騎士と狩人

みけねこ

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気が気じゃない

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 首都にいると村以上に色んな噂を耳にする。いや噂が回る速度は村も中々のものだけれど、首都は人が多い分噂の数も多い。次から次へと噂の内容が変わるもんだから田舎から出てきた俺は「すごいな」と他人事みたいに思うだけだ。
 今日も何やら俺たちと同じように他の屯所に所属していて首都に招集を受けた騎士が、廊下で何やら話し込んでいる。訓練から戻ってきた俺とライリーは目を見合わせ小さく首を傾げた。なんだかいつもより噂話に盛り上がっているような気がしたから。
「どうかした?」
「ああ、何やら貴族様が盛り上がっているようでな」
 尋ねてみると二人組の一人がそう答えてくれて肩を竦めた。貴族の話もよく聞くけれど、盛り上がっているとかどういう意味だろうか。
「政略のために婚約してるとあるご令嬢がたまたますれ違った男に惚れちまったらしい」
「それのどこか盛り上がってんだ?」
 ライリーの言う通り実はそういう話はよく聞く。貴族にも色々と事情があって政略結婚もめずらしくない。寧ろ恋愛結婚のほうがめずらしいんだとか。こういう時村の出身でよかったなと思ってしまうけれど、噂自体そんなに盛り上がるほどだろうかと首を傾げた。
 すると教えてくれた騎士とはまた違うもう一人の騎士が「ああ」と相槌を打って話を続けた。
「どうやら男の名前も知らないらしい。マジですれ違っただけ。一目惚れだとか」
「婚約相手が激怒してるらしいが相手の名前も姿もわからないから対処のしようもない。でもご令嬢はうつつを抜かしてこのまま婚約破棄しそうな勢いだとかなんだとか」
「んで。なんで盛り上がってるかっていうと、たまたまその男を見た人間がいてその人物が言うには確かに格好良かったらしい」
「多分地方からやってきたんだろうな。貴族とは違って無骨な感じがいいとかで令嬢は首ったけってわけさ」
 なんだか嫌な予感がした。でもそんなはずはないと思っているのに、なぜか俺の勘が警鐘を鳴らしている。無意識にゴクリと生唾を飲み込んで、口を開いた。
「その人の、容姿とかわかる?」
「確か少し髪が長いんだっけか?」
「あとあれだ、口元にほくろがあったとかも言ってたな」

「おい待て待て落ち着けってセオ!」
 二人の騎士に教えてくれたお礼を告げ、俺はとある場所に走っていた。後ろからバタバタとライリーが追いかけてきている音が聞こえるけれどお構いなし。
「すみませんお借りしてもいいですか⁈」
「あ、ああ、構わないが。家族か誰か倒れたのか?」
「違うんですけどでも緊急で!」
 村とのやり取りは大体手紙でしていた。別にそんな緊急でもなく気長に待つのは嫌いじゃなかったからそれでよかったけど。でも今回はそうは言ってられない。寮の端にある連絡棟に駆け込んでとある道具をお借りした。
 正直これがどういう仕組みかはわからない。ただ離れている場所に連絡が取れる道具ではることだけはわかる。首都では普通に普及していてこうして騎士の寮にも置いてある。ただ使用料がかかるからまだ給料の低い新人は余程のことがない限り使わない。
 でも俺は買い物がとても好きというわけでもないし、お父さんたちにたまに美味しいものを送る程度であまり使ってないから。ここぞという時に使ってしまおうと今使う。
 首都は普及しているけれど正直村のほうまではまだそんなに広がっていない。ただお父さんたちの食堂には何かあった時の場合にと置かれていた。だから迷わず食堂にかけて、軽く会話を交わしてそしてお願いしてとある人物に変わってもらった。
 しばらくそのまま黙って待っていると、ふと向こうの空気が動くのを感じて少しだけ息を呑んだ。
『なんだ急に』
「リクトさん!」
 これは音声だけを相手に伝えるだけで姿を映すことはできない。でも直接会話をできるだけでも十分だ。手紙だと何日も待たなければいけなくなる。
『元気にやってるか?』
「えっ? あ、はい、特に怪我や病気をすることなくやってます――じゃなくて! リクトさん、お聞きしたいことがあるんですが」
『何だ』
 この嫌な予感が外れてほしい、と願いつつ一度息を呑み込んでそして意を決して口を開いた。
「……もしかして、一度首都に来ましたか?」
『ああ、行った』
 なんでー⁈ と叫ばなかったけれど心の中では盛大に叫んだ。多分後ろにいるライリーは気付いてる。首都に来たのなら会いに来てくれればよかったのに、と出そうになった言葉を思いっきり飲み込んで取りあえず疑問を口にする。
「あ、あの、どうして首都に……?」
『魔獣の素材が首都だとよく売れるんだ。多分場所によって魔獣の種類が違うんだろうな、俺たちが狩るものは貴重品が多いらしくて村で使わない分はよく首都に卸してる』
「え、で、でもそういう話聞いたこと……」
『聞かれてねぇし。父さんと交互で行くようにしてる』
 そ、そうだったのか……! すべて村で回していると思っていたけれど、思い返してみると確かにお肉はよくもらっていたけれどその他の材料がどういう使い方をされているのか知らなかった。恐らく他の人たちの道具に役立っているのかな、としか考えたことがなかった。
 そうだよ、俺たちが五体引き入れてしまった時大変だったというのに二人は「入れ喰いだ」と喜んでいた。肉は保存し、他の爪や牙などは首都に卸していた。そういうことなのだろう。
 って感心している場合じゃない。確認しなければならないことはもう一つあった。
「リクトさん、こっちに来た時もしかして女性に声をかけられたんじゃないんですか?」
『俺が声をかけられるわけねぇだろうが。舐めてんのか』
 村でも遠巻きにされていたのに、と若干低くなった声で続けられて急いで頭を横に振る。そういうことじゃない、俺の言いたいことがリクトさんに伝わってないと内心焦ってしまう。
「いえ、あの! 首都の女性は積極的なので、あれです……モテないですください‼」
『……はぁ?』
「女性に声をかけられてもついていかないでくださいね! あと次来るのなら連絡してほしいです!」
『さっき父さんと交互に行くって言っただろ。次行くのは父さんだ』
「あっ……」
 そういえばさっきそう言っていた。ああもう言いたいことがあるのに伝わらないこのもどかしさ。リクトさんはモテるっていうのに当の本人が無自覚なのだからこっちは気が気じゃない。もし女性が転んで怪我でもしたらきっとリクトさんは助けるに決まってる。そしてその女性を惚れさせてしまうんだ……!
 首都の男性にはないどこか野性味のある男らしさ、それが首都の女性からしたらとても魅力的に映る。だから婚約しているはずの令嬢も一目惚れしてしまったんだろう。さっきの二人の騎士の話からして令嬢が一目惚れした相手はリクトさんで間違いない。
 そんな、口元のほくろがセクシーな男性なんてリクトさんぐらいしかいないだろうから!
『……ああ、わかりました、はい――そろそろ食堂が忙しくなるんだってよ。ってことで切るぞ』
 その言葉で急いで時間を確認する。ああ、リクトさんに連絡をするということで頭がいっぱいで時間まで考えていなかった。確かにそろそろ昼食の時間、食堂もお客さんいっぱいになってお父さんたちもその対応に追われる。そしてこの連絡できる道具が置かれているのも端っこのほうとはいえ、少しお客さんの邪魔になるかもしれない。
『しっかりと鍛えてこいよ』
「あっ、わかりました。あのリクトさん、次会った時――あーっ!」
 すべてを伝え終わる前に、通信の切れる音が無情にも耳に届く。流石にこれには泣く。後ろでライリーが気の毒そうにしている気配を感じ取れるぐらい、俺の嘆きは大きかったんだろう。
 次、いつリクトさんに会えるんだろうか。ひと月経ったけれど屯所に戻れる気配がない。俺がもたもたしているうちにリクトさんはまた首都に素材を卸しに来るかもしれない。その度に女性がリクトさんに惚れてしまうかもしれない。そうこうしているうちに女性が積極的にリクトさんにアピールし始めるかもしれない。
 リクトさんは俺を拒絶しなかったし傍にいることを許してくれている。けれど、付き合っているわけじゃない。手に触れるだけで先に進めてもいない。
「うぅっ……屯所に戻りたい……」
「首都所属が人気の中、そうやって嘆く騎士はそうそういないだろうな」
 使用料を渡し、トボトボと部屋に戻る。明らかに落ち込んでいる俺にライリーは「まぁ頑張ろうぜ」と背中をバシバシ叩いて慰めてくれた。確かにいち早く屯所に戻るにはただただ頑張るしかない。それなりの成果を短時間で出すしかない。
 待っていてくださいね、リクトさん……! と涙目になりつつも握り拳を作って顔を上げた。
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