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13.フェレール公爵邸
しおりを挟むドロノア家の馬車が見えてくると、アンナと馭者が右往左往しているのが見えた。
こちらに気付いたアンナが慌てて駆け寄ってくる。
「カレン様! 一体どちらにいらしてたんですか?!」
普段は温厚なアンナが鬼気迫る勢いで詰め寄る。
「てっきりお店の中にいるかと思ったら、店には来てないって、お店の人が。馭者のトマスもどこにいるか知らないって言うし。姿が見えなくて、本当焦ったんですよ。一体どちらにいたんですか。心配したんからですね、もう!」
「ごめんなさい、アンナ。トマスもごめんなさい。お叱りは後日受けるから、今はとにかく行ってほしいところがあるの」
「まったく――」
アンナがため息混じりに呟いたあと、私と手を繋いでいたユーリウスの存在に気づく。
「あら、そちらはどちら様で――」
「詳しい話はあと! それよりトマス、フェレール家に行ってほしいの!」
私はユーリウスの背中を押して、馬車に入り込むと、アンナを急き立てる。
「ほら、早く。アンナも乗って!」
「もう絶対後で説明してもらいますからね」
ふくれっ面のアンナが乗り込むと馬車が動き出した。
馬車が商店街を抜け、貴族の屋敷が集まる一画へと入っていく。
普段庶民が足を踏み入れることは滅多にないので、ユーリウスは窓の外をきょろきょろと物珍しげに見ている。半ば強引に連れて来てしまったけれど、ここまでよくおとなしく付いてきてくれたと思う。両親を助けるという名目につられたとはいえ、見知らぬ人間の馬車に乗っても動揺する素振りがないとは、既にこの年齢で肝が据わっている。
ほどなくしてフェレール邸に到着した。
周りの貴族の屋敷も立派な敷地面積を有していたけど、その中でもフェレール家は別格だった。
ペルトサーク家と引けをとらない広大さである。流石二大公爵家のうちの一つだ。
あちらは白っぽい印象だったけど、こちらはどちらかというと、全体的に黒っぽい。
黒い屋根に灰色の石壁。塀や窓、小塔なんかはどれも直線的で鋭角な装飾が目立つ。フェレール公爵の人柄を表したような厳格さと生真面目さが伝わってくる。
馬車よりも遥かに高い、黒い鉄柵の門扉を通り抜けて、私たちは屋敷の扉の前まで行き着いた。
扉が開いて、執事らしき人物がでてくる。かっちりとした燕尾服に、ぴんと伸びた背、寸分の狂いもなく同じ歩幅に歩く様は、執事まで近寄りがたく、格式高く思わせた。実際、その通りなのだろうけど。
私は馬車から降りて、挨拶をする。
「突然の訪問をお許しください。こちらの公爵様にどうしても急ぎ知らせたく、こうして参りました」
「前触れもない人物に敷居を許すほど、このフェレール家は安くも、軽くもございません。先触れをたたせた上で、後日の来訪をお待ちしております」
執事が有無を言わさず、一礼して立ち去ろうとするのを、私は慌てて止める。
「待ってください。本当に大事な用なんです。この子に見覚えはありませんか」
私はユーリウスの腕を掴んで、先頭に立たせる。
執事が立ち止まり、訝しげにユーリウスをじっと見つめた。その目がユーリウスの特徴を認めると、寄せていた眉が徐々に開かれ、目も大きく見開かれていく。
「まさか……。いや、――そんな。でも、……似ている……」
「ユーリウス、あなたのお母様のお名前を教えてあげて」
私はユーリウスの後ろから囁いた。ユーリウスは、目を見開いて自分を見つめる執事をじっと見つめながらも、言われるまま口を開く。
「エルネスタ……」
その声はごく小さかったけど、執事の様子を見れば、聞こえていたのは間違いない。
「お嬢様!!」
驚愕に目を見開き、執事が叫んだ。
その名で思い浮かべる人物は、この屋敷の中においてはたったひとりだけ。
最初の落ち着きはらった慇懃さはもはやひとかけらもなかった。
「あなたは――いえ、あなた様はお嬢様のお子なのですか!? お嬢様にこんな立派な男児がいらっしゃったとは! お嬢様はどちらに!? ああ! 旦那様に早急にお伝えしなければ――」
屋敷のほうに目をやったかと思えば、またすぐユーリウスに意識が向く。
「私としたことが! こんなところにいつまでも立たせておくなんて! ――さあ、どうぞ家にお上がりください」
ユーリウスの背に優しく手を当てながら、恭しく屋敷のほうへと導いていく。ユーリウスもつられるままに一歩、また一歩と足を踏み出した。
その大事に扱う様子に、私は人知れず笑みを浮かべた。
「もう大丈夫そうね」
「そこの客人の方も、どうぞお入りください!」
執事が屋敷に入るところで、思い出したように振り返る。
「いえ、お構いなく!」
「今、人を呼びますから、お待ちください。お部屋にお通しいたします。少々、お待ちを!」
一刻も早くユーリウスを公爵に会わせたいのだろう。執事は私たちを置いたまま、屋敷にはいっていった。扉が閉まる直前、ユーリウスがこちらを振り返った。困惑しているような曖昧な表情だった。何か言いたそうだったが、状況がわからない上、執事の強引さもあって、考える間さえなかったのかもしれない。
扉がばたんと閉まり、執事とユーリウスが屋敷の中に消えていった。
私は満足気に微笑んだ。
ゲームでは仲違いしていた祖父と孫。
ユーリウスはずっと祖父のことを融通がきかず、娘を捨てた冷酷な人物だと憎んでいた。けれど、本当のところは違っていた。
フェレール公爵は娘が駆け落ちしてからずっと、娘のことを気にかけていたのだ。
ずっと守ってきた家の重さと自身の頑固さも手伝って、娘の恋を反対したものの、年月が経つたびに後悔の念が押し寄せる。
妻がなくなった数年後、それは決定的になる。愛する者もいず、これからただひとりで守っていく公爵家という屋敷がただの路傍の石ころのように虚しく思えたのだ。
『己ひとりが残って何になる。守りたい者がいて、我が城は初めて意味を成す。愛する者がいてこその、この城なのだ。愛する者がいないここは、虚しいだけだった』
公爵が過去を振り返り、心情を吐き出すシーンの台詞だ。
ひとり娘の幸せより貴族のプライドを選んだ自分を心底悔やみ、妻が亡くなってから公爵は娘のエルネスタを探すようになる。
別れて十年。足取りは定かではなく、公爵家の人づてを頼り、ほうぼうを探すが見つからず。
諦めかけたその時、娘の手紙を持って突如孫が現れる。
まさに灯台下暗し。まさか王都にいるとは思っていなかった公爵である。
娘が既に亡くなっていたことに対して無念や悲しみ、様々な感情が湧き上がるが、孫が目の前にいることに感無量になったところで、突然浴びせられる罵声。
衝撃で言葉がでない。
そして、悟る。これは自分が家族を大事にしなかった報いなのだと。
ならば、その罰をこの先一生背負い続けようと。
それが娘に対する精一杯の罪滅ぼしなのだと。
公爵はその場で決意し、それ以後無言を貫き通す。
その公爵の姿勢が、ユーリウスにとっては冷たく自分は顧みられない存在なのだと誤解されていく。
その絡みに絡み合った結び目を解くのがヒロインの役目なのである。
ユーリウスと公爵が互いの誤解を解き、仲直りするシーンは胸熱く、とても気持ちがよかった。
そんな公爵を知っているからこそ、私はユーリウスをここに連れてきた。
まだ両親が生きているなら、そんな誤解も生まれずに済む。
そして、公爵は心から娘一家を歓迎するだろう。
公爵家の財力があれば、どんな高い薬だって名医だって、用立てるだろう。
私は馬車のほうへくるりと向きを変える。
「さあ、用事も済んだし。行こっか、アンナ」
「え? いいんですか? ここで待ってるように言われましたが」
「いいの、いいの。これ以上ここにいて、感動の対面を邪魔したくないし。それに私は悪役でヒロインじゃないから、ここにいて状況を悪化させるとも限らないし。悪い要素は少しでも取り除かないと」
「何だかよくわかりませんが、カレン様がそうおっしゃるなら――。それにしても、今日は一日カレン様に振り回されっぱなしでした。もう散々ですよ」
「それについては反省してるわ。私も家を出たときはこんなつもりじゃなかったんだけど。あー、私もなんか疲れちゃった。早く家に帰って休みたい!」
「ケーキ買ってありますよ。家に帰ってお茶してゆっくりくつろぎましょう」
「やった! 楽しみー」
私たちは馬車に乗り込み、フェレール邸をあとにする。
馬車がからからと音を立てて、軽やかに大通りを抜けていく。
私は窓から外を見上げて、眩しさに目を細めた。
今頃なされている祖父と孫の感動の対面を祝福するように、空は晴れ晴れと爽やかに澄み切っていた。
それから数週間後、二大公爵家のひとつ、フェレール家に後継者が誕生したとの知らせに王都が沸き立った。
それと同時に姿を消していた公爵の娘が十数年ぶりに現れたと、私は風のうわさで聞いたのだった。
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