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煌びやかなシャンデリアが輝き、オーケストラの優雅な旋律が流れる王城の大広間。
今夜は、建国記念を祝う盛大な夜会です。
しかし、会場に集まった貴族たちの視線は、一箇所の入り口に釘付けになっていました。
「……な、何ですの、あの装いは……?」
「公爵令嬢のラブリー様……? まるで深淵から這い出してきた魔王のようですわ……」
扉を潜り抜けたラブリーは、肩のトゲをこれ見よがしに揺らし、黒い羽根を翻しました。
周囲が静まり返る中、彼女は心の中で勝利の雄叫びを上げます。
(よし! 掴みはバッチリですわ! 皆さんの引き攣った顔、最高に悪役冥利に尽きますわね!)
ラブリーの隣には、複雑な表情を隠しきれないクロードが立っています。
彼はエスコートしつつも、時折、彼女の肩にあるトゲが自分の腕に刺さりそうになるのを器用に避けていました。
「……ラブリー。その、改めて見ると、やはり威圧感が凄まじいな。他国の武官たちが一斉に剣の柄に手をかけたぞ」
「あら、光栄ですわ。さあ殿下、計画通りに。私はこれから、あちらで一人寂しくタルトを食べているミリー様を襲撃いたします」
「……ああ。私は、心が千切れるのを堪えて、君を突き放すよ」
ラブリーは殿下の手を振り払い、獲物を見つけた鷹のような鋭い眼光で、会場の隅にいるミリーへと突き進みました。
ミリーは計画通り、所在なげに一人でフルーツタルトを口に運んでいました。
「あら、ミリー・ローズ様! こんな高貴な席に、男爵令嬢のあなたが紛れ込んでいるなんて、何の冗談かしら!」
ラブリーの高らかな声が、広間に響き渡りました。
オーケストラの演奏がピタリと止まり、客たちの注目が集まります。
「ひ、ひっ……! ラ、ラブリー様……。私は、殿下にご招待いただいただけで……」
ミリーは名演技で、怯える小動物のように肩を震わせました。
彼女の足元には、ラブリーがわざと落とした扇が転がります。
「殿下がお優しいのをいいことに、図々しいですわ! いい、あなたのような『庶民の匂い』がする方は、この場に相応しくありませんのよ。ほら、お食べなさい!」
ラブリーはテーブルから特大の生クリームケーキを掴み取ると、躊躇なくミリーの頭上へ掲げました。
(ごめんなさいミリー様! 後で最高級の石鹸を贈りますわ!)
「これでもくらえ! ですわ!」
グチャッ、という鈍い音が会場に響きました。
ミリーの艶やかな髪から、白い生クリームと真っ赤なイチゴがボタボタと滴り落ちます。
「ああ……っ! そんな……あんまりですわ……っ!」
ミリーは両手で顔を覆い、膝をつきました。
会場からは「ひどい……」「なんて残酷な……」という囁き声が漏れ始めます。
さあ、主役の登場です。ラブリーは、背後のクロードに目配せを送りました。
「……そこまでだ、ラブリー・ファン・デリシャス!」
重厚な、しかしどこか震えているクロードの声が響きました。
彼は一歩一歩、絶望の淵を歩くような足取りで二人の間に割って入ります。
「で、殿下! 見てくださいまし、この女が――」
「黙れ! 君の口からこれ以上の言葉を聞きたくない!」
クロードはラブリーを指差し、事前に千回練習した台詞を、喉を絞り出すように叫びました。
「君という女性は……何という……何という『計画的』なことを! ミリー嬢の髪のパサつきを気にして、わざわざ高級な生クリームでヘアパックを施してやるなんて!」
「……えっ?」
ラブリーの思考が、一瞬ホワイトアウトしました。
会場の貴族たちも、ミリーさえも、一斉に首を傾げます。
「で、殿下? 何を仰って――」
「隠さなくていい! 君は知っていたんだろう!? このケーキに使われているクリームが、隣国の特産で保湿効果が非常に高いことを! 君は自分の手を汚してまで、ミリー嬢の美容を助けようとしたんだね!」
「違いますわ! 私は、ただいじめただけで――!」
「いいや! 私はもう耐えられない! 君のその、あまりにも美しすぎる自己犠牲の精神には、私の隣は相応しくない!」
クロードは目頭を押さえ、天を仰ぎました。
彼はラブリーとの約束通り、必死に「婚約破棄」への流れを作ろうとしていました。
ただ、その理由が致命的に「愛」に満ちていただけなのです。
「ラブリー……私は今、この場を借りて宣言する。君との婚約を、解消させてもらう!」
「……っ! や、やった……(あ、いけない)」
ラブリーは咄嗟に喜びを隠し、ショックを受けたフリをして胸を押さえました。
「そ、そんな……殿下。私を、お捨てになるのですか……?」
「ああ。君は自由だ。……君はもっと、世界中の困っている人々にその『クリームパック』を施して回るべき聖女なんだ! 私の元に置いておくのは、国の、いや、世界の損失だ!」
「(……理由がめちゃくちゃですわ。でも、受理されましたわよね!?)」
会場は、驚愕と感動という名の奇妙な混乱に包まれました。
「殿下がラブリー様の高潔さに耐えかねて、彼女を解き放った」という解釈が、瞬く間に広まっていきます。
「ミリー嬢、すまない。君を巻き込んでしまった。……さあ、顔を上げなさい。これからは、私が君の新しい婚約者を探す手伝いをしよう。もちろん、ラブリーの再婚相手もだ!」
ミリーは生クリームまみれのまま、震える声で答えました。
「……あ、ありがとうございます……殿下。……ラブリー様、やりましたわね。色んな意味で、めちゃくちゃですけど」
こうして、歴史に残る「生クリーム断罪イベント」により、二人の婚約は正式に解消されました。
ラブリーは、自由を手に入れた歓喜を噛み締めつつ、トゲトゲの肩を揺らして会場を後にしました。
「ふふふ……大成功ですわ! これで私は自由な悪役令嬢! さあ、これからどんな素敵な独身生活が待っているのかしら!」
彼女の後ろ姿を見送りながら、クロードは静かに涙を拭い、決意を新たにしていました。
「待っていろ、ラブリー。君が自由を堪能した後、私が用意した『最高のお見合いリスト』で、君をもう一度幸せにしてみせるからね……!」
悪役は一人もいない。
ただ、全員が全力で勘違いを加速させている夜会は、こうして幕を閉じたのでした。
今夜は、建国記念を祝う盛大な夜会です。
しかし、会場に集まった貴族たちの視線は、一箇所の入り口に釘付けになっていました。
「……な、何ですの、あの装いは……?」
「公爵令嬢のラブリー様……? まるで深淵から這い出してきた魔王のようですわ……」
扉を潜り抜けたラブリーは、肩のトゲをこれ見よがしに揺らし、黒い羽根を翻しました。
周囲が静まり返る中、彼女は心の中で勝利の雄叫びを上げます。
(よし! 掴みはバッチリですわ! 皆さんの引き攣った顔、最高に悪役冥利に尽きますわね!)
ラブリーの隣には、複雑な表情を隠しきれないクロードが立っています。
彼はエスコートしつつも、時折、彼女の肩にあるトゲが自分の腕に刺さりそうになるのを器用に避けていました。
「……ラブリー。その、改めて見ると、やはり威圧感が凄まじいな。他国の武官たちが一斉に剣の柄に手をかけたぞ」
「あら、光栄ですわ。さあ殿下、計画通りに。私はこれから、あちらで一人寂しくタルトを食べているミリー様を襲撃いたします」
「……ああ。私は、心が千切れるのを堪えて、君を突き放すよ」
ラブリーは殿下の手を振り払い、獲物を見つけた鷹のような鋭い眼光で、会場の隅にいるミリーへと突き進みました。
ミリーは計画通り、所在なげに一人でフルーツタルトを口に運んでいました。
「あら、ミリー・ローズ様! こんな高貴な席に、男爵令嬢のあなたが紛れ込んでいるなんて、何の冗談かしら!」
ラブリーの高らかな声が、広間に響き渡りました。
オーケストラの演奏がピタリと止まり、客たちの注目が集まります。
「ひ、ひっ……! ラ、ラブリー様……。私は、殿下にご招待いただいただけで……」
ミリーは名演技で、怯える小動物のように肩を震わせました。
彼女の足元には、ラブリーがわざと落とした扇が転がります。
「殿下がお優しいのをいいことに、図々しいですわ! いい、あなたのような『庶民の匂い』がする方は、この場に相応しくありませんのよ。ほら、お食べなさい!」
ラブリーはテーブルから特大の生クリームケーキを掴み取ると、躊躇なくミリーの頭上へ掲げました。
(ごめんなさいミリー様! 後で最高級の石鹸を贈りますわ!)
「これでもくらえ! ですわ!」
グチャッ、という鈍い音が会場に響きました。
ミリーの艶やかな髪から、白い生クリームと真っ赤なイチゴがボタボタと滴り落ちます。
「ああ……っ! そんな……あんまりですわ……っ!」
ミリーは両手で顔を覆い、膝をつきました。
会場からは「ひどい……」「なんて残酷な……」という囁き声が漏れ始めます。
さあ、主役の登場です。ラブリーは、背後のクロードに目配せを送りました。
「……そこまでだ、ラブリー・ファン・デリシャス!」
重厚な、しかしどこか震えているクロードの声が響きました。
彼は一歩一歩、絶望の淵を歩くような足取りで二人の間に割って入ります。
「で、殿下! 見てくださいまし、この女が――」
「黙れ! 君の口からこれ以上の言葉を聞きたくない!」
クロードはラブリーを指差し、事前に千回練習した台詞を、喉を絞り出すように叫びました。
「君という女性は……何という……何という『計画的』なことを! ミリー嬢の髪のパサつきを気にして、わざわざ高級な生クリームでヘアパックを施してやるなんて!」
「……えっ?」
ラブリーの思考が、一瞬ホワイトアウトしました。
会場の貴族たちも、ミリーさえも、一斉に首を傾げます。
「で、殿下? 何を仰って――」
「隠さなくていい! 君は知っていたんだろう!? このケーキに使われているクリームが、隣国の特産で保湿効果が非常に高いことを! 君は自分の手を汚してまで、ミリー嬢の美容を助けようとしたんだね!」
「違いますわ! 私は、ただいじめただけで――!」
「いいや! 私はもう耐えられない! 君のその、あまりにも美しすぎる自己犠牲の精神には、私の隣は相応しくない!」
クロードは目頭を押さえ、天を仰ぎました。
彼はラブリーとの約束通り、必死に「婚約破棄」への流れを作ろうとしていました。
ただ、その理由が致命的に「愛」に満ちていただけなのです。
「ラブリー……私は今、この場を借りて宣言する。君との婚約を、解消させてもらう!」
「……っ! や、やった……(あ、いけない)」
ラブリーは咄嗟に喜びを隠し、ショックを受けたフリをして胸を押さえました。
「そ、そんな……殿下。私を、お捨てになるのですか……?」
「ああ。君は自由だ。……君はもっと、世界中の困っている人々にその『クリームパック』を施して回るべき聖女なんだ! 私の元に置いておくのは、国の、いや、世界の損失だ!」
「(……理由がめちゃくちゃですわ。でも、受理されましたわよね!?)」
会場は、驚愕と感動という名の奇妙な混乱に包まれました。
「殿下がラブリー様の高潔さに耐えかねて、彼女を解き放った」という解釈が、瞬く間に広まっていきます。
「ミリー嬢、すまない。君を巻き込んでしまった。……さあ、顔を上げなさい。これからは、私が君の新しい婚約者を探す手伝いをしよう。もちろん、ラブリーの再婚相手もだ!」
ミリーは生クリームまみれのまま、震える声で答えました。
「……あ、ありがとうございます……殿下。……ラブリー様、やりましたわね。色んな意味で、めちゃくちゃですけど」
こうして、歴史に残る「生クリーム断罪イベント」により、二人の婚約は正式に解消されました。
ラブリーは、自由を手に入れた歓喜を噛み締めつつ、トゲトゲの肩を揺らして会場を後にしました。
「ふふふ……大成功ですわ! これで私は自由な悪役令嬢! さあ、これからどんな素敵な独身生活が待っているのかしら!」
彼女の後ろ姿を見送りながら、クロードは静かに涙を拭い、決意を新たにしていました。
「待っていろ、ラブリー。君が自由を堪能した後、私が用意した『最高のお見合いリスト』で、君をもう一度幸せにしてみせるからね……!」
悪役は一人もいない。
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