66 / 105
65.告白⑤
しおりを挟む
「あれ? カレンじゃん」
私がへたり込んでると、いつの間にかフェリクスが近くに来ていた。
「どうしたの? そんなところに座って」
私の腕をとり、起き上がらせてくれる。
「べ、別に。なんでもないわ。ありがとう」
私は内心の動揺を隠して、服についた埃をはらう。
「ならいいけど。今帰り? 良かったら一緒に帰ろうぜ」
「うん。いいけど」
私が頷くと、フェリクスが嬉しそうに笑った。
「良かった。行こう」
そんな心からの笑みを見ると、自分がヒロインになった気分がしてくる。
ゲームのフェリクスはとにかく最初、ヒロインを邪険にしていた。女好きなのになんで?と最初は思ったけど、フェリクスはきっと相手を見て選んでいたのだと今ならなんとなくわかる。遊びと本気をきちんと分けられる子を選んでいたんだと思う。無駄に相手を傷つけないために。
ひと目で無垢で真っすぐな性根とわかるヒロインはその対象じゃなかったのだ。それでもめげずに近寄ってくるヒロイン。さすがのフェリクスも根負けして、ヒロインを徐々に受け入れるようになって、そうしたときにアルバートのイベントが起きる。
それを解決したら、今まで見たことのない活発的なフェリクスが誕生するのだ。それまでは退廃的で、気だるげで。女の子をしょっちゅう相手にしていたから、色気も加わって、相乗効果で、常に色気がだだ漏れだった。
でも、あれは悲しい過去が作り出したものだった。生来の彼は、ヒロインに対して完全に心を開いたあとの彼であり、そして、今目の前にいる彼。
ヒロインに向けるような笑顔を、当たり前のように振りまける彼を見て、なんだか心が暖かくなった。
「どうしたの? 黙り込んで」
「ううん。あなたがそうやって、誰にでも、笑顔が向けられるのっていいなって思ったの」
フェリクスがちょっと不満げに眉を寄せる。
「誰にでもってわけじゃないぜ。カレンだからこそ、って思わない?」
「またまた」
「本当だよ。君のためだったら、なんでもするよ」
心を開いたあとの彼と重なって、私はますますおかしくなる。ヒロインのことが好きになったあとの彼は、どこに隠していたのか熱血的な面も持っていた。もとの気だるげだった部分を知っているからこそ、そのギャップに乙女たちは萌えたものだ。「私のためにそこまで変わってくれるのね!」と、嬉しくて飛び上がった女子が何人もいた。
「ふふ。いくら私に恩義を感じてるからって言って、そこまでする必要ないわ」
「それだけじゃないんだけど。うーん、どうやったら伝わるかな、俺の気持ち」
「充分伝わってるわよ」
「いや、絶対伝わってない」
「また、ひとのこと鈍いっていうつもり?」
「ああ、あのセリフ、一応伝わってたのか」
「ひどい。どうせ私はあなたみたいに優秀じゃありませんよ」
「そんなことないよ。カレンのほうが――」
「いいの、慰めてくれなくても。あなたは私と違って、格好良いし、魅力的だし、強いし、責任感もあるし、弟思いだし、おまけに――」
そこにきて、じっと見つめてくるフェリクスの視線に気づくと、口をとめた。
「――何よ」
フェリクスが徐に首を傾げたまま、尋ねてくる。
「今、俺、告白されてる?」
「なっ!」
開いた口が塞がらないとはこういうことを言うのだろう。
「そんなわけないでしょう!? なんでそんなことになるのよ」
「そこは素直にうんって言ってくれなきゃ。俺、応える気満々だったんだぜ」
前言撤回。やっぱりタラシだった。
いつの間にか、ルベル家の馬車の前まで来ていた。
「送ってくよ。乗って」
フェリクスが扉を開ける。ちょっとからかわれたのが癪だけど、今更引き返すのも大人げない。
素直に乗り込むと、フェリクスが向かえに座る。
「アルがまたカレンに会えるの楽しみにしてるよ」
「うん。私も会いたい」
「滅多に来ない客人だからさ、アルにとっては本当にカレンみたいなひとは貴重なんだ。勿論俺たちにとっても」
アルバートにとっては数少ない楽しみ。そんなアルバートを誰よりも大事なフェリクスたち家族にとってもそれは何よりも優先されるもの。
家族を大事に思う気持ちは、無下には絶対したくない。それに私自身もアルバートのことが既に大好きだ。
「じゃあ、今週の土曜日が空いてるけど、どうかな?」
「大丈夫。伝えておくよ」
フェリクスがぱっと顔を輝かせた。本当に弟思いなのが、顔にでるわね。
「なら、うちに泊まってく?」
「え?」
「次の日も休みだしさ」
「だめよ。お父様がお許しにならないわ」
「ちぇ。残念。アルも喜んだのに」
フェリクスが唇を尖らせて、頬杖をつく。
妙齢の令嬢が同じ年頃の男性がいる家に泊まりにいくなんて、言語道断よ。いくら弟のためだからと言って、それはやりすぎ。
でもお泊りか。可愛いアルバート相手だったら、夜絵本を読んだり、子守唄歌ったりして、一緒に休んだら癒やされそう。
はっ。駄目よ駄目よ。いくら自分勝手の悪女だからといって、それは許されないわ。慌てて首を振る。変な噂がたったらどうするの。
全くとんでもない提案するんだから。
軽く睨んでいると、窓辺を見つめていたフェリクスが振り返る。
「じゃあさ、どっか寄ってかない」
何が「じゃあさ」なのかわからないけど、でもこのまま真っ直ぐ帰れば、さっきのレコの告白を延々と考えそう。
エーリック、ユーリウスに続き、レコまで。
ヒロインが現れたら、どうなっちゃうのかしら。番狂わせもいいところよね。
はあと溜め息をついたところで、フェリクスが既に御者に伝えて方向転換していた。
全く強引なんだから。
でもまあ、ちょっと頭を冷やすにはちょうどいいかも。
しばらくすると、大通りに着いたようだ。
まだ日は高く、人通りもそれなりにある。
「あっちに行こう」
フェリクスが私の手を握り、移動する。手を繋いで歩くなんて、まるでデートね。なんでみんな、悪女のわたしなんかと手を繋ぎたがるのかしら。
「おや、この前のお嬢さんじゃないかい」
気づけば、マルシェの主人マリサの屋台の前まで来ていた。
「こんにちは」
「知り合い?」
「うん、ちょっとね」
「今日も新鮮なものばかりさ。どうぞ見てって。これなんかおすすめだよ」
マリサがグレープフルーツに似た食べ物を差し出す。
「今がちょうど旬。齧ると溢れるくらいの甘酸っぱい果汁が出て美味しいよ。――どうだい兄さん。彼女におひとつ」
「『彼女』か。嬉しいね。じゃあ、それふたつと、これもらおうかな。あ、あと、こっちも。うーん、これも美味しそうだな」
「毎度あり!」
「ちょっとフェリクス。そんなに食べれないわよ」
「いいの。今、機嫌いいから。他に買ってほしいものある? カレンが欲しいなら何でも買ってあげるよ」
「お嬢さん、愛されてるね」
マリサから茶目っ気のあるウインクを送られ、慌てて首を振る。
「そんなんじゃありません」
「照れることないさ。青春は楽しまないと勿体ないよ。――兄さん、ほらお釣り」
「どうも」
支払いを済ませたフェリクスの手に紙袋いっぱいに入った果物が渡される。それを片手で持って、もう反対の手で私の腰を引き寄せる。
「ほら、行こう、カレン」
「またのお越しを!」
まるで意気投合したふたりに、私だけ振り回された気分。
「あなたもあのひとも、ひとの話全然聞かないんだから。あれじゃ誤解されちゃうわ」
フェリクスを見上げれば、私の言ったことなんて耳に入っていないのかあらぬ所を見ている。こうして身近にいると、改めて私より背が高い男の子なんだと認識する。痩身だけど、程よく筋肉がついた胸や腕が制服越しに伝わってくる。
「あそこ」
フェリクスが一点を指差す。
「ベンチがある。あそこに座ろ。座りながらゆっくり食べれるじゃん」
フェリクスが指した場所はちょっとした広場になっていて、中央に噴水も置かれている。
あ、あそこゲームで見たことあるわ。ヒロインが学校帰りに寄り道すると出てきた場所。同じく寄り道している攻略対象者とあそこで出会ったり、噴水と写る特定の攻略対象者のスチルをゲットできたりもした。
興味が引かれた私はさっきの小言は、もうすっかり頭の中から消えてしまった。
フェリクスがベンチに座ると、果物を寄越してくる。私も隣に座った。
「ありがと」
もらった果実を早速齧る。
「美味しい?」
「うん。美味しい」
「良かった」
それから私たちは果物を口に運びながら、無言で周りの景色を楽しんだ。
目の前で踊る噴水の水が太陽の光を浴びて、とても綺麗。広場で遊ぶ子供たちの声が聴こえる。どこからか演奏しているのか、遠くで弦楽器の音が喧騒に紛れ、流れてくる。
ゆったりした時間が過ぎていく。どこか心地よくて穏やかな空間。
「俺さ、こんな平和で何でもない日常がすごく大切なんだって、最近気付いたんだ」
フェリクスがぽつりと話し始める。
両膝に両肘を当てたまま前かがみになって、どこか遠くを見つめている表情。でも、その横顔は思いの外真剣だ。
「アルが今も攫われたままで行方不明だったら、こんなのんびりした時間も持てなかったし、心もすごく荒んでたと思う」
「フェリクス……」
前を向いていたフェリクスが、顔を横に向け、私を見る。
「カレンにすごく感謝してる。俺、あの時ひどいこと言ったのに、君はそれでも迷わず、危険を承知で動いてくれた」
「誰だって、同じことをしたわ」
フェリクスの手が動き、私の両手を握る。
「それだけじゃなく、君はアルも受け入れてくれた」
「え?」
フェリクスの手がぎゅっと握られる。
「『光の聖人』なんて呼ばれるアルを、赤ん坊の時から普通に見てくれるやつなんていなかった。大体は不躾にじろじろ見たり、中には過度な期待を寄せて、狂信するやつも。そんなやつばかりだった」
フェリクスの目が真っすぐ私を見つめてくる。
「でも君は初めて会ったときから、アルを普通のひととしてあつかってくれた。驚きもしないし、壊れ物として見ることもない。ごく普通の人間として、接してくれたんだ。俺たち家族にとって、それがどんなにすごいことか、君にはわかんないだろうな」
フェリクスが今まで見たこともないほど、柔らかく微笑む。
「俺があのとき、どんなに驚き、感動してたか、知らないだろ?」
「ええ?」
アルバートを抱きしめていたときのことだろうか。あのとき、しゃがんでいたから、フェリクスの表情はわからなかった。
フェリクスがいつの間にか体もこちらに向けていた。
私の手から手を離し、私の髪を手に取る。
灰色の目が、まるで世界に私しかいないように見つめてくる。
「君がいてくれたから、この世界を信じようと思えた。もう迷ったりしない。君じゃないとだめなんだ」
その瞬間、私もフェリクスの瞳しか目に入らなくなった。太陽の光をあびて、灰色の瞳が銀色に輝いて見える。
『君がいてくれたら、俺はもう迷わない。君じゃないとだめだから』
切なそうに呟く彼の声が、私の耳に響く。
身じろぎをひとつもできずにいると、フェリクスが顔を伏せた。
太陽の下、噴水の水が煌めく中、フェリクスが私の髪にキスをした。
##################################
フェリクスの台詞、微妙に変わりました。まあ、アルバートも見世物にならずに済んだし、ヒロインとカレンじゃやっぱり違うので(無理矢理)
フェリクスのイベントに関しては、イリアスも一緒に加わったことにより、ちょっと彼の印象が薄くなってしまったかなと思って、そこだけちょっと心残りです。(^_^;)
彼も他の攻略対象者と同じくらい魅力的なんですけどね。(弟想いだし、好きになったらとことん一途だしマメになるので)
ちなみにバッドエンドでライバル令嬢と結婚する攻略対象者はフェリクスです。おそらくオリビアが強引に迫ったんでしょう(^_^;)(自暴自棄のフェリクスにとって相手は誰でも良かったのだと思います。アルバートが見つかってない状態で無気力なので、結婚したとしても、きっとふたりは幸せになれなかったのではないかなと思います(TT))
次はようやくの彼のイベントです(^_^;)
##################################
私がへたり込んでると、いつの間にかフェリクスが近くに来ていた。
「どうしたの? そんなところに座って」
私の腕をとり、起き上がらせてくれる。
「べ、別に。なんでもないわ。ありがとう」
私は内心の動揺を隠して、服についた埃をはらう。
「ならいいけど。今帰り? 良かったら一緒に帰ろうぜ」
「うん。いいけど」
私が頷くと、フェリクスが嬉しそうに笑った。
「良かった。行こう」
そんな心からの笑みを見ると、自分がヒロインになった気分がしてくる。
ゲームのフェリクスはとにかく最初、ヒロインを邪険にしていた。女好きなのになんで?と最初は思ったけど、フェリクスはきっと相手を見て選んでいたのだと今ならなんとなくわかる。遊びと本気をきちんと分けられる子を選んでいたんだと思う。無駄に相手を傷つけないために。
ひと目で無垢で真っすぐな性根とわかるヒロインはその対象じゃなかったのだ。それでもめげずに近寄ってくるヒロイン。さすがのフェリクスも根負けして、ヒロインを徐々に受け入れるようになって、そうしたときにアルバートのイベントが起きる。
それを解決したら、今まで見たことのない活発的なフェリクスが誕生するのだ。それまでは退廃的で、気だるげで。女の子をしょっちゅう相手にしていたから、色気も加わって、相乗効果で、常に色気がだだ漏れだった。
でも、あれは悲しい過去が作り出したものだった。生来の彼は、ヒロインに対して完全に心を開いたあとの彼であり、そして、今目の前にいる彼。
ヒロインに向けるような笑顔を、当たり前のように振りまける彼を見て、なんだか心が暖かくなった。
「どうしたの? 黙り込んで」
「ううん。あなたがそうやって、誰にでも、笑顔が向けられるのっていいなって思ったの」
フェリクスがちょっと不満げに眉を寄せる。
「誰にでもってわけじゃないぜ。カレンだからこそ、って思わない?」
「またまた」
「本当だよ。君のためだったら、なんでもするよ」
心を開いたあとの彼と重なって、私はますますおかしくなる。ヒロインのことが好きになったあとの彼は、どこに隠していたのか熱血的な面も持っていた。もとの気だるげだった部分を知っているからこそ、そのギャップに乙女たちは萌えたものだ。「私のためにそこまで変わってくれるのね!」と、嬉しくて飛び上がった女子が何人もいた。
「ふふ。いくら私に恩義を感じてるからって言って、そこまでする必要ないわ」
「それだけじゃないんだけど。うーん、どうやったら伝わるかな、俺の気持ち」
「充分伝わってるわよ」
「いや、絶対伝わってない」
「また、ひとのこと鈍いっていうつもり?」
「ああ、あのセリフ、一応伝わってたのか」
「ひどい。どうせ私はあなたみたいに優秀じゃありませんよ」
「そんなことないよ。カレンのほうが――」
「いいの、慰めてくれなくても。あなたは私と違って、格好良いし、魅力的だし、強いし、責任感もあるし、弟思いだし、おまけに――」
そこにきて、じっと見つめてくるフェリクスの視線に気づくと、口をとめた。
「――何よ」
フェリクスが徐に首を傾げたまま、尋ねてくる。
「今、俺、告白されてる?」
「なっ!」
開いた口が塞がらないとはこういうことを言うのだろう。
「そんなわけないでしょう!? なんでそんなことになるのよ」
「そこは素直にうんって言ってくれなきゃ。俺、応える気満々だったんだぜ」
前言撤回。やっぱりタラシだった。
いつの間にか、ルベル家の馬車の前まで来ていた。
「送ってくよ。乗って」
フェリクスが扉を開ける。ちょっとからかわれたのが癪だけど、今更引き返すのも大人げない。
素直に乗り込むと、フェリクスが向かえに座る。
「アルがまたカレンに会えるの楽しみにしてるよ」
「うん。私も会いたい」
「滅多に来ない客人だからさ、アルにとっては本当にカレンみたいなひとは貴重なんだ。勿論俺たちにとっても」
アルバートにとっては数少ない楽しみ。そんなアルバートを誰よりも大事なフェリクスたち家族にとってもそれは何よりも優先されるもの。
家族を大事に思う気持ちは、無下には絶対したくない。それに私自身もアルバートのことが既に大好きだ。
「じゃあ、今週の土曜日が空いてるけど、どうかな?」
「大丈夫。伝えておくよ」
フェリクスがぱっと顔を輝かせた。本当に弟思いなのが、顔にでるわね。
「なら、うちに泊まってく?」
「え?」
「次の日も休みだしさ」
「だめよ。お父様がお許しにならないわ」
「ちぇ。残念。アルも喜んだのに」
フェリクスが唇を尖らせて、頬杖をつく。
妙齢の令嬢が同じ年頃の男性がいる家に泊まりにいくなんて、言語道断よ。いくら弟のためだからと言って、それはやりすぎ。
でもお泊りか。可愛いアルバート相手だったら、夜絵本を読んだり、子守唄歌ったりして、一緒に休んだら癒やされそう。
はっ。駄目よ駄目よ。いくら自分勝手の悪女だからといって、それは許されないわ。慌てて首を振る。変な噂がたったらどうするの。
全くとんでもない提案するんだから。
軽く睨んでいると、窓辺を見つめていたフェリクスが振り返る。
「じゃあさ、どっか寄ってかない」
何が「じゃあさ」なのかわからないけど、でもこのまま真っ直ぐ帰れば、さっきのレコの告白を延々と考えそう。
エーリック、ユーリウスに続き、レコまで。
ヒロインが現れたら、どうなっちゃうのかしら。番狂わせもいいところよね。
はあと溜め息をついたところで、フェリクスが既に御者に伝えて方向転換していた。
全く強引なんだから。
でもまあ、ちょっと頭を冷やすにはちょうどいいかも。
しばらくすると、大通りに着いたようだ。
まだ日は高く、人通りもそれなりにある。
「あっちに行こう」
フェリクスが私の手を握り、移動する。手を繋いで歩くなんて、まるでデートね。なんでみんな、悪女のわたしなんかと手を繋ぎたがるのかしら。
「おや、この前のお嬢さんじゃないかい」
気づけば、マルシェの主人マリサの屋台の前まで来ていた。
「こんにちは」
「知り合い?」
「うん、ちょっとね」
「今日も新鮮なものばかりさ。どうぞ見てって。これなんかおすすめだよ」
マリサがグレープフルーツに似た食べ物を差し出す。
「今がちょうど旬。齧ると溢れるくらいの甘酸っぱい果汁が出て美味しいよ。――どうだい兄さん。彼女におひとつ」
「『彼女』か。嬉しいね。じゃあ、それふたつと、これもらおうかな。あ、あと、こっちも。うーん、これも美味しそうだな」
「毎度あり!」
「ちょっとフェリクス。そんなに食べれないわよ」
「いいの。今、機嫌いいから。他に買ってほしいものある? カレンが欲しいなら何でも買ってあげるよ」
「お嬢さん、愛されてるね」
マリサから茶目っ気のあるウインクを送られ、慌てて首を振る。
「そんなんじゃありません」
「照れることないさ。青春は楽しまないと勿体ないよ。――兄さん、ほらお釣り」
「どうも」
支払いを済ませたフェリクスの手に紙袋いっぱいに入った果物が渡される。それを片手で持って、もう反対の手で私の腰を引き寄せる。
「ほら、行こう、カレン」
「またのお越しを!」
まるで意気投合したふたりに、私だけ振り回された気分。
「あなたもあのひとも、ひとの話全然聞かないんだから。あれじゃ誤解されちゃうわ」
フェリクスを見上げれば、私の言ったことなんて耳に入っていないのかあらぬ所を見ている。こうして身近にいると、改めて私より背が高い男の子なんだと認識する。痩身だけど、程よく筋肉がついた胸や腕が制服越しに伝わってくる。
「あそこ」
フェリクスが一点を指差す。
「ベンチがある。あそこに座ろ。座りながらゆっくり食べれるじゃん」
フェリクスが指した場所はちょっとした広場になっていて、中央に噴水も置かれている。
あ、あそこゲームで見たことあるわ。ヒロインが学校帰りに寄り道すると出てきた場所。同じく寄り道している攻略対象者とあそこで出会ったり、噴水と写る特定の攻略対象者のスチルをゲットできたりもした。
興味が引かれた私はさっきの小言は、もうすっかり頭の中から消えてしまった。
フェリクスがベンチに座ると、果物を寄越してくる。私も隣に座った。
「ありがと」
もらった果実を早速齧る。
「美味しい?」
「うん。美味しい」
「良かった」
それから私たちは果物を口に運びながら、無言で周りの景色を楽しんだ。
目の前で踊る噴水の水が太陽の光を浴びて、とても綺麗。広場で遊ぶ子供たちの声が聴こえる。どこからか演奏しているのか、遠くで弦楽器の音が喧騒に紛れ、流れてくる。
ゆったりした時間が過ぎていく。どこか心地よくて穏やかな空間。
「俺さ、こんな平和で何でもない日常がすごく大切なんだって、最近気付いたんだ」
フェリクスがぽつりと話し始める。
両膝に両肘を当てたまま前かがみになって、どこか遠くを見つめている表情。でも、その横顔は思いの外真剣だ。
「アルが今も攫われたままで行方不明だったら、こんなのんびりした時間も持てなかったし、心もすごく荒んでたと思う」
「フェリクス……」
前を向いていたフェリクスが、顔を横に向け、私を見る。
「カレンにすごく感謝してる。俺、あの時ひどいこと言ったのに、君はそれでも迷わず、危険を承知で動いてくれた」
「誰だって、同じことをしたわ」
フェリクスの手が動き、私の両手を握る。
「それだけじゃなく、君はアルも受け入れてくれた」
「え?」
フェリクスの手がぎゅっと握られる。
「『光の聖人』なんて呼ばれるアルを、赤ん坊の時から普通に見てくれるやつなんていなかった。大体は不躾にじろじろ見たり、中には過度な期待を寄せて、狂信するやつも。そんなやつばかりだった」
フェリクスの目が真っすぐ私を見つめてくる。
「でも君は初めて会ったときから、アルを普通のひととしてあつかってくれた。驚きもしないし、壊れ物として見ることもない。ごく普通の人間として、接してくれたんだ。俺たち家族にとって、それがどんなにすごいことか、君にはわかんないだろうな」
フェリクスが今まで見たこともないほど、柔らかく微笑む。
「俺があのとき、どんなに驚き、感動してたか、知らないだろ?」
「ええ?」
アルバートを抱きしめていたときのことだろうか。あのとき、しゃがんでいたから、フェリクスの表情はわからなかった。
フェリクスがいつの間にか体もこちらに向けていた。
私の手から手を離し、私の髪を手に取る。
灰色の目が、まるで世界に私しかいないように見つめてくる。
「君がいてくれたから、この世界を信じようと思えた。もう迷ったりしない。君じゃないとだめなんだ」
その瞬間、私もフェリクスの瞳しか目に入らなくなった。太陽の光をあびて、灰色の瞳が銀色に輝いて見える。
『君がいてくれたら、俺はもう迷わない。君じゃないとだめだから』
切なそうに呟く彼の声が、私の耳に響く。
身じろぎをひとつもできずにいると、フェリクスが顔を伏せた。
太陽の下、噴水の水が煌めく中、フェリクスが私の髪にキスをした。
##################################
フェリクスの台詞、微妙に変わりました。まあ、アルバートも見世物にならずに済んだし、ヒロインとカレンじゃやっぱり違うので(無理矢理)
フェリクスのイベントに関しては、イリアスも一緒に加わったことにより、ちょっと彼の印象が薄くなってしまったかなと思って、そこだけちょっと心残りです。(^_^;)
彼も他の攻略対象者と同じくらい魅力的なんですけどね。(弟想いだし、好きになったらとことん一途だしマメになるので)
ちなみにバッドエンドでライバル令嬢と結婚する攻略対象者はフェリクスです。おそらくオリビアが強引に迫ったんでしょう(^_^;)(自暴自棄のフェリクスにとって相手は誰でも良かったのだと思います。アルバートが見つかってない状態で無気力なので、結婚したとしても、きっとふたりは幸せになれなかったのではないかなと思います(TT))
次はようやくの彼のイベントです(^_^;)
##################################
13
あなたにおすすめの小説
【完結】溺愛?執着?転生悪役令嬢は皇太子から逃げ出したい~絶世の美女の悪役令嬢はオカメを被るが、独占しやすくて皇太子にとって好都合な模様~
うり北 うりこ@ざまされ2巻発売中
恋愛
平安のお姫様が悪役令嬢イザベルへと転生した。平安の記憶を思い出したとき、彼女は絶望することになる。
絶世の美女と言われた切れ長の細い目、ふっくらとした頬、豊かな黒髪……いわゆるオカメ顔ではなくなり、目鼻立ちがハッキリとし、ふくよかな頬はなくなり、金の髪がうねるというオニのような見た目(西洋美女)になっていたからだ。
今世での絶世の美女でも、美意識は平安。どうにか、この顔を見られない方法をイザベルは考え……、それは『オカメ』を装備することだった。
オカメ狂の悪役令嬢イザベルと、
婚約解消をしたくない溺愛・執着・イザベル至上主義の皇太子ルイスのオカメラブコメディー。
※執着溺愛皇太子と平安乙女のオカメな悪役令嬢とのラブコメです。
※主人公のイザベルの思考と話す言葉の口調が違います。分かりにくかったら、すみません。
※途中からダブルヒロインになります。
イラストはMasquer様に描いて頂きました。
悪役令嬢に成り代わったのに、すでに詰みってどういうことですか!?
ぽんぽこ狸
恋愛
仕事帰りのある日、居眠り運転をしていたトラックにはねられて死んでしまった主人公。次に目を覚ますとなにやら暗くジメジメした場所で、自分に仕えているというヴィンスという男の子と二人きり。
彼から話を聞いているうちに、なぜかその話に既視感を覚えて、確認すると昔読んだことのある児童向けの小説『ララの魔法書!』の世界だった。
その中でも悪役令嬢である、クラリスにどうやら成り代わってしまったらしい。
混乱しつつも話をきていくとすでに原作はクラリスが幽閉されることによって終結しているようで愕然としているさなか、クラリスを見限り原作の主人公であるララとくっついた王子ローレンスが、訪ねてきて━━━━?!
原作のさらに奥深くで動いていた思惑、魔法玉(まほうぎょく)の謎、そして原作の男主人公だった完璧な王子様の本性。そのどれもに翻弄されながら、なんとか生きる一手を見出す、学園ファンタジー!
ローレンスの性格が割とやばめですが、それ以外にもダークな要素強めな主人公と恋愛?をする、キャラが二人ほど、登場します。世界観が殺伐としているので重い描写も多いです。読者さまが色々な意味でドキドキしてくれるような作品を目指して頑張りますので、よろしくお願いいたします。
完結しました!最後の一章分は遂行していた分がたまっていたのと、話が込み合っているので一気に二十万文字ぐらい上げました。きちんと納得できる結末にできたと思います。ありがとうございました。
悪役令嬢でも素材はいいんだから楽しく生きなきゃ損だよね!
ペトラ
恋愛
ぼんやりとした意識を覚醒させながら、自分の置かれた状況を考えます。ここは、この世界は、途中まで攻略した乙女ゲームの世界だと思います。たぶん。
戦乙女≪ヴァルキュリア≫を育成する学園での、勉強あり、恋あり、戦いありの恋愛シミュレーションゲーム「ヴァルキュリア デスティニー~恋の最前線~」通称バル恋。戦乙女を育成しているのに、なぜか共学で、男子生徒が目指すのは・・・なんでしたっけ。忘れてしまいました。とにかく、前世の自分が死ぬ直前まではまっていたゲームの世界のようです。
前世は彼氏いない歴イコール年齢の、ややぽっちゃり(自己診断)享年28歳歯科衛生士でした。
悪役令嬢でもナイスバディの美少女に生まれ変わったのだから、人生楽しもう!というお話。
他サイトに連載中の話の改訂版になります。
転生しましたが悪役令嬢な気がするんですけど⁉︎
水月華
恋愛
ヘンリエッタ・スタンホープは8歳の時に前世の記憶を思い出す。最初は混乱したが、じきに貴族生活に順応し始める。・・・が、ある時気づく。
もしかして‘’私‘’って悪役令嬢ポジションでは?整った容姿。申し分ない身分。・・・だけなら疑わなかったが、ある時ふと言われたのである。「昔のヘンリエッタは我儘だったのにこんなに立派になって」と。
振り返れば記憶が戻る前は嫌いな食べ物が出ると癇癪を起こし、着たいドレスがないと癇癪を起こし…。私めっちゃ性格悪かった!!
え?記憶戻らなかったらそのままだった=悪役令嬢!?いやいや確かに前世では転生して悪役令嬢とか流行ってたけどまさか自分が!?
でもヘンリエッタ・スタンホープなんて知らないし、私どうすればいいのー!?
と、とにかく攻略対象者候補たちには必要以上に近づかない様にしよう!
前世の記憶のせいで恋愛なんて面倒くさいし、政略結婚じゃないなら出来れば避けたい!
だからこっちに熱い眼差しを送らないで!
答えられないんです!
これは悪役令嬢(?)の侯爵令嬢があるかもしれない破滅フラグを手探りで回避しようとするお話。
または前世の記憶から臆病になっている彼女が再び大切な人を見つけるお話。
小説家になろうでも投稿してます。
こちらは全話投稿してますので、先を読みたいと思ってくださればそちらからもよろしくお願いします。
完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい
咲桜りおな
恋愛
オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。
見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!
殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。
※糖度甘め。イチャコラしております。
第一章は完結しております。只今第二章を更新中。
本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。
本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。
「小説家になろう」でも公開しています。
悪役令嬢になりたくないので、攻略対象をヒロインに捧げます
久乃り
恋愛
乙女ゲームの世界に転生していた。
その記憶は突然降りてきて、記憶と現実のすり合わせに毎日苦労する羽目になる元日本の女子高校生佐藤美和。
1周回ったばかりで、2週目のターゲットを考えていたところだったため、乙女ゲームの世界に入り込んで嬉しい!とは思ったものの、自分はヒロインではなく、ライバルキャラ。ルート次第では悪役令嬢にもなってしまう公爵令嬢アンネローゼだった。
しかも、もう学校に通っているので、ゲームは進行中!ヒロインがどのルートに進んでいるのか確認しなくては、自分の立ち位置が分からない。いわゆる破滅エンドを回避するべきか?それとも、、勝手に動いて自分がヒロインになってしまうか?
自分の死に方からいって、他にも転生者がいる気がする。そのひとを探し出さないと!
自分の運命は、悪役令嬢か?破滅エンドか?ヒロインか?それともモブ?
ゲーム修正が入らないことを祈りつつ、転生仲間を探し出し、この乙女ゲームの世界を生き抜くのだ!
他サイトにて別名義で掲載していた作品です。
転生したら悪役令嬢だった婚約者様の溺愛に気づいたようですが、実は私も無関心でした
ハリネズミの肉球
恋愛
気づけば私は、“悪役令嬢”として断罪寸前――しかも、乙女ゲームのクライマックス目前!?
容赦ないヒロインと取り巻きたちに追いつめられ、開き直った私はこう言い放った。
「……まぁ、別に婚約者様にも未練ないし?」
ところが。
ずっと私に冷たかった“婚約者様”こと第一王子アレクシスが、まさかの豹変。
無関心だったはずの彼が、なぜか私にだけやたらと優しい。甘い。距離が近い……って、え、なにこれ、溺愛モード突入!?今さらどういうつもり!?
でも、よく考えたら――
私だって最初からアレクシスに興味なんてなかったんですけど?(ほんとに)
お互いに「どうでもいい」と思っていたはずの関係が、“転生”という非常識な出来事をきっかけに、静かに、でも確実に動き始める。
これは、すれ違いと誤解の果てに生まれる、ちょっとズレたふたりの再恋(?)物語。
じれじれで不器用な“無自覚すれ違いラブ”、ここに開幕――!
本作は、アルファポリス様、小説家になろう様、カクヨム様にて掲載させていただいております。
アイデア提供者:ゆう(YuFidi)
URL:https://note.com/yufidi88/n/n8caa44812464
転生侍女は完全無欠のばあやを目指す
ロゼーナ
恋愛
十歳のターニャは、前の「私」の記憶を思い出した。そして自分が乙女ゲーム『月と太陽のリリー』に登場する、ヒロインでも悪役令嬢でもなく、サポートキャラであることに気付く。侍女として生涯仕えることになるヒロインにも、ゲームでは悪役令嬢となってしまう少女にも、この世界では不幸になってほしくない。ゲームには存在しなかった大団円エンドを目指しつつ、自分の夢である「完全無欠のばあやになること」だって、絶対に叶えてみせる!
*三十話前後で完結予定、最終話まで毎日二話ずつ更新します。
(本作は『小説家になろう』『カクヨム』にも投稿しています)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる