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第二章
第一話 初恋、神の手ほどき付き
しおりを挟む淡い陽の光が差し込む、重厚な書斎の一隅。
窓辺に置かれた黒檀の机の上には、一通の文が静かに置かれていた。
王都から届けられた、金糸の封蝋が押されたそれは、王家からの正式な書状だった。
「……第一王子殿下との婚約、だと?」
その一文を読み終えた男の眉間には、深い皺が寄っていた。
机の前に座るクローヴィスは、手紙を再び封に戻し、ゆっくりと目を閉じる。
そうして深く、重く、息を吐いた。
王家からの縁談。しかも第一王子。
それは一介の貴族にとっては栄誉であり、抗う余地などない申し出だった。
断れば――不敬。
受ければ――未来永劫、王家との血を交えるということになる。
「……やはり、そうなるのか」
独り言のように漏らした声は、己の迷いと憂いをそのまま孕んでいた。
◆ ◆ ◆
シオンが十三になっていた。
春が三度巡り、今や声も少し低く、顔立ちにも大人びた影が差してきた。
彼は十二歳を迎える年から、貴族の子息として必要な学びを始めていた。
領地経営、政略、書簡の礼儀、歴史。
家庭教師たちは一様に目を見張り、こう評した。
「教えがいのある子です」と。
吸収力は凄まじく、わずか数回の講義で一通りの内容を理解してしまう。
返される問いは鋭く、時には教師の考えを試すかのような深淵に至った。
だが。
「……ん? これはな、かつて星を削りて刻みし理じゃな……似て非なる、そらぞらしきものよ」
そんな言葉を、さらりと口にしたのだ。
講師が語ったのは、長年研究された精密魔導円の構造理論。
だというのに、シオンはそれを“星を削って刻んだ理”と称した。
意味は不明。だが、その声音には確かな実感があった。
理解ではなく、記憶している者の口ぶり。
「……おそらく、なにか別のものに、重ねて話しておられるのでしょう」
講師はそう笑って濁したが、屋敷の者たちははっきりと理解し始めたのだ。
――この子は、もはや“人”ではない。
いや、かねてより感じていた。
だが、この頃からそれは確信へと変わった。
誰も口には出さない。
問うてはいけないことだと、直感していた。
とはいえ、“人として”過ごしてきた年月は確かにある。
家族として笑い、学び、日々の食卓を囲んだ時間は、偽りなどではなかった。
――けれど、それと“妃として王族に嫁ぐ”ことは、まったく別の話だ。
クローヴィスは書斎の椅子に深く腰掛けたまま、額に手をやった。
人の子としての教育を施しても、根本が違えば擦り合わせは困難だ。
思い返せば、やらかしには事欠かなかった。
突如として消えた部屋に、破壊された魔石と石板。
見たことのない造りに改造された庭、身体へと吸い込まれていった謎の文字、
そして――屋敷の中を平然と動き回る、不気味な人形。
そのどれにも、シオンは悪気ひとつなく、周囲がなぜ驚いているのかを本気で理解できていない様子だった。
クローヴィスはまた、深く息をついた。
王族の妃となるということは、常に注目を浴び、礼節を求められる立場に身を置くということ。
国の柱となる者の隣に立つ存在は、決して奔放であってはならない。
いや、奔放であることすら許されないのだ。
だが――
「アイツにそれが、できるか……?」
その問いに、答えは出なかった。
いや、正確には既に答えはある。
「無理だ」と。
今の王は、信頼できる人物だ。
昔馴染みで、己の若かりし日をよく知る友人でもある。
だからこそ、利用しようなどとは思わないだろう。
しかし――王城には王族だけが住んでいるわけではない。
そこには貴族たちが群れをなし、
有力商会が情報を流し、
時に信仰と陰謀が手を取り合う。
シオンの“異質さ”は、彼らの目にどう映る?
あの子がもし、心を傷つけ、世界を拒むことがあったら――
もし、在るべき場所へ帰ってしまったら――
「……その時が、本当に“失う”時なのだろうな」
彼は立ち上がり、引き出しから一枚の羊皮紙を取り出した。
万年筆にインクを含ませ、慎重に記し始める。
「謁見を願いたい。友よ……シオンの件で、話がある」
ペン先が止まった時、彼の目にはひとつの決意が宿っていた。
シオンのことを――すべて話そう。
それが、たとえどれほど常識を揺るがすものであっても。
そして、婚約の話は――断つ。
それが、この子を守る唯一の道だと、そう信じた。
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