殿下、私以外の誰かを愛してください。

ハチワレ

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「……あーっ、よく寝ましたわ! なんて清々しい朝なのかしら!」

公爵令嬢ラブリー・ファン・デリシャスは、目覚めとともにベッドの上で大きく背伸びをしました。
カーテンの隙間から差し込む朝日は、昨日までの「義務感に満ちた婚約者の朝」とは異なり、自由の色に輝いているように見えました。

「ふふふ。ついにおさらばですわ、あの重圧! 私は今日から、ただの『性格が悪すぎて婚約破棄された可哀想な公爵令嬢』ですのね!」

ラブリーは鼻歌まじりに鏡の前へ向かいました。
昨夜の「魔王ドレス」はすでに脱ぎ捨て、今は軽やかなネグリジェ姿。
これから始まるのは、誰にも邪魔されない悠々自適な独身生活……のはずでした。

「お嬢様、おはようございます。……お体の方は、よろしいのですか?」

部屋に入ってきた専属侍女のアンナが、なぜか腫れぼったい目で、痛ましいものを見るような視線を送ってきます。

「あらアンナ、おはよう。ええ、絶好調よ! 見てちょうだい、この肌のツヤ。婚約破棄のストレス(演技)から解放されて、細胞が喜んでいるわ!」

「お嬢様……。強がらなくてもよろしいのです。昨夜、殿下から言い渡されたあのご無体な宣告……。使用人一同、お嬢様の『あまりに深い愛ゆえの沈黙』に一晩中涙いたしました」

「……はい?」

ラブリーの手が止まりました。
何か、不穏なキーワードが聞こえた気がします。

「沈黙? 愛? 何のことかしら。私はただ、殿下の前で横暴に振る舞い、男爵令嬢に生クリームをぶっかけた、救いようのない悪女なのよ?」

「いいえ。街ではすでに『聖女ラブリーの涙の決断』として吟遊詩人が歌を作っておりますわ。殿下の愛するミリー様との仲を裂かないため、自ら泥を被って身を引いた……まさに、真実の愛の殉教者であると」

「ちょっと待ちなさい! 誰よ、そんなデタラメを流したのは!」

「殿下の側近の皆様が、各所で熱く語っておいででしたわ。『ラブリー様のあのドレスのトゲは、自分の心に刺さる痛みそのものだったのだ』と……」

ラブリーは膝から崩れ落ちそうになりました。
計画では、今頃は社交界からつまはじきにされ、静かな田舎で「あー、悪役令嬢って最高!」と叫んでいるはずだったのです。

「お嬢様、旦那様がお呼びです。……覚悟を決めてくださいませ」

アンナに促され、ラブリーは重い足取りで父親であるデリシャス公爵の書斎へと向かいました。
父は厳しい人です。きっと、家門の泥を塗った娘を叱り飛ばし、地下牢……せめて修道院送りにしてくれるはず。

「お父様、昨夜は申し訳ございませ――」

「ラブリー! ああ、我が誇り高き娘よ!」

書斎に入るなり、巨漢の公爵が号泣しながらラブリーを抱きしめました。

「お、お父様!? 苦しいですわ! それになぜ泣いて……?」

「聞いたぞ! 殿下の幸せのために、自ら悪女を演じきったそうだな! お前が投げた生クリーム、あれは涙の結晶だったのだろう!? デリシャス家の家訓『食こそ愛』を、あのような形で体現するとは……お前は、デリシャス家の最高傑作だ!」

「いえ、本当にただの嫌がらせでして……!」

「いいんだ、何も言うな。お前のその謙虚さこそが、私をさらに泣かせるのだ。……安心しろ、殿下からも連絡があった。お前の『再婚活』は、国を挙げてサポートすると!」

「……再婚活?」

聞き捨てならない言葉に、ラブリーの目が点になります。
その時、まるで計ったようなタイミングで、書斎の扉が勢いよく開かれました。

「失礼するよ、公爵。……ラブリー、迎えに来たよ!」

そこには、婚約を破棄したはずのクロード王子と、なぜか頭をピカピカに洗ってさっぱりしたミリーが並んで立っていました。

「で、殿下!? なぜここに? 私たちはもう他人のはずですわ!」

「何を言っているんだ。昨夜言っただろう? 君の新しい婚約者を探す手伝いをすると。……私は、君が誰よりも幸せな結婚をするのを見届けるまで、君の『元・婚約者』という名の守護聖人であり続けるよ」

「……ミリー様まで、どうして?」

「ラブリー様! 私、感動しましたわ! 昨夜のクリーム、実は最高級の保湿成分が入っていたって殿下から聞きました。おかげで私、今朝は肌がぷるっぷるですの! この恩返し、一生かけてさせていただきますわ!」

「あああ……もう、嫌ですわこの人たち……!」

ラブリーは頭を抱えました。
自由。それは、誰からも干渉されない孤独な楽園のはず。
しかし今、彼女の前には、昨日よりもさらに熱量を増した「お節介な理解者たち」が立ちはだかっていました。

「さあ、ラブリー。これを見てくれ。私のコネクションをフル活用して作成した、『厳選・超エリート独身男性名簿』だ。まずは第一候補、近衛騎士団長の息子、レオ・アルベルト君から面談を始めようじゃないか!」

「今日から!? まだ婚約破棄して十時間も経っていませんわよ!?」

「愛に休息は必要ない。さあ、最高の『やり直し』を始めよう、ラブリー!」

「自由って何でしたのーっ!?」

ラブリーの叫びは、豪華な公爵邸の天井に虚しく響き渡りました。
悪役令嬢としての自由時間は、わずか一晩で終わりを告げ、代わりに「国家規模の強制的お見合い合戦」の幕が開かれようとしていました。
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