殿下、私以外の誰かを愛してください。

ハチワレ

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明日に控えた「運命の夜会」。
ラブリーの私室では、公爵家の侍女たちが困惑の表情で立ち尽くし、ミリーが額を押さえて天を仰いでいました。

「……ラブリー様。もう一度だけ、確認させてくださいませ」

ミリーが指差した先には、深紅……というよりは、血の色を煮詰めたような毒々しい色合いのドレスがありました。
しかも、肩にはトゲのような装飾がつき、背中には謎の黒い羽根があしらわれています。

「どうかしら、ミリー様! どこからどう見ても、善良な男爵令嬢をいじめて悦に浸る、性根の腐りきった悪役令嬢に見えなくって?」

ラブリーは鏡の前でポーズを決め、満足げに鼻を鳴らしました。

「いえ、悪役令嬢というよりは……どこかの魔王軍の女幹部ですわよ、それ。夜会のドレスコードを完全に無視していますし、何より重そうですわ」

「重いのよ! この重さこそが、私の罪の重さ……! これくらい派手でないと、殿下が私を切り捨てる際に『惜しいことをした』と思わせる余地を与えてしまいますわ」

「……逆に『関わりたくない』と思われて、婚約破棄を通り越して国外追放一直線になりそうですけど、よろしいんですの?」

「願ったり叶ったりですわ! 追放先で殿下の幸せを祈りながら、細々と、かつドラマチックに暮らす……ああ、なんて美しいエンディング!」

ラブリーの妄想が、またしても現実の壁を突き破って暴走を始めました。
そんな時、部屋の扉がノックされ、聞き慣れた爽やかな声が響きました。

「ラブリー、入ってもいいかな? 明日の打ち合わせに、追加の資料を持ってきたんだ」

「殿下!? あ、お待ちになって、今この『魔王ドレス』を隠さなくては……!」

慌ててクローゼットにドレスを押し込もうとするラブリーでしたが、一歩遅く。
クロードが足を踏み入れた瞬間、その「禍々しい物体」と目が合ってしまいました。

「……おや。それは、明日の衣装かい? ラブリー」

「あ、あわわ……。そ、そうですわ殿下。あまりに私の心根が醜いので、それが外見に滲み出てしまった結果ですの! 決して、私が特注したわけでは……!」

クロードは数秒間、そのトゲトゲしたドレスを凝視しました。
ラブリーとミリーは「さすがに引いたか?」と固唾を呑んで見守ります。
しかし、王子の瞳はみるみるうちに潤み始め、感動に打ち震えたのです。

「……素晴らしい。ラブリー、君はそこまで……!」

「はい?」

「明日の夜会には、隣国の使節団も来る。彼らは我が国の軍事力に疑念を抱いているという噂があった。……君は、そのトゲと黒い羽根で『我が国には、これほど好戦的で強靭な精神を持つ令嬢がいるのだぞ』という威圧感を演出し、外交を有利に進めようとしてくれているんだね!?」

「……殿下。もう一度だけ言わせてください。……正気ですの?」

ミリーのツッコミも、クロードの耳には届きません。

「自分の社交界での評価を捨ててまで、国の盾になろうとするなんて……。ああ、ラブリー! 君を悪役にするなんて、私にはやはり耐えられないかもしれない!」

「殿下! そこは耐えてくださいまし! 約束したではありませんか! 私は明日、このドレスでミリー様を突き飛ばし、ケーキを頭からぶっかけますわ!」

「ケーキだと!? ……なるほど、糖分による精神的な緩和ケアを、衆人環視の中でミリー嬢に施そうというのだね? なんと緻密な計画だ!」

「もはや病気ですわ、このお方のフィルター……」

ミリーは完全に匙を投げ、お茶請けのクッキーをヤケ食いし始めました。
ラブリーはクロードの両肩を掴み、必死の形相で詰め寄ります。

「殿下! とにかく明日は、私が何をしても『ラブリー、君には失望した! 婚約を破棄させてもらう!』と言うのですわよ! 練習しましょう、ほら!」

「……ら、ラブリー。君には……し、至宝の価値があるね。こ、婚約を……はっ、吐き気がするほど愛している!」

「逆ですわ! 一文字も合っていませんわよ!」

「無理だよ、ラブリー。口が拒否しているんだ。脳は君を突き放せと命じているのに、心臓が『愛してる』としか叫ばないんだ!」

「心臓の馬鹿っ! 今すぐ静まりなさい!」

ラブリーの叱咤が響きますが、クロードの愛の暴走は止まりません。
彼は持参してきた「資料」をテーブルに広げました。

「これは、君が追放された後の……いや、君が自由になった後の、移住先リストだ。どの領地も、日当たりが良くて温泉が出て、イケメンの執事が常駐している場所を選んでおいたよ」

「……殿下。それ、婚約破棄の後のケアとしては手厚すぎませんか? ただの豪華な別居生活に見えますわ」

「ミリー嬢、黙っていてくれ。……ラブリー、君の『悪役』という献身に報いるには、これでも足りないくらいなんだ。明日の夜会、私は君の望む通りに振る舞おう。……心は死んでも、言葉だけは君を突き放すよ」

クロードが悲壮な決意でラブリーの手を取りました。
その様子は、まるで心中を覚悟した恋人たちのようです。

「殿下……。信じておりますわよ。……明日の今頃、私たちは他人になっているのですわね」

「……ああ。他人(という名の、秘密を共有した特別な絆で結ばれた二人)になるんだね」

「(……かっこいい括弧を付け足さないでくださいまし)」

ラブリーは不安を覚えつつも、明日のために用意した「ミリーをいじめる台詞集(全五十頁)」を握りしめました。

「ミリー様、明日は容赦なく私を糾弾してくださいませ。あなたが私を罵れば罵るほど、私の愛は完成に近づくのですから!」

「……分かりましたわよ。私、全力で『被害者』を演じます。もう、この変な空気から抜け出せるなら何でもしますわ」

準備は整いました。
最強の悪役ドレス(自称)、最強のヒロイン、そして最強に話が通じない王子。
前代未聞の夜会が、いよいよ幕を開けようとしていました。
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