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「開けなさい。これは公爵令嬢としての命令ではなく、この屋敷の『実質的支配者』としての命令ですわ」
北塔の最上階、重厚な鉄の扉の前で、私は守衛たちに冷たく言い放ちました。
ここはアスタロト公爵家の隠し金庫。歴代の当主が積み上げてきた財宝と、私がこの三年間で「増殖」させた莫大な裏金が眠る場所ですわ。
「し、しかしリリム様、旦那様からは誰も通すなと……」
「あら、お聞きになって? その旦那様は先ほど、私を勘当すると仰いましたのよ。つまり、今の私はこの家の人間ではありません。……ということは、この家のルールに従う必要もないということですわね?」
「それは……理屈が通っているような、いないような……」
困惑する守衛たちの間をすり抜け、私は扉の魔術錠に手を触れました。
この錠前、父様は「自分にしか開けられない」と思い込んでいらっしゃいますが、設計したのは私です。当然、バックドア……いわゆる『合鍵』は設定済みですわ。
カチリ、と心地よい音がして、扉がゆっくりと開かれました。
「さあ、お仕事の時間ですわ。私の可愛い金貨たち、主(あるじ)が変わる時が来ましたわよ!」
室内には、天井まで届くほどの金貨の山、そして希少な魔石や美術品が所狭しと並んでいました。
私は腰に下げた、見た目よりも遥かに多くの物が入る『四次元魔導バッグ(自作)』を広げました。
「吸い込みなさい! 一粒残らず、私の血と汗と涙の結晶を回収いたしますわ!」
バッグが掃除機のような音を立てて、金貨の山を飲み込み始めます。
ザザーッ、ジャラジャラッ! と、この世で最も美しい音楽が部屋に響き渡りました。
「リ、リリム! 貴様、何をしているッ!」
背後から、血相を変えた父様が駆け込んできました。
後ろには、息を切らしたエリオット殿下と、なぜかまだ付いてきているシャーリーの姿もあります。
「見ての通りですわ、お父様。引っ越しの準備をしていますの。勘当されるのですから、自分の持ち物はまとめておかないといけませんでしょう?」
「自分の持ち物だと!? それはアスタロト家の財産だ! 一銭たりとも持ち出すことは許さん!」
「あら、おかしなことを仰いますわね。この金貨の八割は、私が行った投資と商売で得た利益ですわ。お父様がなさったことと言えば、ただそこに座って『うむ、苦しゅうない』と判子を押しただけではありませんか」
私はバッグの手を休めず、涼しい顔で言い返しました。
「貴様……! 親に向かってどこまで傲慢な……! 衛兵、その女を捕らえろ! それは窃盗だ!」
父様の号令で、守衛たちが恐る恐る私を囲みます。
ですが、私は一歩も引きません。むしろ、勝ち誇った笑みを浮かべて見せました。
「窃盗? いいえ、これは『正当な報酬の受領』ですわ。もしこれをお盗みだと言うのなら、私は今すぐ広場へ行って、アスタロト公爵家がいかにして脱税し、いかにして王家に賄賂を贈っていたか、その詳細な帳簿をばら撒きますけれど?」
「なっ……! き、貴様、そんなものを……!」
「もちろん、バックアップは各所に分散して保管してありますわ。私が捕まった瞬間、公爵家も、ついでにエリオット殿下の王位継承権も、すべてが塵となって消えることでしょう」
「……リリム、君は……君は悪魔か!?」
エリオット殿下が、ガタガタと震えながら叫びました。
前髪が短すぎて、震えるたびにその不格好なタワシ頭が揺れるのが、実に滑稽ですわ。
「悪魔? 最高の褒め言葉ですわ、殿下。私、お花畑な天使よりは、地獄の支配者の方が性に合っていますの」
最後の金貨がバッグに吸い込まれ、部屋はもぬけの殻となりました。
「さて。お父様。改めて確認させていただきますわ。私を『絶縁』なさるということで、お間違いありませんわね?」
「う、ぐ……ああ、そうだ! お前のような恐ろしい娘、こちらから願い下げだ! 二度とアスタロトの敷居を跨ぐな!」
「承知いたしました。では、契約成立ですわね」
私はバッグの口を固く結び、父様と殿下に向かって完璧なカーテシーをして見せました。
「今日この時をもって、リリム・フォン・アスタロトは死にました。これからは……そうね、ただの『リリム』として、貴方たちの破滅を特等席で拝見させていただきますわ」
「リリム様ぁ、そんなに強がっちゃってぇ。女一人の力で、何ができるっていうんですぅ? 明日には路頭に迷って、泣きながら戻ってくるに決まってますぅ!」
シャーリーが、勝ち誇ったように鼻を鳴らしました。
私は彼女の横を通り過ぎる際、耳元でそっと囁きました。
「……シャーリーさん。貴方のその宝石、殿下の私費ではなく、実は『軍事予算』から横流しされたものだってご存知? 明日、憲兵隊が貴方のところへ伺うかもしれませんわよ。うふふ」
「え……? ええっ!?」
シャーリーの顔が真っ青になるのを見届け、私は颯爽と北塔を後にしました。
背後で父様が「私の金が……! 金がああぁぁ!」と絶叫していますが、知ったことではありません。
(さあ、まずは安宿を確保しましょう。そして……あの無能たちを効率よく、かつ徹底的に叩き潰すための拠点を作るのですわ!)
夜の街へと踏み出した私の足取りは、羽が生えたように軽やかでした。
身分はない。家もない。婚約者もいない。
ですが、私の手元には莫大な資金と、溢れんばかりの知略、そして……抑えきれない復讐心が残っています。
「あー、最高! 独身、最高ですわ!」
月夜の下、私は声を上げて笑いました。
復讐日記、第4ページ目。
項目:実家との縁切り完了。収支、大幅な黒字。
こうして私は、華やかな公爵令嬢から、恐るべき「復讐の専門家」へと転身を遂げたのでした。
北塔の最上階、重厚な鉄の扉の前で、私は守衛たちに冷たく言い放ちました。
ここはアスタロト公爵家の隠し金庫。歴代の当主が積み上げてきた財宝と、私がこの三年間で「増殖」させた莫大な裏金が眠る場所ですわ。
「し、しかしリリム様、旦那様からは誰も通すなと……」
「あら、お聞きになって? その旦那様は先ほど、私を勘当すると仰いましたのよ。つまり、今の私はこの家の人間ではありません。……ということは、この家のルールに従う必要もないということですわね?」
「それは……理屈が通っているような、いないような……」
困惑する守衛たちの間をすり抜け、私は扉の魔術錠に手を触れました。
この錠前、父様は「自分にしか開けられない」と思い込んでいらっしゃいますが、設計したのは私です。当然、バックドア……いわゆる『合鍵』は設定済みですわ。
カチリ、と心地よい音がして、扉がゆっくりと開かれました。
「さあ、お仕事の時間ですわ。私の可愛い金貨たち、主(あるじ)が変わる時が来ましたわよ!」
室内には、天井まで届くほどの金貨の山、そして希少な魔石や美術品が所狭しと並んでいました。
私は腰に下げた、見た目よりも遥かに多くの物が入る『四次元魔導バッグ(自作)』を広げました。
「吸い込みなさい! 一粒残らず、私の血と汗と涙の結晶を回収いたしますわ!」
バッグが掃除機のような音を立てて、金貨の山を飲み込み始めます。
ザザーッ、ジャラジャラッ! と、この世で最も美しい音楽が部屋に響き渡りました。
「リ、リリム! 貴様、何をしているッ!」
背後から、血相を変えた父様が駆け込んできました。
後ろには、息を切らしたエリオット殿下と、なぜかまだ付いてきているシャーリーの姿もあります。
「見ての通りですわ、お父様。引っ越しの準備をしていますの。勘当されるのですから、自分の持ち物はまとめておかないといけませんでしょう?」
「自分の持ち物だと!? それはアスタロト家の財産だ! 一銭たりとも持ち出すことは許さん!」
「あら、おかしなことを仰いますわね。この金貨の八割は、私が行った投資と商売で得た利益ですわ。お父様がなさったことと言えば、ただそこに座って『うむ、苦しゅうない』と判子を押しただけではありませんか」
私はバッグの手を休めず、涼しい顔で言い返しました。
「貴様……! 親に向かってどこまで傲慢な……! 衛兵、その女を捕らえろ! それは窃盗だ!」
父様の号令で、守衛たちが恐る恐る私を囲みます。
ですが、私は一歩も引きません。むしろ、勝ち誇った笑みを浮かべて見せました。
「窃盗? いいえ、これは『正当な報酬の受領』ですわ。もしこれをお盗みだと言うのなら、私は今すぐ広場へ行って、アスタロト公爵家がいかにして脱税し、いかにして王家に賄賂を贈っていたか、その詳細な帳簿をばら撒きますけれど?」
「なっ……! き、貴様、そんなものを……!」
「もちろん、バックアップは各所に分散して保管してありますわ。私が捕まった瞬間、公爵家も、ついでにエリオット殿下の王位継承権も、すべてが塵となって消えることでしょう」
「……リリム、君は……君は悪魔か!?」
エリオット殿下が、ガタガタと震えながら叫びました。
前髪が短すぎて、震えるたびにその不格好なタワシ頭が揺れるのが、実に滑稽ですわ。
「悪魔? 最高の褒め言葉ですわ、殿下。私、お花畑な天使よりは、地獄の支配者の方が性に合っていますの」
最後の金貨がバッグに吸い込まれ、部屋はもぬけの殻となりました。
「さて。お父様。改めて確認させていただきますわ。私を『絶縁』なさるということで、お間違いありませんわね?」
「う、ぐ……ああ、そうだ! お前のような恐ろしい娘、こちらから願い下げだ! 二度とアスタロトの敷居を跨ぐな!」
「承知いたしました。では、契約成立ですわね」
私はバッグの口を固く結び、父様と殿下に向かって完璧なカーテシーをして見せました。
「今日この時をもって、リリム・フォン・アスタロトは死にました。これからは……そうね、ただの『リリム』として、貴方たちの破滅を特等席で拝見させていただきますわ」
「リリム様ぁ、そんなに強がっちゃってぇ。女一人の力で、何ができるっていうんですぅ? 明日には路頭に迷って、泣きながら戻ってくるに決まってますぅ!」
シャーリーが、勝ち誇ったように鼻を鳴らしました。
私は彼女の横を通り過ぎる際、耳元でそっと囁きました。
「……シャーリーさん。貴方のその宝石、殿下の私費ではなく、実は『軍事予算』から横流しされたものだってご存知? 明日、憲兵隊が貴方のところへ伺うかもしれませんわよ。うふふ」
「え……? ええっ!?」
シャーリーの顔が真っ青になるのを見届け、私は颯爽と北塔を後にしました。
背後で父様が「私の金が……! 金がああぁぁ!」と絶叫していますが、知ったことではありません。
(さあ、まずは安宿を確保しましょう。そして……あの無能たちを効率よく、かつ徹底的に叩き潰すための拠点を作るのですわ!)
夜の街へと踏み出した私の足取りは、羽が生えたように軽やかでした。
身分はない。家もない。婚約者もいない。
ですが、私の手元には莫大な資金と、溢れんばかりの知略、そして……抑えきれない復讐心が残っています。
「あー、最高! 独身、最高ですわ!」
月夜の下、私は声を上げて笑いました。
復讐日記、第4ページ目。
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