神様は身バレに気づかない!

みわ

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第一章

2-3

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 この世界での暮らしにも、少しずつ慣れてきたとはいえ、シオンにとって戸惑うことはまだまだ多かった。

 そのひとつが、食事だった。

 

 ある日の昼食時。
 豪奢な食卓に並べられた料理を前に、シオンは神妙な顔つきでナイフとフォークを握っていた。手はぷるぷると震え、肉に刺そうとしては滑らせ、切ろうとしてもすべってしまう。

「……む、また逃げおった」

 ナイフが皿にキンッと当たって音を立てるたびに、周囲のメイドたちは「お、お気をつけくださいませ」とヒヤヒヤしていたが、シオン本人は真剣そのもの。

 そんな中、隣に座っていたグラーヴェが身を乗り出した。

 「シオン、無理に一人でやろうとしなくてもいいんだよ? まだ上手く扱えなくて当然だよ? 大丈夫、僕が手伝ってあげるから!!」

 心配というより、どこか嬉しそうな顔でナイフを手に取る兄。
 その勢いに少し驚きながらも、シオンは小さく頷いた。

 「うむ、頼む」

 その一言に、グラーヴェの目が見開かれ、思わず叫ぶ。

 「か、可愛い!!」

 「ん?」

 訳もわからず眉をひそめるシオンに、周囲のメイドたちはクスクスと笑い声を漏らした。

 

 ナイフとフォークにはまだ不慣れだったが、この世界の食事そのものは、シオンにとって毎日が楽しみだった。

 「日々かならず食を摂らねばならぬとは、斯様にも人の身とは手間なるものよな……されど、かくも美味なるものを毎に味わえるとは……うん、嬉しきことじゃのう……」

 神としてあった頃、彼にとって食事とは必要なものではなかった。
 お供えとして捧げられたものを気まぐれに口にする程度で、毎日三度、時間を決めて何かを食べるという感覚自体がなかった。

 だからこそ、今この日々が、あたたかく、面白く、そして不思議だった。

 

 その日の午後、シオンはクローヴィスの執務室を訪れていた。
 父の机に広がる書類の山を、じっと覗き込む。

 「それは、領地の水路に関する報告書だよ。まだ読めないだろうけど、興味があるのか?」

 微笑む父の横で、シオンは紙を手に取り、目を走らせる。

 「……ふむふむ、この川べりの里じゃな。なんと、水の量がちと減っておるのう。ほほぅ、上流でいじられたせいかや?」

 「……え?」

 クローヴィスが思わず手を止めて顔を上げた。

 だが、周囲の執事や秘書たちはそれを「たまたま地名を聞いたことがあるのか、真似事だろう」と笑って見守っていた。
 文字を読む年齢ではないはず。だから、気の利いたおままごととして受け止められていた。

 「ふふ……父上や、これ、よう書かれとるのう」

 「……ああ、そうか。ありがとう、シオン」

 

 父が羽ペンを走らせる音をじっと見つめていたシオンに、ふとクローヴィスが声をかけた。

 「書いてみるかい?」

 「よいのかや?」

 差し出された羽ペンを受け取り、クローヴィスの膝の上、紙の前に座ったシオンは、ペンを握り、筆先を紙に――

 「……うわ、書きづらっ!!」

 思わず叫ぶ。

 「うぬ、なんじゃこの筆先、ぴょこぴょこと落ち着かぬのう……まったく墨がのらぬではないか~!」

 その反応に、父は目を丸くし、周囲の使用人たちは小さく笑みをこぼした。

 「なんだか楽しそうね」
 「こうしていると、ほんとに年相応のお子様に見えるわ」

 シオンは眉を寄せながら、もう一度羽ペンを持ち直した。

 

 夜。
 シオンの部屋には、日が落ちたばかりのやわらかな灯が灯っていた。

 その中央、ふかふかのベッドの上では、彼が嬉々として跳ね回っていた。

 「ふふ……今日の跳ね加減は、ことのほか愉しきのう!」

 昔は畳に敷いた薄布団で眠っていた彼にとって、この沈み込むベッドはまるで雲の上。
 まったくもって神聖ではないが、それがたまらなく愛しい。

 「シオン、何をしているの……!」

 扉を開けて入ってきたオリヴィアの声に、シオンは跳ねた姿勢のまま固まった。

 「……こら。ベッドで暴れるなんて、はしたないですよ」

 「……すまぬ……」

 しゅんと項垂れるシオンに、母はため息をつきつつも、その子供らしい仕草に少しだけ笑みを浮かべていた。

 

 その後、寝る前のひとときを過ごすシオンは、本棚から一冊の本を手に取り、ベッドに座り込む。

 「これは巻物ではのうて……紙が一枚ずつ、ふわりと捲れるようになっておるのじゃなぁ……」

 ぺらっ、ぺらっ。
 内容を読むでもなく、意味もなくページを行ったり来たりめくり続ける。

 「見やすうて、ええの……」

 その様子を部屋の外から見ていたメイドたちは、目を細めてささやき合った。

 「……子供らしいって、こういうことなのね」
 「今までが不思議すぎて、なんだか……安心しちゃうわ」
 「本当に、あの子は子供なんだなって……可愛くて、仕方がないわ」

 

 ――神の器に宿った少年は、
 まだ、人の世のすべてを知らぬまま。けれど、確かに今を生き始めていた。

 
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