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「……ゼノン。貴方、さっきから何をしているのかしら? その、私の視界の端で小刻みに反復横跳びをするのはおやめなさい」
リリム商会(兼、安宿の自室)にて。私は溜まりに溜まった復讐の進捗表を整理していましたが、背後に漂う凄まじい「筋肉の圧」に耐えかねてペンを置きました。
振り返ると、そこには上半身裸になったゼノンが、汗一つかかずに高速で左右にステップを踏んでいました。
「……トレーニングだ。リリムに命じられた『次の潜入』に備え、瞬発力を高めている。……それと、リリムがこちらを向くのを待っていた」
「待っていた、ですって? 普通、人はそういう時『あの、よろしいですか』と声をかけるものですわよ。貴方のコミュニケーション能力は、その上腕二頭筋の中に吸収されて消滅してしまったのかしら?」
「……。今の言葉、響いたぞ。二頭筋への最高の栄養だ」
ゼノンは満足げに動きを止め、バサリとタオルを肩にかけました。
そして、私の足元に大型犬……いえ、巨大な熊のようにどっしりと座り込んだのです。
「……何ですの。そこは貴方の定位置ではありませんわよ? 座るなら椅子を使いなさい。それとも、自分が床の汚れを拭き取るモップだとでも思い込んでいらっしゃるのかしら?」
「いや。……ここにいると、リリムの香りがする。落ち着くんだ。……それに、君の足元は僕の指定席のような気がしてきた」
「……。マーサ! 今すぐ一番強力な殺虫剤を持ってきてちょうだい! この部屋に、とんでもなく図体の大きな害獣が居着いてしまいましたわ!」
私が叫んでも、ゼノンは微塵も動じません。
むしろ、罵倒を浴びて頬を微かに上気させ、嬉々として私の靴の汚れを自分の高そうなハンカチで拭き始めました。
「……よし。綺麗になった。……次は、肩を揉もうか? 指圧の強さは『岩石粉砕モード』から『令嬢愛護モード』まで自由自在だ」
「結構ですわよ! 貴方のその丸太のような指で揉まれたら、私の華奢な肩が粉砕骨折してしまいますわ!」
私は呆れて溜息をつきました。
この男、出会った当初は「ミステリアスな便利屋」を装っていましたが、最近は完全に私に『懐いて』います。
それも、主人の帰りを待ちわびて尾を振りちぎらんばかりの、狂暴な猟犬のような懐き方です。
「……ゼノン。貴方、一応は隣国の王子様なのでしょう? そんなに一介の令嬢(元)の足元でゴロゴロしていて、お国の方はよろしいのかしら」
「……。気づいていたのか」
「当然でしょう。その宝石の出所、隠密の技術、そして何よりその『贅沢に育てられた筋肉』。普通の平民があんなに左右対称に筋肉を盛れるはずがありませんわ」
私はゼノンの顎をクイッと持ち上げ、その端正な顔を覗き込みました。
「隣国ヴァレンタインの第三王子。武勇に優れ、無口で冷徹……という噂でしたが、実際はただの重度のドM変態だった。……これ、ゴシップ誌に売ったら金貨何枚になるかしらね?」
「……好きにしろ。君になら、僕のすべてを売り払われても構わない。……だが、今は僕を利用しろ。隣国の夜会、僕がエスコートすれば、エリオットたちへの最高のアテつけになるはずだ」
ゼノンは私の手をそっと取り、その手の甲に恭しく口づけを落としました。
「……リリム。君は、世界で一番美しくて、残酷で、最高に口が悪い。……僕は、そんな君の『剣』でありたいんだ」
「……。……ふん。勝手になさいな。貴方のその丈夫な体、使い潰すまでこき使って差し上げますわ」
私は顔が少し熱くなるのを自覚しながら、乱暴に手を引き抜きました。
(……全く。復讐の駒として拾ったつもりでしたけれど、これは少々、扱いが難しい駒を引いてしまいましたわね)
ですが、ゼノンの言う通りです。
隣国の王子を従えて、華麗に夜会に再デビューする。
それは、私を捨てたエリオット殿下や、私を見捨てたお父様にとって、何よりも屈辱的な光景になるでしょう。
「……よし、決まりましたわ! ゼノン、今すぐ出発の準備をなさい! まずは王都一番の仕立屋を呼びつけて、貴方のその暑苦しい筋肉をギリギリまで詰め込める、最高の礼服を作らせますわよ!」
「……了解した。……ところでリリム。もう一度だけ、僕を罵ってから出発してもいいだろうか」
「……この、執拗不屈な筋肉ダルマ! 貴方の頭の中は筋肉と私の悪口の二択しかありませんの!? 今すぐその脳細胞を一回洗濯機にかけて、綺麗に脱水してきなさいな!」
「……ふぅ。……よし、最高のコンディションだ」
ゼノンは清々しい顔で立ち上がりました。
懐いた猛犬を連れて、戦場(夜会)へと向かう。
リリムの復讐劇は、いよいよ国際的な舞台へと進出しようとしていました。
復讐日記、第10ページ目。
項目:隣国の王子、完全にペット化。……いえ、専属の『噛みつき犬』として登録。
私の高笑いは、安宿の壁を突き抜け、晴れ渡った空へと響き渡りました。
リリム商会(兼、安宿の自室)にて。私は溜まりに溜まった復讐の進捗表を整理していましたが、背後に漂う凄まじい「筋肉の圧」に耐えかねてペンを置きました。
振り返ると、そこには上半身裸になったゼノンが、汗一つかかずに高速で左右にステップを踏んでいました。
「……トレーニングだ。リリムに命じられた『次の潜入』に備え、瞬発力を高めている。……それと、リリムがこちらを向くのを待っていた」
「待っていた、ですって? 普通、人はそういう時『あの、よろしいですか』と声をかけるものですわよ。貴方のコミュニケーション能力は、その上腕二頭筋の中に吸収されて消滅してしまったのかしら?」
「……。今の言葉、響いたぞ。二頭筋への最高の栄養だ」
ゼノンは満足げに動きを止め、バサリとタオルを肩にかけました。
そして、私の足元に大型犬……いえ、巨大な熊のようにどっしりと座り込んだのです。
「……何ですの。そこは貴方の定位置ではありませんわよ? 座るなら椅子を使いなさい。それとも、自分が床の汚れを拭き取るモップだとでも思い込んでいらっしゃるのかしら?」
「いや。……ここにいると、リリムの香りがする。落ち着くんだ。……それに、君の足元は僕の指定席のような気がしてきた」
「……。マーサ! 今すぐ一番強力な殺虫剤を持ってきてちょうだい! この部屋に、とんでもなく図体の大きな害獣が居着いてしまいましたわ!」
私が叫んでも、ゼノンは微塵も動じません。
むしろ、罵倒を浴びて頬を微かに上気させ、嬉々として私の靴の汚れを自分の高そうなハンカチで拭き始めました。
「……よし。綺麗になった。……次は、肩を揉もうか? 指圧の強さは『岩石粉砕モード』から『令嬢愛護モード』まで自由自在だ」
「結構ですわよ! 貴方のその丸太のような指で揉まれたら、私の華奢な肩が粉砕骨折してしまいますわ!」
私は呆れて溜息をつきました。
この男、出会った当初は「ミステリアスな便利屋」を装っていましたが、最近は完全に私に『懐いて』います。
それも、主人の帰りを待ちわびて尾を振りちぎらんばかりの、狂暴な猟犬のような懐き方です。
「……ゼノン。貴方、一応は隣国の王子様なのでしょう? そんなに一介の令嬢(元)の足元でゴロゴロしていて、お国の方はよろしいのかしら」
「……。気づいていたのか」
「当然でしょう。その宝石の出所、隠密の技術、そして何よりその『贅沢に育てられた筋肉』。普通の平民があんなに左右対称に筋肉を盛れるはずがありませんわ」
私はゼノンの顎をクイッと持ち上げ、その端正な顔を覗き込みました。
「隣国ヴァレンタインの第三王子。武勇に優れ、無口で冷徹……という噂でしたが、実際はただの重度のドM変態だった。……これ、ゴシップ誌に売ったら金貨何枚になるかしらね?」
「……好きにしろ。君になら、僕のすべてを売り払われても構わない。……だが、今は僕を利用しろ。隣国の夜会、僕がエスコートすれば、エリオットたちへの最高のアテつけになるはずだ」
ゼノンは私の手をそっと取り、その手の甲に恭しく口づけを落としました。
「……リリム。君は、世界で一番美しくて、残酷で、最高に口が悪い。……僕は、そんな君の『剣』でありたいんだ」
「……。……ふん。勝手になさいな。貴方のその丈夫な体、使い潰すまでこき使って差し上げますわ」
私は顔が少し熱くなるのを自覚しながら、乱暴に手を引き抜きました。
(……全く。復讐の駒として拾ったつもりでしたけれど、これは少々、扱いが難しい駒を引いてしまいましたわね)
ですが、ゼノンの言う通りです。
隣国の王子を従えて、華麗に夜会に再デビューする。
それは、私を捨てたエリオット殿下や、私を見捨てたお父様にとって、何よりも屈辱的な光景になるでしょう。
「……よし、決まりましたわ! ゼノン、今すぐ出発の準備をなさい! まずは王都一番の仕立屋を呼びつけて、貴方のその暑苦しい筋肉をギリギリまで詰め込める、最高の礼服を作らせますわよ!」
「……了解した。……ところでリリム。もう一度だけ、僕を罵ってから出発してもいいだろうか」
「……この、執拗不屈な筋肉ダルマ! 貴方の頭の中は筋肉と私の悪口の二択しかありませんの!? 今すぐその脳細胞を一回洗濯機にかけて、綺麗に脱水してきなさいな!」
「……ふぅ。……よし、最高のコンディションだ」
ゼノンは清々しい顔で立ち上がりました。
懐いた猛犬を連れて、戦場(夜会)へと向かう。
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