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「……もう、何も驚きませんわ。たとえ次の方が、馬に乗って空から現れたとしても」
ラブリーは、すっかり諦めきった顔でテラスの椅子に深く沈み込んでいました。
目の前には、輝く小麦色の肌と野性味溢れる笑みを湛えた青年が立っています。
南方の海洋王国からやってきた第三王子、アリステア。
彼は大粒の真珠が散りばめられた派手な民族衣装を翻し、ラブリーへ眩しすぎる笑顔を向けました。
「ハッハッハ! ラブリー、君のような美しい花が、こんなジメジメした内陸の国に閉じ込められているなんて耐えられない! どうだい、俺と一緒に海へ行かないか? 一年中太陽が降り注ぎ、毎日獲れたての魚と果実を食べ放題だ!」
「……太陽。いい響きですわね。ここ最近、私の周りはずっと殿下の執念という名の暗雲が立ち込めていましたもの」
ラブリーは、少しだけ心が揺れました。
悪役令嬢として追放される代わりに、南の島でバカンス三昧。
それこそが、彼女が求めていた「自由」に近い形かもしれません。
「そうだろう! 俺の国に来れば、面倒な礼儀作法も、分厚い叙事詩の暗記も必要ない! 君を縛るものは、打ち寄せる波の音だけだ!」
アリステアが力強くラブリーの手を取ろうとした、その瞬間。
どこからともなく、シュルシュルと鋭い風を切る音が響きました。
「……待ちなさい。彼女を『波の音』なんていう不安定なものに預けるわけにはいかない」
テラスの屋根から、黒い特注の潜入服(?)を纏ったクロードが、音もなく飛び降りてきました。
「殿下!? 今度は屋根の上ですの!? だんだん行動が忍者に近づいていませんこと!?」
「邪魔をしているわけではないよ、ラブリー。私はただ、君の移住先としての『環境アセスメント』を行っているだけだ。……アリステア王子。君の国の紫外線指数、および湿度分布図を提出してもらおうか」
クロードは懐から、複雑なグラフが描かれた羊皮紙を取り出しました。
「な、なんだそれは!? 俺の国は最高に気持ちいい風が吹いている。それだけで十分だろう!」
「甘いな。ラブリーの肌は、北方特有の繊細なセラミド構造をしている。君の国の強烈な直射日光に晒せば、三日で彼女の美しさに『統計学的な誤差』が生じてしまう。私はすでに、彼女のために特注の『UVカット魔法付与全身タイツ』を用意しているが、君にはそれができるのかい?」
「……全身タイツ? ラブリーにそんな変なものを着せるつもりか!?」
アリステアが戦慄した顔でラブリーを見ました。
ラブリーもまた、殿下が手に持っている、薄気味悪い光沢を放つタイツを見て震え上がりました。
「殿下、私はそんなもの着て海に入りたくありませんわよ!」
「大丈夫だよ、ラブリー。見た目は少し……アレだが、防御力は最強だ。それになにより、君が海に行きたいと言うなら、私はすでに城の中庭に『人工波発生装置付き巨大プール』を建設済みだ。海水の成分も、君の肌に最適なミネラル比率に調整してある。わざわざ遠い外国へ行く必要はない」
「……殿下。それ、もう海じゃなくてただの巨大な実験施設ですわ」
ミリーが脇で震えながら、メモ帳に『候補者⑤:アリステア、殿下の狂気じみた日焼け対策により、移住のメリットを喪失』と書き込みました。
「さあ、アリステア王子。君に、彼女のために『気候そのものを改造する』覚悟があるのかい? 私は彼女の健康のためなら、精霊に頼んで王都の上空にだけ永続的な遮光雲を設置する準備もできているんだが」
「……き、君、本当に婚約破棄したんだよな? やってることが、俺の知っている『元カレ』の域を完全に超越しているんだが……」
アリステア王子は、クロードの瞳に宿る、底なしの「執着」という名の深淵を覗き見てしまいました。
彼はそっとラブリーの手を放し、後ずさりしました。
「……悪い、ラブリー。俺の国の太陽じゃ、この王子の『重さ』を照らし出すには足りないみたいだ。俺はもっと、平和な海へ帰らせてもらうよ……」
アリステアは嵐に遭った小舟のように、ふらふらと去っていきました。
またしても、クロードの「度を越した事前準備」による不戦勝です。
「……殿下。もう、お見合いはやめにしませんこと? あなたが全候補者を再起不能にしているではありませんか」
ラブリーが虚脱感とともに告げると、クロードは至極真面目な顔で首を振りました。
「何を言うんだ、ラブリー。私は君に『最高』を見つけたいだけなんだ。……さて、次は確か、教会の若き聖職者だったね。君の『悪女としての魂』を浄化してくれるという触れ込みだ」
「……次は物理的な浄化(お祓い)が来るんですのね。ミリー様、もうお家に帰ってもよろしいかしら……」
「ラブリー様、強く生きてください……。私もいつか、生クリームをぶつけられたあの瞬間が一番平和だったと思い出しそうですわ」
自由を求めるラブリーの航海は、港を出る前に「クロードという名の巨大な防波堤」によって完全に封鎖されているのでした。
ラブリーは、すっかり諦めきった顔でテラスの椅子に深く沈み込んでいました。
目の前には、輝く小麦色の肌と野性味溢れる笑みを湛えた青年が立っています。
南方の海洋王国からやってきた第三王子、アリステア。
彼は大粒の真珠が散りばめられた派手な民族衣装を翻し、ラブリーへ眩しすぎる笑顔を向けました。
「ハッハッハ! ラブリー、君のような美しい花が、こんなジメジメした内陸の国に閉じ込められているなんて耐えられない! どうだい、俺と一緒に海へ行かないか? 一年中太陽が降り注ぎ、毎日獲れたての魚と果実を食べ放題だ!」
「……太陽。いい響きですわね。ここ最近、私の周りはずっと殿下の執念という名の暗雲が立ち込めていましたもの」
ラブリーは、少しだけ心が揺れました。
悪役令嬢として追放される代わりに、南の島でバカンス三昧。
それこそが、彼女が求めていた「自由」に近い形かもしれません。
「そうだろう! 俺の国に来れば、面倒な礼儀作法も、分厚い叙事詩の暗記も必要ない! 君を縛るものは、打ち寄せる波の音だけだ!」
アリステアが力強くラブリーの手を取ろうとした、その瞬間。
どこからともなく、シュルシュルと鋭い風を切る音が響きました。
「……待ちなさい。彼女を『波の音』なんていう不安定なものに預けるわけにはいかない」
テラスの屋根から、黒い特注の潜入服(?)を纏ったクロードが、音もなく飛び降りてきました。
「殿下!? 今度は屋根の上ですの!? だんだん行動が忍者に近づいていませんこと!?」
「邪魔をしているわけではないよ、ラブリー。私はただ、君の移住先としての『環境アセスメント』を行っているだけだ。……アリステア王子。君の国の紫外線指数、および湿度分布図を提出してもらおうか」
クロードは懐から、複雑なグラフが描かれた羊皮紙を取り出しました。
「な、なんだそれは!? 俺の国は最高に気持ちいい風が吹いている。それだけで十分だろう!」
「甘いな。ラブリーの肌は、北方特有の繊細なセラミド構造をしている。君の国の強烈な直射日光に晒せば、三日で彼女の美しさに『統計学的な誤差』が生じてしまう。私はすでに、彼女のために特注の『UVカット魔法付与全身タイツ』を用意しているが、君にはそれができるのかい?」
「……全身タイツ? ラブリーにそんな変なものを着せるつもりか!?」
アリステアが戦慄した顔でラブリーを見ました。
ラブリーもまた、殿下が手に持っている、薄気味悪い光沢を放つタイツを見て震え上がりました。
「殿下、私はそんなもの着て海に入りたくありませんわよ!」
「大丈夫だよ、ラブリー。見た目は少し……アレだが、防御力は最強だ。それになにより、君が海に行きたいと言うなら、私はすでに城の中庭に『人工波発生装置付き巨大プール』を建設済みだ。海水の成分も、君の肌に最適なミネラル比率に調整してある。わざわざ遠い外国へ行く必要はない」
「……殿下。それ、もう海じゃなくてただの巨大な実験施設ですわ」
ミリーが脇で震えながら、メモ帳に『候補者⑤:アリステア、殿下の狂気じみた日焼け対策により、移住のメリットを喪失』と書き込みました。
「さあ、アリステア王子。君に、彼女のために『気候そのものを改造する』覚悟があるのかい? 私は彼女の健康のためなら、精霊に頼んで王都の上空にだけ永続的な遮光雲を設置する準備もできているんだが」
「……き、君、本当に婚約破棄したんだよな? やってることが、俺の知っている『元カレ』の域を完全に超越しているんだが……」
アリステア王子は、クロードの瞳に宿る、底なしの「執着」という名の深淵を覗き見てしまいました。
彼はそっとラブリーの手を放し、後ずさりしました。
「……悪い、ラブリー。俺の国の太陽じゃ、この王子の『重さ』を照らし出すには足りないみたいだ。俺はもっと、平和な海へ帰らせてもらうよ……」
アリステアは嵐に遭った小舟のように、ふらふらと去っていきました。
またしても、クロードの「度を越した事前準備」による不戦勝です。
「……殿下。もう、お見合いはやめにしませんこと? あなたが全候補者を再起不能にしているではありませんか」
ラブリーが虚脱感とともに告げると、クロードは至極真面目な顔で首を振りました。
「何を言うんだ、ラブリー。私は君に『最高』を見つけたいだけなんだ。……さて、次は確か、教会の若き聖職者だったね。君の『悪女としての魂』を浄化してくれるという触れ込みだ」
「……次は物理的な浄化(お祓い)が来るんですのね。ミリー様、もうお家に帰ってもよろしいかしら……」
「ラブリー様、強く生きてください……。私もいつか、生クリームをぶつけられたあの瞬間が一番平和だったと思い出しそうですわ」
自由を求めるラブリーの航海は、港を出る前に「クロードという名の巨大な防波堤」によって完全に封鎖されているのでした。
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