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この鹿毛と申すは
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それはそれは見事な青鹿毛でした。
「身の丈四尺九寸。つまり九寸の馬ぞ」※1
前田慶次郎殿はうっとりとした眼差しで鬣を撫でられました。
皐月の晦日のことです。私は厩橋におりました。
呼び出されたのです。
その日の朝の事から申し上げましょう。
皐月の晦日の朝早くに届けられた――つまりは、前の夜の内に差し出されて、差出人の希望で使者が夜の山道を走らされた――萬屋の紙には、細くしなやかな文字で「源ざどの」と表書きされておりました。開けば、
「駒なるや いざ見に来たらむ ふるさとの 厩のはしにぞ 花と咲くらむ」
という一首と「慶」の一文字が認められておるばかりです。
文を広げ見ている私の眼前で、垂氷が好奇の目を輝かせておりました。
私は、難しげな顔を作って、咳払いを一つしてから、
「こういうものを本歌取りというのだ。古の歌を知っている者ならば、その歌を一層楽しめよう、という手法だ。
此の元歌は、
『駒並めて いざ見にゆかむ ふるさとは 雪とのみこそ 花は散るらめ』
という一首でな。古今和歌集に納められているのだ。
意味合いは、
『馬首を並べて古里へ花見に行こう、急がねば花は雪が降るように散りきってしまうぞ』
と云ったところで、春の楽しさを詠っているのだが――」
私は、己が古典にいくらか明るいのだと云うことを少々自慢したかったのですが、垂氷には私の講釈を聞く気など更々なかったようです。
「それで、ご先方さまは何と仰っているのです?」
上目勝ちにこちらを見て、ニコニコと笑っておりました。
「……つまりだな。
『予てより手に入れたいと思っていた名馬が漸く我が物になった。見せびらかせてやるから、お前が生まれた厩橋へ来い。件の馬の御蔭で、我が厩舎は花が咲いたように賑やかになっている』
と仰せなのだよ。土地の名の『厩橋』と、厩の片隅と云う意味の『厩の端』とが掛詞になっていてだな――」
言いかけた辺りで、垂氷はすっくと立ち上がりました。流石に私も腹に据えかねて、
「人の話は最後まで聞くものだ。そのような態度は、話手に対して礼を欠く。当世、気の短い相手ならば手打ちにされかねない。大体、嗜み心のない娘は嫁に行けぬぞ」
少々厳しき口ぶりで言いました。
すると垂氷めは、なんとも無礼な振る舞いですが、立ったまま、
「若様。お言葉お返しいたしますが、元の歌が、早く行こうという意味なら、つまりご先方は、若様に直ちに来いと仰っておいでるということありましょう? でしたら、今直ぐに御出立の準備をなさるべきです」
口元をきゅっと引き締めた真面目な顔で申したものです。
「それに、砥石のお殿様から、滝川様の様子をそれとなく見聞するようにと仰せつかっておいでなのでしょう? ちょうどよい機会が来たではありませんか。さあ、急いで参りましょう」
垂氷は言い終わらぬ内にくるりと戸口へ振り返り、飛び跳ねるようにして外へ出ようとしました。
垂氷の言い分は理に適っております。理に適ってはおりましたが、釈然としない部分がありました。
「一寸、待て」
声をかけますと、垂氷は立ったままという不作法さで唐紙の引き手に手をかけた、そのままの姿勢でぴたりと立ち止まって、肩越しに私の方へ振り向きました。
「何ぞ……?」
大きな目が輝いておりました。
「その方……付いて来るつもりではあるまいな?」
その気でいるだろうというのは分かり切っていたのですが、一応、確認をしてみたのです。答えは想像したものと大差ありませんでした。
「いけませぬか?」
流石に向き直りはしましたが、まだ立ったままです。
「私とて、供回りの一人も連れずに出かけるつもりは無い。とはいえ、女房衆や子供ではないのだ。女連れで外出するわけには……」
「いけませぬか?」
口を尖らせました。
「いけない」
私はできるだけ威厳を持って言い切りました。垂氷は不満顔で、
「何故です?」
「何故と言って……」
私は頭の中で言い訳を思いめぐらせました。
正直を申し上げます。
垂氷と連れ立って歩くのが気恥ずかしかったのです。
その頃の私と言えば十六、七の若造でした。そして垂氷のことは、私より三つか四つほどは幼い……そろそろ嫁入りしてもよい年頃の娘と信じて疑いませんでした。
そんな年頃の娘を連れ歩く様子を慶次郎殿に見咎められ、
「子供のようだ」
と莫迦にされるのは嫌でしたし、妙に勘違いされて、
「色気付いた」
と冷やかされるのも嫌でした。
「ノノウが草の役をしていることが滝川様方にあからさまに知られては不味い」
私は漸くひねり出したこの言い訳を、「我ながら良い言い訳だ。反論の余地もあるまい」と自信満々に思ったものですが、垂氷には全く通じませんでした。
「わたしは千代女様の秘蔵っ子で御座いますよ? 正体が知れるような鈍重をするものですか」
胸を張って言ったものです。
私は何故か米咬みの辺りにキリキリとした痛みを覚えましたので、その辺りを指で押さえながら、
「滝川左近将監様ご自身は伊勢志摩のお生まだそうだが、滝川家は元を辿れば甲賀の出だそうだ。高名な甲賀衆の、だ」
「そう仰るならば、わたし共も元を辿れば甲賀流です」
ノノウの総帥である千代女殿は、甲賀望月家から、遠く縁続きで同族の信濃望月家へと嫁いで来られた方です。ご実家は甲賀五十三家と呼ばれる忍びの衆の筆頭格でありました。
「だから、だ。同じ流派であれば、その所作で相手が何者かを察するに容易であろう」
垂氷めは、童女のように口を尖らせて、
「つまり若様は、わたしが鈍重を踏むと仰せですね?」
米咬みだけでなく、胃の腑の辺りまでキリで突き通すような痛みを覚えました。
「万々が一にも、鈍重を踏んでもらっては困る、と言っているのだ」
「判りました。ようございます。わたしは出掛けません」
ようやっと、その場にすとんと座りますと、三つ指をついて平伏し、
「行ってらっしゃいませ。ああ、若様がこれほどおつむの堅い方だとは思わなんだ」
館中に響くほどの大声で言ったものです。
まあとにかくも、私は独り……まあ、馬丁《ばてい》を一人連れておりましたが……厩橋の前田屋敷へ向かったわけです。
門前で取り次ぎを頼みますと、ご家人が、
「主が、真田様がお越しになったら、厩へお連れするようにと……」
困ったような、申し訳なさそうな微笑を浮かべて、私を厩へ案内してくれました。
その厩で、前田慶次郎殿が四尺九寸の青鹿毛をほれぼれとして眺めておいでたという次第です。
「良い馬だ。実によい馬だ。しかも馬銜を付けた跡も、鞍を乗せた跡もない。
これほどの馬を野に放っておいて、その上にあれほどの騎馬軍を養っていたと云うのだから、全く甲斐いい上野といい、武田は恐ろしい土地を領していたものだ」
慶次郎殿は満面に笑みを湛えて、黒鹿毛の首を抱いて頬をすり寄せました。
馬の方はというと、何とも面倒くさそうに鼻をブルッと鳴らしはしましたが、されるがままにしておりました。
私には馬の心持ちなどは判りませんが、どうやらベタベタとまとわりつかれるのに辟易とし、しかし拒絶するのを諦めている……そのように見えました。
一頻り馬自慢をなさった後、慶次郎殿は敷き藁を高く積んだ物を{床几《しょうぎ》代わりに座られました。そして大きな瓢と朱塗りの大盃を取り出されたのです。並の素焼杯の五倍はありそうな大杯でした。
これを私に示した後、慶次郎殿は傍らの敷き藁の山を顎で指さし、私の胸元に盃を突き付けたのです。
そうされたなら、私は座らぬ訳には行かず、受け取らない訳にも参りません。
※脚注
※1「九寸」
▲ 中近世の日本では、馬の体高は四尺(約120cm)が基準で、それを越える馬は「四尺」を省略した長さで表した。「九寸の馬」は、体高四尺九寸(148cm前後)の意。
「身の丈四尺九寸。つまり九寸の馬ぞ」※1
前田慶次郎殿はうっとりとした眼差しで鬣を撫でられました。
皐月の晦日のことです。私は厩橋におりました。
呼び出されたのです。
その日の朝の事から申し上げましょう。
皐月の晦日の朝早くに届けられた――つまりは、前の夜の内に差し出されて、差出人の希望で使者が夜の山道を走らされた――萬屋の紙には、細くしなやかな文字で「源ざどの」と表書きされておりました。開けば、
「駒なるや いざ見に来たらむ ふるさとの 厩のはしにぞ 花と咲くらむ」
という一首と「慶」の一文字が認められておるばかりです。
文を広げ見ている私の眼前で、垂氷が好奇の目を輝かせておりました。
私は、難しげな顔を作って、咳払いを一つしてから、
「こういうものを本歌取りというのだ。古の歌を知っている者ならば、その歌を一層楽しめよう、という手法だ。
此の元歌は、
『駒並めて いざ見にゆかむ ふるさとは 雪とのみこそ 花は散るらめ』
という一首でな。古今和歌集に納められているのだ。
意味合いは、
『馬首を並べて古里へ花見に行こう、急がねば花は雪が降るように散りきってしまうぞ』
と云ったところで、春の楽しさを詠っているのだが――」
私は、己が古典にいくらか明るいのだと云うことを少々自慢したかったのですが、垂氷には私の講釈を聞く気など更々なかったようです。
「それで、ご先方さまは何と仰っているのです?」
上目勝ちにこちらを見て、ニコニコと笑っておりました。
「……つまりだな。
『予てより手に入れたいと思っていた名馬が漸く我が物になった。見せびらかせてやるから、お前が生まれた厩橋へ来い。件の馬の御蔭で、我が厩舎は花が咲いたように賑やかになっている』
と仰せなのだよ。土地の名の『厩橋』と、厩の片隅と云う意味の『厩の端』とが掛詞になっていてだな――」
言いかけた辺りで、垂氷はすっくと立ち上がりました。流石に私も腹に据えかねて、
「人の話は最後まで聞くものだ。そのような態度は、話手に対して礼を欠く。当世、気の短い相手ならば手打ちにされかねない。大体、嗜み心のない娘は嫁に行けぬぞ」
少々厳しき口ぶりで言いました。
すると垂氷めは、なんとも無礼な振る舞いですが、立ったまま、
「若様。お言葉お返しいたしますが、元の歌が、早く行こうという意味なら、つまりご先方は、若様に直ちに来いと仰っておいでるということありましょう? でしたら、今直ぐに御出立の準備をなさるべきです」
口元をきゅっと引き締めた真面目な顔で申したものです。
「それに、砥石のお殿様から、滝川様の様子をそれとなく見聞するようにと仰せつかっておいでなのでしょう? ちょうどよい機会が来たではありませんか。さあ、急いで参りましょう」
垂氷は言い終わらぬ内にくるりと戸口へ振り返り、飛び跳ねるようにして外へ出ようとしました。
垂氷の言い分は理に適っております。理に適ってはおりましたが、釈然としない部分がありました。
「一寸、待て」
声をかけますと、垂氷は立ったままという不作法さで唐紙の引き手に手をかけた、そのままの姿勢でぴたりと立ち止まって、肩越しに私の方へ振り向きました。
「何ぞ……?」
大きな目が輝いておりました。
「その方……付いて来るつもりではあるまいな?」
その気でいるだろうというのは分かり切っていたのですが、一応、確認をしてみたのです。答えは想像したものと大差ありませんでした。
「いけませぬか?」
流石に向き直りはしましたが、まだ立ったままです。
「私とて、供回りの一人も連れずに出かけるつもりは無い。とはいえ、女房衆や子供ではないのだ。女連れで外出するわけには……」
「いけませぬか?」
口を尖らせました。
「いけない」
私はできるだけ威厳を持って言い切りました。垂氷は不満顔で、
「何故です?」
「何故と言って……」
私は頭の中で言い訳を思いめぐらせました。
正直を申し上げます。
垂氷と連れ立って歩くのが気恥ずかしかったのです。
その頃の私と言えば十六、七の若造でした。そして垂氷のことは、私より三つか四つほどは幼い……そろそろ嫁入りしてもよい年頃の娘と信じて疑いませんでした。
そんな年頃の娘を連れ歩く様子を慶次郎殿に見咎められ、
「子供のようだ」
と莫迦にされるのは嫌でしたし、妙に勘違いされて、
「色気付いた」
と冷やかされるのも嫌でした。
「ノノウが草の役をしていることが滝川様方にあからさまに知られては不味い」
私は漸くひねり出したこの言い訳を、「我ながら良い言い訳だ。反論の余地もあるまい」と自信満々に思ったものですが、垂氷には全く通じませんでした。
「わたしは千代女様の秘蔵っ子で御座いますよ? 正体が知れるような鈍重をするものですか」
胸を張って言ったものです。
私は何故か米咬みの辺りにキリキリとした痛みを覚えましたので、その辺りを指で押さえながら、
「滝川左近将監様ご自身は伊勢志摩のお生まだそうだが、滝川家は元を辿れば甲賀の出だそうだ。高名な甲賀衆の、だ」
「そう仰るならば、わたし共も元を辿れば甲賀流です」
ノノウの総帥である千代女殿は、甲賀望月家から、遠く縁続きで同族の信濃望月家へと嫁いで来られた方です。ご実家は甲賀五十三家と呼ばれる忍びの衆の筆頭格でありました。
「だから、だ。同じ流派であれば、その所作で相手が何者かを察するに容易であろう」
垂氷めは、童女のように口を尖らせて、
「つまり若様は、わたしが鈍重を踏むと仰せですね?」
米咬みだけでなく、胃の腑の辺りまでキリで突き通すような痛みを覚えました。
「万々が一にも、鈍重を踏んでもらっては困る、と言っているのだ」
「判りました。ようございます。わたしは出掛けません」
ようやっと、その場にすとんと座りますと、三つ指をついて平伏し、
「行ってらっしゃいませ。ああ、若様がこれほどおつむの堅い方だとは思わなんだ」
館中に響くほどの大声で言ったものです。
まあとにかくも、私は独り……まあ、馬丁《ばてい》を一人連れておりましたが……厩橋の前田屋敷へ向かったわけです。
門前で取り次ぎを頼みますと、ご家人が、
「主が、真田様がお越しになったら、厩へお連れするようにと……」
困ったような、申し訳なさそうな微笑を浮かべて、私を厩へ案内してくれました。
その厩で、前田慶次郎殿が四尺九寸の青鹿毛をほれぼれとして眺めておいでたという次第です。
「良い馬だ。実によい馬だ。しかも馬銜を付けた跡も、鞍を乗せた跡もない。
これほどの馬を野に放っておいて、その上にあれほどの騎馬軍を養っていたと云うのだから、全く甲斐いい上野といい、武田は恐ろしい土地を領していたものだ」
慶次郎殿は満面に笑みを湛えて、黒鹿毛の首を抱いて頬をすり寄せました。
馬の方はというと、何とも面倒くさそうに鼻をブルッと鳴らしはしましたが、されるがままにしておりました。
私には馬の心持ちなどは判りませんが、どうやらベタベタとまとわりつかれるのに辟易とし、しかし拒絶するのを諦めている……そのように見えました。
一頻り馬自慢をなさった後、慶次郎殿は敷き藁を高く積んだ物を{床几《しょうぎ》代わりに座られました。そして大きな瓢と朱塗りの大盃を取り出されたのです。並の素焼杯の五倍はありそうな大杯でした。
これを私に示した後、慶次郎殿は傍らの敷き藁の山を顎で指さし、私の胸元に盃を突き付けたのです。
そうされたなら、私は座らぬ訳には行かず、受け取らない訳にも参りません。
※脚注
※1「九寸」
▲ 中近世の日本では、馬の体高は四尺(約120cm)が基準で、それを越える馬は「四尺」を省略した長さで表した。「九寸の馬」は、体高四尺九寸(148cm前後)の意。
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