神様は身バレに気づかない!

みわ

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プロローグ

旅立ち

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 風鈴が涼やかに鳴り、簾越しに射す木漏れ日が、畳の上にやわらかな文様を描いている。
 神社を思わせる神域の一室──
 その奥座敷にて、**翠音羽(スイノオトハ)**は、庭を眺めながら静かに扇を受けていた。
 漆のごとく艶やかな黒髪が畳に流れ、閉じた瞳の奥には、陽の光を封じたような金色が宿っている。
 その容貌はあまりにも神々しく、式神たちは正面から視線を合わせることさえ恐れ多いと感じていた。

 白銀の扇を手にした式神が、恭しく彼の傍らに仕える。
 その姿は、まるで一幅の絵のごとく。

「……それで、その後の様子はどうなっておる?」

 落ち着いた口調に、空気までもが静まり返る。

「御神、報告いたします」
 式神のひとりが巻物を開き、慎重に読み上げを始めた。

「第一弟子・天音姫様、信仰領にての導き、極めて良好に推移しております。現地神官たちへの教導も円滑に進んでおります」

「ふふ、あやつは昔から手のかからぬ子じゃ。見事な働きぶりよのう」

「第五弟子・神楽夜様、水源調整を完遂。現地の民より供物が奉納されております」

「うむ、あの子もよう励んでおる。皆、成長したものじゃな」

 翠音羽は扇を傾け、目を細めて微笑む。
 式神たちはその穏やかな微笑に、自然と頭を垂れた。

「ただ……ひとつ問題がございます」

 報告の節に、わずかな沈黙が生まれた。

「魂の浄化において、“鈴原 羽田子”という魂が転生を拒み続けており、怨念による腐敗が進行中。深層領域にて滞留し、通常の手段では対処困難とのことです」

「羽田子……ああ、あの目つきの鋭かった娘か。転生先は、どこじゃ?」

「西方異界──ルバート王国。貴族の女子として、すでに胎に宿っております」

「ふむ……そうか。まあ、そちは任せるとしよう。好きに裁け」

 ぽつりとそう言い、翠音羽は静かに寝返りを打った。
 扇の風に乗って、黒髪がさらりと揺れる。

「皆、ほんによく育ったのう。もはや、我が口出しするまでもない」

 そう呟いたその声音は、どこか寂しげで──

「……つまらんのう」

 ポン、と手にしていた扇子で膝を軽く叩く。

「そろそろ、ちと遊びに出てみるとするか」

「まっ、待たれませ御神! それは……転生をなさるという意味にございますか!?」

 慌てた声が飛び交い、空気がざわつく。

「御神……神格への影響があるやもしれませぬ。転生というのは、あまりに危う──」

「んふふ、そこまででよい」

 翠音羽は笑みを浮かべたまま、ぴたりと式神の言葉を遮る。
 声に威圧の色はない。ただ、誰もが口を閉ざすに足る、**揺るがぬ“在り様”**がそこにあった。

「気晴らしにちと出歩く程度のこと。何も騒ぎ立てるほどではあるまい?」

「し、しかし……」

「留守の間は、そちたちでうまくやっておるがよい。我が戻る頃には、また一段と腕を上げておるのじゃろうて」

 ひらりと扇を振ると、翠音羽の姿を淡い光が包む。
 ふわりと霞のように、その姿が薄れていった。

「御神が……!」

「転生やと!? あかん、止めろ!止める術はないんか!?」

「天音姫様が、血の涙を流して倒れましたーーっ!!」

 神界は、一瞬にして混乱と悲鳴の渦に包まれた。





これは、ヒマを持て余した一柱の神による──
お忍び異世界旅行である。

『神様は身バレに気付かない!』
その物語は、神が静かに消えた日から始まった。

 
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