婚約破棄?悪役令嬢の復讐は爆速で。

ハチワレ

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「……ここが、本日の私の『王宮』ですのね。ええ、独創的すぎて言葉も出ませんわ」


私が辿り着いたのは、王都の隅っこ、下町情緒という言葉では片付けられないほど薄汚れた路地裏にある宿屋『泥酔した熊亭』の前でした。


看板は斜めに傾き、窓ガラスは曇り、どこからか謎の煮込み料理の匂いが漂ってきます。


ですが、今の私にはここが最高の隠れ家。公爵家や騎士団の連中が、まさか元公爵令嬢がこんな「掃き溜め」に潜伏しているとは夢にも思うまい。


「おい、あんた。見ない顔だね。ここは金のない飲んだくれが泊まる場所だよ。あんたみたいな派手なドレスの嬢ちゃんが来る場所じゃないね」


カウンターの奥から、片目を眼帯で覆った、岩石のような大女が声をかけてきました。彼女がこの宿の主、マーサでしょう。


「あら、失礼ですわね。私は今、人生で最も『金を持っている』状態ですのよ? ただ、少しばかり趣味の悪い追手から逃げているだけですわ」


私はバッグから金貨を一枚取り出し、カウンターにポーンと放り投げました。


「これで、この宿で一番マシな部屋を貸してください。あ、シーツは毎日取り替えて。それと、私の部屋にノックなしで入る不届き者がいたら、即座に窓から投げ捨ててもよろしいかしら?」


マーサは金貨を素早く掴み取ると、驚いたように目を見開きました。


「……金貨だと? 嬢ちゃん、これ一枚でこの宿が半年分買えるよ。釣りは出せないよ」


「釣り? そんな細かい端数はチップとして差し上げますわ。その代わり、私のプライバシーを全力で守りなさい。いいですこと、私は今、非常に機嫌が悪くて、かつやる気に満ち溢れていますの」


「……分かったよ。あんた、ただもんじゃないね。二階の一番奥の部屋を使いな。あそこなら窓から逃げるのも簡単だ」


鍵を受け取った私は、埃っぽい階段を登り、案内された部屋に入りました。


ギィィ、と不吉な音を立てて開く扉。部屋の中にあるのは、軋むベッドと、ガタつく机、そして今にも崩れそうな椅子。


「……ふふ、ふふふ。公爵家の天蓋付きベッドに比べれば、まるで拷問器具ですわね」


私はドレスの裾を捲り上げ、おもむろに椅子に腰掛けました。


バッグから、あの『復讐管理ノート』を取り出します。


「さて、お遊びはここまでですわ。エリオット殿下、シャーリー、そしてお父様。貴方たちを効率よく、かつ確実に社会から抹殺するためのスケジュールを組みましょうか」


私はノートの新しいページに、太字でタイトルを書き込みました。


『エリオット破滅への24時 ~前髪の次は、その王冠を毟り取るまで~』


「まずは経済的封鎖。私が抜けた後の公爵家は、一週間以内に経理がパンクしますわ。お父様は算術が苦手ですから、今頃は税率の計算ができなくて頭を抱えているはず」


私はカリカリと、悪魔のような微笑みを浮かべてペンを走らせます。


「そして王宮。シャーリーが軍事予算を横領したという『事実(風の噂)』を、私が懇意にしている商会経由で騎士団に流します。騎士団長は堅物ですから、殿下の愛人だろうとお構いなしに踏み込むでしょう」


想像するだけで、お腹の底から笑いが込み上げてきます。


「あはは! そうですわ、殿下がシャーリーを庇おうとして、一緒に憲兵に引きずられていく姿……。それを特等席で見物するために、私はわざわざこんな安宿まで来たのですもの!」


バタン! と机を叩き、私は立ち上がりました。


「あ、いけませんわ。笑いすぎてお腹が空いてしまいました。マーサ! さっきの謎の匂いの正体を教えなさい! 毒が入っていなければ、私が全部買い取って差し上げますわ!」


私は部屋を飛び出し、階段を駆け降りました。


路地裏の令嬢。


一見すれば転落の人生。ですが、私にとっては、これこそが真の自由。


「前世の記憶なんてなくても、私には『悪役令嬢』としての矜持がありますの。やられたら倍返し……いいえ、無一文になるまで毟り取るのが、アスタロト流の礼儀というものですわ!」


私の高笑いは、下町の湿った空気を切り裂き、夜の闇に吸い込まれていきました。


復讐日記、第5ページ目。
項目:作戦本部(安宿)設置完了。ターゲットの破滅まで、残り……まあ、数日ですわね。


こうして私は、路地裏から王国を揺るがす壮大な「嫌がらせ」をスタートさせたのでした。
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