真田源三郎の休日

神光寺かをり

文字の大きさ
28 / 42

奇襲

しおりを挟む
 兵の実際の配置は翌日に行われることに決まりました。
 当然のことです。
 日本武尊やまとたけるのみこと熊襲くまそ討伐の例を上げるまでもなく、奇襲きしゅうを掛ける相手には充分油断をしてもらわねばなりません。当の「鬼」が入ってきた直後に城内の異様さに気付いてしまっては元も子もあったものではないでしょう。
 ことに、彼のは武勇の御方です。たくらみがばれてしまったなら、包囲網を易々と突き破って逃げられるか、あるいは城ごと落とされるということも無いとは言い切れません。
 運良く逃げられただけであっても、その後に本領で兵力を取り戻し、あるいは増強した「鬼」が、怒りのままに改めて攻め寄せてくることが考えられます。

 失敗は許されません。

 策は綿密に練られ、準備は万端に整えられました。
 明日「鬼」が到着したなら、歓迎の素振りで迎え入れ、饗応きょうおうしている間に精鋭の兵を配備し、油断に乗じて「退治」する。

 明日、総てを為す――。

 その夜は、流石さすがの木曾伊予守いよのかみ義昌殿も寝付けなかったと見えます。
 大事を明日に控えた夜に、大鼾おおいびきをかいて眠ることが出来る者はそうはおりますまい。私などは戦になるかならぬか判らぬ頃から、寝付きが悪くなります。
 深夜、義昌殿は灯明の消された真っ暗闇の中、独り広間に座しておられたといいます。
 私にはこの時の義昌殿のお心の内を推し量ることができません。されど、家名を守るためであれば、卑怯者ひきょうものそしりりを受けかねない策を講じ、実行せねばならない家長の、高揚したような口惜しいような、落ち着かない心持ちは、少しばかりは判るつもりです。
 只独り何事かを沈思黙考していたのであろう義昌殿は、その時不気味な音を聞かれた筈です。

 何かを叩く音です。いや、叩くという言い様は生温なまぬるい。何かが激しくぶつかり合うような、叩き壊されるような轟音ごうおんです。
 部屋が、いえ城そのものが鳴動めいどうしたことでしょう。

「何事だ!」

 大声を上げるのと殆ど同時に、小者こものが一人明かりも持たずにバタバタと広間へ駆け込み、

「一大事にございます! 鬼……森様が只今ご到着でっ」

 小者の報告は、義昌殿には理解しかねるものでした。しかしながら、

「それはどういう意味だ?」

 というような、誰であっても当たり前に思い浮かべるであろう言葉を、義昌殿が口に出されるよりも先に、答えの方がご自分からやってこられたのです。
 悲鳴、怒声、床を踏みならす音、そして大きな笑い声をまとって、彼の方は現れました。

伊予いよ殿、久しいな!」

 暗闇を割って、美貌の若武者・たいらの敦盛あつもりかたどったという能面の「十六じゅうろくの面」が浮き出た……ように見えたやも知れません。
 手燭てしょくのか細い明かりがあごの下から白い顔を照らしました。炎が揺れ、影が揺れ、その方ご自身も肩を揺して、義昌殿に近寄られました。

「お……に……武蔵、どの……?」

 まごうことなく、森武蔵守長可その人です。
 義昌殿が驚き、ひるみ、そして震え上がるのは当然のことでありましょう。

「なに、この時節じせつ暑さが厳しく、兵も疲れ果てるであろうと考え、こちらへ着くのは明日あたりと踏んで、そのつもりでお伝えしたのだがね。ところが今日の日和と来たら、春先の如き涼しさであった。御蔭で道行きがはかどること、捗ること!」

 眉が太く髭の濃いところを除けば、まるで稚児ちごのような優しげな顔に笑みを満たした森武蔵守長可殿は、武装そのもののような旅装を解かず、案内あないする者もないままにのしのしと進み、義昌殿の真正面にドカリと腰を下ろされました。

「ところが着いてみれば何と門が閉まっている。致し方なくという次第だ。
 しかし伊予殿、城主たる貴殿を前にいうのは申し訳ないが、この城はあまり堅固ではないな。木槌きづち二つで門扉がようではのう!」

 膝を叩き、さも楽しげに声を上げて笑われたそうです。
 この時義昌殿は、鬼武蔵殿の哄笑こうしょうと、得体の知れぬ「音」が混じった物を聞いたに違いありません。
 庭と知れず、屋内と知れず、不寝番ふしんばんの者共も、眠っていた者共も、恐慌きょうこうを起こして走り回っていました。ありとあらゆる場所で、味方、あるいは「客」と鉢合わせが起きていたのです。叫び声、わめき声、泣き声、物がぶつかる音、壊れる音、壊される音が、城内到る処で立ち、到る処から響いていたはずです。
 あるいはしかし、耳にしてものやもしれません。
 義昌殿とすれば、周到に計画し、万全の容易をして、相手の不意を突くつもりが、逆に先方から奇襲を掛けられた格好なのです。
 大いなる決心の上の策略が瓦解してゆく、その恐ろしさが、義昌殿のあたまの働きを止めてしまったとしても、不思議ではありません。



 義昌殿は、ただ眼を明けて、息をしているだけの人形のようになっておいででした。
 慌てふためいた幾人もの家臣が主君へ事態を報告をし、指示を仰ごうと、その元へ駆け付けました。
 しかし彼の者達の主君は、返答も下知もできぬ有様です。
 そんな主君の様子を見て不審に思った彼等は、主君が何も語らぬ理由を探し、辺りを見回したことでしょう。そしてこの時漸く、主君の眼前に広がる暗がりの中に「鬼」を――完爾かんじとして笑う森長可を見出すこととなるのです。

「なんだ、木曽福島には人が居らぬらしいな。なるほど、人のいない城では、門ももろいが道理というものか」

 森長可殿が呵々大笑かかたいしょうなさいました。
 反論できる者がいないと言うこともまた、嘆かわしいことでした。

 しかし、その場にただ一人、声を上げる者がおりました。

「なんということだ。とあろうものが、なさけないぞ」

 見事な大喝だいかつであったそうです。しかし幼く、舌足らずな声音であったことでしょう。
 腑抜ふぬけ達が振り返ると、そこには童子が立っておりました。
 年の頃は五、六歳ばかりの男の子であります。
 幼いながらに眉の凛々りりしい、勘の強そうなお顔立ちで、小さな体の上に着崩れた寝間着を羽織り、その帯に立派なこしらえの小太刀を手挟たばさんで立っていたそうです。
 木曾義昌殿の顔が土色に変わりました。
 餌を求める鯉のように口をぱくぱくと動かされたといいます。
 ご本人は恐らく、

岩松丸いわまつまる、来るでない」

 というようなことを叫んだおつもりでしょう。しかし回りの者共には聞こえなかったやも知れません。
 森長可殿が、

「なんだ、この城にも人がいるではないか。なんとまあ天晴あっぱれな武者であろうか! さあ、近う寄られよ!」

 と、仰る大層たいそう大きな声に、かき消されてしまったに違いないからです。
 その小童こわらわは耳に届いた方の声に招かれるまま、すぅっと、長可殿に歩み寄られました。
 童子は長可殿の前まで進むと、大将のように胡座あぐらを組み、座りました。胸を張って、

「きそいよのかみが、いわまつまるにござる」

 廻らぬ舌で、しかし堂々と名乗られたのです。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

17歳男子高生と32歳主婦の境界線

MisakiNonagase
恋愛
32歳主婦のカレンはインスタグラムで20歳大学生の晴人と知り合う。親密な関係となった3度目のデートのときに、晴人が実は17歳の高校2年生だと知る。 カレンと晴人はその後、どうなる?

織田信長IF… 天下統一再び!!

華瑠羅
歴史・時代
日本の歴史上最も有名な『本能寺の変』の当日から物語は足早に流れて行く展開です。 この作品は「もし」という概念で物語が進行していきます。 主人公【織田信長】が死んで、若返って蘇り再び活躍するという作品です。 ※この物語はフィクションです。

織田信長 -尾州払暁-

藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。 守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。 織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。 そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。 毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。 スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。 (2022.04.04) ※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。 ※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。

改造空母機動艦隊

蒼 飛雲
歴史・時代
 兵棋演習の結果、洋上航空戦における空母の大量損耗は避け得ないと悟った帝国海軍は高価な正規空母の新造をあきらめ、旧式戦艦や特務艦を改造することで数を揃える方向に舵を切る。  そして、昭和一六年一二月。  日本の前途に暗雲が立ち込める中、祖国防衛のために改造空母艦隊は出撃する。  「瑞鳳」「祥鳳」「龍鳳」が、さらに「千歳」「千代田」「瑞穂」がその数を頼みに太平洋艦隊を迎え撃つ。

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

別れし夫婦の御定書(おさだめがき)

佐倉 蘭
歴史・時代
★第11回歴史・時代小説大賞 奨励賞受賞★ 嫡男を産めぬがゆえに、姑の策略で南町奉行所の例繰方与力・進藤 又十蔵と離縁させられた与岐(よき)。 離縁後、生家の父の猛反対を押し切って生まれ育った八丁堀の組屋敷を出ると、小伝馬町の仕舞屋に居を定めて一人暮らしを始めた。 月日は流れ、姑の思惑どおり後妻が嫡男を産み、婚家に置いてきた娘は二人とも無事与力の御家に嫁いだ。 おのれに起こったことは綺麗さっぱり水に流した与岐は、今では女だてらに離縁を望む町家の女房たちの代わりに亭主どもから去り状(三行半)をもぎ取るなどをする「公事師(くじし)」の生業(なりわい)をして生計を立てていた。 されどもある日突然、与岐の仕舞屋にとっくの昔に離縁したはずの元夫・又十蔵が転がり込んできて—— ※「今宵は遣らずの雨」「大江戸ロミオ&ジュリエット」「大江戸シンデレラ」「大江戸の番人 〜吉原髪切り捕物帖〜」にうっすらと関連したお話ですが単独でお読みいただけます。

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

処理中です...