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「……次は詩人ですの? もう、耳元で愛を囁かれるのはお腹いっぱいですわ」
ラブリーは、庭園の東屋でぐったりと頬杖をついていました。
連日の「殿下による検閲付きお見合い」のせいで、彼女の精神は削れに削れていたのです。
そこへ、軽やかなリュートの音色とともに、ひらひらとした袖の服を着た男が踊るように現れました。
隣国の放浪貴族、ジュリアン・ド・アモーレ。
彼はラブリーの前に膝をつくと、バラを一輪差し出し、朗々たる声で歌い始めました。
「おお、麗しのラブリー。君の瞳は夜空に輝く名もなき星。君の唇は初夏の朝露に濡れた果実。僕の心という名の小鳥は、今、君という名の籠の中に囚われてしまった……」
「……ミリー様。これ、捕獲してもよろしいのかしら? 物理的な籠に」
「ラブリー様、落ち着いてください。彼は一応、隣国では有名な『愛の狩人』ですわよ。……まぁ、やってることはただの不法侵入に近い気もしますけれど」
ミリーが冷めた目で手元のメモ帳に『候補者④:ポエム野郎』と書き込みます。
しかし、ジュリアンはそんな視線などどこ吹く風。
さらに情熱を込めて、ラブリーの手を取ろうとしました。
「君が殿下に婚約破棄されたと聞いた時、僕は雷に打たれたような衝撃を受けた。あんな冷酷な王子など忘れて、僕と一緒に愛の逃避行へ出かけよう。君が望むなら、毎日三千行の詩を君に捧げようじゃないか!」
「三千行!? 読むだけで日が暮れてしまいますわ! それに、私は悪女ですのよ。あなたの詩の紙で鼻をかむような女ですわよ?」
「ああ、それもまた官能的だ! 僕の言葉が君の体の一部(?)になるなんて!」
「……ダメだわ。この人も、話が通じないタイプですわ……」
ラブリーが絶望に打ちひしがれたその時、背後の茂みがガサリと揺れました。
「三千行、か。……随分と控えめな数字だね」
漆黒のオーラを纏ったクロードが、音もなく姿を現しました。
その手には、広辞苑を五冊ほど積み重ねたような、巨大な革表紙の書物が握られていました。
「で、殿下!? なぜ茂みに潜んでいらっしゃるんですの!」
「邪魔をしに来たわけじゃない。……ジュリアン君、君の詩はあまりにも薄っぺらい。愛を語るなら、最低でもこの『ラブリー・ファン・デリシャス公爵令嬢に捧ぐ、彼女の瞬き一つ一つの美しさを解析した叙事詩・全百巻』を越えてからにしてもらおうか」
「全百巻!? 殿下、いつの間にそんな狂気的なものを執筆なさったんですの!?」
ラブリーの絶叫を無視し、クロードは重厚な書物の一巻を、ドンッ、とテーブルに置きました。
その重みで、ジュリアンのリュートが微かに震えます。
「第一巻、第三章、四十二節……『彼女が朝食のジャムを選びあぐねる際の、眉間のシワの黄金比について』。これだけで五百ページはある。……君に、これほどの熱量があるのかい?」
「なっ……!? ま、眉間のシワで五百ページ……!? き、貴様、正気か……?」
ジュリアンが初めて、恐怖に顔を引き攣らせました。
自称・愛の狩人も、真の「愛の怪物」を前にしては、その矢が一本も届かないことを悟ったようです。
「愛は、さえずるものではない。刻むものだ。……さあ、ジュリアン君。君の詩を聴かせてもらおうか。私のこの叙事詩と、どちらがより深く彼女の魂を揺さぶるか、一晩かけて競おうじゃないか」
「……ひっ! む、無理だ……! 僕の愛は、そんな物理的な重さには耐えられない! あばよ、ラブリー! 君の元婚約者は、愛の狩人じゃなくて、愛の死神だ!」
ジュリアンはリュートを放り出し、脱兎のごとく庭園から逃げ出していきました。
またしても、クロードによる「重すぎる愛のプレゼンテーション」による勝利です。
「……殿下。今の本、今すぐ燃やしてくださいまし」
「どうしてだい? まだ百巻しかできていないんだよ。彼女の『くしゃみの後の照れ笑い』についての章だけで、あと十巻は必要だと思っているんだ」
「ミリー様! 今すぐ火打ち石を持ってきて!」
ラブリーの悲鳴が庭園に響きますが、クロードは満足げに自分の著作を撫でていました。
「さあ、次は誰だったかな? ……あ、次は確か、海を渡ってきた異国の王子だったね」
「もう嫌ですわ……。どの方を連れてきても、あなたが一番『異常』なんですもの……!」
ミリーのメモ帳には、『候補者④:ジュリアン、殿下の狂気ポエム百巻セットにより、精神崩壊し逃亡』と、無慈悲な記録が追加されました。
自由への道は、ページをめくるごとに、より深く、より重い「クロード沼」へと沈んでいくのでした。
ラブリーは、庭園の東屋でぐったりと頬杖をついていました。
連日の「殿下による検閲付きお見合い」のせいで、彼女の精神は削れに削れていたのです。
そこへ、軽やかなリュートの音色とともに、ひらひらとした袖の服を着た男が踊るように現れました。
隣国の放浪貴族、ジュリアン・ド・アモーレ。
彼はラブリーの前に膝をつくと、バラを一輪差し出し、朗々たる声で歌い始めました。
「おお、麗しのラブリー。君の瞳は夜空に輝く名もなき星。君の唇は初夏の朝露に濡れた果実。僕の心という名の小鳥は、今、君という名の籠の中に囚われてしまった……」
「……ミリー様。これ、捕獲してもよろしいのかしら? 物理的な籠に」
「ラブリー様、落ち着いてください。彼は一応、隣国では有名な『愛の狩人』ですわよ。……まぁ、やってることはただの不法侵入に近い気もしますけれど」
ミリーが冷めた目で手元のメモ帳に『候補者④:ポエム野郎』と書き込みます。
しかし、ジュリアンはそんな視線などどこ吹く風。
さらに情熱を込めて、ラブリーの手を取ろうとしました。
「君が殿下に婚約破棄されたと聞いた時、僕は雷に打たれたような衝撃を受けた。あんな冷酷な王子など忘れて、僕と一緒に愛の逃避行へ出かけよう。君が望むなら、毎日三千行の詩を君に捧げようじゃないか!」
「三千行!? 読むだけで日が暮れてしまいますわ! それに、私は悪女ですのよ。あなたの詩の紙で鼻をかむような女ですわよ?」
「ああ、それもまた官能的だ! 僕の言葉が君の体の一部(?)になるなんて!」
「……ダメだわ。この人も、話が通じないタイプですわ……」
ラブリーが絶望に打ちひしがれたその時、背後の茂みがガサリと揺れました。
「三千行、か。……随分と控えめな数字だね」
漆黒のオーラを纏ったクロードが、音もなく姿を現しました。
その手には、広辞苑を五冊ほど積み重ねたような、巨大な革表紙の書物が握られていました。
「で、殿下!? なぜ茂みに潜んでいらっしゃるんですの!」
「邪魔をしに来たわけじゃない。……ジュリアン君、君の詩はあまりにも薄っぺらい。愛を語るなら、最低でもこの『ラブリー・ファン・デリシャス公爵令嬢に捧ぐ、彼女の瞬き一つ一つの美しさを解析した叙事詩・全百巻』を越えてからにしてもらおうか」
「全百巻!? 殿下、いつの間にそんな狂気的なものを執筆なさったんですの!?」
ラブリーの絶叫を無視し、クロードは重厚な書物の一巻を、ドンッ、とテーブルに置きました。
その重みで、ジュリアンのリュートが微かに震えます。
「第一巻、第三章、四十二節……『彼女が朝食のジャムを選びあぐねる際の、眉間のシワの黄金比について』。これだけで五百ページはある。……君に、これほどの熱量があるのかい?」
「なっ……!? ま、眉間のシワで五百ページ……!? き、貴様、正気か……?」
ジュリアンが初めて、恐怖に顔を引き攣らせました。
自称・愛の狩人も、真の「愛の怪物」を前にしては、その矢が一本も届かないことを悟ったようです。
「愛は、さえずるものではない。刻むものだ。……さあ、ジュリアン君。君の詩を聴かせてもらおうか。私のこの叙事詩と、どちらがより深く彼女の魂を揺さぶるか、一晩かけて競おうじゃないか」
「……ひっ! む、無理だ……! 僕の愛は、そんな物理的な重さには耐えられない! あばよ、ラブリー! 君の元婚約者は、愛の狩人じゃなくて、愛の死神だ!」
ジュリアンはリュートを放り出し、脱兎のごとく庭園から逃げ出していきました。
またしても、クロードによる「重すぎる愛のプレゼンテーション」による勝利です。
「……殿下。今の本、今すぐ燃やしてくださいまし」
「どうしてだい? まだ百巻しかできていないんだよ。彼女の『くしゃみの後の照れ笑い』についての章だけで、あと十巻は必要だと思っているんだ」
「ミリー様! 今すぐ火打ち石を持ってきて!」
ラブリーの悲鳴が庭園に響きますが、クロードは満足げに自分の著作を撫でていました。
「さあ、次は誰だったかな? ……あ、次は確か、海を渡ってきた異国の王子だったね」
「もう嫌ですわ……。どの方を連れてきても、あなたが一番『異常』なんですもの……!」
ミリーのメモ帳には、『候補者④:ジュリアン、殿下の狂気ポエム百巻セットにより、精神崩壊し逃亡』と、無慈悲な記録が追加されました。
自由への道は、ページをめくるごとに、より深く、より重い「クロード沼」へと沈んでいくのでした。
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