神様は身バレに気づかない!

みわ

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第一章

第四話 これが『魔法』の修行らしい。

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 朝露が草の葉先でゆれていた。公爵家本邸の庭――見渡せば、整然と刈り込まれた西洋樹と花々が、陽の光にきらめく。

 その庭の片隅、芝生の上に正座するシオンがいた。
 膝の上で掌を重ね、じっと息を潜めている。

 まるでそこだけ風が止まったかのように、静まり返る空気。
 空の色、草の匂い、石の熱――すべてを意識の奥へと沈めていく。

 (……今じゃ……)

 ぴくり、とシオンの指先が動いた。
 刹那、風もなく、ひとひらの葉が空中に舞い上がる。
 葉のまわりに淡い光が瞬き、それがゆっくりと円を描くように、シオンの頭上を旋回し始めた。

「……ふむ……ようやく、ひとまわり……」

 小さく呟いた声は、風に紛れて消えていく。

 だがその直後だった。
 光が一閃。葉が意図せぬ速度で弾け飛び、隣の花壇の飾り石に当たって「カンッ」と甲高い音を鳴らした。

 「うぅ……またやってしもうた……」

 シオンは、眉根を寄せて小さく肩を落とした。

 少し離れた屋敷の窓から、遠巻きに様子をうかがっていたメイドが、思わず息をのむ。
 その光景は、まるで魔法の訓練のように見える。
 だが、魔法とはまるで違う何か――名も知らぬ、もっと根源的な力の波がそこにはあった。



 貴族子息であれば、十歳の魔力検査を終えたあとは、それぞれ家庭教師のもとで本格的な魔法の学習を始める。
 氷を出し、火を扱い、風を操る術を学び、魔導の理を身体に刻み込む。

 しかし、シオンにはその道がない。魔力ではない、測れぬほどに異質な“何か”であるため、教えることも、教わることもできないのだ。

 「……みな、家族を守るために、強くなりたいと言うておったのう」

 ふと、彼は呟く。
 あの教会の白い回廊、神前の広間。魔力検査を終えた少年たちの、明るく真っ直ぐな声が耳に残っていた。

 ――『僕は強くなって、お父さんみたいに家を守るんだ!』
 ――『僕も!お姉ちゃんを守る!』

 そのとき、ただ静かに聞いていたシオンの胸に、柔らかな波紋が広がった。

 守る――

 (……そうじゃ。我も……この家の者たちを守りたい)

 目を閉じる。思い浮かぶのは、母の笑顔。兄の手。父の背。
 侍女たちの声、調理場の湯気、使用人の皺だらけの手。

 彼らは皆、あたたかかった。
「家族」を与えてくれた。
 そのぬくもりは、神であった頃の記憶にさえ、染み渡ってくるほどに愛おしいものだった。

 (……守りたい。この手で)

 だが、彼の力は“神力”――神のみが扱える、天の理を揺るがす力。
 ふと気を緩めれば、空は裂け、大地は沈む。
 それほどの力を、いま、幼きこの身の中で制御せねばならぬ。

 (まるで……鋭利な刃のついた鋏で、豆腐を掴もうとするようなものじゃ……)

 呼吸を整える。肩の力を抜き、意識を一点に。
 今度こそ、と小さく念じて、掌を前に出した――

 ……が、

 「わぷっ……!」

 小さな風圧と共に、前髪がふわりと逆立つ。思わず手で押さえ、後ろに転びそうになった身体を踏ん張って耐える。

 「くぅ……また、やりすぎたか……」

 力が暴れることはなかった。だが、制御しきったわけでもない。
 完璧な均衡など、夢のまた夢――

 それでも、今日もまた。

 少年は、もう一度、正座をしなおしていた。


 

「父上よ、庭の地を整え直したく思うておる」

執務室で机に向かっていたクローヴィスの手が止まる。声の主は当然、シオンだった。
唐突な申し出ではあるが、この子に限っては、もはや“普通”の枠組みで測れる存在ではない。

「……庭を? 何のためにだ」

問いかける父の視線を、シオンは正面から受け止め、凜とした口調で答える。

「『魔法』の鍛錬が必要なのじゃ。さればこそ、より集中しやすき場を整えたくてな」

「……魔法の、修行……?」

クローヴィスは内心でため息をつく。息子に魔力はない。それは魔力検査の場で、誰よりもはっきりと確認されている。
だが、あの日の“あれ”を見た者であれば、誰もが思うだろう――“魔力がない”からといって、この子に何もないわけではない、と。

「……本当に“魔法”のためなのか?」

「うむ。れっきとした『魔法の特訓』にてある!」

神妙な面持ちでうなずくシオン。そう言い切られてしまえば、クローヴィスとしても、それ以上突っ込むことはできない。……いや、突っ込めばいいのだ。突っ込むべきなのだ。だが。

(まあ、この子が満足してくれるなら、それでいい……)

何より、シオンが庭で力の制御を行っているときは、以前よりも身体的に安定しているのが分かる。それだけでも、この申し出は無下にできない。

「……分かった。職人を手配して、必要な道具も――」

「不要じゃ。己が手ずから整える」

ぴしゃりと断りの言葉が返る。クローヴィスはしばし沈黙した後、肩をすくめるようにして息を吐いた。

「分かった。だが無理はするな。疲れた時はすぐに呼ぶこと。いいな?」

「心得ておる」

シオンは満足そうに一礼すると、するりと部屋を出ていった。
そして――

その翌日には、庭の一角がまったく別の風景へと変貌を遂げていた。

「………………」

クローヴィスは、何も言えなかった。

目の前に広がっていたのは、王国のどこにも存在しない様式の庭園。
白砂が丁寧に均され、竹とみつまたやなぎが風にそよぎ、端には松が凛として佇む。飛び石はわずかに弧を描き、枯山水のような静謐が辺りを満たしている。
水の流れすらないのに、音が聞こえる気がする。不思議な感覚だった。

「……なん……だ、これは……」

もはや改造という次元ではない。完全に“造り替えられた”庭。
石の配置一つ、草木の並びまで、意図的に整えられているのが分かる。だが、それはこの国のどの建築様式にも属していない。


「……やりすぎだ、シオン……」

絞り出すように呟いた声に、誰も返す者はいなかった。
ただ、風が静かに通り過ぎ、砂紋の間をなぞるように抜けていった。
 
 
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