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「マーサ! 朝ですわよ! この私を目覚めさせるにふさわしい、最高級の紅茶と焼きたてのスコーンを……って、ここは安宿でしたわね」
翌朝、私は染みのついた天井を見上げながら、大きく伸びをしました。
昨晩はベッドの軋む音と、隣の部屋から聞こえるオヤジのいびきで寝不足ですけれど、気分は最高ですわ。
「おい嬢ちゃん、起きたのかい。最高級の紅茶はないが、泥水みたいなコーヒーと、石鹸みたいに硬いパンならあるよ」
部屋をノックもせずに開けて入ってきたマーサが、盆を机に置きました。
「……マーサ、貴女に『プライバシー』という概念を教育するには、金貨が何枚必要かしら?」
「無駄だよ。あたしの宿じゃ、生きてるか死んでるか確認するのが朝のルールなんだ。それより嬢ちゃん、そのパンで歯を折らないように気をつけな」
私は溜息をつき、石のように硬いパンを一口齧りました。
(……お、重厚な味わいですわね。ある意味、鈍器として使えそうですわ)
「ところでマーサ。私、この街で商売を始めようと思いますの」
「はあ? 商売だって? あんたみたいな浮世離れしたお嬢様が、一体何を売るってんだい。宝石か? それともそのプライドか?」
マーサが鼻で笑いました。
「失礼ね。私が売るのは『正義』……いいえ、もっと需要のあるものですわ。それは『復讐の代行』と『絶望の提供』ですの」
私は不敵な笑みを浮かべ、手帳の新しいページをマーサに見せました。
そこには、複雑な魔法陣と、王都の主要な権力構造図がびっしりと書き込まれていました。
「名付けて『リリム・トータル・サポート商会』。表向きは悩み相談所ですが、裏では『嫌いなアイツを合法的に、かつ再起不能まで追い込む』ためのコンサルティングを行いますわ」
「……あんた、本当に性格が悪いねぇ。だが、この街じゃ流行るかもしれないよ。特に、貴族に泣かされてる連中は山ほどいるからね」
「でしょう? 市場調査は昨晩のいびきを聞きながら済ませましたわ。まずは、この宿の一階を買い取らせていただきます」
私はバッグから、ずっしりと重い革袋を取り出しました。
「中身は全部、純金貨ですわ。これでこの宿の改装費用と、一階の営業権をいただきます。文句はございませんわね?」
「……嬢ちゃん。あんた、本当は何者だい?」
マーサが真面目な顔で袋の中身を確認しました。
「ただの『元』公爵令嬢ですわ。今は、自由を愛するただの復讐者。……さあ、マーサ。もたもたしている暇はありませんわよ! 看板を発注しなさい!」
一時間後。
宿屋の入り口には、まだペンキの乾いていない派手な看板が掲げられました。
『お困りごとはリリムまで! ~浮気調査から国家転覆の準備まで、真心込めてお手伝い~』
「……看板の文句が物騒すぎるだろ」
「あら、誠実さが伝わって良いと思いませんこと?」
私は用意させた机の前に座り、豪華な羽根ペンを構えました。
「さて、記念すべき第一号のお客様はどなたかしら? できれば、エリオット殿下の悪口を三時間くらい語ってくれる方が望ましいのですけれど」
「そんな客が来るわけないだろ。……おや、噂をすれば誰か来たよ」
マーサが指差した先。
宿のボロい扉を潜り抜けて現れたのは、フードを深く被った大男でした。
その男は、周囲を警戒するように見回すと、私の座る机の前で立ち止まりました。
「……ここが、何でも解決してくれるという場所か?」
低く、地響きのような声。
フードの隙間から見えたのは、鋭い眼光と、鋼のように鍛え上げられた顎のライン。
(あら……? この男、下町の住人にしては、あまりに『育ちの良い筋肉』をしていますわね)
「ええ、左様ですわ。貴方が第一号のお客様です。さあ、誰を呪いたいのか、あるいは誰の資産を凍結したいのか、詳しくお聞かせなさいな」
私は最高の「営業用スマイル」で男を迎えました。
「……頼みがある。僕を、罵ってほしい」
「……はい?」
私は思わず、手に持っていた羽根ペンを落としました。
「聞こえなかったのか? 僕を、これ以上ないほど苛烈な言葉で、完膚なきまでに罵倒してほしいんだ。報酬はいくらでも払う」
男は真剣な表情で、机の上に宝石が詰まった袋を置きました。
(……ちょっと待ちなさいな。私の商会、開店五分で変態を引いてしまいましたわ?)
マーサが背後で「ほら見たことか」という顔をしています。
ですが、私はすぐに持ち直しました。
「……よろしいでしょう。お客様。私の罵倒は、王宮のシェフが作る激辛料理よりも刺激的ですわよ? 心臓が止まっても責任は取りかねますが、よろしいかしら?」
「ああ。頼む。……『美しい』言葉を聞かせてくれ」
男……隣国の第三王子、ゼノン・ヴァレンタインとの、運命的(?)な出会いでした。
私の復讐計画が、少しだけ変な方向へ加速し始めた瞬間でもありました。
復讐日記、第6ページ目。
項目:リリム商会、爆誕。最初の客は、筋肉質の変態。
「……ふふ、ふふふ。面白いですわ! この男、復讐の道具として、あるいはストレス解消用のサンドバッグとして、有効活用して差し上げますわよ!」
私の高笑いは、開店したばかりの事務所に、空虚に響き渡りました。
翌朝、私は染みのついた天井を見上げながら、大きく伸びをしました。
昨晩はベッドの軋む音と、隣の部屋から聞こえるオヤジのいびきで寝不足ですけれど、気分は最高ですわ。
「おい嬢ちゃん、起きたのかい。最高級の紅茶はないが、泥水みたいなコーヒーと、石鹸みたいに硬いパンならあるよ」
部屋をノックもせずに開けて入ってきたマーサが、盆を机に置きました。
「……マーサ、貴女に『プライバシー』という概念を教育するには、金貨が何枚必要かしら?」
「無駄だよ。あたしの宿じゃ、生きてるか死んでるか確認するのが朝のルールなんだ。それより嬢ちゃん、そのパンで歯を折らないように気をつけな」
私は溜息をつき、石のように硬いパンを一口齧りました。
(……お、重厚な味わいですわね。ある意味、鈍器として使えそうですわ)
「ところでマーサ。私、この街で商売を始めようと思いますの」
「はあ? 商売だって? あんたみたいな浮世離れしたお嬢様が、一体何を売るってんだい。宝石か? それともそのプライドか?」
マーサが鼻で笑いました。
「失礼ね。私が売るのは『正義』……いいえ、もっと需要のあるものですわ。それは『復讐の代行』と『絶望の提供』ですの」
私は不敵な笑みを浮かべ、手帳の新しいページをマーサに見せました。
そこには、複雑な魔法陣と、王都の主要な権力構造図がびっしりと書き込まれていました。
「名付けて『リリム・トータル・サポート商会』。表向きは悩み相談所ですが、裏では『嫌いなアイツを合法的に、かつ再起不能まで追い込む』ためのコンサルティングを行いますわ」
「……あんた、本当に性格が悪いねぇ。だが、この街じゃ流行るかもしれないよ。特に、貴族に泣かされてる連中は山ほどいるからね」
「でしょう? 市場調査は昨晩のいびきを聞きながら済ませましたわ。まずは、この宿の一階を買い取らせていただきます」
私はバッグから、ずっしりと重い革袋を取り出しました。
「中身は全部、純金貨ですわ。これでこの宿の改装費用と、一階の営業権をいただきます。文句はございませんわね?」
「……嬢ちゃん。あんた、本当は何者だい?」
マーサが真面目な顔で袋の中身を確認しました。
「ただの『元』公爵令嬢ですわ。今は、自由を愛するただの復讐者。……さあ、マーサ。もたもたしている暇はありませんわよ! 看板を発注しなさい!」
一時間後。
宿屋の入り口には、まだペンキの乾いていない派手な看板が掲げられました。
『お困りごとはリリムまで! ~浮気調査から国家転覆の準備まで、真心込めてお手伝い~』
「……看板の文句が物騒すぎるだろ」
「あら、誠実さが伝わって良いと思いませんこと?」
私は用意させた机の前に座り、豪華な羽根ペンを構えました。
「さて、記念すべき第一号のお客様はどなたかしら? できれば、エリオット殿下の悪口を三時間くらい語ってくれる方が望ましいのですけれど」
「そんな客が来るわけないだろ。……おや、噂をすれば誰か来たよ」
マーサが指差した先。
宿のボロい扉を潜り抜けて現れたのは、フードを深く被った大男でした。
その男は、周囲を警戒するように見回すと、私の座る机の前で立ち止まりました。
「……ここが、何でも解決してくれるという場所か?」
低く、地響きのような声。
フードの隙間から見えたのは、鋭い眼光と、鋼のように鍛え上げられた顎のライン。
(あら……? この男、下町の住人にしては、あまりに『育ちの良い筋肉』をしていますわね)
「ええ、左様ですわ。貴方が第一号のお客様です。さあ、誰を呪いたいのか、あるいは誰の資産を凍結したいのか、詳しくお聞かせなさいな」
私は最高の「営業用スマイル」で男を迎えました。
「……頼みがある。僕を、罵ってほしい」
「……はい?」
私は思わず、手に持っていた羽根ペンを落としました。
「聞こえなかったのか? 僕を、これ以上ないほど苛烈な言葉で、完膚なきまでに罵倒してほしいんだ。報酬はいくらでも払う」
男は真剣な表情で、机の上に宝石が詰まった袋を置きました。
(……ちょっと待ちなさいな。私の商会、開店五分で変態を引いてしまいましたわ?)
マーサが背後で「ほら見たことか」という顔をしています。
ですが、私はすぐに持ち直しました。
「……よろしいでしょう。お客様。私の罵倒は、王宮のシェフが作る激辛料理よりも刺激的ですわよ? 心臓が止まっても責任は取りかねますが、よろしいかしら?」
「ああ。頼む。……『美しい』言葉を聞かせてくれ」
男……隣国の第三王子、ゼノン・ヴァレンタインとの、運命的(?)な出会いでした。
私の復讐計画が、少しだけ変な方向へ加速し始めた瞬間でもありました。
復讐日記、第6ページ目。
項目:リリム商会、爆誕。最初の客は、筋肉質の変態。
「……ふふ、ふふふ。面白いですわ! この男、復讐の道具として、あるいはストレス解消用のサンドバッグとして、有効活用して差し上げますわよ!」
私の高笑いは、開店したばかりの事務所に、空虚に響き渡りました。
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