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深まる絆
弐 月輪山
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「お佳穂、今度はそなたが私の口に舌を入れてくれ。さすれば釣り合いがとれる」
また釣り合い。若殿様と不釣り合いな身の上なのに釣り合いをとるというのは、本当にわけがわからない。だが、釣り合いをとらないと又四郎は気が済まぬ男だということはわかった。
「かしこまりました」
佳穂は意を決して、唇を近づけ舌を少し出すと又四郎の半分開いた口に入れた。途端に又四郎の舌が佳穂の舌に絡んだ。
驚きで叫びたかったが、声など出せるはずもなく、佳穂の舌は又四郎の舌に舐められ続けた。
鼻で息をしていても、さすがに姿勢が苦しくなり、舌をしまい唇を離した。
はあはあと苦し気に息をしながら、佳穂は又四郎様は恐ろしいと思った。あの絵のようなことをする前に、恥ずかしさと息苦しさで自分はおかしくなってしまうのではなかろうか。
なんと危ない方なのだろう。
そういえば昨夜はまるで幕府がなくなってしまうかのようなことを口にしていた。
あの時は又四郎自身を危険とは思わなかったが。やはり本当は危険な方なのかもしれぬ。
それなのに、会ったことがあると言われても覚えがない。これほど危険な殿御であれば、会えばすぐにわかるはずなのに。
又四郎は佳穂のありさまをじっと見ていた。そのまなざしにも熱がこもっているようで、佳穂は恐ろしかった。
「一体、どこでお会いしたのでしょうか。もし、会っていたら、すぐわかりそうな」
又四郎は不意に目を閉じた。長いまつげだった。
「思い出すまで待つ」
そう言うと、又四郎は再び目を開けた。
「さて、気が済むまでと言うたが、これでしまいか。気が済んだのか」
そう言われても、気が済むとはどれほどなのか。佳穂はもうこれだけで、気力を使い果たしてしまったような気がした。何しろ、深い口吸いを一度ならずも二度までしたのだから。
「しまいにしたいのですが」
「それは困る」
「なにゆえ」
「私にも予定がある。今日はもう少し、そなたを慣らしておきたいのだが」
これ以上、何をすると言うのか。佳穂は思わず、身を固くした。
「昨夜、私は顔だけでなく首にもキスをした。そなた、首にはしてくれぬのか」
首に。首ならば、深い口づけにはなるまい。
「お望みならば」
「では、頼む」
佳穂は喉仏よりやや手前側にゆっくりと唇を近づけた。汗のにおいがした。
「お佳穂、唇のまわりを舐めて、うと言う時の口の形にせよ」
佳穂は言われた通りに、唇のまわりを舐めて、うと言ったまま、その形を保持した。
「唇を押し付けていいと言うまで吸ってくれぬか」
佳穂は強く唇を押し付けた。そして息を吸った。
「いい」
唇を離した佳穂は仰天した。唇を付けたあたりが赤くなっていた。それも唇の形に。
「申し訳ございません。若殿様の御身体に痕をつけてしまいました」
紅なら落とせるが、これは簡単に落とせそうもない。まるで虫に刺されたようだった。
なんということか。若殿様の身体に傷をつけるとは。いくら若殿様の命令とはいえ、許されるはずがない。
「これはしたり。詫びに、そなたに同じ痕をつけさせてもらうぞ」
「えっ」
又四郎はさっと上半身を起こすと、佳穂の身体を床の上にさっと横たえてしまった。抗う暇もなかった。
又四郎の身体は仰向けになった佳穂の身体の上に四つん這いになっていた。
まるでの偃息図に描かれたような姿勢だった。佳穂は何をされるのかわからず恐怖で身を固くした。
「若殿様、何を」
「お佳穂、そなたにも同じ印をつけるゆえ。少し痛いかもしれぬが、堪えよ」
佳穂の首、ちょうど襟で隠れるあたりに又四郎の唇が強く押し当てられた。
確かに痛い。だが堪えなければ許してもらえぬ。佳穂は動かずにじっとしていた。
しばし後、又四郎が顔を上げた。
「少し色が薄い。いま一度」
終わりではなかった。又四郎は今度は鎖骨の近くに口づけた。
「あっ」
声が出てしまった。痛みではなく、息があたったせいだった。
「どうもうまく色が出ぬな」
そう言うと、又四郎は襟を軽く緩め、今度は鎖骨の下、乳房のふくらみのふもとあたりに口づけた。
先ほどよりも強い得体の知れぬ感覚に襲われ、佳穂はまた声を出してしまった。なんとはしたないことかと歯を食いしばった。
「そんなに力むな」
唇を離した又四郎はそう言って微笑んだ。
「笑え。声を出さずともよいから。力を抜け」
佳穂は唇をいーと言うように、横に引いた。これでも笑っているつもりだった。
「そうだ。かようなことをする時は、力を抜き、身を相手に委ねるのだ。勤めの時のように身体を固くしなくともよい。ここにいるのは我らだけなのだから」
今日は隣の部屋のさらに奥の部屋に添い寝役の吉野とお多江がいる。襖を閉じているので、ほぼこの声は聞えない。又四郎の言うように、ここにいるのは二人だけである。
又四郎にとって、二人だけの時間は仕事を離れた時間だった。
けれど、佳穂にとって、ここは仕事の場なのである。そう簡単に力を抜くことはできない。
又四郎は佳穂の上から離れ、横にあおむけに寝そべった。佳穂はほっとしたものの、先ほどまで口づけられていた場所が赤くなっているのに気付き、胸の鼓動が早くなるのを感じていた。
これは誰かに見られたらまずいものではないのか。
佳穂は中臈なので風呂には一人で入れるものの、着替えは部屋子が手伝う。見られたらどう思われるだろうか。虫に噛まれたと言うにしても痕が大き過ぎた。何かよい言い訳はないものだろうか。考えていると、又四郎が言った。
「お佳穂、名乗りはこれで済んだ」
これで口吸いはしまいらしい。少しだけほっとした。
「これからは合戦だ。なれど、最初から大将同士の一騎打ちはせぬ。足軽の小競り合いというところだ」
足軽の小競り合いということは槍を交えるということであろうか。だが、槍など持っていない。意味がわからなかった。
「英吉利語でカレースをする」
またも英吉利の言葉である。
「かれーす。いかなる意味の言葉なのでしょうか」
「やってみるゆえ、こちらを向いてくれぬか」
佳穂は仰向けの姿勢から横向きになり仰向けの又四郎を見た。横から見ると又四郎の鼻は高い。
又四郎は佳穂の方を向くと、そのまま抱き付いた。
「きゃっ」
思わず声が出た。熱い身体が佳穂の全身を包んだ。腕、身体、足が佳穂の身体に密着し、ぎゅっとつかんで話さない。
触れる部分、すべてが熱くなってくる。まさか、もうあれをされるのかと思った。まだ早過ぎる。
「若殿様、御許しを」
「かように抱き締めて、そなたの身体を優しく撫でる。それがカレースだ」
佳穂を正面から見つめて又四郎はささやいた。
「勿論、言葉でもそなたを撫でる。お佳穂、そなたは美しい、愛しい……」
そう言われると、また今朝のありさまがよみがえってくる。自分が自分でなくなりそうな感覚が。
「力を抜け。今日はそなたはこの先何もせんでいい。考えなくてもいい。感じるんだ」
何をされるのかわからぬまま。佳穂は身体の力を緩めた。食いしばってしまった上下の歯を離して口を半分開いた。
「お佳穂、なんとそなたは」
途端に、又四郎の唇が佳穂の唇に迫り、舌を入れられた。
名乗りを上げるのは終わったはずなのにと思っていると、不意に先ほど緩められた襟元がまた広げられた。いちどきに二つのことが同時に進行し、佳穂はどうすればいいのかわからなかった。唇を離すべきか、それとも襟元にかかる手を払いのけるべきか。
何もせんでいいという言葉を思い出した。けれど、それでいいのだろうか。
舌は佳穂の舌、頬の裏、歯の根元などを突いたり舐めたりしている。その感覚に最初より慣れてきたことに佳穂は気付いていた。慣れゆえなのか、さほど不快を感じない。深い口吸いなのに、不快ではない。そんなおかしなことがあっていいものだろうかと思う。だが、現に佳穂は又四郎のわずかな舌の動きを察して、それに合わせて己の舌も動かしていた。まるでともに口の中で踊るように。
このまま何もしないでいればどうなるのであろうか。
不意に舌が口から引かれ、唇が離れた。その瞬間、佳穂はそれを惜しく感じる己に気付き、呆然となった。
濡れた又四郎の唇から熱い息が漏れた。
「お佳穂、そなたはまことに、かわいい」
甘い言葉だった。何も考えられず空っぽになった佳穂の中にそれはみるみるうちに沁みていく。
「若殿様」
思わずそう発した己の声の甘さに佳穂は頬を赤く染めた。こんな声を出したことなどなかった。
「お佳穂、そなたのここに触れるが、よいな」
いつの間にか、襟元は完全に緩められ、二つの胸のふくらみが露わになっていた。誰にも見せたことのない場所だった。よいなと尋ねられたということは、佳穂が嫌だと言えば触れられぬということらしい。
不思議なことに、佳穂は嫌だとは思わなかった。まるで又四郎が佳穂に伴天連の魔法でもかけたかのようだった。先ほどまでの深い口吸いが魔法だったのかもしれない。
「御心のままに」
「うれしいことを」
又四郎は大切な宝の玉に触れるように、佳穂の胸のふもとに恐る恐る人差指で触れた。先ほど又四郎が口づけた印の上であった。
初めて人に触れられる感覚に佳穂は息をつめた。
「まるで月輪山のようだ」
月輪山とは月影藩内で一番高い山の名だった。冬に雪を頂く山は、雪解け水だけでなく雲を生み恵みの雨をもたらす山でもあった。麓の寺の僧たちや山伏らの修業の場となる神聖な山でもある。
その山に喩えられた膨らみの頂に指の先で触れられた瞬間、佳穂は名状しがたい幸福感に包まれていた。故郷の山に見守られていた懐かしい日々が甦った。
「この山の頂、私がもらった」
又四郎は佳穂の身体を征服しようとしているらしい。今日の戦いは又四郎の勝利ということかと佳穂は理解した。
又四郎の指が、手のひらが、征服した頂を蹂躙していく。だが、それは不快なものではなかった。
翌朝、同じ床で目覚めた佳穂はすでに目覚めていた又四郎に抱き寄せられた。
布団を掛けて横になったまま又四郎は佳穂に口づけた。
不意に咳払いが聞こえた。吉野かお多江であろう。早く床から出なければと思ったが、又四郎はまったく動じなかった。
咳払いが大きくなった。やっと又四郎の唇が離れた。
「しばし待て。今、後朝の別れを惜しんでいるのだから」
又四郎は少しも慌てていなかった。
「月輪山とはしばしの別れだな」
吉野もお多江もしばし唖然としていた。佳穂はこれはなんと鳴滝様に報告すればよいのやらとただただ顔を赤らめるばかりであった。
また釣り合い。若殿様と不釣り合いな身の上なのに釣り合いをとるというのは、本当にわけがわからない。だが、釣り合いをとらないと又四郎は気が済まぬ男だということはわかった。
「かしこまりました」
佳穂は意を決して、唇を近づけ舌を少し出すと又四郎の半分開いた口に入れた。途端に又四郎の舌が佳穂の舌に絡んだ。
驚きで叫びたかったが、声など出せるはずもなく、佳穂の舌は又四郎の舌に舐められ続けた。
鼻で息をしていても、さすがに姿勢が苦しくなり、舌をしまい唇を離した。
はあはあと苦し気に息をしながら、佳穂は又四郎様は恐ろしいと思った。あの絵のようなことをする前に、恥ずかしさと息苦しさで自分はおかしくなってしまうのではなかろうか。
なんと危ない方なのだろう。
そういえば昨夜はまるで幕府がなくなってしまうかのようなことを口にしていた。
あの時は又四郎自身を危険とは思わなかったが。やはり本当は危険な方なのかもしれぬ。
それなのに、会ったことがあると言われても覚えがない。これほど危険な殿御であれば、会えばすぐにわかるはずなのに。
又四郎は佳穂のありさまをじっと見ていた。そのまなざしにも熱がこもっているようで、佳穂は恐ろしかった。
「一体、どこでお会いしたのでしょうか。もし、会っていたら、すぐわかりそうな」
又四郎は不意に目を閉じた。長いまつげだった。
「思い出すまで待つ」
そう言うと、又四郎は再び目を開けた。
「さて、気が済むまでと言うたが、これでしまいか。気が済んだのか」
そう言われても、気が済むとはどれほどなのか。佳穂はもうこれだけで、気力を使い果たしてしまったような気がした。何しろ、深い口吸いを一度ならずも二度までしたのだから。
「しまいにしたいのですが」
「それは困る」
「なにゆえ」
「私にも予定がある。今日はもう少し、そなたを慣らしておきたいのだが」
これ以上、何をすると言うのか。佳穂は思わず、身を固くした。
「昨夜、私は顔だけでなく首にもキスをした。そなた、首にはしてくれぬのか」
首に。首ならば、深い口づけにはなるまい。
「お望みならば」
「では、頼む」
佳穂は喉仏よりやや手前側にゆっくりと唇を近づけた。汗のにおいがした。
「お佳穂、唇のまわりを舐めて、うと言う時の口の形にせよ」
佳穂は言われた通りに、唇のまわりを舐めて、うと言ったまま、その形を保持した。
「唇を押し付けていいと言うまで吸ってくれぬか」
佳穂は強く唇を押し付けた。そして息を吸った。
「いい」
唇を離した佳穂は仰天した。唇を付けたあたりが赤くなっていた。それも唇の形に。
「申し訳ございません。若殿様の御身体に痕をつけてしまいました」
紅なら落とせるが、これは簡単に落とせそうもない。まるで虫に刺されたようだった。
なんということか。若殿様の身体に傷をつけるとは。いくら若殿様の命令とはいえ、許されるはずがない。
「これはしたり。詫びに、そなたに同じ痕をつけさせてもらうぞ」
「えっ」
又四郎はさっと上半身を起こすと、佳穂の身体を床の上にさっと横たえてしまった。抗う暇もなかった。
又四郎の身体は仰向けになった佳穂の身体の上に四つん這いになっていた。
まるでの偃息図に描かれたような姿勢だった。佳穂は何をされるのかわからず恐怖で身を固くした。
「若殿様、何を」
「お佳穂、そなたにも同じ印をつけるゆえ。少し痛いかもしれぬが、堪えよ」
佳穂の首、ちょうど襟で隠れるあたりに又四郎の唇が強く押し当てられた。
確かに痛い。だが堪えなければ許してもらえぬ。佳穂は動かずにじっとしていた。
しばし後、又四郎が顔を上げた。
「少し色が薄い。いま一度」
終わりではなかった。又四郎は今度は鎖骨の近くに口づけた。
「あっ」
声が出てしまった。痛みではなく、息があたったせいだった。
「どうもうまく色が出ぬな」
そう言うと、又四郎は襟を軽く緩め、今度は鎖骨の下、乳房のふくらみのふもとあたりに口づけた。
先ほどよりも強い得体の知れぬ感覚に襲われ、佳穂はまた声を出してしまった。なんとはしたないことかと歯を食いしばった。
「そんなに力むな」
唇を離した又四郎はそう言って微笑んだ。
「笑え。声を出さずともよいから。力を抜け」
佳穂は唇をいーと言うように、横に引いた。これでも笑っているつもりだった。
「そうだ。かようなことをする時は、力を抜き、身を相手に委ねるのだ。勤めの時のように身体を固くしなくともよい。ここにいるのは我らだけなのだから」
今日は隣の部屋のさらに奥の部屋に添い寝役の吉野とお多江がいる。襖を閉じているので、ほぼこの声は聞えない。又四郎の言うように、ここにいるのは二人だけである。
又四郎にとって、二人だけの時間は仕事を離れた時間だった。
けれど、佳穂にとって、ここは仕事の場なのである。そう簡単に力を抜くことはできない。
又四郎は佳穂の上から離れ、横にあおむけに寝そべった。佳穂はほっとしたものの、先ほどまで口づけられていた場所が赤くなっているのに気付き、胸の鼓動が早くなるのを感じていた。
これは誰かに見られたらまずいものではないのか。
佳穂は中臈なので風呂には一人で入れるものの、着替えは部屋子が手伝う。見られたらどう思われるだろうか。虫に噛まれたと言うにしても痕が大き過ぎた。何かよい言い訳はないものだろうか。考えていると、又四郎が言った。
「お佳穂、名乗りはこれで済んだ」
これで口吸いはしまいらしい。少しだけほっとした。
「これからは合戦だ。なれど、最初から大将同士の一騎打ちはせぬ。足軽の小競り合いというところだ」
足軽の小競り合いということは槍を交えるということであろうか。だが、槍など持っていない。意味がわからなかった。
「英吉利語でカレースをする」
またも英吉利の言葉である。
「かれーす。いかなる意味の言葉なのでしょうか」
「やってみるゆえ、こちらを向いてくれぬか」
佳穂は仰向けの姿勢から横向きになり仰向けの又四郎を見た。横から見ると又四郎の鼻は高い。
又四郎は佳穂の方を向くと、そのまま抱き付いた。
「きゃっ」
思わず声が出た。熱い身体が佳穂の全身を包んだ。腕、身体、足が佳穂の身体に密着し、ぎゅっとつかんで話さない。
触れる部分、すべてが熱くなってくる。まさか、もうあれをされるのかと思った。まだ早過ぎる。
「若殿様、御許しを」
「かように抱き締めて、そなたの身体を優しく撫でる。それがカレースだ」
佳穂を正面から見つめて又四郎はささやいた。
「勿論、言葉でもそなたを撫でる。お佳穂、そなたは美しい、愛しい……」
そう言われると、また今朝のありさまがよみがえってくる。自分が自分でなくなりそうな感覚が。
「力を抜け。今日はそなたはこの先何もせんでいい。考えなくてもいい。感じるんだ」
何をされるのかわからぬまま。佳穂は身体の力を緩めた。食いしばってしまった上下の歯を離して口を半分開いた。
「お佳穂、なんとそなたは」
途端に、又四郎の唇が佳穂の唇に迫り、舌を入れられた。
名乗りを上げるのは終わったはずなのにと思っていると、不意に先ほど緩められた襟元がまた広げられた。いちどきに二つのことが同時に進行し、佳穂はどうすればいいのかわからなかった。唇を離すべきか、それとも襟元にかかる手を払いのけるべきか。
何もせんでいいという言葉を思い出した。けれど、それでいいのだろうか。
舌は佳穂の舌、頬の裏、歯の根元などを突いたり舐めたりしている。その感覚に最初より慣れてきたことに佳穂は気付いていた。慣れゆえなのか、さほど不快を感じない。深い口吸いなのに、不快ではない。そんなおかしなことがあっていいものだろうかと思う。だが、現に佳穂は又四郎のわずかな舌の動きを察して、それに合わせて己の舌も動かしていた。まるでともに口の中で踊るように。
このまま何もしないでいればどうなるのであろうか。
不意に舌が口から引かれ、唇が離れた。その瞬間、佳穂はそれを惜しく感じる己に気付き、呆然となった。
濡れた又四郎の唇から熱い息が漏れた。
「お佳穂、そなたはまことに、かわいい」
甘い言葉だった。何も考えられず空っぽになった佳穂の中にそれはみるみるうちに沁みていく。
「若殿様」
思わずそう発した己の声の甘さに佳穂は頬を赤く染めた。こんな声を出したことなどなかった。
「お佳穂、そなたのここに触れるが、よいな」
いつの間にか、襟元は完全に緩められ、二つの胸のふくらみが露わになっていた。誰にも見せたことのない場所だった。よいなと尋ねられたということは、佳穂が嫌だと言えば触れられぬということらしい。
不思議なことに、佳穂は嫌だとは思わなかった。まるで又四郎が佳穂に伴天連の魔法でもかけたかのようだった。先ほどまでの深い口吸いが魔法だったのかもしれない。
「御心のままに」
「うれしいことを」
又四郎は大切な宝の玉に触れるように、佳穂の胸のふもとに恐る恐る人差指で触れた。先ほど又四郎が口づけた印の上であった。
初めて人に触れられる感覚に佳穂は息をつめた。
「まるで月輪山のようだ」
月輪山とは月影藩内で一番高い山の名だった。冬に雪を頂く山は、雪解け水だけでなく雲を生み恵みの雨をもたらす山でもあった。麓の寺の僧たちや山伏らの修業の場となる神聖な山でもある。
その山に喩えられた膨らみの頂に指の先で触れられた瞬間、佳穂は名状しがたい幸福感に包まれていた。故郷の山に見守られていた懐かしい日々が甦った。
「この山の頂、私がもらった」
又四郎は佳穂の身体を征服しようとしているらしい。今日の戦いは又四郎の勝利ということかと佳穂は理解した。
又四郎の指が、手のひらが、征服した頂を蹂躙していく。だが、それは不快なものではなかった。
翌朝、同じ床で目覚めた佳穂はすでに目覚めていた又四郎に抱き寄せられた。
布団を掛けて横になったまま又四郎は佳穂に口づけた。
不意に咳払いが聞こえた。吉野かお多江であろう。早く床から出なければと思ったが、又四郎はまったく動じなかった。
咳払いが大きくなった。やっと又四郎の唇が離れた。
「しばし待て。今、後朝の別れを惜しんでいるのだから」
又四郎は少しも慌てていなかった。
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