嘘つき師匠と弟子

聖 みいけ

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 星々が輝く夜空に、銀色の線がすっと走る。

「あ! 流れ星!」

 それはティニが指をさした頃には、とっくに消えていた。

 ここは巨木の幹からせり出して作られたベランダだ。日当たりのために、上に生えた枝が払われているため空が良く見える。
 夕食の後。ユーダレウスが迂闊にも「新月だから今日はいつもより星が見えるな」などと口を滑らせたばかりに、急遽、星空観賞と相成ったのだ。幼いティニを高所に一人で置いておくわけにもいかず、ユーダレウスも渋々ながら同伴していた。

 このベランダがすっかり気に入ったようで、ティニは欄干の隙間から足を出してぶらぶらと宙に遊ばせていた。高いところに恐怖はないようだが、それが逆に危ないと言うのも事実だ。さすがに欄干に上るだとか、落ちるまで身を乗り出すほど幼くはないが、何をするか予測できないのが子供ティニだ。心配のし過ぎということはないだろう。

 見下ろすと、黒い陰となった森の木々の間には、ランタンの光が点々と灯っていた。頭上には砕いたダイヤを撒いたような星の川が広がっている。まるで、天と地の境が消えて世界がひとつに繋がったようだった。

 ユーダレウスにとって、星空など見飽きるを通り越して、部屋の天井のように、当たり前にそこにあるものだった。
 ティニの後ろで、久しぶりに腰を据えてゆっくりと見上げた星空は美しく、無意識に感嘆の声が漏れた。
 もう一度、星が流れないかと空を睨んでいる小さな背中を見ながら、ユーダレウスはコーヒーの入ったカップに手を伸ばす。特にこだわりがないため安物の豆だが、この場所で飲むと普段とは違う味に思えた。

 ティニもホットミルクの入ったカップを手に取る。一口飲んで、ほっと息をつく姿は普段よりも満足げで、幼くとも何か感じるものがあるのだろうかと、ユーダレウスはほんの少し口元を緩めた。

 相変わらず流れ星を探しているのか、それとも眠気が訪れたのか。ティニはカップを持ったまま、ぼーっと星空を見上げていた。

「ティニ、あんまりぼやぼやしてると、それ落っことすぞ」

 声をかけると、慌てて自分の後ろにカップを置く。どうやらまだ眠いわけではないらしい。
 ティニは欄干の間から足を引き上げると、おもむろに、天に散らばる星を指さし、線を引いて繋げるように腕を動かした。

「……僕、小さいころ、死んじゃったらお星さまになるって、教えてもらったんです」

 まだ六つかそこらのティニが言う「小さい頃」とはいつの話なのだろうか。ユーダレウスはすかさず「今も十分小さいだろ」と冷やかした。振り返ったティニの、普段は人形のような顔が少しむくれたのを見ながら、ユーダレウスは眉間に皺を寄せたまま笑う。思惑通りの反応に気をよくしながら、手を伸ばして曇天色の後頭部をすこし乱暴にかき混ぜる。

 死者が星々になって空から見守っているのだと子供に言い聞かせることは、よくあることだ。
 しかし、ティニのように旅芸人の一座で生まれた子供は、そもそも身近な者の死に触れると言うのはあまりないはずだった。
 弱った者、死にそうな者、そういった者は大抵置いていかれる。彼らはそうして身軽になって旅を続けるのだ。
 実際、ユーダレウスが拾うまで、ティニは死者を弔うということを何も知らなかった。墓という言葉すら知らなかったほどだ。

「そんな話、誰に聞いたんだ?」

 ユーダレウスは小さな背中に問いかける。頭を撫でられただけで簡単に機嫌を直したティニは、何もなかったかのように首だけで師を振り返った。

「しらないひとです」

 あっけらかんと言うティニに、ユーダレウスは肩を落とした。
 無警戒にもほどがある。知らない人間に聞いたことを、そう簡単に信じるな。
 そう言おうと、半眼してティニを見たユーダレウスは、その表情に言葉を詰まらせた。

 言うべきか否かを迷っているようなそれは、普段よりいくつも大人びた少年のように見えた。

「夢の中で、会ったんです。でも、なんだか……ほんとのことみたいな夢でした」

 俯いたティニが欄干を握りしめる。見ていないその隙をつくように、ティニの頭上で流星がひとつ走った。

「……その、教えてくれたひと、息がとまるくらい、きれいな姿の男のひとでした」

 ティニは誰かの面影を探すように、ぼんやりと地上の星を見つめた。

「……なるほどな」

 コーヒーを入れたカップを脇に置いたユーダレウスは、両手をあぐらの上で組む。
 青い瞳が伺うようにこちらを見た。明るい場所で見るときと違って、その瞳は暗い海の底の色をしていた。ユーダレウスは不安に染まったその目をしっかりと見据える。

「そいつは間違いなく、精霊が夢に入ってきたんだろうな」
「ぅええっ……」

 勝手に夢に入られたことへの気味悪さが半分、いつも通りの不安が半分という複雑な表情をしたティニは、勢いよく立ち上がった。座っているユーダレウスとさして高さの変わらない位置にある顔が、いつもよりも硬い表情を浮かべていた。
 ティニは視線をうろうろと彷徨わせていたが、結局は両手を師に向けて伸ばした。どうやら不安の方が勝ったらしい。やはり、抱っこ離れはまだまだ遠いようだ。
 ほとんど無意識にため息をついて、ユーダレウスはティニの手を引いてあぐらの上に招く。子供らしい体温を膝の上に感じながら、星空を見上げた。

 精霊が話した内容については大した問題ではない。問題なのは、どうしてその精霊がティニの夢に現れたのかだ。
 魔術師でもない人間に、精霊たちは進んで関わろうとしない。子供には幾らか興味があるらしいが、夢に入り込んでまで姿を現すなんてことはもってのほかだ。魔術師と契約した精霊は人の前に姿を現すが、基本的に魔術師が呼ばなければ出てくることはない。

 その精霊は、ティニに会って何をする気だったのか。

 考え込むユーダレウスをよそに、師の腕の中で安心して、ホットミルクを飲みほしたティニが、ぽつりと口を開いた。

「師匠、精霊って、どれくらい生きるんですか?」
「あ? 魔術師に殺されるまでだ」

 逆に言うと、魔術師が勝手な名を与えて、精霊に死をもたらすまで、彼らに死はない。

「ながいきですねぇ……」と呟いたティニが、眠たげに目をこすり、ぽすんとユーダレウスの胸に背を預けてきた。まるで背もたれのような扱いに、微かに苛立ちを覚えたユーダレウスは、ティ二の額をぺたんと叩く。

「むぇっ……」

 情けない声を出したティニに、寝るなら立ってベッドへ行けと手振りで示す。ティニは大人しく立ち上がって歩き出したが、すぐに力尽きたようにユーダレウスの隣に座り込んだ。

 右腕に温い身体が引っ付いた。これはもう自分で動く気はないだろう。星空鑑賞を切り上げるつもりで、少し残ってぬるくなったコーヒーをひと口に含む。

「師匠が長生きなのは、師匠も精霊だからですか?」

 くぐもった声の、唐突な質問に、思わずコーヒーを噴出しそうになった。
 弟子のその質問は突拍子もないことにも思えた。だが、ある意味では核心に触れている。

 ユーダレウスはコーヒーを無理やりに飲み込むと、カップを下に置いた。

「俺は精霊じゃねえ。ただの人間で、魔術師だ……魔術師は、大抵長く生きる」
「まじゅつしは、ながいき……」

 眠気で呂律の回っていない上に、消え入りそうな声が聞こえた。と、思ったら、背後からゴンと痛そうな音がした。うとうとして壁に額を打ったらしいティニが小さく呻く。

 額をさすってうずくまる弟子に呆れながら、ユーダレウスは一応「大丈夫か」と問いかける。ティニはこくんと頷くと、引っ付いたまま大人しくなった。

 その静かさに不安を覚えたユーダレウスは、首を伸ばして弟子を見下ろした。丸まった背中が規則正しく上下していた。

 ――この一瞬で寝たのか。いや、そんなまさか。

 そんなことを思いながら、じっとティニを観察していると、あることに気が付いた。
 うっすらと目を開けて、ティニがこちらを見ている。師の視線に気が付いたのか、慌てて瞼をぎゅっと閉じた。

「……寝たふりか」

 曇天色のつむじに向かってぼそっと言うと、ティニがびくりと反応した。凭れかかっている小さな身体が緊張したように強張っていく。何とわかりやすい空寝だろう。
 それでも頑なに寝ているふりを続ける弟子に、ユーダレウスは込み上がる可笑しさを喉の奥で堪えた。

 そうして、何も気が付かないふりをして、ティニを抱え上げると、ベランダを後にした。
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