公爵家の五男坊はあきらめない

三矢由巳

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05 起きてくれ、エルンスト

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 青毛の愛馬テオは名馬である。
 公爵領には豊かな森だけでなく、名馬を育てる自然があった。仔馬の頃に見いだされたテオときょうだいの馬たちは公爵家の牧場で育てられた。テオの兄や姉は国王に献上された。気性の荒いテオだけが牧場に取り残された。
 乗馬の腕が上がってきたグスタフに公爵が与えたのがテオだった。乗馬の教師は怪我でもしては大変だと公爵に考えを改めてはと提言した。

「テオに蹴られて怪我をしたならそれまでのこと」

 乗馬の教師からその言葉を聞かされた乳母のハンナは薄情な公爵様と泣いていたらしい。
 そんなことを知らぬグスタフはテオに乗るように言われて嬉しかった。グスタフはテオの走る姿が大好きだった。牧場を走るテオは自由だった。何の悲しみも不安もないように見えた。
 厩の者達が苦労して引いてきたテオに、グスタフは自分で鞍を付けた。テオは少しも逆らわずグスタフを乗せた。
 その姿を都へ帰るため馬車に乗った公爵が遠くから見ていたことを誰も知らない。
 やがてテオとともに野山を駆け巡るグスタフの姿は領内の日常となった。
 グスタフの成長とともにテオは普通の馬を凌駕する名馬へと成長していった。
 伯爵領への往復などテオにとっては造作もないことだった。



 翌日の昼、グスタフは館に戻って来た。厩の者にテオに飼葉と水をたっぷりやるように指示すると、埃まみれの服のままエルンストのいる自分の寝室に向かった。

「若様!」

 エルンストの枕元にいた乳母ハンナは入って来たグスタフに駆け寄った。

「よくぞ御無事で」

 寝台の上のエルンストは熱のため赤い顔をしていた。息遣いは昨夜よりも苦し気だった。
 エルンストがこんなことになったのは、自分が暴漢を倒せなかったからだ。もっと早く倒していれば、エルンストを斬らせはしなかったものを。それなのに、乳母は息子だけでなくグスタフのことも案じている。グスタフはやるせなかった。なんという献身的な親子だろう。この母と子を是非とも守らねばならぬ。

「大丈夫だ。伯爵領の医者から薬を預かった。これを飲ませればよいのだ」

 息子が館に運び込まれて以来、初めて乳母はその場にくずおれた。

「ありがとうございます」

 グスタフは医者から預かった薬を服の隠しから出した。医者は農民の恰好をしたグスタフをいぶかしんだが、同業者の手紙を読んで薬を預けてくれた。服用の仕方も教えてくれた。

「エルンストは口から水が飲めるのか」

 乳母はいいえと力なく答えた。
 グスタフは侍女に水差しと錫製のコップを持ってこさせた。コップに入れた水と丸薬を口に含み、横たわるエルンストの頭を抱え上げて、口移しに飲ませた。熱でかさついた唇に、グスタフは泣きたくなった。自分がもっと強ければエルンストにこんな目を見せなかったのに。
 意識はないようだが、喉がごくりと動いた。なんとか飲み下してくれたようだった。
 心なしか、息遣いが楽になったように見えた。
 安堵したグスタフはそばの長椅子に寝転がるとそのまま寝てしまった。乳母は慌てて毛布をグスタフに掛けた。



 グスタフが目覚めたのは夕刻だった。乳母が運んできたオートミールの粥の匂いが鼻腔をくすぐった。
 エルンストは眠ったままだが、息は穏やかになっていた。乳母の話では熱は下がったということだった。とりあえずは安心とグスタフは粥を口にした。
 食後、執事のバックハウスが村役人の来訪を告げた。中年の村役人クラウスはグスタフを息子のようにかわいがっていた。彼は十年余り前に幼い息子を亡くしている。
 村役人は暴漢二人の死体を検案し、一人は毒、もう一人は刀傷が元で死亡したと告げた。一昨日の午後に村に一軒しかない宿屋に部屋をとって夜外出した二人連れの客だと思われるということだった。無論、宿帳に書かれた氏名はどこにでもいるような名前で、真実のものかは定かではなかった。二人の死体は教会の墓地の一画にある共同墓地に埋葬されたということだった。

「俺は腕を斬っただけだから、生きていると思ったが、毒を自分で飲んだのだな」
「恐らく」
「物盗りの類ではないな」

 物盗りなら金目のものを出せの一言くらいはあって当然である。だが、彼らは終始無言だった。

「それから」

 村役人は懐からハンカチーフを出した。

「現場に戻った村人がこれを拾ったそうです」
「これは……」

 渡されたハンカチーフは絹で、黄色いバラの刺繍があった。誰の持ち物か、公爵家の者なら皆知っている。恐らく領民も。

「村人には堅く口止めしております」
「気遣いすまぬ」
「あまり出歩かれぬほうがよろしいかと」

 だが、館にいるから安全とは限らない。このハンカチーフの持ち主が暴漢の背後にいるとしたら、この先どんな手を使ってくるかわかったものではない。
 暗澹たる気分で寝室に戻ると、乳母はいなかった。寝台の上ではエルンストが穏やかな寝息を立てていた。だが、意識はいまだに戻らない。いくら頑健な身体をしているエルンストであっても、食事がとれなければ、体力が落ちるばかりである。

「起きてくれ、エルンスト」

 寝台の横に立ち尽くし、グスタフは祈るように呟いた。
 だが、彼のまぶたは閉じられたままだった。


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