公爵家の五男坊はあきらめない

三矢由巳

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36 私の唯一

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「つまり、あなた様は女性がお好きなのですか」

 エルンストの口から出せたのはそれだけだった。

「そういうことになるのかしら。といっても誰でもいいわけではない。あなただって、そうでしょ。いいえ、誰だってそう。自分だけの一人、自分が相手にとっても唯一の存在、そういう相手を探している。たまたま、私は女性、あなたは男性の中から探してるだけ」

 アレクサンドラの言葉にエルンストは心の中でうなずいていた。そうだ。誰もが自分だけの一人を探している。それがたまたま自分にとってはグスタフだったというだけだ。

「だけど、いないのよ。私には唯一が。だから、あなた達が羨ましい」

 話はそれだけなのだろうか。もしそうなら仕事に戻らせて欲しいものだが。

「おそれいりますが、そろそろ」
「まだ続きがあるの」
「はい」

 どうやらまだ離してもらえないらしい。おかしな噂が広まらなければいいのだが。グスタフお気に入りの女官に秘書官補佐が手を出したなどという噂が出たら洒落にならない。

「女官になったら周りは女だけで男は近づいてこない、きっと相手が見つかる。そう思っていた。でも現実は違う。おまけに兄上があんなことになって。兄や親戚たちは、シュターデン公爵家の命運を私に賭けるようになった。ようするに王妃にと言い出した。でもね、男に興味を持てないのに、ほとんど知らない男性と結婚しろって、無茶よね。あなたにもわかるでしょ」
「はい」
「女性だけの後宮にずっといたかったのに、女官長は表の仕事をさせるし。仕事自体は嫌いじゃない。文書の翻訳もやってみればなかなか面白いし。でも、女が少ない」
「はあ」
「それで、考えたの。私が後宮を作ればいいって」

 エルンストはぎょっとした。まさかアレクサンドラは王位の簒奪を考えているのではないか。が、すぐにそれはないと思った。グスタフと親しいエルンストに簒奪の企てを持ち掛けるなどありえない。とすれば答えは一つである。

「王妃になりたいと仰せですか」
「そう。王妃になれば大勢の女官が集まる。その中に私の唯一の人がいるかもしれない」

 謎の武術を使うアレクサンドラは夢見る少女の顔になっていた。

「そううまくいくものでしょうか。陛下のことをほとんど御存知ないのに」

 エルンストは自分でも意地悪な物言いになっていると思った。

「前は知らなかった。でも、この一年近く仕事をしていると、少しだけわかった。あの方は物を知らないことを少しも恥ずかしく思わない。知らないからこそ知ろうと努力する。何より、国民のことをいつも考えている。初等教育の話、あなたも聞いているでしょ」
「はい」

 グスタフは財政再建に手をつける一方で初等教育を義務化しようとしていた。だが、多くの貴族は領地の農民が教育を受けることを望んでいない。下手に知恵をつければ歯向かうのではないかと恐れていた。中には教育は大事だと理解している貴族もいたが、働き手が減ることを領民自身が嫌がって初等教育に反対している場合もあった。
 諸国ではどうなっているか、調査をした際、アレクサンドラは海外の文書や書物を翻訳した。

「あの方は諸外国の実情を知らなかったことを恥じず、一生懸命初等教育について勉強した。そして男子も女子も同じように初等教育を受けることによって、識字率が上がり、歩兵の大半を占める農村からの招集兵の実力が向上し、女性が衛生について学ぶことで農村部での乳幼児の死亡率が減ることに気付いた。また書物によって農業の知識を多く得られることで麦や他の作物の収穫が増え、他国で進む工業化に対応できる職工も育成できるとわかった。教育が国を富ませ兵を強くするわ。近々、それらをまとめた報告書を出し、貴族たちを説得するでしょう。兄にもその話をしたら初等教育賛成派に変わった。問題は教師の確保だけれど、不足している地域は教会の僧侶や修道女の力を借りる。そして貴族の次男以下、手に職をつけたい下級貴族や市民の子女を対象に師範学校を作って教師の養成をする。そこまで考えている。こういう国王の妃になれるのなら、悪くはない」

 エルンストの知らぬ話もあった。アレクサンドラはグスタフの政策立案にとっては欠かせぬ人間になっているようだった。

「陛下を尊敬しておいでなのですね」
「そうね。あの方は尊敬できる。ただし男だから私の唯一ではない」

 アレクサンドラは愛情と敬意は区別しているようだった。

「まるで陛下を私の欲望のために利用しようとしているみたいだと思ってるでしょ」

 エルンストは内心そうだと言いたかった。

「正直でよろしいのでは」
「物は言いようね」

 アレクサンドラは笑った。が、すぐに真面目な顔になった。

「時間をかければ陛下と打ち解けてと思っていたけれど、そうもいかなくなってきた」
「どういう意味でしょうか」
「ディアナ妃よ。あの人、この前の大舞踏会ではずいぶんおとなしくしていたでしょ」
「そういえばそうですね」

 エルンストは大広間の片隅で貴族たちの様子を見ていたが、ディアナ妃は踊りもせず、一時噂になっていた宰相ライマンの近くにもいなかった。相変わらず目立つ容貌の彼女は取り巻きの貴婦人たちと話をしていた。

「あの女、宮廷での自分の力が弱くなるのを恐れて、陛下に愛妾を差し出そうと画策しているようね」
「さようなことができるのですか」
「即位以来まったく浮いた噂のない陛下に我が娘を妃として差し出したいと思う貴族は結構いる。ただ私の存在があるから、遠慮してる。でも、愛妾なら娘がそれなりに美しく賢ければ低い身分でも後ろ盾さえしっかりしていればなれる可能性がある。ディアナ妃自身がそうだったから」

 これはエルンストも知っていた。男爵令嬢だったディアナは仕えていた王妃の引き立てで出世し、前々王オイゲンの目に留まり王妃となり前王ハインツを産んだ。

「今度は彼女自身が目を付けた男爵家の令嬢を陛下の元に送り込もうとしている」
「陛下が相手にされますか」
「したくなくても、周りの圧力があれば相手にせざるを得なくなる。まさか、あなたがいるから嫌だなんて言えるわけないでしょ」

 そうなのだ。この国、いやそれだけではない、周辺諸国では、同性を愛していると公言することは許されない。慣習や宗教の縛りが厳しいのだ。ましてや王がそれを口にすれば退位に追い込まれかねない。

「妃がライマンに口利きを頼めば、圧力がかけやすい。そうなったら、陛下は板挟み」
「あなたが妃になっても、板挟みでは?」
「同じ板挟みでも事情を知ってると知らないじゃ大違いよ。男爵令嬢だって不幸にならない」

 確かにそうだ。何も知らず愛妾になるべく送り込まれる男爵令嬢がみすみす不幸になるのをエルンストも見たくはない。だが、目の前にいるアレクサンドラも不幸になるのではないか。

「あなたは、いいのですか」
「いいに決まってる。後宮にたくさん女官が集まってくるんですもの。ディアナ妃がいる頃は少なくってね。陛下が子どもだったものね」

 自己中心的な理由ではある。だが、エルンストは彼女ならましかもしれないと思った。ディアナ妃が再び宮中に大きな力を振るえば宮殿の外に出てもらった意味がない。だから具体的なことを知りたかった。

「御子はどうされます? 妃の一番の仕事はお世継ぎを産むことです」
「産んでみせるわ。陛下次第だけれど、それは陛下もわかっておいででしょう。一つ訊いてもいいかしら? 陛下のモノは役に立つ?」

 逆にとんでもない質問をされ、エルンストは絶句した。
 


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