているはずの高弥の姿が見当たらず、医局にいた看護師に沢村が問うと
「あれ?高弥先生から聞いてないですか?高弥先生、沢村先生がボストン行ってる間からずっと休んでるんですよ。長期の休みになるみたいで院長が系列病院の消化器科外科から1人ヘルプ呼んでます。シフト的には支障ないですけど、患者さん達は寂しがっちゃって。それに大きな病気ではないみたいですけどやっぱり長いお休みは心配ですよね」
と返された。
驚いてパソコンの共用フォルダにあるシフト表を見ると、いつの間にか変更になっていたらしく、高弥の名前が何処にも見当たらない。
今朝、小さな物音がして目を覚ますと、高弥は丁度家を出る直前の様子だった。
「……も、行くのか?早くね?」
ベッドから沢村が寝ぼけた声で問うと驚いたように高弥が振り返った。
「……っ早番の前にやっておきたい仕事があって……まだ早いからもうちょっと寝たらどうですか? 沢村先生今日はゆっくりでいいんでしょ?」
そう答えたあいつの顔はどんなだったか?
(くそっ……思い出せねぇ、今朝は眠すぎた……早く帰ろうとしてスケジュール詰めすぎたせいだな)
学会で論文を発表した後は、永瀬の父親がCEOを務める製薬会社の新しい抗癌剤の開発に協力するため、ボストン市内にあるラボにも通い詰めでハードな日程だったのだ。沢村が発表した論文の腹腔内化学療法の使用にも期待できる抗癌剤の開発でもあったため、沢村もその仕事に関わることに異議はなかったが、残してきた高弥の様子が気掛かりで堪らず怒涛の勢いで仕事をこなして帰国したのだ。
向こうの研究者に日本人は働き蜂のようだと笑われたのは不本意だが、出国前の高弥の様子を思い出すと妙な胸騒ぎもしたのだ。
時差で電話も通じづらい上に、メッセージで気の利いたことを送るような性格でもないので、できるだけ早く帰国するためにスケジュールを詰め込んだのである。
急いで東京に帰るとその足で、購入したばかりのまだ片付いていない新居に向かった。残っていた手続きや大きな家具の搬入を幾つか済ませなくてはならず、それらを終えてようやく高弥の部屋に着いたときは、もうクタクタで高弥の顔を見た瞬間、安堵で意識を失うように眠ってしまった。
朝も折角高弥が出て行くときに目を覚ますことが出来たのに、高弥の香りがする布団が疲れた体には魅力的すぎて、再び寝入ってしまった。不覚にもほどがある。
「……ちっ」
思わず舌打ちをすると周囲の看護師が一斉に沢村を見た気がしたが、構わず目的の場所を目指して凄まじい勢いで歩き出した。
学会で留守にしている間、高弥のGPSが示していた場所から考えると、高弥の行き先をおそらくあの人は知っている。
一人が寂しくて里帰り気分であの家に泊まってるのだろうなんて悠長な考えだったのかもしれない。あの人が本気になって高弥を隠したら、あの時と一緒できっと見つけるのは至難の業だ。慌てて携帯で高弥の居場所をチェックしたが、既にGPSがオフにされていて、居場所はもう掴めない。
すれ違う人は皆普段の沢村からは想像出来ない形相に思わず固まっているようだったが、構わず目的の場所に向かった。人が多いナースステーション周辺を抜けて人が少なくなったところで、沢村は一人の男に腕を捕まれた。
「あんた……っいい加減にしろよっ……高弥さんずっと体調悪くて……っあれ、まさか悪阻とかじゃねぇだろうな?……しかも結婚するくせに高弥さんのうなじにめちゃくちゃ狂ったみたいにマーキングしやがって。他のアルファに対して威嚇して、咬ませないために付けた痕だよな?結婚するから番にもなってやらないのに、高弥さんにも他に番を作らせないようにして自分のものにしておくなんて卑怯過ぎんだろ……っ」
言い終わるかどうかのところで、ダンっと辺りに大きな音が響いた。
怒鳴るように言った北岡だったが、逆に沢村に襟首を掴まれて廊下の壁に押し付けられたのだ。
「北岡ぁ、あいつ悪阻っぽかったか?」
想像と違う沢村の反応に北岡は狼狽えた。
「最近よく吐いて……」
思わず聞かれたことに素直に答えてしまうほどの沢村の気迫に、北岡は完全に勢いが削がれてしまった。
「やっぱ、そう、か。そんな気配だったもんなぁ」
男がくつくつと嗤いながら浮かべた表情に、おかしいほどに付けられていた高弥のうなじへのマーキング。沢村の狂気を感じて北岡はぞっと背筋を凍らせた。
「あいつは俺のだっつたろーが。何度も言わせるんじゃねぇよ。俺から本気で取ろうと思ってんなら、もちろん死ぬ覚悟くらいは出来てんだろうなぁ?北岡」
「あ……あ………」
沢村から向けられた恐ろしいほどの本気に、北岡は戦意を削がれたようだった。
沢村は北岡の様子を見ると興味を失ったように乱暴に手を離した。そして北岡をぞっとするような視線で一瞥した後、ポケットからスマホを取り出すと軽くタップして耳に当てながら歩き出した。
「よぉ、橋本。休みんとこ悪いけど、今すぐ今日のシフト代わってくんねぇ?はぁ?別に無理ってんなら仕方ねぇけど、真夜中にテメーのSOSの呼び出しに来てやった優しーいセンパイは誰だっけ?今そっこー来ねぇと俺も二度と助けてやんねぇけどな?あぁ、わかってんならいいんだよ、別に。 じゃ10分で来いよ」
ぶつり、と通話を切ると、沢村はもう足を止めずに永瀬のいる院長室に向かった。
どんな緊迫した場面でも、何処か余裕のある沢村の鬼気迫る様子を、北岡は信じられないものを見るような目で見ていた。
とっくに出勤しているはずの高弥の姿が見当たらず、医局にいた看護師に沢村が問うと
「あれ?高弥先生から聞いてないですか?高弥先生、沢村先生がボストン行ってる間からずっと休んでるんですよ。長期の休みになるみたいで院長が系列病院の消化器科外科から1人ヘルプ呼んでます。シフト的には支障ないですけど、患者さん達は寂しがっちゃって。それに大きな病気ではないみたいですけどやっぱり長いお休みは心配ですよね」
と返された。
驚いてパソコンの共用フォルダにあるシフト表を見ると、いつの間にか変更になっていたらしく、高弥の名前が何処にも見当たらない。
今朝、小さな物音がして目を覚ますと、高弥は丁度家を出る直前の様子だった。
「……も、行くのか?早くね?」
ベッドから沢村が寝ぼけた声で問うと驚いたように高弥が振り返った。
「……っ早番の前にやっておきたい仕事があって……まだ早いからもうちょっと寝たらどうですか? 沢村先生今日はゆっくりでいいんでしょ?」
そう答えたあいつの顔はどんなだったか?
(くそっ……思い出せねぇ、今朝は眠すぎた……早く帰ろうとしてスケジュール詰めすぎたせいだな)
学会で論文を発表した後は、永瀬の父親がCEOを務める製薬会社の新しい抗癌剤の開発に協力するため、ボストン市内にあるラボにも通い詰めでハードな日程だったのだ。沢村が発表した論文の腹腔内化学療法の使用にも期待できる抗癌剤の開発でもあったため、沢村もその仕事に関わることに異議はなかったが、残してきた高弥の様子が気掛かりで堪らず怒涛の勢いで仕事をこなして帰国したのだ。
向こうの研究者に日本人は働き蜂のようだと笑われたのは不本意だが、出国前の高弥の様子を思い出すと妙な胸騒ぎもしたのだ。
時差で電話も通じづらい上に、メッセージで気の利いたことを送るような性格でもないので、できるだけ早く帰国するためにスケジュールを詰め込んだのである。
急いで東京に帰るとその足で、購入したばかりのまだ片付いていない新居に向かった。残っていた手続きや大きな家具の搬入を幾つか済ませなくてはならず、それらを終えてようやく高弥の部屋に着いたときは、もうクタクタで高弥の顔を見た瞬間、安堵で意識を失うように眠ってしまった。
朝も折角高弥が出て行くときに目を覚ますことが出来たのに、高弥の香りがする布団が疲れた体には魅力的すぎて、再び寝入ってしまった。不覚にもほどがある。
「……ちっ」
思わず舌打ちをすると周囲の看護師が一斉に沢村を見た気がしたが、構わず目的の場所を目指して凄まじい勢いで歩き出した。
学会で留守にしている間、高弥のGPSが示していた場所から考えると、高弥の行き先をおそらくあの人は知っている。
一人が寂しくて里帰り気分であの家に泊まってるのだろうなんて悠長な考えだったのかもしれない。あの人が本気になって高弥を隠したら、あの時と一緒できっと見つけるのは至難の業だ。慌てて携帯で高弥の居場所をチェックしたが、既にGPSがオフにされていて、居場所はもう掴めない。
すれ違う人は皆普段の沢村からは想像出来ない形相に思わず固まっているようだったが、構わず目的の場所に向かった。人が多いナースステーション周辺を抜けて人が少なくなったところで、沢村は一人の男に腕を捕まれた。
「あんた……っいい加減にしろよっ……高弥さんずっと体調悪くて……っあれ、まさか悪阻とかじゃねぇだろうな?……しかも結婚するくせに高弥さんのうなじにめちゃくちゃ狂ったみたいにマーキングしやがって。他のアルファに対して威嚇して、咬ませないために付けた痕だよな?結婚するから番にもなってやらないのに、高弥さんにも他に番を作らせないようにして自分のものにしておくなんて卑怯過ぎんだろ……っ」
言い終わるかどうかのところで、ダンっと辺りに大きな音が響いた。
怒鳴るように言った北岡だったが、逆に沢村に襟首を掴まれて廊下の壁に押し付けられたのだ。
「北岡ぁ、あいつ悪阻っぽかったか?」
想像と違う沢村の反応に北岡は狼狽えた。
「最近よく吐いて……」
思わず聞かれたことに素直に答えてしまうほどの沢村の気迫に、北岡は完全に勢いが削がれてしまった。
「やっぱ、そう、か。そんな気配だったもんなぁ」
男がくつくつと嗤いながら浮かべた表情に、おかしいほどに付けられていた高弥のうなじへのマーキング。沢村の狂気を感じて北岡はぞっと背筋を凍らせた。
「あいつは俺のだっつたろーが。何度も言わせるんじゃねぇよ。俺から本気で取ろうと思ってんなら、もちろん死ぬ覚悟くらいは出来てんだろうなぁ?北岡」
「あ……あ………」
沢村から向けられた恐ろしいほどの本気に、北岡は戦意を削がれたようだった。
沢村は北岡の様子を見ると興味を失ったように乱暴に手を離した。そして北岡をぞっとするような視線で一瞥した後、ポケットからスマホを取り出すと軽くタップして耳に当てながら歩き出した。
「よぉ、橋本。休みんとこ悪いけど、今すぐ今日のシフト代わってくんねぇ?はぁ?別に無理ってんなら仕方ねぇけど、真夜中にテメーのSOSの呼び出しに来てやった優しーいセンパイは誰だっけ?今そっこー来ねぇと俺も二度と助けてやんねぇけどな?あぁ、わかってんならいいんだよ、別に。 じゃ10分で来いよ」
ぶつり、と通話を切ると、沢村はもう足を止めずに永瀬のいる院長室に向かった。
どんな緊迫した場面でも、何処か余裕のある沢村の鬼気迫る様子を、北岡は信じられないものを見るような目で見ていた。
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