あの日、北京の街角で

ゆまは なお

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第3章-2

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 途中でスーパーに寄ってパンと飲み物を買ってリュックに詰めた。
 八達嶺とはちがって、慕田峪長城付近はかなり田舎でたいした店もない。食事に寄れるかタイミングがわからないから、ひとまず何かしら持っていくことにする。

 市内から郊外への道は空いていて、風景はどんどん田舎のものに変わっていく。
 舗装されていない道路に土ぼこりが舞い上がって、道の両側には背の高い街路樹が並び、馬車や荷車を曳いた牛が道路の端のほうをのんびり歩いている。
「市内からちょっと離れただけで、こんな風景なんだね」
 いまだに馬車や牛車が使われているのに祐樹が驚く。
 首都北京とはいっても、ほんの少し郊外に来るだけで、もう風景が中心部とはがらりと変わる。車は少なくなって荷物を積んだ馬車やロバ車が増え、道路を走るのは輸送用のトラックや公共バスか農業用の車両になる。

「うちの学校前の道路標識、馬車と自転車と車の絵が一緒にのってるよ」
「って、どういう意味?」
「馬車と自転車は外側、車は内側って意味の標識」
 道路は内側が早いもの、外側が遅いものが通ると決まっている。ガードレールどころか、センターラインなどもないから、とにかく道路の真ん中から車が走って、歩行者はいちばん外側というのがルールなのだ。
「ふしぎな感覚だよね。牛の曳く荷車も馬車も自転車も車も人も、ぜんぶ同じ道を通るなんて」
 タクシーの後部座席に並んで座り、退屈な風景を眺めながら2時間ほども話していれば、かなり親密な話題にもなる。

 家族の話になり、祐樹に兄が三人もいると聞いて、案外押しが強い感じやけっこうおおざっぱなのはそのせいかと納得する。
「男ばっか四人兄弟だから、毎日がサバイバルって感じで殺伐としてたよ。おれは末っ子ですこし年が離れてたから、まだましだったんだけど、上三人のバトルはすごかった。殴り合いなんかしょっちゅうで。上野くんとこは?」
「うちは高1まで一人っ子」
「高1まで? 今は?」
「高1の夏に父親が再婚して、そんとき中2の妹と、再婚相手のお腹に妹か弟がいる状態だった。それで今は高3の義妹と3才の義弟が家にいる。こっち来てまだ帰国してないから、3才がどんな感じか全然わからないけど」
 出発当時、義弟はようやくしゃべり始めたくらいだった。赤ちゃんはかわいかったが、年が離れすぎていて弟という感覚はまったくない。
 孝弘が出て行ったあと、四人家族として仲よく暮らしているはずだ。

 もっとも一人だけ血のつながらない息子を、継母は邪険に扱ったりはしなかった。それどころか、とても気を遣ってくれていた。孝弘がいたたまれないくらいに。
 結婚より妊娠が先だったことが申し訳ないと思うのか、出産後は受験生の孝弘に対して、赤ん坊の泣く声にも神経を尖らせており、見ていて気の毒な気がしたものだ。
 そんな母親とは反対に2歳下の義妹にはやたら突っかかられた。
 反抗期だからなのか、たんに孝弘が気に入らなかったのかは知らない。
 微妙な年頃の男女がいきなり兄妹になって一緒に暮らすのだから、洗濯物や洗面所や風呂などいろいろ気を遣うことが多かった。

「え、義妹って最高じゃね?」
「好きになったりしねーの?」
 同級生にはそんなふうにからかわれたりもしたが、孝弘は仏頂面で答えたものだった。
「なわけないだろ、ラノベじゃあるまいし」
 父親と男二人で何の遠慮もなく暮らしてきた孝弘には、正直言って、女性が家にいること自体が窮屈で面倒だった。
 だからとにかく早く家を出たかった、というのが留学した理由の一つでもあった。
 去年1年間、一度も帰国しなかったのも、渡航費用がもったいないと言い訳したが、身の置き所のない実家に帰るのがおっくうだったというのが最も大きい。
 再婚と同時に引っ越したので、高校卒業まで2年半暮らした新しい一戸建ては実家と思えるほど愛着もなじみもない。

 新しい家族三人を嫌いではないし、継母についてはあんな仕事バカの父親と結婚してくれたことに感謝もしているが、積極的に関わりたいとは思わない。
 早く自活したい、自分で稼げるようになって自立したいという気持ちが強かった。
 中国への留学を勧めたのはメーカー勤務の父親だが、実際に中国に来てみてここで3年は頑張ろうと決めたのは孝弘自身だ。
 留学を終えたらそのまま中国で就職するか、日本企業の現地法人などへ就職することになるだろう。
 この先、中国経済は絶対に伸びていくし、父もそう思ったから留学を勧めたのだろうが、ここで自立して稼げる仕事につきたいと思っていた。

「俺が家でてたほうが、父親もほかの家族も気が楽だと思うんだ」
 そんなことをあっけらかんと話す孝弘に、祐樹はやさしい目を向けた。
「上野くんはお父さんが好きなんだね」
「は?」
「だって、お父さんが幸せに暮らしていると思えるから、ここに来たんでしょう」
 そんなふうに父親の幸せを考えてみたことはなかったが、自分が家を出れば親子四人でぎくしゃくしないで過ごせるんじゃないかと思ったのは確かだ。
「やさしいね」
 包み込むような言い方で祐樹がいうので、否定もできず孝弘は返事に困ってしまった。
 タクシーという密室の至近距離で、祐樹はまるで小さな子供を褒めるみたいににっこりする。その邪気のない笑顔に照れてしまい、孝弘は窓の外を見て、もうすぐ着くよ、と山にへばりつくように見えてきた長城を指差した。


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