あの日、北京の街角で

ゆまは なお

文字の大きさ
5 / 112

第1章-4

しおりを挟む
 その後、若い子たちが買うような服飾関係の店を見てみたいと客の二人がいうので、地下鉄に乗って西単(シーダン)へ移動した。
 窓口に並んで切符を買うのは当然のように孝弘がする。
 列に並ぶときは隙間があるとすぐに割り込まれるので、前の人にぴったり肩をくっつけて並ぶのだ。見知らぬ他人に接触されるなんて、日本人なら驚くか嫌悪感をもつ距離感だ。
 ペラペラの紙の切符は買った直後に改札に立っている駅員に回収されて、ぞろぞろと階段を下りる。
「けっこう普通だね」
 ホームの様子は日本の地下鉄とさほど変わらない。
「まだできたばかりですよ。というか、まだまだ延長工事中というか、延々と作ってるところです」 」 

「へえ。案外、きれいなんだ」
 乗ってみれば車両の中は心配したほどでもなかったのか、三人はきょろきょろと車内を見ている。ステンレスの車両はぴかぴかで、地上を走るバスやトロリーバスよりよほど清潔だ。
「市内の移動には環状線はけっこう便利ですよ。渋滞しないし、タクシーとちがって道を指示しなくていいし。一律2元で安いですし」
 駐在員が安さを求めるとは思えなかったが、道について心配しないでいいのは気が楽だろう。
 あの列に並んで切符さえ買えれば言葉も必要ない。

「タクシーなのに道を教えないといけないのか?」
 ふしぎそうな顔をする客に向かって、孝弘が説明する。
「特に言わなくても大体着きますけど、外国人とか道を知らなさそうな相手だとすぐに遠回りするんで、どの道で行くか指示したほうがいいんです」
「うわ、そういうこと?」
「はい。一度間違ったふりでどこかに行って、それからまた目的地に行くとかもよくあります」
「はー、なんか気が抜けない国だな」
 客がげっそりした顔で言う。
「地下鉄環状線って、二環路の真下なんだね」
 路線図を見ていた祐樹に「そう、だから便利だよ」と孝弘はうなずいた。

 西単に到着して地上に出れば、狭い路地に迷路のように露店がひしめき合っていた。呼び込みの声がひっきりなしにかかり、ずらりと並ぶ露店の竹竿や吊り紐に所狭しとたなびく商品陳列方法に感心するやら驚くやら、三人はきょろきょろと周囲を見回している。 
「スリに気をつけてくださいね。カバンは前に持って、人前で財布ださないように。お金は俺が出しますから」
 孝弘のアドバイスに三人は素直にうなずいた。
「わかった。お任せするよ」
 日本人より地声が大きいので、売り子と買い物客の交渉する声で露店周辺はたいへんな喧噪だった。パッと見、怒鳴りあっているようにも見えるが、これが普通のやり取りだ。

「中国語ってケンカしてるみたいに聞こえるよな」
「わかります。声が大きくて勢いがいいからそう聞こえるだけで、ケンカじゃないですよ」
「あれって、なんて言ってるの?」
「このシャツが15元ってちょっと高すぎる、負けてよ。ものがいいんだよ、お買い得だけど3枚買うなら負けとくよ。じゃあ3枚でいくら? あんたの言い値はいくらだい? 3枚40元なら買ってもいいよ、って感じです」
「どこでも値段交渉ってするんだっけ?」
「こういう露店では絶対します。野菜や肉の市場もそうですね。500グラムいくらって訊き方をして、欲しいだけ量りではかって買います。あとは家電とか家具も交渉次第だし、うーん、交渉しないほうが少ないかも」
 首をかしげながらあらためて考えてみれば、黙って買い物をすることがほとんどない気がした。


 西単に到着して地上に出れば、狭い路地に迷路のように露店がひしめき合っていた。呼び込みの声がひっきりなしにかかり、ずらりと並ぶ露店の竹竿や吊り紐に所狭しとたなびく商品陳列方法に感心するやら驚くやら、三人はきょろきょろと周囲を見回している。 
「スリに気をつけてくださいね。カバンは前に持って、人前で財布ださないように。お金は俺が出しますから」
 孝弘のアドバイスに三人は素直にうなずいた。
「わかった。お任せするよ」
 日本人より地声が大きいので、売り子と買い物客の交渉する声で露店周辺はたいへんな喧噪だった。パッと見、怒鳴りあっているようにも見えるが、これが普通のやり取りだ。

「中国語ってケンカしてるみたいに聞こえるよな」
「わかります。声が大きくて勢いがいいからそう聞こえるだけで、ケンカじゃないですよ」
「あれって、なんて言ってるの?」
「このシャツが15元ってちょっと高すぎる、負けてよ。ものがいいんだよ、お買い得だけど3枚買うなら負けとくよ。じゃあ3枚でいくら? あんたの言い値はいくらだい? 3枚40元なら買ってもいいよ、って感じです」
「どこでも値段交渉ってするんだっけ?」
「こういう露店では絶対します。野菜や肉の市場もそうですね。500グラムいくらって訊き方をして、欲しいだけ量りではかって買います。あとは家電とか家具も交渉次第だし、うーん、交渉しないほうが少ないかも」
 首をかしげながらあらためて考えてみれば、黙って買い物をすることがほとんどない気がした。

「食品スーパーでは定価がついてるからないかな、店頭とか屋台で売ってる食べ物も交渉なしですね。そもそも安いんで。でもそれも量と交渉次第なのかもしれないです」
 周囲のやかましさに圧倒されて、三人はおとなしく孝弘について、あちこちの商店や露店を見て回った。来たついでに夏服が欲しかった孝弘はTシャツとジーンズを買うことにする。
「試着できるんだね」
 露店に試着室などはもちろんなく、店主が適当に広げた布で隠すだけの試着場所をささっと作ってくれる。
「絶対したほうがいいです。あとから返品交換ってできないんで」
 8元のTシャツに20元のジーンズ。特に安すぎるということもない。交渉してTシャツ3枚20元にしてもらい、ジーンズは寮内で気軽にはけるハーフ丈を2本選んだ。

「Tシャツはあんまり安いと色落ち激しいから要注意ですけどね。質が悪いから最初からひと夏で捨てるつもりで、安いのを何枚か買うんです。貧乏学生はだいたいこんなもんです」
 話しながら孝弘はTシャツとジーンズを広げ、どこかに穴は開いていないか、ボタンが取れていないか裾やファスナーがほつれていないかを手早くチェックする。
 その様子を三人が感心したように見ていた。
 ポケットがほつれていたので指摘すると店主はぞんざいな手つきでそれを売り場に投げて戻し、新しいものを孝弘に寄越した。それをもう一度確認してOKを出す。
 チェックを終えて金を払った孝弘に、店主がうすっぺらいビニール袋に買ったものを入れて投げてよこした。
「再来あ!(また来てよ)」
 怒っているわけでもなく、ごく普通のやりとりだが、日本人からしたらかなり乱暴に見えるだろう。

「こういう露店じゃない外資系のショッピングセンターに行けば、もっとちゃんとした服もありますよ。値段も桁違いですけど。そっちも見ますか?」
「いや、いいんだ。街中のごく普通のレベルが見たいんだ。中国人がどんなものを使っているのか知りたいから」
「お金払うから、ぼくらの頼む服を買ってもらえる?」
 メーカーの二人は参考資料に日本に買って帰りたいというので了解するが、孝弘の財布にはそんなに大金は入れていない。
「あの、手持ちの人民元がそんなにないんですけど」
 孝弘がいいよどむ。

 祐樹が思案気に首を傾げた。
「こういう場所ではFECは使えないんだっけ。どうしたらいいかな。銀行?」
「日本円か米ドル、持ってます?」
「あるよ。使えるのかい?」
 二人が持っていたのは一万円札だったので、直接店で使うには高額すぎた。相当大量に買い付けしない限りそんな金額の買い物にはならない。
 仕方ないなと孝弘はちらりと露店に目をやる。とすぐにその目線に気づいた店の男が親指と人差し指をすり合わせて、合図を送ってきた。

「ちょっとチェンマネしてきます」
 三人を待たせて、孝弘は男の元へ行き、今日のレートを訊ねた。
 孝弘の言葉を聞いて留学生だと判断したのだろう、男はごまかすことなく適正レートを示し、人民元を渡した。偽札が混ざっていないか、破れた札はないか、金額はあっているかをしっかり確認してから三人のもとへ戻る。

「いまの……、闇チェンジってこと?」
「まあそうですね。留学生は大体みんなやってますけど、駐在員はどうなのかな。あまりお勧めはしません。偽札が本当に多いらしいので」
「もらったことある?」
「今まではないです。新札は断るし、古い札だけもらいます」
「なるほどね」
「とりあえず、これできょうの買い物は大丈夫だと思うんで。どれがいりますか?」
 その後は四人であちこちの店をまわって、服やら靴やらカバンやら、頼まれるままに孝弘は買い物することになった。

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。 最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡) 世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。

一軍男子と兄弟になりました

しょうがやき
BL
親の再婚で一軍男子と兄弟になった、平凡男子の話。

逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。初夜で抱かれたら身代わりがばれてしまいます💦

雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
逃げた弟の身代わりとなり、 隣国の国王である溺愛アルファに嫁いだオメガ。 しかし実は、我儘で結婚から逃げ出した双子の弟の身代わりなのです… オメガだからと王宮で冷遇されていたので、身代わり結婚にも拒否権が なかたのでした。 本当の花嫁じゃない。 だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、 だんだん王様に惹かれてしまい、苦しくなる…という お話です。よろしくお願いします<(_ _)>

身代わり召喚された俺は四人の支配者に溺愛される〜囲い込まれて逃げられません〜

たら昆布
BL
間違って異世界召喚された青年が4人の男に愛される話

【完結】余四郎さまの言うことにゃ

かずえ
BL
 太平の世。国を治める将軍家の、初代様の孫にあたる香山藩の藩主には四人の息子がいた。ある日、藩主の座を狙う弟とのやり取りに疲れた藩主、玉乃川時成は宣言する。「これ以上の種はいらぬ。梅千代と余四郎は男を娶れ」と。  これは、そんなこんなで藩主の四男、余四郎の許婚となった伊之助の物語。

【完】僕の弟と僕の護衛騎士は、赤い糸で繋がっている

たまとら
BL
赤い糸が見えるキリルは、自分には糸が無いのでやさぐれ気味です

顔も知らない番のアルファよ、オメガの前に跪け!

小池 月
BL
 男性オメガの「本田ルカ」は中学三年のときにアルファにうなじを噛まれた。性的暴行はされていなかったが、通り魔的犯行により知らない相手と番になってしまった。  それからルカは、孤独な発情期を耐えて過ごすことになる。  ルカは十九歳でオメガモデルにスカウトされる。順調にモデルとして活動する中、仕事で出会った俳優の男性アルファ「神宮寺蓮」がルカの番相手と判明する。  ルカは蓮が許せないがオメガの本能は蓮を欲する。そんな相反する思いに悩むルカ。そのルカの苦しみを理解してくれていた周囲の裏切りが発覚し、ルカは誰を信じていいのか混乱してーー。 ★バース性に苦しみながら前を向くルカと、ルカに惹かれることで変わっていく蓮のオメガバースBL★ 性描写のある話には※印をつけます。第12回BL大賞に参加作品です。読んでいただけたら嬉しいです。応援よろしくお願いします(^^♪ 11月27日完結しました✨✨ ありがとうございました☆

処理中です...