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マーサの「いいから早くティニにホットミルク作っておやり」の一声で我に返ったメアリは流れるように厨房に戻った。
野菜の下ごしらえを終わらせたミアが、小鍋に入れたミルクを火にかけているメアリにひっそりと尋ねる。
「……ねえお母さん。何なの? あの人」
問われたメアリは、鍋の火加減を調節しながら、合点がいったとばかりに「ああ!」と声を上げた。
「そうよね、ミアの世代は知らないのよね。あの人はね、魔術師なのよ」
その返事に、ミアの目の色が変わった。
「魔術師? 道理で胡散臭いわけね……」
ミアは茶を乗せた盆を片手に厨房を出る。二人の話が聞こえていたらしいマーサが、渋い笑顔で孫娘の動向に注意を向ける。
ドン、と音を立て、不機嫌な顔の男の前に茶の入ったカップが置かれる。衝撃で少し跳ねた茶の滴を「やると思った」という顔をしながらマーサが布巾で拭う。
「……ミア」
「ようこそ、魔術師さん」
マーサの窘めるような声を知らんぷりして、ミアはにっこりと笑う。営業用の張り付けたような笑みのその目つきは、胡散臭い魔術師などに騙されるものかという決意がにじみ出していた。
「ユーダレウスを名乗るだなんて、大それたことするのね。伝説の大魔術師にあやかりたいのはわかるけど」
威圧するような物言いに怯えたティニが、外套を脱いだユーダレウスのシャツの裾を握った。それを見たミアは一瞬後悔したような顔をしたが、退くことはなく厳しい眼差しを男に向け続ける。
誤魔化すか、怒るか。何かやましいことがある人間は、痛いところを突かれたら反応を示す。魔術師だけでも相当に胡散臭いというのに、伝説の魔術師の名を騙るこの男はどう出るか。
しかし、ミアの予想はあてが外れた。ユーダレウスを名乗る男の表情は、先ほどと何も変わらない、眉間に深い皺を寄せた不機嫌そうな顔のままだ。
「あやかるも何も、本名だからな。そう名乗るのが当たり前だろう」
男はのらりくらりと言いながら、カップを持ち上げて茶をひと口飲むと「茶葉も変わってねえのか」とマーサに向けてにやっと笑う。
視線すら合わせない。まるで相手をする価値がないとばかりに、適当にあしらわれたのだと感じたミアは、ますます目を吊り上げた。
「あなたね……っ」
「ミア。お前が何と言おうと、この人はユーダレウスだよ」
ミアが声を荒げる前に、マーサが間に割って入る。向こうへ行っていろとばかりに背を押され、ミアは苛立ちを示すように声を高くした。
「おばあちゃん、冗談言わないで! ユーダレウスなんて、大昔のクラーケン退治のおとぎ話に出てくる人じゃない!」
「おお! 良く知ってるじゃねーかミア!」
存在しない人物なのだと主張したつもりが、返ってきたのは父の歓声だった。虚をつかれたミアは、目を丸くして言葉を失う。
「それに五十五年前の大嵐の時の救世主様だ」
ユーダレウスの前の席に腰を据えたマーサがそう続けると、やはりトレバーが「そうだそうだ」と囃し立てる。
「二十年前の流行り病もねえ。あの時、ユーダレウスが来てなかったら、私は今ここにいなかもしれないんだから」
ホットミルクを持ってきたメアリが、相変わらず師にしがみついているティニに、にっこりと微笑みかけた。
ミアは何食わぬ顔でカップを傾けている男を信じられない思いで見つめた。
その顔つきはどう見ても二十代半ば。見かけより年を食っているにしても、三十路にさしかかるかどうかが妥当なところだ。
クラーケン退治こそおとぎ話だが、大嵐の話も、流行り病の話も、この街の子供は幼い時から親に事実として聞かされている話だ。
それは、嵐が訪れやすいこの街の特性と、疫病による悲しい歴史を伝えるものだ。それを子供が飽きないよう、おとぎ話に出てくる魔術師を絡めて聞かせていたのだと、そう思っていたのに。
祖母も両親も、この目の前の男が、その魔術師本人なのだと言う。
ホットミルクに息を吹きかけていたティニが師を見上げた。
「師匠って長生きなんですね。いま何歳なんですか?」
「さあな、もう忘れた。数えるのも億劫だしな」
ティニが「忘れるくらいいっぱい生きているんですか?」と続けて尋ねる。適当に返事をするユーダレウスに代わり、マーサが言葉を引き継いだ。
「そう言われても不思議じゃないね。何しろ、あたしの娘時代から、この見た目なんだもの」
ティニの感嘆の声を聞きながら、ミアはまだユーダレウスを疑っていた。
――まじない師だろうと、魔術師だろうと。信じることなんか、できるわけがない。
唇を噛み締めたミアは盆の縁を強く握る。使いこまれた盆に爪が引っかかり、小さく硬い音をたてた。
――もし、本当にあの伝説のユーダレウスが来たというのならば、もっと大々的にこの街に迎え入れられるのではないだろうか。こんな、庶民のための食堂なんかに、フードを被ってこそこそとやってきたりするものだろうか。
「……やっぱり、胡散臭い」
誰にともなく小さく呟いたミアは、談笑する祖母と魔術師から背を向けるように踵を返した。
マーサの「いいから早くティニにホットミルク作っておやり」の一声で我に返ったメアリは流れるように厨房に戻った。
野菜の下ごしらえを終わらせたミアが、小鍋に入れたミルクを火にかけているメアリにひっそりと尋ねる。
「……ねえお母さん。何なの? あの人」
問われたメアリは、鍋の火加減を調節しながら、合点がいったとばかりに「ああ!」と声を上げた。
「そうよね、ミアの世代は知らないのよね。あの人はね、魔術師なのよ」
その返事に、ミアの目の色が変わった。
「魔術師? 道理で胡散臭いわけね……」
ミアは茶を乗せた盆を片手に厨房を出る。二人の話が聞こえていたらしいマーサが、渋い笑顔で孫娘の動向に注意を向ける。
ドン、と音を立て、不機嫌な顔の男の前に茶の入ったカップが置かれる。衝撃で少し跳ねた茶の滴を「やると思った」という顔をしながらマーサが布巾で拭う。
「……ミア」
「ようこそ、魔術師さん」
マーサの窘めるような声を知らんぷりして、ミアはにっこりと笑う。営業用の張り付けたような笑みのその目つきは、胡散臭い魔術師などに騙されるものかという決意がにじみ出していた。
「ユーダレウスを名乗るだなんて、大それたことするのね。伝説の大魔術師にあやかりたいのはわかるけど」
威圧するような物言いに怯えたティニが、外套を脱いだユーダレウスのシャツの裾を握った。それを見たミアは一瞬後悔したような顔をしたが、退くことはなく厳しい眼差しを男に向け続ける。
誤魔化すか、怒るか。何かやましいことがある人間は、痛いところを突かれたら反応を示す。魔術師だけでも相当に胡散臭いというのに、伝説の魔術師の名を騙るこの男はどう出るか。
しかし、ミアの予想はあてが外れた。ユーダレウスを名乗る男の表情は、先ほどと何も変わらない、眉間に深い皺を寄せた不機嫌そうな顔のままだ。
「あやかるも何も、本名だからな。そう名乗るのが当たり前だろう」
男はのらりくらりと言いながら、カップを持ち上げて茶をひと口飲むと「茶葉も変わってねえのか」とマーサに向けてにやっと笑う。
視線すら合わせない。まるで相手をする価値がないとばかりに、適当にあしらわれたのだと感じたミアは、ますます目を吊り上げた。
「あなたね……っ」
「ミア。お前が何と言おうと、この人はユーダレウスだよ」
ミアが声を荒げる前に、マーサが間に割って入る。向こうへ行っていろとばかりに背を押され、ミアは苛立ちを示すように声を高くした。
「おばあちゃん、冗談言わないで! ユーダレウスなんて、大昔のクラーケン退治のおとぎ話に出てくる人じゃない!」
「おお! 良く知ってるじゃねーかミア!」
存在しない人物なのだと主張したつもりが、返ってきたのは父の歓声だった。虚をつかれたミアは、目を丸くして言葉を失う。
「それに五十五年前の大嵐の時の救世主様だ」
ユーダレウスの前の席に腰を据えたマーサがそう続けると、やはりトレバーが「そうだそうだ」と囃し立てる。
「二十年前の流行り病もねえ。あの時、ユーダレウスが来てなかったら、私は今ここにいなかもしれないんだから」
ホットミルクを持ってきたメアリが、相変わらず師にしがみついているティニに、にっこりと微笑みかけた。
ミアは何食わぬ顔でカップを傾けている男を信じられない思いで見つめた。
その顔つきはどう見ても二十代半ば。見かけより年を食っているにしても、三十路にさしかかるかどうかが妥当なところだ。
クラーケン退治こそおとぎ話だが、大嵐の話も、流行り病の話も、この街の子供は幼い時から親に事実として聞かされている話だ。
それは、嵐が訪れやすいこの街の特性と、疫病による悲しい歴史を伝えるものだ。それを子供が飽きないよう、おとぎ話に出てくる魔術師を絡めて聞かせていたのだと、そう思っていたのに。
祖母も両親も、この目の前の男が、その魔術師本人なのだと言う。
ホットミルクに息を吹きかけていたティニが師を見上げた。
「師匠って長生きなんですね。いま何歳なんですか?」
「さあな、もう忘れた。数えるのも億劫だしな」
ティニが「忘れるくらいいっぱい生きているんですか?」と続けて尋ねる。適当に返事をするユーダレウスに代わり、マーサが言葉を引き継いだ。
「そう言われても不思議じゃないね。何しろ、あたしの娘時代から、この見た目なんだもの」
ティニの感嘆の声を聞きながら、ミアはまだユーダレウスを疑っていた。
――まじない師だろうと、魔術師だろうと。信じることなんか、できるわけがない。
唇を噛み締めたミアは盆の縁を強く握る。使いこまれた盆に爪が引っかかり、小さく硬い音をたてた。
――もし、本当にあの伝説のユーダレウスが来たというのならば、もっと大々的にこの街に迎え入れられるのではないだろうか。こんな、庶民のための食堂なんかに、フードを被ってこそこそとやってきたりするものだろうか。
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